第14話
――数時間前王都にて。
「――以上が今日の出来事です……」
城の王室で女王ベネディの前に並ぶのは竜王エンディグスに恐れ逃げて来た騎士たちだ。騎士たちは目の前で起こった恐るべき出来事を女王に報告する。
「それで貴様らは、のこのこと城に帰還したのか。敵前逃亡とは騎士団も堕ちたものだな」
当然敵を前にして逃げ出した騎士たちを女王ベネディが許すわけがない。
これ以上の無い緊迫感が王室を包み込む。王都に残った副団長ハルバラと騎士たちは見守ることしかできなかった。
「で、ですが竜王エンディグスはあまりにも脅威で、我々では成す術もなく……」
「今発言した者は前に出ろ」
「は、はい」
冷や汗を流しながら一人の男が一歩前に出る。
「ハルバラ、この人間を殺せ!今目の前で!いや逃げ出した連中全員だ!」
女王ベネディは王座から立ち上がり逃げ出した騎士たちを指さす。そこには常に
「陛下、少しお待ちください。それはあまりにも——」
「うるさい!私は竜王を討伐するようにと命じたはずた!それなのに帰って来るということは私への命令を無視したも同然だ!よって反逆罪とし処刑だ!イトナはもういない!貴様がやるのだ!ハルバラ!」
人間の命を何とも思わない発言。女王陛下の言葉は絶対。逆らえば死罪は免れない。自分の命を天秤に乗せて反発できる人間など誰もいない。騎士たちは歯を食いしばり拳を硬く握りしめる。動けず傍観することしかできない自分が悔しくてたまらなかった。
「陛下に対し忠誠心が無い者は殺すべきです!」
「陛下への反逆は重罪!死をもって償うべきですな!」
「さあ、早く殺すのです!」
上流階級のエルフたちは女王の発言に乗っかる。
ハルバラは鞘から剣を抜き取る。団長のイトナがいない中、騎士団の最高責任者は副団長のハルバラだ。
手の震えが剣先に伝わる。今まで苦楽を共にしてきた仲間を斬るなど出来ることではない。
「……ここでの処刑は血で王室を汚してしまいます。神聖な場でそのようなこと私には出来ません……」
「クッ!……そうだな……少し取り乱してしまった」
歯を強く噛み深呼吸をする。女王は常に冷静で堂々としなければならないと自分に言い聞かせて、怒りを鎮める。
目に見えない恐怖、計り知れない大きな存在が女王ベネディが築き上げてきた世界を脅かす。
「今日の会合は終了とする。処刑は後日に行う。退出を許可する」
騎士団たちは恐る恐る王室を出る。
「本当なのでしょうか……竜王エンディグスが復活したというのは……」
重たい空気の中、切り出したのは上流階級のエルフの中の一人だ。
「事実でしょう。イトナも竜殺しのスレイという男も戻って来ない。竜王エンディグスにやられたと考えるのが自然です」
「でも、人間になるなんてそんなことあるわけが――」
「じゃあどうして帰って来ないのよ!……何で今頃になって復活するのよ!」
女王ベネディは髪を掻きむしり嘆く。
「……すぐに竜王の対策を講じます。アナタたちも戻りなさい」
女王は溜め息を吐き頭を抱える。微かな声でイトナの名前を呟いた。
*****
次の日――
「何故付いて来る」
実際には付いてきているわけではないが、我の前をイトナが歩く。
「ではコール町の方角が分かるのか?」
確かにどの方角に進めば町に辿り着くのかは分からないが、あまりコイツと一緒にいたいとは思えない。
そもそもまだこのイトナという女を信用してはいない。昨日には殺し合っていた仲だ、隙を見せるには早すぎる。
なので少し距離を置いとくのが正解だ。
「まだ私が怖いか?」
イトナはチラッと振り向きそう言う。
「ふっ、我が人間なんぞに恐れるわけなかろう。ただお前の行動理由が分からぬ以上警戒すべきだと判断したのだ」
「昨日言ったはずだ。種族を超えた平和を築きたいと」
「どうやって?」
「それは……」
イトナは言葉を詰まらせる。理想と現実は違う、そんな言葉がピッタリのこの世界では仕方の無いことだ。我は平和を築く方法など無いと断言できるが、この女は諦めていないようだ。
「そもそも騎士団の団長とやらがここにいていいのか?」
「団長はお飾りみたいなもだ。私がいなくても騎士団は上手くやっていけるさ」
「お飾り?」
一瞬沈黙が流れた後、イトナは歩きながら淡々と話を始める。
「陛下は私の
「
「私の母の姉だ」
なるほどな。白髪のエルフには二人の娘がいた。妹の子がこのイトナという女で、姉は国の女王となり支配しているということか。段々とこの世界の全貌が見えて来た気がする。
イトナは話を続ける。
「私が産まれた後、父と母は処刑された。人間との間に子供を産んだ理由で。一人になった私を母の姉である陛下が引き取ってくださった。城の使用人に育てられて、幼い時から陛下を守る騎士になるよう言われてきた。それと自分が人間とエルフのハーフであることを他言してはならないと言いつけられた。経験が浅く実力も足りない私を騎士団の団長に任命したのは、地位を与えることで約束を破らせなくするためだろう」
人間とエルフは対等ではない。エルフの地位は人間よりもずっと高い、それは当然のこととなっている。
格下の人間との間に子を作ったエルフがいると町に広まれば、作り上げたその当然に綻びが生じる。民に悪い影響を与えると危惧した女王は実の妹とその夫を処刑にした。
なんとも良い話ではないな。
「地位や権力の固執、愚かだな。何故そんな奴に仕える?お前の親を殺した奴を」
「憎むのが正常だと分かっていても、どうしても陛下を憎むことができない。おかしな話だな……」
声の高さは変わらず淡々と話しているが、後ろ姿からは悲壮感のようなもの感じる。
自ら進んで話したい内容でもないだろう、これ以上詮索するのはやめておくか。
「そうか。それは、なんと言うか……」
「ははっ、まさかあの竜王が人の事情に気を遣えるとはな」
我が言葉に迷っているとイトナは少し笑う。
「我を馬鹿にしているのか?」
「いや、誤解させたならすまない。外見は少年で内面は竜王、君を見ているとそれを忘れそうになる」
「つまり何が言いたい」
「人間らしいということだ」
人間らしい、やはり馬鹿にしているではないか。我は竜なのだから。
それから他愛ない話をしながらコール町に到着した。騎士団の団長ということもあって町の住人とすれ違うと皆が二度見する。
老婆の家に着いて扉を叩く。
「おい老婆、我が帰ってきたぞ」
家の中で二階から忙しく降りてくる足音が聞こえる。
「リュウちゃん!無事だったのね!」
「ああ、なんとかな」
「えっと……何で団長様と一緒なのかは分からないけど、とりあえずいいわ。早く上がって」
「何かあったのか?」
「ティーちゃんが大変で」
ティアマトは自分のことを置いていつも我を気にかける。我が帰還して真っ先に来ないということは……。
家に飛び込み急いで二階に駆け上がる。
「ティアマト!」
部屋に入るとティアマトはベッドに横たわっている。
「ティアマトどうしたのだ!」
ティアマトは目を微かに開けて唇を動かす。
「りゅうおうさま……?」
「ああ、そうだ。具合が悪いのか?」
「なんで……これは夢?」
「現実だ!我は帰ってきたのだ!」
すぐさまティアマトの手を握る。
「りゅうおうさま……よかった……」
ティアマトはゆっくりと頬を上げながら涙を流す。涙がティアマトの頬を伝う。
「言ったろ!我は帰って来ると!」
「……」
「ティアマト?」
ティアマトは再び目を瞑り我の呼びかけに反応しない。様子が変だ。顔が赤く呼吸が荒い。
「ティアマト!しっかりしろ!」
「風邪を引いてるのよ、リュウちゃん」
遅れて部屋に入って来た老婆が言う。
「かぜ?何だそれは」
「体の具合が悪くなることよ。リュウちゃんとティーちゃんが帰って来なくて探しに行ったら、雨でずぶ濡れになっているティーちゃんを見つけたのよ。リュウちゃんの帰りを待つんだって言ってたわ。ずっと雨の中にいたから体調を崩したみたいなの」
我の帰りずっと待っていて体を壊したのか。
「どうすれば治る?」
「そうねー、水分をいっぱい取って何か栄養のあるものを食べさせたらすぐに良くなると思うわ」
「栄養のあるものとは?」
「本当だったらお肉がいいんだけど――」
「分かった。取って来る」
「ちょっと、リュウちゃん!?」
老婆の言葉を待たずに部屋から出て階段を降りる。ティアマトは体が弱い、至急肉を持ってくる必要がある。
待っていろ、ティアマトすぐに栄養のありそうな肉を待ってくるからな。
我は町中を走り肉を取引している店を探す。
奥に乾燥した肉が吊るされている屋台を見つける。
「おい、そこの肉をくれ」
屋台の店主らしき大柄な男に頼む。
「坊主金はあるんか?」
「無い、だけどくれ」
「はあ?あげられるわけないやろ。金ないならとっと去れ。シッシ!」
店主は我を面倒くさそうに手で追い払う。
「頼む!少しでいいのだ!」
「そんな無理に決まったとるやろ!こっちも商売なんや!」
我と店主が睨み合っていると、誰かが声をかけて間に入る。
「私からもお願いできないだろうか」
割って入って来たのはイトナだった。我の後を追いかけて来たようだ。
「誰やアンタ、って騎士団の団長様じゃないですか!?」
店主は我と同じように睨みつけるが、イトナの顔を見た瞬間表情が固まる。
「今は訳あってお金がないが、後で絶対に払う。だから少しそのお肉を分けてくれないだろうか」
イトナは頭を下げてお願いする。
「いやいやいや、いいですって!タダでお渡ししますよ〜」
我との対応とは一変、店主は急に申し訳なさそうな表情を浮かべる。
さっきまでの横柄な態度は何だったのだろうか。我と対応が違い過ぎてムカつくな。
「何もそこまでは――」
「いいんですよ!実は妻と子が魔族に襲われた時に騎士団の方々が助けてくださったみたいで、すごく感謝しているんです!お礼だと思って受け取ったくださいよ〜。あ、すぐにお包みしますね!」
なんか口調まで変わっていないか?気味の悪さまで感じるのだが。
店主は体をクネクネ曲げて嬉しそうに肉を紙に包んでいる。
まあ、肉が手に入ったのだし良しとしよう。
イトナは店主から肉を受け取り、「これでいいか」と我に渡す。
「何で協力する?」
「あの少女が風邪を引いたのは私の責任でもあると思ってな」
「そうか、感謝する。いくぞ」
我は肉を包んだ紙を抱えて急いで家に戻る。
「老婆!これでいいか!」
「こんなにも……どこで貰ったの?」
包まれた肉の量を見て老婆は驚く。後ろにいるイトナに視線を向け、肉の入手方法を察する。
「ありがとうございます、団長様。リュウちゃん、今からとびっきり栄養満点のスープを作るわね!」
老婆は言い終えるとそそくさと調理場の方に向かう。
我にもできることはないかと聞くと、今はティアマトの傍にいてあげてと言われた。
我は頷き二階に上がりティアマトが眠っている部屋に向かった。
我は椅子に座りティアマトの様子を伺う。表情を見ても苦しさが伝わってくる。額に汗が滲み顔が赤い。そっとティアマトの額に手を添えるが、熱さを感じなかった。
見るからにティアマトの体温は上がっているが我の手は何も感じない。自分の手のひらを見る。
黒く焦げた手はすで熱感覚が正確ではないことを気付く。
「君のその手は大丈夫なのか?」
イトナが部屋に入り壁に寄りかかる。
「竜の力は人間の体には合わない。使えばこうなることは承知の上だ。だから何らかの後遺症が残っても後悔は無い」
後遺症で済めばいいがな……。
「君は強いな」
「どこかだ。今の我はひ弱で力を制御できず、火を吐くことも空を飛ぶことも出来ない」
「肉体の話じゃない心の在り方の話だ」
心の在り方。力に身を任せ復讐心を宿し、暴れ回っていた以前の我とは違うと自分でも分かる。
「きっとこの人間といて変わったんだ」
「その子はどんな子なんだ?。いや、言いたくなければ言わなくていい」
「元はエルフの奴隷だった。それもあってか、当たり前の日々を幸せだと言う。我に救われたと言っていた。いつも自分のこと以上に我のことを気にかける。考えてみれば変な奴だな」
「奴隷……」
ポツリとイトナは呟く。きっとティアマトを前にしてイトナは責任感を感じている。
イトナは言動からして責任感が強い性格をしている。
「りゅうおう、さま……」
ティアマトは瞼をピクリと動かし薄っすらと目を開く。
「目覚めたか!ティアマト!」
「帰ってきたのにこのような形で、ごめんなさい……」
ティアマトは言いにくそうに話す。すぐに体を起こそうとするが、我は手で肩を押さえて止める。
「無理するな。休んだ方がいい」
「竜王様は大丈夫でしたか?」
その言葉に思わず口元が緩む。この状況でも自分のことより我を気にかけている。
「大丈夫だ。我にかかればあんな奴ら楽勝だったぞ。我は強いからな。だから今はゆっくり休め」
我の言葉に「はい」と言って安心した様子を見せる。イトナの冷たい目線が気になるが見ないようにしとこう。
「あの人って……」
壁際にいるイトナの存在に気づくとティアマトは困ったようにして我を見つめる。説明を求めているが何と言うべきか。ティアマトからしたら目が覚めたら何故だか敵が自分の部屋にいる状況だ。
しかも今顔怖いし。
「そうだな……働き口を失ったみたいで帰るところが無いらしい。すまないが、少しの間我慢してくれ」
「おい!誤解を招くような言い方をするな竜王!それではまるで私が哀れではないか!」
「だいたい合ってるだろ」
「合ってない!」
「もういいじゃないか。どうでも」
「説明するのが面倒くさいからって適当に説明するのはやめろ!いい、私が説明する」
イトナはベッドの上にいるティアマトに近づく。
「初めまして、私の名はイトナだ。騎士団の団長を務めている」
その後、自己紹介をした後に事の経緯をティアマトに説明する。
「——というわけだ」
「そうだったんですか……。結構ギリギリだったんですね。本当に無事で良かったです、竜王様」
楽勝と言ったのに事細かく全て話しやがって、恨むぞイトナ。
「あの時は我一人に対して大勢だったからだ。だからギリギリだったんだ。次、一体一で戦えば我の勝利は明白だ」
「ふふっ、みんなが平和に暮らせる世界になったら、みんなが幸せになれますね。私もそんな世界に住んでみたいです」
「いつか私が作ってみせる。約束する」
「考えも無いくせに約束して大丈夫なのか?」
またも睨まれる。
「あら、ティーちゃん。起きたみたいね。ちょうど良かったわ。今できたところよ」
老婆は湯気が立つ熱々のスープを、板のようなものに乗せて持ってくる。大きめに切られた肉と野菜が入っていて具沢山だ。
「ありがとうございます」
スープを受け取ろうとティアマトは起き上がり手を差し出す。
「自分で食べられないでしょ。リュウちゃん、食べさせてあげなさい。お兄ちゃんなんだから」
「何で我が!」
「いいんですよ、竜王様の手を煩わすのは悪いので……」
不服そうな顔で何も言わずジッーと我を見る老婆。前にも似たような展開があった気がするが……仕方ない。
「分かった!分かった!」
我の様子を見てイトナは口を押えて笑いを堪えている。老婆の言いなりになっている我を馬鹿にしやがって!
スープを受け取り匙で具と汁を掬う。それをティアマトの口元に持っていく。
「フーフーしてあげないと熱いわよ」
「ふーふー?」
「息を吹きかけて冷ますのよ。ふーふって」
老婆の言う容量で息を吹きかける。ティアマトは少し恥ずかしそうにしながら、匙で掬ったスープを口にする。
「おいしいです」
満面の笑みで答える少女に全員が微笑んだ。その後も一口一口ゆっくりとスープを飲んでいく。そして全て食べ終えたティアマトは横になる。
「もう少し寝たらすぐ良くなるわ」
そう言いながら老婆は、分厚い布きれを優しくティアマトの首元までかける。
ティアマトは不安な顔つきで我の方を見る。
「我はもうどこにも行かない。ゆっくり休んでおれ」
「はい」と小さく言ってティアマトは目を瞑る。
ゆっくり眠れるよう静かにしようと部屋を出る。 部屋を出た瞬間、老婆は我の肩を掴む。
「リュウちゃん、何があったの!?その手はどうしたの?無事じゃないわよね」
心配しているのか我の肩を強く揺さぶる。
「そこまで心配することじゃない。とりあえず腹が減ったから何か食べたい」
「わかったわ。スープの余りがあるからそれを食べましょう」
老婆は深く息を吐き、いつもの落ち着いた様子を取り戻す。
一階に降りて、テーブルにスープが入った皿を並べる。イトナは我の横に座り、老婆は我の対面に座る。
「団長様もよければどうぞ召し上がってください」
「すみません、私の分まで」
「団長様のおかげでもありますので。それに聞きたいこともありますし」
「そうですね。あなたに説明する義務が私にはある。全てお話します」
若干重苦しい雰囲気が流れる中、我はスープを口にした。
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