第12話
それからも竜王とクリファは何度か会い続けた。たまに竜王が村では取れない食べ物を持って来ることもあった。
クリファは貰う度に村の住人と分け合った。ゆっくりとだが竜王への恐怖感が薄らぎ、村の雰囲気も少しづつ変わりを見せていた。
そして今日も突然として竜王は村にやって来る。いつもと同じようにクリファは洞窟に続く一本道を歩く。
今回は村で取れる木の実を籠に入れて持って行くことにした。貰うことが多いのでお返しをするのだ。
歩いていると誰かの肩とぶつかってしまう。籠の中の木の実が一つ零れる。
「あ、ごめんなさい。私目が見えなくて」
「いえいえ、いいんですよ。これ落としましたよ」
ぶつかった男は声からして若い男のようだ。男は落ちた木の実を拾い籠の中に乗っけてくれる。
「ありがとうございます。聞かない声ですがあなたは?」
クリファは生まれつき目が見えないが、それを補うように他人より聴覚の機能が発達している。クリファが聞いたことのない声は村の誰かではないことを示している。
「ただの放浪者です。住んでいた村が襲われてしまって、なんとか逃げて様々な場所を転々として生き延びているのです」
「それなら、この先に私の村があるので寄ってみてください。何か助けになるかもしれません」
クリファは自分の後ろを向き村の方向に指を指す。
「ありがとうございます!行ってみます!」
男の足跡がどんどん遠ざかる。クリファは構わず竜王のもとに向かった。
「竜さーん!今日は私が持ってきたよ!」
「そんな小さいもの腹の足しにならん」
「えーいっぱい持ってきたのに。じゃあ私が食べちゃお」
クリファは上に積んである木の実を齧る。
「うん、おいし……い。あれ……?なんか……」
「どうしたのだ?」
「なんか……苦しい……」
齧った木の実が地面に落ちる。その直後クリファは倒れ出す。体が痙攣し始める。
「吐き出せ!吐き出すのだ!」
異変に気づいた竜王は必死に伝える。だが、クリファの意思では体をコントロールすることができない。
「りゅう……さん……」
「おい!聞いているのか!吐き出せと言っている!おい!クリファ!」
「やっと、私の名前呼んでくれたね……大丈夫だから……心配しないで……」
クリファの体は発汗が見られ徐々に憔悴していくのが分かる。
「クリファ!」
クリファの痙攣はピタリと止まった。それが意味するのはクリファの死だと悟るのに時間は掛からなかった。
「なぜ、なぜだ。なにがどうなっている……」
一瞬の出来事。いつもと変わらない場面。死の影など感じさせない日常。だったはずが、視界に映るのは愛する人の死体。
視界の隅に映るクリファが齧った実に気付く。理由はこれしかないと思った竜王はその実を丸ごと食した。
舌の表面がピリピリと疼く。木の実には毒が塗られていた。毒でクリファが死んだことは明らかだった。
クリファは毒で苦しんだとは思えない安らかな死に顔だった。竜に毒は効かない。だが人間は毒を口にすれば瞬く間に死を迎える。
当たり前なことだ。クリファは強くない。盲目で体が細く丈夫ではない。弱い者はいつだって死を迎えるのが早い。
それは自然の摂理で当たり前なことだと分かっていた。だが竜王の心の奥底で酷く突き動かす何かが蠢く。その正体は怒りだ。
怒り怒り怒り怒り怒り――その瞬間、空に竜の咆哮が響き渡る。怒りという強い感情に混じる悲しみの叫び。
幸福な日々の記憶が蘇る。眩しい笑顔のクリファが記憶の中で竜王に微笑む。この先二度と戻って来ない一瞬一瞬が鮮やかに映る。
*****
村の近くでフードを被る男達が集まる。
「あっはははは!上手くいったぞ!まさかこうも簡単に上手くいくとは!目が見えない人間のおかげだな!」
先程、クリファとぶつかった男は被っていたフードを取る。フードで隠れていた長い耳が露わになる。男はエルフだったのだ。
男の手には木の実が一つ。クリファが落とした実と毒を塗った実をすり替えたのだ。大胆にすり替えたところ目が見えないクリファにとって気が付くことは不可能だ。
「おい、本当に竜は死んだのか?」
「今、竜の叫びが聞こえたろ?奴に毒が効いた証拠だ。さあ、これでようやく人間を殲滅できる」
全ては竜王を排除するために練られた計画だ。村の存在はとっくにバレていたが、襲撃するには邪魔な存在がいた。それが竜王だ。
「おい!あれ見ろよ!」
男は仲間の視線を追うと村に戦火が広がっている。自分たちはまだ何もしていない。
「一体誰が?」
人間の悲鳴と共に大声で笑い蹂躙する者がいた。額に角を生やした種族、魔族だ。
「クソッ!魔族の奴らめ便乗したか、ハイエナ共が。一時待機だ」
「その必要はない」
「あ?誰だ今言ったの」
男は仲間の顔を見るが、全員首を横に振る。
「上だ」
指示通りに上を見上げる。目を見開き、開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
エルフたちが呆気に取られるのも無理はない。
頭上に浮かぶは大きな翼を広げ、こちらを睨む
漆黒の竜――
「……お前らが……!跡形も無く消してやろう!!!」
「「「うああああああ!」」」
エルフたちの叫びは一瞬にして変わる。竜の恐怖から体を焼き尽くす断末魔へと。黒い炎が大地を侵食する。
敵討ちはあっという間に終わった。竜王の怒りを治めるにはあまりにも物足りない終わり方だった。
竜の上下関係は力が全てだ。竜の中で最も強き竜が竜王の座を得る。
だが圧倒的な強さとは孤独なものだとエンディグスは竜王になり思い知った。
尋常じゃない強さを前にした時、竜であろうと恐れを抱く。竜王の座を手にした頃エンディグスの周りには誰も近づこうとしなかった。
竜同士の争いを止め和を保つ、自分が孤独になろうともそれを果たすのが竜王の使命だと悟った頃、ある少女に出会った。
その少女は竜を全く恐れないどころか友達だと言った。友達という響きが関係性が新鮮で何度もその場所に入り浸るようになった。
(この燃え滾る怒りを誰にぶつければいい。人間か、エルフか、魔族か。クリファは死ぬ必要があったのか。弱者はいつの時代も淘汰される。誰よりも清らかな心を持っていた。この時代で皆が仲良くすればいいと言う程に。最も尊い生命が奪われた……)
人間の悲鳴が聞こえる。魔族の笑い声が聞こえる。醜く争う耳障りの雑音が怒りを憎悪へと染め上げていく。
「まだ……燃やすモノがあるではないか……」
竜王は狂気的に口角を上げ、人間と魔族を見下ろす。
(答えは簡単だ。この世で醜い争いが絶えないのは、醜い者しか生き残らないからだ。純粋で清らかな者ほど先に死ぬ。ああ……ならば、我がこの世を終わらせよう)
竜王は世界に生きる全種族に宣戦布告する。
「我の名は竜王エンディグス!!この世界の終焉を招く竜の王だ!!!」
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