第21話

 森を抜けてなんとか王都に帰還したイトナ。


 ティアマトは団員が撃った弾丸によりこの世を去った。竜王はティアマトを抱えてどこかへ行ってしまった。

 全てはすれ違いが招いた悲運。イトナはティアマトが亡くなったのは己のせいだと自分を責めた。


 今回の件で事態は一層複雑になり誤解を解くには困難を極める。誤解を解かなければ騎士団は竜王討伐をめない。


「このままでは竜王まで……」


「我がどうかしたか?」


 長い髪を揺らしすぐに後ろを振り向くイトナ。その声はここにいないはずの竜王エンディグスの声だ。


「何故君がここにいる……?」


「宣戦布告だ。これから我はこの世界を呪いで満たす。阻止したければ全力で来い。いつでも相手になってやる。この国の王にもそう伝えろ」


 竜王は真剣な目で言う。イトナは竜王の瞳の奥底にある憎悪を感じ取った。


「それだけだ」と言い去り、竜王エンディグスはイトナに背を向ける。


「本気で言っているのか!ティーちゃんはそんなことを望んでいない!」


 止めようと近づく直後、炎の弾丸が真っ直ぐに飛びイトナの頬をかする。

 これ以上来るなという竜王エンディグスの警告だった。


 竜王エンディグスの言葉は本気だ。


 迷いを断ち、吹っ切れた者に何を言っても無理なのかもしれないとイトナは悟る。


 竜王エンディグスの後ろ姿はだんだんと遠くなる。

 このままでは彼が行ってしまう。彼の選んだ道は決して、彼を幸せに導くものではない。拒否されようが、暴言を吐かれようが、走って止めなければいけない。

 彼自身がそれを求めていなくても、彼にその分岐点を委ねてはいけない。


 前に一歩、二歩、三歩進む。けれど、力が抜けて地面に膝を付いてしまう。


 気づいてしまった。ティアマトを死なせた自分が彼に何を言えるのかと。


「くっ……うぁぁああああ!!!」


 喉奥から出る悲痛な叫び。どうしようも出来ない現実に八つ当たりするように地面を叩いた。


 己の夢見る理想は己が成すには力不足で、ただの夢物語だったと痛感した。


 その後、イトナは女王の城に到着する。


 王室の広間、帰還したイトナを団員や上流階級のエルフは疑いの眼差しで見つめていた。


「イトナ……無事だったのだな」


「はい……」


「そうか……。お前が竜王に加担したとの噂が立っているが、どういうことか述べよ」


 イトナは女王ベネディの問いに答えるため、顔を上げる。

 イトナの顔を見て王室にいる全員が驚きのあまり言葉を失う。長い髪で隠れた頬は黒色に変色しているからだ。これは竜王エンディグスが吐く黒い炎がもたらす火傷の跡の印だ。


「これから我はこの世界を呪いで満たす。阻止したければ全力で来い。いつでも相手になってやる。と陛下に伝えるようにと言われました」


「な、なに……!?」

 王室に激震が走った瞬間だった。


 *****


 その日以降、町の至る場所で頭から膝下までを黒いマントで覆った存在が出没するようなる。 


 黒いマントは所々破けていたり穴が空いていたりとボロボロな状態だ。


 その黒マントは、突然現れたかと思えば町中で暴れ出し、黒き炎を撒き散らす。

 その炎に少しでも触れさえすれば、永遠に熱を帯びる火傷となる。


「貴様!何をしている!」


 町の騒ぎに配属された騎士団が駆けつける。


「こ、これは酷い……」


「ひでぇ……」


 駆けつけた時には既に遅かった。騎士団の視界には火傷で苦悶の表情を浮かべる町の住人たち。


 説得に応じない敵だと判断した騎士団は片手に剣を掲げて一斉に黒マントに突っ込む。


 多勢にひるむことなく黒マントは騎士団を捉える。

 一対数十人、人数差で見れば絶対的に不利な戦いだ。ただの狂人の暴動なら一瞬で制圧できる。


 しかし、必ずしも人数差が戦力差を表すとは限らない。

 何故ならばソレは人ではないからだ。ソレは竜だ。紛れも無い憎しみを抱いた一匹の竜。


 ――人間などが敵うはずもなかった。


 ギリギリまで人間が近づいて来るのを待ち、地面を蹴り上げると同時に裾口から炎を放出し、高く跳び上がる。


「燃えろ」


 騎士団の頭上で手の平をいっぱいに広げて、黒き炎を放つ。騎士団は呪いの炎を浴びて悲鳴を上げる。


 永遠に熱を帯びる火傷——それは呪いだ。

 乱暴で残虐な竜。竜王エンディグスの復活は世界中に知れ渡ることになった。


 *****


 ——魔族の国、魔王の館にて。

 竜王は館に忍び込み、階段を登り最上階を目指していた。


「この先には進ませませんよ」


 竜王に糸目、筋肉と認識されていた二人の魔族が階段の先で立ちはだかっていた。


「お前らか。来るとは思っていた」


「竜王さん。復讐なんてことはやめてください。私たちはあなたと戦いたくありません」


「おれも、たたかうのいやだ、やめてくれ」


 階段の上から見下ろす二人の魔族。一歩踏み出せば、この二人と争いになる。

 竜王にとって目の前の魔族は友ではない。だが敵と呼ぶには不要な時間を過ごしてしまった。


 それでも竜王は一瞬の躊躇いも見せない。


 全てはもうこの世には居ない一人の少女の為に。


 竜王は地面を蹴り上げると同時に手から黒い炎を放出、一気に階段をすっ飛び間合いを詰める。


 筋肉は持ち前の剛腕で竜王の突撃を防ぐ。しかし、防ぎきれず後ろの壁に叩き付けられる。


 竜王が被っている黒マントのフードが取れる。


「次はお前だ」と言わんばかりの目で竜王は糸目を捉える。


「つかまえた……」

「何!?」


 壁に叩き付けられた筋肉の魔族が竜王の後ろ足を掴む。


 そのまま持ち上げて逆さ状態になる竜王を通路に投げ飛ばす。


 完全なる不意打ち。意識を失っていると見誤った竜王の誤算だった。

 少年の体は簡単に投げ飛ばされて、床を跳ねながら転がる。

 筋肉の魔族は竜王の首を持ち上げる。


「ぐっ!」


 竜王の首が徐々に締まる。


「こうさん、しろ。ころしたく、ない」


 竜王は日々の戦いに体力を奪われていた。炎を使えば人間の体はもたない。一度使うだけでも反動は来る。


 日々の戦いでの高頻度の使用は明らかに竜王の体を痛めつけている。


 ティアマトが死ぬ直前の言葉を思い出す。


 ——ここで死ぬわけにはいかない。


 竜王は自身を燃やした。瞬時に竜王の体全体に黒い炎が舞う。その炎は筋肉の腕にも飛び火する。


 筋肉は燃え上がる腕に悶絶して竜王の首から手を離す。


 竜王は度々の使用により炎の扱いが上達していた。竜王の体の周りは燃え滾る黒き炎が揺らめき、他者を寄せ付けない。


 近づけば、炎の渦に入るようなものだ。


「時間が無いのだ」


 その後、炎と一つとなった竜王の圧倒的な攻撃に二人の魔族は成す術なく倒れる。


「こ、殺しなさい……永遠に苦しむなら死んだほうがマシです……」


 糸目の言葉に竜王は何も言わず、魔王フィランの部屋へと進む。


 壁に手を付きふらついた足で階段を一段一段上る。


 魔王の部屋の扉を開ける。


 椅子に深く座る魔王フィラン。魔王は視線を動かし満身創痍の竜王を少し観察した後「久しぶりだね、竜王エンディグス」と述べた。


「いやー随分と派手にやってくれたね。これじゃあ館が焦げ臭くて堪らないよ」


「我はこの世の全てを呪いで満たす。既に様々な町を襲った。阻止したければ全力で来い。いつでも相手になってやる」


「あの世界最悪の竜王を止めるとは命がいくらあっても足りないねぇ」


「そうだな。例え人間とエルフと魔族、三種族が手を結んだとしても、お前らに勝ち目は無い」


 そう言い捨てて竜王は魔王フィランに背を向ける。


「それだけですか」


「ああ、伝えるべきことは伝えた」


 魔王は静かに目を閉じる。


「では最後に一言、任せてください、とだけ言っておきましょうか」


 黒マントをなびかせて竜王が立ち去るのを見届けた後、魔王フィランは立ち上がる。部屋の窓から国の様子を眺める。


 その後、頭を掻きながら「荷が重いけどやるしかないか」と呟いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る