第15話
一方王都では——
「クソッ!どうすればいいんだ!あの竜を倒す手立ては何か無いのか!」
城の会議室で副団長ハルバラは焦りから壁を叩いた。団長のイトナが不在の中、騎士団の指揮はハルバラに任されていた。
人間となって復活した竜王を倒す手立てが全く思い浮かばない。
団員達は不安や恐怖感に呑まれ、正常な会議などできなかった。
早くこれからの方針を決めなければ騎士団が空中分裂してしまいそうで、組織の上に立つハルバラは焦燥感に苛まれていた。
「何で今頃、人間になって……」
一人の団員が頭を掻きむしり嘆く。
「人間……。尋常ではない力を持っていても、今の竜王は人間の体を有している。もしかすれば、あの時効かなかったものが効くかもしれない」
「竜王を倒す手立てが思い浮かんだのですか!副団長!」
「もしかすれば……」
それは、ハルバラにとって一筋の希望が見えた瞬間だった。
*****
「そうですか……そんなことが……。団長様はこれからどうするおつもりなんですか?」
「王都に戻り、種族の平等を私から陛下に訴えます」
「それは無理だな」
我は皿を持ち上げて残りのスープを一気に飲み干す。雑に手で口を拭った後、言葉を続けた。
「王都で何を言っても無駄だ。それはお前も分かっているはずだ」
我も一度王都に行ったことがある。あの場所は最もエルフ至上主義が色濃く出ている。
国の頭がいるのなら当然のことではあるが。
「確かにそうかもしれないが、これ以外に方法は無い」
「最悪死ぬかもしれないぞ。エルフから見れば人間のお前がどれほど正しいことを叫んでもそれは悪とみなされる。あそこはそういう所であろう」
「なら、少しの間うちに泊まっていきますか?」
「それはダメです!あなたたちを巻き込む訳にはいきません!」
イトナは立ち上がり老婆の提案を強く拒否する。
「行く宛がないんだから仕方ないですよ。いいわよね、リュウちゃん」
「巻き込むも何も我は竜王だぞ。我抜きで話が進む訳なかろう。それに——」
「リュウちゃんも賛成みたいです。団長様」
「まだ話が途中だ!いいか、これだけは言っておくぞイトナ。自惚れるな、世界の全てを自分だけが背負っている気でいるな。お前はただの人間だ。脆くて弱い。一人で世界など変えることは不可能だ」
「だから、我も協力するって言ってます」
「言ってない!勝手に付け足すな。まあ、少しの間ならここにいてもいいぞ」
「本当に感謝します!」
白髪の長髪を垂らしイトナは頭を下げる。
「いいんですよ、頭を下げないで下さい。団長様が若い頃の私にそっくりで放っておくことができないだけですから」
「……それは絶対嘘だな」
「リュウちゃん、今なんて言ったかしら。私だってね若い頃は村一の美女って言われてたのよ」
老婆は段々と距離を詰めて圧をかけてくる。
「事実を言ったまでだ。何故怒る?」
「リュウちゃんは若いから分からないのよ。いいわねー若くて」
老婆は口を尖らせ両手で我の左右の頬をつねって引っ張る。
「肌もこんなに柔らかくて、私も戻りたいものよ」
「げんひぃふをみろ」
イトナは我と老婆のやり取りを無言で見つめたのち、張り詰めた顔が綻び微笑んだ。
それからイトナは老婆の長話に付き合い、我はティアマトの状態に異常が無いか確認するために二階の部屋に行った。
ベッドの横にある椅子に座りぐっすり眠っているティアマトを見る。先程より顔が安らかな気がする。体調は回復に向かっているようだ。
「少し疲れたな」
疲労が溜まっているのを感じて、目を瞑り椅子に座りながら我も少し睡眠を取ることにした。
『僕が絶対に君を守るよ』
それを聞いて目の前にいる見知らぬ少女が笑う。
——お主は誰だ?
「竜王様?竜王様?」
ティアマトが我の名前を呼び、徐々に意識が覚醒し始める。目を覚ますとティアマトが体を起こしている。
「あ、ん?ティアマトどうした?」
「そんなところで寝させてしまってすみません。私が使っているばかりに……」
「気を使わなくていい。それより体の方は元に戻ったのか?」
「はい。おかげさまで良くなりました」
「そうか、それは良かったな」
とりあえずこれで心配する必要は無くなった。しかし、今の少女は誰だ、記憶にないぞ。
「竜王様、その手は……」
ティアマトが変色した我の手に気づく。
「ああ、大したことない」
「……嘘ですよね」
「嘘?」
「だって前も気を失っていましたし、さっきだって熱いスープが入った容器を素手で持っても無反応でしたし……もしかして手の感覚が無くなってきているとか……」
優しくて臆病な少女、それがティアマトの認識だった。子供だから誤魔化せると思っていたが少し見くびっていたのかもしれない。
「お前は鋭いな。ティアマト、お前の言う通りだ。竜の力と人間の体は嚙み合わない。手の感覚も鈍くなってきている。正直体への負担が少しばかりキツイが、でも心配は無い我は竜王だからな」
「……どこかに逃げませんか」
「逃げる?」
「わたしはこれ以上、傷つく竜王様を見たくありません」
「ティアマト我は――」
大丈夫だ、そう言いかけて辞めた。もうティアマトに誤魔化しは効かない。竜の力を使い続けて、どうなるかなんて我には分からない。
今は後遺症で済んでも、最悪死に至るかもしれない。
「わたしは争いが無い場所ならどこだって構わないです。どんな場所でもあなた様と共にいられるなら」
ティアマトは手を伸ばして、我の黒く変色した手を優しく包み込む。ティアマトと争いの無い場所に一緒に逃げる。そんな未来像が頭の中でチラつく。
争いとは無縁の場所、そんなところなど存在するのだろうか。そんな場所があれば居心地が良くてきっと復讐なんかよりもよっぽど楽しいはずだ。
もしかすれば、その生き方が人間の姿となった竜が選ぶ選択なのかもしれない。
「竜王!いるか!」
勢いよく扉を開けてイトナが部屋に入ってくる。
「魔族が町に来た!それもかなり数が多い!」
「なに!?」
驚き立ち上がるとティアマトが心配そうに見つめる。
「行くんですか……」
ティアマトの握る手が強くなるのを感じる。
「魔族を止めなけらばならない。すぐに戻って来る。だからまた話の続きをしよう」
「絶対ですからね……絶対戻ってきてくださいね」
「約束する」
魔族を止めることは容易いことではない。そんなことはティアマトだって分かってるはずだ。無事に戻れる確証なんて無いのに約束事をするとは、我もイトナのことを言えないな。
ティアマトは我の目を見ながらゆっくりと手を離す。
「行くぞ、イトナ」
イトナは頷き部屋を出る。我もその後を追いかけ一階に降りる。
「リュウちゃん、ちょっと待って」
一階にいる老婆に引き留められる。
「なんだ?」
「絶対戻ってくるのよ。ティーちゃんの為にも」
「もちろんだ」
老婆は首元にかけてある翡翠の小石を取り外す。
「これはお守りよ」
そう言って我の首元に紐で輪っか状になっている小石を掛ける。
「外は危険なので出ないでください。……もし身の危険を感じたら、その時は家を出て逃げてください」
家に縛り付けるのは返って危険だ。状況把握が出来ていない今、最終的には各々の判断で動くことが命を守ることに繋がる。
「分かったわ。二人ともくれぐれも気を付けて」
家を出て外に出ると、いつもは静寂な町が騒々しい音で溢れかえっていた。夕暮れ時になり響く怒声。それと共に聞こえる悲鳴。
攻め入る魔族たちとそれに怯える人間たちだ。
「うああああああ!」
近くで男の悲鳴が聞こえる。悲鳴の方へ急いで向かうとイトナと同じ純白の鎧を纏った男達が倒れている。
「イトナ、もしやこいつらは……」
「ああ、この町を取り締まっている騎士達だ。おい大丈夫か!」
イトナが体を揺さぶり声をかけても返事はない。気を失っているようだ。
「人間みっーけ!」
背後から声がして振り向くと、額に角を生やした若い男が一人。間違いない魔族だ。
「突然だけど死ねっー!」
魔族の男は地面を強く蹴り、高く跳び我らめがけて拳を振り下ろそうとする。
イトナは瞬時に倒れている騎士の鞘に入ったままの剣を取り、低姿勢で構える。
男が振り下ろす拳よりも下に潜り込み、鞘を振り上げて胴体を力一杯に打つ。
打たれた男は横に勢いよく逸れピクリとも動かず倒れる。
さすがの剣術といったところだ。
「す、すごいな」
「素晴らしい腕前だ女よ」
イトナを称賛する拍手が鳴る。現れたのは、毛皮付きの黒いマントを着た上半身裸の男。大柄で立派な角を生やした魔族だ。
この異様な威圧感、見ただけで分かる。この魔族は他とは格が違う。
「貴様か?シドーを
「シドー?」
その魔族を倒したのは我だ。イトナが知る由もない。
「俺様はちまちましたことが嫌いなんだよ。いつまでたってもシドーは戻ってこねえ。だから、この町は俺様自らぶっ壊す!俺様の名はルブード、魔族の王だ!」
魔族の王と名乗る男は不敵に笑い戦闘態勢に入る。
余力を残せる程の敵ではない。男が間合いに入る瞬間、全火力で迎え撃つ。
男が地面を力強く踏み込み、一気に間合いを詰める。
今だ!なに……!?
手の平から炎が放出されない。その一瞬の隙が仇となり、大きな拳が顔面に迫る。
「危ない!」
イトナが我の前に出て剣を盾替わりにして擦れ擦れのところで拳を防ぐ。
拳と剣が衝突する。
「人間の女のくせにやるじゃねぇか!だがこれならどうだ!」
男の丸太のような太い腕の筋肉がさらに盛り上がる。イトナの剣が押され始める。純粋な力量ではイトナが圧倒的に不利だ。
我も加勢しなければ!もう一度炎を出そうと力を込めるが、体から沸き起こる熱を感じない。なぜだ……?
「吹っ飛べ!」
「ぐっうああああ!」
イトナは押し合いに負けて吹き飛び地面を転がる。
「次はお前だ、
男は殺意の
この男、デカい……。体が勝手に震え出す。竜王の頃では感じることの無かった恐怖感に呑まれる。真正面にいるこの男は我を容易く殺すことができる。炎は使えない、どうすればいい……。迫りくる恐怖に思考が動かない。
「逃げろ!」
イトナの声がした時には首元を掴まれていた。男の片手は我の首もとを締め付け、体を簡単に持ち上げる。
足が浮かび息が苦しくなる。
「消えろ、跡形もなく」
その一言の後、男は我の首元から手を離す。地面に落ちるその刹那、男の拳が我の体に直撃する。
「ぐはっ!」
重い一撃。体が宙を浮いたまま吹き飛ばさられる。視界に映る景色が急速に回転し、物凄い勢いのまま家の壁に叩きつけられる。
圧倒的な力。まさに瞬殺だった。体がピクリとも動かず立ち上がることができない。
頭から血が流れ、赤い線となり頬を伝う。体の節々が痛い、頭が朦朧とする、視界がぼやける。
イトナだけに任せておけない。まだ魔族が何人いるのかも把握できていない。
「我が行かなければ……」
無様な我の姿を夕焼けの光が照らす。温かな光は次第に堕ちて何もない暗闇へと変わった。
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