第11話

「そんな時代来るわけなかろう」


 あれから一週間ほどが経ち、竜王は村に訪れていた。急な地響きがして、もしかしたらと洞窟の方に向かえば竜王が来ていた。


 クリファは竜王に会えたことを喜び、現実で起こっている種族間の争いを聞き、自分の理想の世界について語った。


 そして今の一言だ。即否定されてクリファはムッとして頬を膨らませた。


「この世界は平和にならないって言うの?」


「では聞くがお前の言うみんなが笑い合う世界とは、具体的に誰を指すのだ?」


「人間もエルフも魔族もみんなだよ。みんなが仲良くなればいいじゃん!」


 竜王は分かりやすく溜め息を吐く。


「お前の頭はからか?無理に決まっているだろう。皆自分と違うものを恐れる。人間、エルフ、魔族は根本的に違うのだ。恐いから受け入れずに否定する、それが殺傷を招く。お前は何も見えていないからその恐さが分からぬのだ」


「なら、私は見えなくて良かったよ。だって見えないおかげで竜さんと仲良くなれたわけだし」


 そう言ってクリファは屈託のない笑顔を竜王に見せる。竜を見た瞬間、恐れをなし人々は本能レベルで逃げ出す。それはエルフも魔族も同じだ。


 少女は見た目で判断できない。竜と少女がこうしてごく普通に言葉を交わすことができるのは、少女が盲目だからだ。


「そうだ!みんな目を瞑って話すのはどう?そしたら見た目の違いなんて気にならないよ!」


「どうしようもない馬鹿だな、お前は」


「とか言って~そんなこと思ってないくせに~」


 クリファは肘でグイグイと竜王の足を押す。


「やめろ、おい、突くな」


「私、目は見えないけど簡単な感情ぐらい分かるよ。口では言っても竜王さんは意外に優しいって分かってるからね!」


「ふんっ、勝手に言っておれ」


「あれ、拗ねちゃった?」


「拗ねてない!」


 竜王は必死に否定するがクリファはゲラゲラと笑う。それを陰から覗き込む村の住人たち。竜と人間が対等に会話している、それはまさしく異常な光景だった。


 竜と良好な関係を築くのは生き延びる上で大切なことだ。しかしその関係性があまりにも親密すぎるが故に底知れない恐怖感を抱いた。


 その日の夜――


「なあクリファ、竜との距離が近すぎるんじゃないか?」


「そうよ、この村を守ってくれてるんだからもう少し敬わないと」


 そう言ってくるのはクリファと竜王の会話を見ていた村の住人だった。


「別にいいじゃない。なんだって」


「よくないわよ!もしアンタが怒らせたらどうするの?この村終わりよ!」


 結局、新たな竜が来ても村の雰囲気は変わらずピリついている。生贄役は無くなったがそれは村を守る確証が無いことでもあるからだ。


 今やこの村の存亡の機はクリファ一人に託されている。


 その圧をクリファは鬱陶しく感じるようになる。


 それから二週間後、また地響きが鳴る。竜が来たことを察知した村の住人たちは、クリファに目配りをする。あまり勝手なことはするなという意味だ。


「はいはい分かりましたよ」呆れながら、クリファは洞窟に続く道へと歩み出した。


「竜さーん。いますかー?」


「おるぞ、もう少し左だがな」


「こっち?」


「もう少し、そうその位置だ」


「最近、来てくれてないですね」


「竜王も忙しいのだ。何をそんなに悲しむことがある」


 竜王の瞳には肩を落とし悲しげなクリファが映る。


「私、悲しい顔してる?」


「いつもはもっとバカ元気に動き回っておるだろう」


「だって、みんな竜さんのこと勘違いしている。あなたはとっても優しいなのに、見た目が怖いからみんなから恐れられてる」


「ガッーーアハッハッハッ!お前は本当に面白い人間だな!」


「笑うことないじゃん!こっちは真剣に悩んでるのに!」


 感情的になるクリファを置いて、竜王は口を大きく開け牙を見せ笑い続ける。あの人間が自分に対して哀れみを抱いた。それがただただ可笑しかった。


「おっと、少々笑いすぎた。そのようなことで気にするな。人間が竜を恐れるのは当たり前のことだと前にも言ったはずだ。」


「でも……」


「仕方ない、少し待っておれ」と言いながら竜王は飛び立つ。


「え?」


 聞き返す頃には突風で木々を揺らし、大空に行ってしまう。


 とりあえず言われた通りにクリファはその場で待つ。


 少し待っていると、頭に何かが当たる。


「いたっ!なになに?」


 クリファは頭に当たり落ちた何かを手探りで探す。それを見つけて触ると硬い小石とかではなく、弾力のある柔らかいものだと理解する。


「これは?いて、いていていて!、なになになに!」


 その何かは次々と頭に降って来る。


「待たせたな」


「竜さん?これは?」


「食べてみろ」


 一粒食べてみると程よい酸味と甘さが口にいっぱいに広がる。


「甘酸っぱくて美味しい!初めて食べたよ!こんなに美味しいもの!」


「そうだろう。ここらには無い実だが我の翼があれば一瞬で持って来るなど容易いことだ」


「もしかして私を元気づけるために?ってそんなわけなよね」


「……ああ、そうだ」


 クリファは耳を疑った。竜王が自分のために行動を起こすことなど無かったからだ。


「竜さーん!」


 クリファは腕をいっぱいに広げて、竜王の足に駆け寄り抱きつく。


「な、なんだ!?急に走るな危ないであろう!我の爪で怪我する可能性だってあるのだぞ!」


「本当に私は良い友達を持ったよ!ありがとう竜さん!」


 クリファに笑顔が戻る。今のクリファに竜王の言葉など耳に入らない。


 慌てる竜王の口元が少し緩んだ。


 その後も和気あいあいとした会話が続く。影で覗き込む村の住人たちは目の前の光景に嘘偽りなど微塵も無いと悟った。漆黒の竜とクリファが心の底から笑い合っているように見える。


 種族を超えた友情すら感じた。村長や住人たちは顔を見合わせる。竜の前に出るのはまだ怖い。しかし自分たちが監視する必要は無いと思った。


「クリファなら上手くやれる。私らも私らにできることをやろう」


 村長は住人たちに呼びかける。その言葉に住人たちは頷く。村長は住人を引き連れて村に戻る。


 住人が離れた後、別方向からまだ竜王とクリファをまじまじと覗き込む者がいた。男はフードを被り気配を消している。


 その視線に気付かず楽し気に会話を広げる竜王とクリファであった。

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