第19話
目が覚めて知らない天井が映る。またまた気絶をしていたみたいが、ここはどこだ?
体を起こすと至近距離に逞しい男の顔が映る。
「うわあ!な、なんだお前!」
「お、目を覚ましたか。ちょっと、まってろ」
確かこの男は人質を助けた魔族だ。魔族は部屋を出て左通路を曲がる。
「おおーーーい!チビの意識が戻ったぞーーー!」
姿は見えないが通路でバカデカい声量で魔族が叫ぶ。
「誰がチビだ!」
すると次第に大きくなる通路を走る音が聞こえる。
「竜王様!」
ティアマトが小走りで部屋に入って来る。我に駆け寄るティアマトがつまずく。
前に転びそうになるティアマトを抱きかかえる。自然と自分の体が動いていることに驚いた。
「あっ!すみません!」
「全く慌ただしい奴だな」
「ほんとうによかったです。お願いですから、もう離れないでください」
安堵した表情を見せ我の胸に顔をうずめる。ティアマトの抱きしめる力が少し強まる。
「ああ、分かった」
「せっかくいいところを邪魔するようで悪いのですが、竜王エンディグス様、魔王様がお呼びです」
咳払いをして現れたのは糸目の魔族だ。
「魔王?魔王はあのルブードって奴じゃないのか?」
「いえ違います。ルブードは魔王を名乗っていただけです。そのことについても魔王様から説明がありますので来て頂けますか?」
「分かった。すぐ行こう」
筋肉隆々の魔族と糸目の魔族は人質となった人間を助けていた。敵対関係にある種族を助けるなど普通はあり得ないことだ。
コイツらの王は話が通じる相手かもしれない。
糸目の魔族と筋肉隆々の魔族に連れられて部屋を出る。
細長い通路を歩き階段を登る。種族の王が住む場所としてはいささか貧相な気もする。
最上階の扉、どうやらこの先に魔王がいるみたいだ。
「魔王様、竜王エンディグス様とティアマト様をお呼びしました」
糸目の魔族は扉を軽く叩いてドアノブを捻る。
魔族の王、一体どんな奴が――
「よっすー!僕の名前は魔王フィラン!」
え?よっすー?
扉の先には机に座り、魔王フィランと名乗る若い男。黒髪で中肉中背で見た目も特徴も無く、至って普通。
何というか魔王というオーラが無い。これなら横にいる筋肉隆々の魔族の方が魔王の称号が似合うまである。
「えっと……よっすー!」
「いや、我の名は竜王エンディグスだ」
「わたしはティアマトと言います」
「知ってるよ!君たちの名前を言ったわけじゃないよ!挨拶だよ挨拶!」
魔王は机を叩いて立ち上がり否定する。
「魔族の挨拶は独特なのだな」
「魔王様、魔族全体のイメージ落とすようなことやめて頂きたいです」
「ごめんね!僕が悪かったよ!」
なんだか騒がしい奴だ。とても王に必要な素質を兼ね備えているとは思えない。
「助けて頂いたのに失礼だぞ、竜王」
長椅子に座っているイトナに気がつく。我より先にこの部屋に案内されていたようだ。
「イトナ、お前までいたのか。そうか、倒れた我らの治療をしてくれたのか。そういえばメリーはどこにいったのだ?」
「竜王様、メリーさんは町に残りました。混乱状態にある町の皆さんをほっておけないと言っていました」
「そうか。では魔族の国に来たのは我らだけということか」
町の半壊から見て怪我をした人は多くいたはずだが、それよりも魔族を信用できなかったのだろう。
「魔族は凶暴で極悪といった悪いイメージが付き物だからね。仕方ないよ。今の挨拶もそんなイメージを和らげるために考えたものだったんだけど、今回の件で魔族の偏見はさらに強まるよね」
魔王フィランは深く溜め息を吐く。確かに魔族は凶暴で極悪といった言葉が当てはまるが、目の前にいる魔王フィランはその言葉とは反対になんだか頼りなく弱弱しい感じだ。
「今回町で起きた魔族の襲撃は魔族全体の総意では無いということですか?」
そうイトナが聞く。
「そのことについても説明するね。竜王エンディグス君とティアマトさんも座って、長くなるからね」
魔王の言う通りに我とティアマトも長椅子に座る。
「七五年前、竜王エンディグスが滅んだ。その後不思議な事が起こった。人間とエルフと魔族、長く続いた争いも竜王エンディグスの滅びと同時に終止符が打たれた」
「一時休戦だったのではないのか?何故争いが再開しない」
「不思議だよね。共通の敵を見出して変な仲間意識が生まれるなんてさ。他の竜もそうだけど中でも竜王エンディグスは強すぎだ、圧倒的なほどに。戦場は常に死と隣り合わせだ。休戦が長期化しすぎたのもあるけど、共闘したが故に生まれた感情だよ」
我の死後そのようなことがあったのか。では何故今の様な敵対関係に変わってしまったのだろうか。
「竜の時代が終わった直後、人間とエルフと魔族は確かに共存の道を辿っていた。けれど、当然共存という選択に納得のいかない者もいて反乱活動の様なものもしばしばあった。そしてある日事件が起きた。反乱魔族の一人があるエルフを殺した。反乱活動では初めての殺害だった。それを知った女王ベネディは全魔族を危険視して国から追放した。僕ら魔族は荒野を彷徨い、飢餓に喘ぎ苦しんできた。一から自分たちの国を作ろうと奮闘し、やっと安定した生活を確立することができた。でも恨みの根は深くて一部の魔族たちは力による革命を起こそうとした。自分たちが種族の頂点に立つためにね。いつしか過激派魔族と呼ばれる集団が出来上がり、この国を出て雲隠れをした。彼らの存在を確認した時には勢力が大きく拡大していた。だから
ルブードとやらが自称魔王で、後ろにいる糸目と筋肉が回し者だったということか。
魔族が国を離れたことで人間、エルフ、魔族の三種族のバランスが崩れた。それにより、今の様なエルフ中心の世界へと変わってしまったということか。
「君たちを危険に晒してしまったこと本当に申しなかった」
魔王は立ち上がり席を離れて、頭を下げる。糸目と筋肉もそれを見て頭を下げる。
「我は竜だから許すも何もないが……」
イトナの方に視線を向ける。
「どうか頭を上げてください。今回の件で魔族の方々を責められる者は誰もいません。一部の魔族が暴挙に出たのは私たちの責任でもあります。私からも今回の件で誤解が広まらないようにきちんと伝えていくつもりです」
「イトナさん、心から感謝する。あなたの様な人がトップだったら話も進みやすいのだがね」
その光景を見てティアマトが微笑む。
「何が嬉しいんだ?」
「なんだか、見えた気がしたんです」
「見えた?」
「はい、平和のかたちです」
平和のかたち……。もしかすれば、イトナが目指す種族の壁を越えた世界は絵空事ではないのかもしれない。関わらずに相手を理解することはできない。ゆっくりではあるが、一つ一つの関わりが平和の世界をかたち作るのだろう。
「ところで何故君は竜王エンディグスと名乗っているんだい?」
魔王フィランが不思議そうに聞く。
「うん?我が竜王エンディグスだからだ」
「そういう設定なのは分かるけど、何故邪竜の名を名乗るの?」
考えてみれば竜王エンディグスと名乗って本気で捉えるわけないか。
我は簡単に説明をした。
「いやいや、そんなことあるわけないでしょ。竜が人間の姿になるなんてありえないって」
魔王フィランは我の話を冗談と受け取り笑い混じりに否定する。
「いえ、魔王様その話は本当だと思いますよ。現に私たちの目の前で黒い炎を使ってましたし」
「うん、おれも、みた。そいつがほのお、つかうの」
魔王フィランはイトナとティアマトの顔に視線を向ける。二人とも真面目な顔で頷く。
「え……えええええええ!い、今までの無礼お許しください!命だけは取らないでください!お願いします!」
「明らかな対応の翻し、魔王様といえども少し失望しましたよ」
「おれも、おなじ、しょっく」
「うるさいよ!プライドとか格好なんてどうでもいいんだよ!お前らも頭を下げろ!」
「そのようなことで命は取らない。安心しろ」
「ほ、ほんとですか……」
魔王フィランは目を丸くして意外そうに言う。
「ああ、本当だ」
我が竜で在った時、魔王を倒した。コイツが何代目かは知らないが、今の様な対応をするのは当然だ。
それほどまでにあの頃の我は憎悪を抱き復讐心に駆られていた。
過去に犯した行いは決して消えない。歴史に残した我の印象は、全ての者の記憶に深く染みついている。
ふと、その過去の行いが自分自身を締めつけ殺す起因となるかもしれない。
横目でティアマトの顔を覗く。例え我の行先が破滅であっても、こやつの行先が幸福であるならそれでいい。
我の視線に気づいたティアマトが首を傾げる。
「竜王様?どうかされました?」
「いいや、何でもない」
*****
その後、我らは町に戻る前に魔族の国を見て回ることにした。
魔王フィランはもてなす気満々でいたのだが、イトナは誤解を解く為には早く弁明する必要があると告げた。
せっかくだからと帰り際に糸目に国の様子を案内してもらうことになった。
魔王フィランが人間が居ると騒ぎになるからと、我とティアマトとイトナはフード付きのマントを被らされた。
そして今、この国では有名な場所だと言う、出店が連続に並ぶ道を歩いている。
「ここには様々な店が並んでおります。何でもお好きな物を言ったください」
王都と比べると少しばかり貧相だが、個々の魔族が生き生きとしていて活気に溢れている。
「おい!糸目!我はあれがいいぞ!」
丸太な骨付き肉を焼き煙をまき散らす屋台を発見する。見ただけで食欲をそそられる。
糸目は「分かりました」と素直に骨付き肉を買ってくる。
指を指せば簡単に手に入るとは気持ちが良い。
肉からはみ出した骨を持ち被りつく。
「美味い!美味いぞ!」
思わず声に出るほどの美味さ。久しぶりに肉らしい肉を食べた気がする。
感動さえする。次々と肉の塊を頬張る。
「イトナさんもティアマトさんも何か欲しい物があれば言ってください」
「いや、そんな助けて頂いたのに悪いですよ」
「そうだぞ、遠慮なく貰っておけ」
「君は少し遠慮を覚えるべきだ」
イトナは睨みを効かせる。我も負けじと対抗する。どちらも一歩も引かない中、ティアマトが一方向を見つめていることに気がつく。
「ティアマトどうした?」
「い、いえ!何でもありません!」
ティアマトが見つめていた方には、丸眼鏡を掛けた魔族の老婆が構えている出店がある。
紫色の布を敷き上には木の板を掘ったお面が存在感を放っている。
「なるほど、あのお面が欲しいんだな。糸目、アレをティアマトに」
「何を言っている、そんなもの欲しい訳ないだろ」
我の言葉を否定し、イトナはその店に歩き出す。何の躊躇いもなく、奥にある品を指さす。
「すみませんが、これを一つお願いします」
イトナは糸目に注文して、ソレを手に入れる。
「これが欲しかったんだろ?」
イトナの手には曲線状の桃色の細長い板の様な物がある。板の上には白色の作り物の花が飾りとしてある。
ティアマトは恥ずかしそうに俯きで小さく頷く。
「な、なんと……それはどうやって使うのだ?」
「こうするんだ」
イトナは曲線状の桃色の板をティアマトの頭に乗っける。曲線状の板はティアマトの頭にピタリと合わさる。
「なるほど、そうやって使うのか」
「まあ、竜に分からないのは当たり前だろう」
勝ち誇り得意げな顔をするイトナ。
「何故、お前は分かったのだ」
「それはその……乙女心というやつだ……」
イトナは歯切れの悪い返答をする。乙女心とはよく分からんが、性別が同じだから何か感じるものがあるということか?
「どうですかね?竜王様、変ですかね?」
「ああ、変では無いがそれを付ける必要はあるのか?」
「おい!竜王!お前と言う奴は!」
そう言って殺気の立った形相で我を睨み付ける。何故怒りの表情を示しているのだろうか。逆撫でるようなことを言ったとは思えないが。
「ティアマト、竜に人間の感性は備わっていない。気にすることは無いさ、とっても似合っていて可愛いからな。さぁこんな奴はほっといて行こう」
「あっ、はい」
イトナは我を一瞥した後ティアマトの肩に腕を回して、歩き出す。
「イトナさん、ありがとうございます。イトナさんはこういう物付けないんですか?」
「あー、いいんだ。付けたところで私に似合わないことは分かっているからな」
「そんなことないですよ!イトナさん綺麗なので絶対に似合いますよ!そうだ!これから探しに行きましょ!」
ティアマトがイトナの手を引っ張り駆け出す。
「えっちょっと!」
イトナは戸惑いながらも嬉しそうな表情をしている。
……あれ?我、置いてきぼりなのだが。
まぁ、いいか。我に分からぬことをイトナなら理解できる。それはきっとティアマトを喜ばせるものだ。
ティアマトに家族と呼べる者は誰一人いなかった。
まるでイトナを実の姉のように慕い、微笑むティアマトの姿は幸せそのものだと思った。
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