第23話

 ――翌日


 砂ぼこりが舞う荒野の地に竜王エンディグスは立つ。


 対するは人間と魔族とエルフ、三種族が共に肩を並べて構えている。

 人間は剣や銃を持ち、エルフは弓矢を持っている。


 竜王に刃向かう戦士達。力の差があまりに大きくとも、彼らは引き下がらない。

 愛する家族や友人や恋人を守るために。


「どうやら、手を組んだようだな。いいだろう、まとめて燃やしてやる」


 竜王は覚悟を決める。全員が殺意を持ち仕掛けてくる。一瞬の油断もできない。


「かかれー!」


 騎士団の副団長ハルバラの声により、戦いの火蓋が切られる。


 まず最初にエルフによる無数の矢が竜王を狙う。


 竜王は矢を避ける。避けた先には当然、近距離型の剣を持った騎士と魔族がいる。

 無数の剣を避け、無数の拳を避け、炎で対抗する。


 炎に触れれば、敵は容易く倒れる。だが、数が多すぎた。


 竜王一人で人間とエルフと魔族の相手をするのは体がもたない。

 竜王の最大の敵は人間でもエルフでも魔族でもない。最大の敵は己に潜む炎だ。

 力を使う度に燃え盛る炎が竜王自身の体を燃やす。


 その激痛に耐えながらも、躊躇せず力を使い敵を打ちのめす。

 竜王が圧倒的な力を見せつけなければこの戦いに意味は無い。


 後方にいる騎士は銃を構えて引き金を引く。発砲音と共に打ち出される、音速の弾丸。

 竜王は手を払い、炎の壁で弾丸を燃やし無効化する。


 次の瞬間には上空から無数の矢が降り注ぐ。炎を噴出し瞬時にその場から距離を取り矢を避ける。

 その次にはあらゆる角度からの剣の斬撃と拳の打撃。

 体力の消耗が激しい。視界が鈍る。頭が割れるように痛い。己の限界が近づいてきているのを感じる。


 その時だ。一人の騎士の剣が竜王の体を貫く。一度隙を許してしまえば、その攻撃は畳みかけるように止まらない。次に魔族の重い拳が竜王の顔に炸裂する。


 それは圧倒的な数の暴力だ。竜王の力でも優位に立てないほどの敵数。

 人間と魔族の袋叩きに遭い、竜王は地面に堕ちる。


「俺が止めを刺す」

 一人の騎士が地面に伏した少年に剣先を向ける。

 これで終わる。誰もがそう確信した。


 途切れる意識の中で、ティアマトの顔が浮かぶ。幻想の中でもティアマトは微笑んでいる。


(……死んではいけない。こいつらに止めを刺される訳にはいかない)


 騎士が剣を突き刺す瞬間、竜王の両肩から燃え盛る黒き炎が姿を現す。

 突然出現した炎により騎士の剣は跳ね返される。


 竜王は両手両足を地に着き、獣の様な鋭い眼光で敵を睨みつける。

 その眼光に圧倒され騎士と魔族は戦の場であるにも関わらず、後ずさりする。


 今はいない少女の願いを何度も何度も心の中で呟く。少女の願いが竜王のふらつく足を支え、意識を辛うじて保つ。


「うぁぁぁあああああああああ!!!」


 竜王は雄たけびを上げ、今までにない最高火力の炎を引き起こす。


 両肩から燃え盛る巨大な黒き炎。それはまるで竜の翼を模したものだ。巨大な炎の翼が竜王を包むようにして、いかなる攻撃をも遮断する防壁となる。


 竜王は丸めた翼を大きく広げて近くにいる敵を退ける。炎の翼に触れた騎士と魔族は火傷の苦しみに悶えて倒れ出す。

 後方にいる騎士とエルフはそれを見て萎縮し動きが固まる。


「どうした、攻撃を止めて、我はまだ立っておるぞ」

 口角を上げ余裕さを演出して竜王はそう言った。


 *****


 ——数分前、王室にて。


 女王ベネディは誰一人いない王室で王座に座り、頭を抱え親指の爪を噛んでいた。

 そこにいるのは、女王ベネディではなく恐怖に怯え苦慮する一人の女性だ。


「私の作り上げた世界が……クソックソックソッ、どうして……」


 七五年前、一人のエルフが全種族の悪である竜王を討伐した。後に救世主として称えられたそのエルフは禁断魔術の使用により、死亡した。


 その救世主のエルフには二人の女の子がいた。姉の方は全てのエルフを守ろうとした。それは母が命を賭して守った者たちだからだ。


 だからエルフ意外の種族はどうでもいいと思っていた。何があっても母が守った者たちを自分が王の座に就き守らなければならない、その使命感に駆られていた。

 妹の方は姉とは全く別の考え方だった。エルフも人間も魔族も皆が共存できる国を作るべきだと主張した。


 妹が主張する理由は簡単だった。妹が愛した者は人間だったからだ。

 女王の妹が人間を愛し、その間に子がいると民に知れ渡れば自分の主張はただの虚言となる。


 だから女王ベネディは実の妹と相手の人間をひそかに処刑した。だが、幼い子供であったイトナを処刑することはしなかった。


 イトナは幼少期の頃から魔術の才があった。女王ベネディは魔術を使いたくて、幼い頃に母から教わっていたが、生まれてから一度も使えたことがなかった。


 自分には無い母が有していたものを持つイトナを残そうと思った。イトナを生かしたのはただそれだけの理由だった。


 イトナはすくすくと育ち、汚れなのない綺麗な白髪の女性となった。その姿にたまに母の面影が見ることがある。


「失礼します」


 イトナが静寂な王室に入室する。


「イトナ、お前か……」


「聞かないのですか?何故が私がここにいるのか」


 既に竜王を討伐する者たちは戦場へと向かった。騎士団の団長であるイトナがここにいるのはあり得ないことだ。


「もうどうでもいい。竜王が復活した時点で私の理想とする世界は崩壊した。昔のエルフは皆が魔術を使えた。それは親が子へと魔術の使い方を教えてきたからだ。だが、竜王が討伐した後、エルフたちは自分の権力を振るい私腹ばかりを肥やした。魔術が無くても快適に生きれるからだ。だから、戦場の場面においてエルフは何の戦力にもならない。弓を使えた者が数人いたが、竜王の前では無力だ。回復魔術を使える者も、呪いの炎の前では意味をなさない。エルフがこの戦いで貢献できることは一つもない。もし何かの奇跡が起きて竜王を討伐できたとしても、その後エルフは他種族から命を助けられた立場となり、以前のような世界にはならない」


 前かがみになり両手で顔を覆い、女王ベネディは思いを吐露する。


「陛下は何を守りたいのですか?」


「私は母が命を賭して守ったエルフを守りたかった。エルフが誰にも否定されず傷つくことのない世界を作りたかった」


「価値観、思想、文化が異なる種族が触れ合えば否定も傷つくことも避けられない。自分の常識や正義感が時には誰かを否定し傷つけるかもしれない。それでも、私たちの根底にあるものは同じではないでしょうか。エルフも人間も魔族も、嬉しいことがあれば笑い、悲しいことがあれば涙を流す。その想いをこの世界に生きる全員が持っている、その事実が全てで最も大切なことだと私は思います。相手を理解することは簡単なことではないけれど、絶対に私たちは分かり合えます」


「何故言い切れる!人間も魔族も我々とは違う!何故奴らを信じれる!」


「そうでなければ、私はこの世界に誕生していないからです」


 感情をむき出しにする女王ベネディの前でイトナは静かに微笑む。

 その表情に戸惑う。女王ベネディに対して、イトナは初めて微笑んだからだ。


「それでは」


 イトナは女王ベネディに背中を向ける。


「いまさらどこに行く!」


「竜王が待つ場に向かいます。この美しい世界を救うために」


 そう言い残して、イトナは王室を退出した。


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