第24話

 イトナが竜王と初めて対決した場所は、王都とコール町の間にある荒野だ。


 その場所にイトナが到着した頃には、数多くのエルフと人間と魔族の全員が地に伏していた。呼びかけても返事をする者は一人もいない。


 数多くの敵を一人で相手して倒した竜王は、地面に両膝を付いて下を向いていた。

 今にも意識が切れ倒れそうな体を持ちこたえるのているのは、竜王の意地だ。まだ、イトナとの戦いが終わっていないからだ。


「竜王……」


「やっと来たか……」


 イトナの声に反応して竜王はゆっくりと顔を上げる。その顔のほとんどの皮膚が炎に焼かれ黒く変色している。


 イトナには分かっていた。その力の代償が。その代償を払ってでも成し遂げたいことが。


 竜王は唇の端を上げると、膝に手を付きゆっくりと立ち上がる。


「その顔はなんだ……敵が目の前にいるのだぞ」


 イトナの表情は闘争心に満ち溢れたものではなく、哀れみの様な同情の様な慈悲の心がにじみ出ている。


「もうやめよう。そのまま行けば君は――」


「何を言うか!我は竜王エンディグスだぞ!その腰にある剣を抜け!」


「皆分かってくれる。君まで犠牲になることはない。これからは君が背負っているものを私も背負う。だから、もうやめにしよう」


「ふざけるな!それが敵に言う言葉か!お前は我を倒すためにこの地に来たのではないのか!」


「君が今何のために戦っているのか、私には分かる!君はその炎で多くの者に火傷を負わしたが、決して命までは奪わなかった。君は、全種族の共通の敵になることで全種族の平和を築こうとした!そうだろ!」


「例えそうだとしても、我の炎は多くの者を傷つけ呪いを残した。今もなお、皆が火傷で苦しんでいる。火傷を解きたければ、我を殺すしかない。お前が救いたい世界に我が共存することは不可能だ」


 竜王エンディグスが生きている限り、永遠に熱を帯びる火傷は消えない。火傷を消して多くの者を救い全種族の平和を築くには、竜王エンディグスはいてはならない存在だ。


「だからって、おかしいだろ……こんなのおかしいに決まってる……。ティーちゃんが亡くなって、君が悪者になって、平和を築くなんて……。争いが無い、誰の命も脅かされない、そんな平和な世界を築くために君が犠牲にならないといけない。世界が平和になっても、君は救われないじゃないか……」


 ——感情をぶつけても彼の意思は変わらない。彼はその道を選んだ。皆の前で平然を装っても、自分は未だに決められていない。その道を選び、進み切る覚悟ができていない。


 気づけばイトナは涙を流していた。他に選択肢は無く、その道を選ぶしかないと分かっているからだ。

 荒野の他で騎士が涙を流すその光景は、争い命を奪い合う戦場には見えない。


 その姿を見て、竜王は唇を噛み締める。もう竜王には時間が無い。

 イトナがトドメを刺ささなくても、竜王は時期に消滅する。

 竜王は鼻で空気を大きく吸い、最後の言葉を大声で放つ。


「お前は誰のためにこの地に立っている!答えろ!イトナ!」


「私は……、みんなを救うために……」


「そのみんなを救うにはお前は何をする!」


「……無理だ!私にはできない!」


「お前は何者だ!みんなを救いたいと言う、お前は何者かと聞いている!」


「私は……」


「声が小さい!」


 イトナは涙を拭い、空に向かい口を大きく開ける。


「私は!騎士団団長のイトナ!呪いの炎に焼かれ、火傷に苦しむ者を救うために来た!そして!全種族の悪である竜王エンディグスを討伐するために来た者だ!」


 剣を抜き剣先を竜王に向ける。イトナの言葉に迷いは無い。


 その言葉に竜王は気持ちよく豪快に笑う。


「ハッハッハ!我は竜王エンディグス!全種族の悪であり、この世界を支配する最強の竜だ!かかって来い!人間!我が存在事、燃やし尽くしてやる!」


「「うあああああああああああ!」」


 イトナと竜王は同時に走り出して、互いに叫ぶ。気持ちを奮い立たせて、体を押し進めるために。


 叫びが空中で交わる。


 イトナは剣先を向けて突進する。


 竜王は両手から炎を噴出して一気に距離を縮める。


 全種族の悪である竜王と、その悪を討つ騎士団団長のイトナ。


 この一瞬で戦いの行方がついに決まる。


 ——そして


騎士の剣が竜の核を貫いた。勝利したのは、イトナだった。


 竜王は穏やかに笑う。それはこの世に後悔を残さず、全てをやり切った者の表情だ。

 イトナは貫いた剣を抜き、投げ捨てる。


 竜王はイトナの懐に体を預ける。


「すまない……私が無力なばかりに……」


「お前は無力ではない……お前のやるべきことはこの後にある。我のやるべきことはもう終わった。だから、後は任せたぞ、イトナ……」


 抱きしめた竜王の体が灰になり次第に崩れてゆく。


「竜王……」


 灰の体に水滴がポタポタと垂れて流れる。


「ははっ、乱暴、残虐、凶悪、そんな竜の最期がこれとは、我は世界一幸せな竜だな」


 ――灰になり体の維持ができない。自分はもうじき消える。竜王エンディグスという存在を想い、涙を流す者が三人もいた。


 十分すぎる幸せだ。もう思い残すことはない。


 ティアマト、イトナ、メリー、我に出会ってくれたことを感謝する。


 そして、オリン、この機会を与えてくれたことに、我を憎悪に囚われたまま終わらせなかったことに感謝する。


 クリファ、あの時はお前の夢を馬鹿にしてすまなかったな。


 ああ、みんなが望んだ世界はすぐそこまできている。


 竜王の体は灰になり、存在事消滅した。燃え尽き後に残った灰は、空中を舞い消えていく。

 竜王が身に着けていた、焼け焦がれた黒いマントをイトナは抱きしめる。


 この瞬間、黒き炎による呪いは解かれた。そして、世界を救った救世主が誕生した。


 最後の戦いは終わりを告げたのだ。夕暮れの空、荒野の地で一人すすり泣く騎士を残して。

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