第13話
「それから我は人間とエルフと魔族を消し去ろうと思った。他の竜共は我の真似事をし、己の力に酔いしれた。勇者も魔王も我の敵では無かったが、白髪のエルフによって封じられ、目が覚めたら人間になっていた」
「なるほど……過去にそんなことがあったのか……。そのクリファさんという方はとても素晴らしい方だったのだな」
我に毒は効かない。あの時、我が実を食っていたらクリファは死なずにすんだ。
クリファが倒れた時、寄り添うことができなかった。苦しむクリファの背中をさすってやることができなかった。
倒れたクリファの体を抱き抱えることもできなかった。
自分の鋭利な爪が少しでもアイツの体に触れたら傷つけてしまいそうで、何もできなかった。クリファが死ぬ直前、我は無力だった。
「もしかしたら我は、無意識の内に人間になりたいと願っていたかもしれない。それがこんな体になった原因なのかもな」
「この世界に争いが消えない理由は、竜王ではなく他者を理解しない思想そのものということか。人間とエルフと魔族が共存する世界は不可能なのか……」
白髪の女は拳を強く握りしめる。苦悩の表情をしている。
「人間であるのに他種族との平和を願うとは、お前は不思議な奴だな」
「それは、私が人間とエルフ両方の血を受け継いでいるからかな」
「な、なに!?」
他種族同士の間に子供が産まれるなどあり得る話なのだろうか。にわかには信じ難い話ではあるが、この女は我の前で魔術を使った。
魔術を使える人間とはつまり、エルフの血を引いた人間ということだったのか。
「お前の親は余程変わった奴だな。憎むべき対象との間に子を作るとは」
「母がエルフで父が人間、なんでも竜に襲われている父を母が助けたのが出会いだったらしい」
うん?母がエルフ?女の髪は白髪だ。我を封じたのも白髪のエルフ……。
いや、そんなわけがない。ただの偶然だ。だが一応確認しておこう。
「もしかしてお前の母親が我を封じたエルフではないよな?」
「違うが」
「だ、だな。そんなわけないよな」
「君を封じたのは私の祖母だ」
そぼ?言葉の意味を理解した瞬間、我は瞬時にその場から離れ、女と距離を取る。
限界を超えた後で疲れ切っている体が瞬時に動いたことに我自身も驚きだ。
それは生存本能とでも言うべきか。この女には近づいてはならない。またも氷漬けにされてしまうと脳裏に過ったからだ。
「何故離れる?」
「まさか白髪のエルフの子孫だったとはな!もう同じ手には引っ掛からぬぞ!」
「そこまで恐れなくても。私は何もしない」
「恐れてない!」
「そもそも君を封じた魔術は私には使えない」
「地面を凍らせていたではないか。我はその魔術で氷漬けになったのだ!」
「君を封じたのは凍結術と呼ばれる禁断の魔術だ。私は濡れているものを凍らすことしかできない。水から氷を作り出すのと無から氷を作り出すのは次元が違う」
先程の戦いでは雨が降り地面が濡れていたから、地面を凍らすことができたのか。確かに我が封じられた時は雨は降っていなかった。
「ふっ、なるほどな」
白髪の女は我を凍らす術は無い。ならば距離を取らなくて大丈夫だ。我は元の位置に戻り座る。
「やはり恐れていたんじゃないか」
「だから恐れて――ちょっと待て、禁断の魔術?その前に我を封じたエルフがお前の祖母ならば今、この時代はあの時から何年後なんだ?」
我が一度滅んでからせいぜい二、三年ほどしか経っていないと思っていた。だが考えてみればおかしい。
竜の存在を全く感じないことだ。王都と呼ばれる町を始めて見た時、違和感を覚えた。あれだけ発展した町なら快楽にふけた竜が必ず狙うはずだ。
そして禁断の魔術という言葉何か引っかかる。白髪のエルフが魔術を詠唱する際の言葉は……目を瞑り記憶の糸を辿る。
「禁断の魔術の代償は己の命……?」
「その通りだ。そして竜王エンディグスが討伐されて七五年が経過した」
「七五年……」
我の知らぬ間に想像以上の歳月が流れていた。竜である我からしても七五年は長く感じる。何故、七五年後の今に復活したのだろうか。それよりも衝撃なことは、白髪のエルフが既に死んでいるということだ。
術者の死が意味をもたらすのは――
「つまり……我はもう元の竜の姿には戻れぬのか……」
「そんなのは嘘だ」と強く否定したかった。けれどその事実に対して妙に納得している自分がいた。振り返れば今までに話が噛み合わないことが何度かあった。
この世界は我が封じられてから、七五年後の世界で白髪のエルフはもうおらず竜は絶滅した。
「本当なのだな……」
白髪の女は何も言わず頷く。もう二度と元の姿に戻ることはできない。例え戻ったとしても他の竜共はいない。突きつけられた現実があまりにも重すぎて目まいがしそうだ。
このまま人間の姿で生きていくとして、我はどのようにして生きていけばいいのだろうか。
「私は異種族同士が手を取り合う世界を築きたい。私の名前はイトナだ。手を貸してくれないか竜王エンディグス」
イトナと名乗る白髪の女は立ち上がり我に手を差し出す。だが、その手を取ることはできなかった。
「……我には無理だ……」
「私の祖母が君を封じた張本人だからか?」
「違う、ただ分からなくなったのだ。これから何を望みにしてどう生きればいいのか」
言い表せない虚無感を抱いた。あれだけ憎んでいた白髪のエルフはもうこの世にはいない。元の姿に戻ることもできなければ他の竜はこの世にいない。
夜が更ける。また明日がやって来る。我が成すことは何も無いのに。
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