第9-6話 ダメージ床整備領主、今究極のダメージ床

 

「魔軍王リンゲンに……腹心のアンジェラか」


 カイナー地方防衛ラインでの戦いが終わった後、砦に戻った私たちは、サーラが遭遇したという魔軍幹部の情報を彼女から聞いていた。


 そう言えばサーラは、100年前の魔軍大戦での重鎮だったな……こちらに味方してくれてよかった。


 サーラを魅了した無邪気で意欲的、才能に満ちたカイナー地方の子供たちに感謝だな。


 相変わらず子供たちにまとわりつかれ、嬉しそうな笑みを浮かべるサーラの様子を見てほっとする。


「それにしても、”まずは帝都”か……近いうちに本格的な魔物の侵攻があるかもしれんな……クリストフの奴は私の忠告なぞ聞きたくないだろうが、一応報告しておくか」


 いくらクリストフと私が犬猿の仲と言っても、事態は帝国の存亡にかかわる事……私は急ぎ報告書をまとめると、帝都に緊急送信するのだった。


 だが、アンジェラがクリストフの腹心として帝国中枢に食い込んでおり、私が送った報告書が皇帝陛下に届く前に握りつぶされていたとは……この時の私に気付く術はなかった。



 ***  ***


「ということで! ”魔物”の脅威が迫るならば、よりダメージ床を強化せねばならんっ!」


 ここは学院にある研究施設。


 私はアイナとフリード、サーラとアルラウネを集め、ジジイ……師匠と開発を進めている最新型のダメージ床の試作品について説明しようとしているところだ。


「うおおおおっ!? また新型ですかっ!! なんか打ち切り間際のマンガみたいですねっ!!」


「…………」


 目をキラキラとさせながら放たれたアイナの無邪気な感想に、思わずそうかもしれないと思ってしまう私。


 と、とにかく戦力増強は急務だ……わたしは気を取り直し、試作品の説明を再開する。


「おほん……これが新型の、”ダメージ床・陸式”だ!」


「わふっ? 思ったより小さい……?」


 ことり、と机の上に置いたサイズの小さい陸式に、肩透かしを食らったのか、少し残念そうなリアクションを取るアイナ。


 確かに”陸式”は小さく、壱式で使用するダメージ床展開用の杭と同じくらいの大きさしかない。

 ミスリル銀で出来た直径20センチくらいの薄い円板型で、真ん中が少し膨らんでいる。


「どら焼きみたいな形……なんかおいしそう」


「ふふふ、アイナ嬢ちゃんや……コイツはカールの奴が作った壱式をベースに、さらにを高めたスペシャルバージョンじゃぞ? ワシの技術力あってこそじゃ」


 興味深げに陸式をつんつんするアイナに、グスタフ爺がドヤ顔で説明する。


 あ! 美味しい所を……!


 説明を横取りされた私は、少しむっとしながらも説明を引き継ぐ。


「ふん、壱式はイメージした場所に飛ぶだけだったが……遠隔操作術式を師匠の理論で改修したんだ」


「効果は……見てもらった方が早いだろう……フリード、頼む!」


 私の合図に、じゃらじゃらとミスリル銀製の防具を全身に装備したフリードが現れる。

 どこか不満そうだ。


「ううっ……なんで僕がデモするんですか……こういうのは脳筋キャラの仕事でしょう?」


「危険なテストは自ら行うのがバウマン家技術者の伝統だ……お前もその伝統を継いでもらわねばな!」

「私も若い頃はこのジジイに……おっと、あと大事なアイナにそんな危ない事をさせられるか!」


「伝統とゆーか罰ゲームじゃないのそれ……」


「それに兄さん、こないだアイナちゃんをダメージ床のハンマーでぶっ叩いておいて、よくそんなこと言いますね……」


 反論するフリードを一刀両断にする私。

 バウマン家の技術者としての洗礼なのだ!


 ふと横を見ると、アイナが「わふわふ~」と顔を赤くしている。


 さて? 何か赤面させることでも言っただろうか?


 まあいい、そろそろテストを始めよう。

 私の剣幕についに観念したのか、フリードは屋外の試験場へ移動していく。


「ふふ……陸式はな……ターゲットをロックして、追尾することができるのだ!」


「たーげっとをろっく?」


 不思議そうな表情を浮かべるアイナの前で、私は陸式の発動術式を展開する。

 ターゲットは……フリードだ!

「発動! ”ダメージ床・陸式”!」



 ブイイイイイイイン……

 シュパアアアアアンッ!



 術式が発動した瞬間、円板の周りに薄くダメージ床の青白いスパークが走り、空中に浮くと、一直線にフリードの方へ向かう。


「フリード! 乱数回避!!」


「わわっ、もう! 怖いなあ!」


「はうっ! 壱式に比べてもスピードが遅いですっ! あれじゃあ、避けられて……!」


 そう、壱式は距離がある場合、敵に避けられることもある……だが、陸式はっ!


 ヒュインッ!


「うおおおおおっ!? 円板が、フリードさんについていきますっ!」


 アイナが驚くのも無理はない。

 陸式の円板は、フリードが逃げる方向に付いていき、近くに来るとバチンとダメージ床のスパークを飛ばす。


「うわ、あちちっ!」


 出力は落としてあるので、怪我をすることは無いが、叩き落そうとしても自動で円板は相手の攻撃を避けるのだ……素晴らしい!


「わふっ! あのランダムな動き……生半可な拳じゃ、捕らえるのは難しいですっ!」


 一目で陸式の恐ろしさを把握したのだろう。

 こぶしを握り、驚愕するアイナ。


「それだけじゃないぞアイナ……陸式は消費魔力も小さく、円板それぞれで別の敵をロックすることも可能だ……特に敵が大群の場合に効果を発揮するぞ」


「ダメージが蓄積し、動きが鈍ったところをアイナの伍式で一網打尽……という戦術も取れる」


「わふわふっ!! 凄いですカールさんっ! これは戦術を超えた何か……すとらてじーですっ!」


「ふはははっ! そうだろうそうだろう! これでカイナー地方の防衛はさらに盤石だっ!!」


「兄さんっ! ドヤってないで早く止めてください~!」


「おお、ちょうどいい! フリード用ブートキャンプ再開だっ!」


「面白そうです……アイナもやりますっ!」


「えっなにこの脳筋コンビ!?」


 唐突に始まったブートキャンプに、フリードの悲鳴が試験場に響き渡るのだった。

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