第22話
次の日、王都の城に想定外な客が来場した。
「いやー変わりましたねー。僕らがいた時はまだ小規模な国だったのに。城も豪華に建て替えたりとすごいですね」
「な、なぜお前がここにいる!」
女王ベネディの前に現れたのは魔王フィランだった。対立関係にある種族の王同士が同じ空間に存在する、それはまさしくありえない光景だった。エルフの王と魔族の王が対峙する光景に周囲の騎士団や上流階級のエルフたちは驚嘆する。
「何故この男通した!」
女王ベネディは声を荒げ騎士団に問いかける。
その問いかけに騎士たちの視線はイトナに一人に集中する。
「もしかして、イトナが……」
「久しぶりの再会にもっと喜んで頂けると思っていましたのに、その反応は少し残念です。それにしても四十年近く経っているのに、全く変わりませんね。さすがエルフの女王様だ」
「御託はいい!何しに来たか答えろ!」
「僕が何を伝えたいのか、薄々あなたも気付いているのではないですか?現在、竜王エンディグスの脅威に我々は脅かされている。彼の炎は世界を蝕み、いずれ我々は滅びる運命にある。エルフも人間も魔族も、皆被害者です。なので共闘しませんか?かつてのように、共に竜王を討とうではありませんか」
「お前ら魔族を信用しろと言うのか」
「過去のことを忘れろとは言いません。僕だってあの日、この国を追放された父の顔を忘れるとはできないでしょう。ですが、過去に縛られていてはこの国の民を失いますよ。今あなた方が最も恐るべきは僕ら魔族ではない、竜王です。違いますか?」
女王ベネディは言い返すことができなかった。魔王フィランの意見は適格でもっともだと感じてしまうからだ。
竜王の被害は当然、王都にも及んでいる。王都意外の町にも被害の報告が押し寄せている。騎士団だけでは歯が立たないことは既に証明されている。
呪いから解く唯一の方法は、呪いを植え付けた張本人である竜王エンディングスを討伐することだけだ。
女王ベネディは思考を巡らす。最善の方法を、この国を統べる王として。
だが、竜王は迷う時間すら与えてくれない。
その時だった―——
突如、急激な速さで王室の大窓が破砕し
高貴な王室に勝手気儘に入り込む、黒マント。
黒マントが放つ異様なオーラに周囲は圧倒される。
それは異形の怪物のような、または死の宣告をする死神のような、この世に存在してはいけないものだ。
黒マントは女王ベネディの方を見る。
「お前がこの国の王か……」
フードの影から睨みつける瞳に女王ベネディは震え上がる。
「は、はやく!ソイツを捕らえろ!」
女王の言葉に騎士団は動き出す。抜かれた剣先の全てが竜王に集中する。
騎士が間合いに入る前に空気を切り裂くように竜王は手を払う。
手を払うと同時に黒き炎を放出する。吹き荒れる炎が騎士を寄せ付けない。
炎が邪魔をして騎士は攻撃を仕掛けることができない。
「何を躊躇っている!早く殺せ!」
痺れを切らした女王ベネディは騎士団に再度指示する。
「そうだ!早く竜王を殺せ!」
「何をもたついている!早くやらんか!」
上流階級のエルフも同調の声を挙げる。
騎士は顔を歪めその命令に従うことはなかった。少しでも炎に触れさえすれば、その身に永遠の火傷を背負うことになるからだ。
「クソッ!何故だ!何故命令に従わない!」
女王ベネディが激怒した瞬間、炎の弾丸が腕にめがけて飛んで来る。
その炎は一瞬で燃え広がる。
「熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!」
あまりの暑さに女王ベネディは王座から転げ落ちる。
竜王エンディグスは女王ベネディのもとに歩き出す。もがき苦しむ女王を見て、本来行動を起こすべき騎士は恐怖心に縛られて立ち尽くすままだ。
「熱いか?今お前がやらせようとしたことは、こういうことだ」
「くっ、くるな!」
女王ベネディの強気な声には恐怖が滲み出ている。
「助けなくていいのか?お前らの王が丸焦げになるぞ?」
竜王は女王ベネディの顔先に手を広げて、炎を出すそぶりを見せる。
だが、騎士も上流階級のエルフも助けに来ない。圧倒的な恐怖の前には地位も権力も効果を持たない。
「おい!何故誰も助けに来ない!私は女王だぞ!!!私の命を守るのが、お前らの役目だろ!!!」
「それでアイツらが死んでもか?」
「当たり前だ!!!」
歯を剥き出し怒鳴る女王ベネディはまるで別人だ。王としての余裕さや冷静さは微塵も無い。
「お前はあの救世主のエルフとは大違いだな。奴は己の命を犠牲にして我を倒し、世界を救ったぞ」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
竜王は無表情にただ見下ろして、「お前に世界は救えない」と女王ベネディに告げた。
竜王は空いた王座に座る。深く腰掛けて足を前に組む。フードの影でその表情は見えない。
「我はこの炎でお前らに永遠の苦しみを与える。七五年前の復讐だ。世界を救いたければ全力で来い。人間もエルフも魔族もこの手で燃やし尽くしてやる」
竜王はそう言って手を広げて揺らめく炎を見せつける。
そして竜王は王座から立ち上がり、突入した大窓の淵に足をかける。
「イトナ、お前と初めて戦った地で我は待っている。あの時の決着を着けよう」
立ち去る直後、竜王はイトナに一瞥を投げて言う。
竜王の名指しに周囲の視線はイトナに集中する。
イトナは動揺せず、何も言わなかった。
その後、竜王は窓から飛び降り姿を消した。
*****
竜王エンディグスは夜空を飛行する。腕を後ろに伸ばして炎を放出する。
それはまるで空を己のものとした自由な一匹の竜が飛んでいるかのようだ。
――これで準備は整った。あと少し、あと少しの我慢だ。
竜王エンディグスは、あと少しだけと自分を鼓舞する。肌を焼くような熱さと激痛が全身に走る。
今にでも崩れ落ちてしまいそうだ。それでも飛ぶのをやめない。
向かう先はコール町。急いでいるのには理由がある。
本格的な戦いの前に、竜王には伝えねばならないことがまだ残っていたからだ。
それは――
「あらリュウちゃん?」
家の扉が叩かれて出てみれば黒マントを被った竜王がいた。
「伝えることがあって来た」
「そう。じゃあ入って」
簡単に自分を中に招く老婆に驚く。
「何故、我を信用できるのだ」
今では竜王は全種族の悪だ。この世界に住む者で竜王を恐れない者は誰一人いない。
「そりゃあ信じるわよ。だってリュウちゃんはリュウちゃんなんだもの」
「そうか。メリー、伝えることはオリンのことだ」
「うん。聞かせて」
竜王は中に入り、オリンのことについて全てを話した。
オリンが王都に行ってからの生活、オリンが何を感じ何を想っていたのか、エルフに対抗するべく自らの体を捧げたこと、そして結果的にオリンの意識は消滅し竜王エンディグスが人間として復活したこと。
メリーは静かに頷くだけだった。不思議と真実に驚愕する仕草や動作を見せなかった。
そして「そう……そうだったのね……」とだけ呟いた。
「こんな奇妙な話を信じられるのか?」
「うん……オリンは誰かのためになら無茶をするような人だった。いつも私とおじいちゃんのことを考えてくれてた。私は支えられていたのに……結局何も……」
「……オリンは、約束を守れなくてごめん、あと体を大切にして元気でね、と我に代わりに伝えてくれと頼んだ」
その言葉を聞いた瞬間、メリーの奥深くにある記憶が鮮明に掘り起こされる。
『絶対に帰って来るんだよ?約束だよ?』
『うん、絶対に帰ってくるよ』
オリンとの最後の会話だった。
「バカね……もうおばあちゃんになっちゃったわよ。オリンの嘘つき、帰ってくるって言ったのに……」
メリーは前屈みになり、しわくちゃな手で顔を覆った。止まらず溢れ出る涙を隠すようにして。
竜王はオリンの気持ちを代弁しようとしたがやめた。オリンの気持ちは十分すぎるほどにメリーに伝わっている。
オリンと長い間時間を共にしたメリーに対して、自分が言えることは何も無い。
暫くして落ち着いたメリーが涙を手で拭いながら口を開く。
「ごめんね、リュウちゃん。これからあなたはどうするの?」
「ティアマトの願いを叶える。きっとそれはオリンも願っていたことだ」
「私じゃあ止められないわよね」
竜王はコクリと頷く。
「じゃあ、最後に顔を見せてくれる?」
「見ない方がいい。あまりいいものじゃない。気分が悪くなるだけだ」
「お願い、見たいの」
その言葉に竜王はゆっくりとフードを外す。
顔の皮膚のほとんどが黒く変色している。それは力の代償の表れだった。
それを見たメリーは竜王に抱きついた。強く強く抱きしめて泣きじゃくった。
「ごめんね、ほんとにごめんね、あなたばかりにいつも背負わせて。私は何もできなくて、いっつも、いっつも、あなたばかりが苦しんで……」
それは幼い少女が自分の思いの丈をぶつけるように、ひたすらに喉に引っ掛かる言葉を出した。
(ああ、もう、これで思い残すことは無い)
竜王は遠くを見つめるような目で、最後の戦いに向けて決意を固めた。
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