第18話
「――これが五五年前に起きた出来事だよ」
少年オリンが語る真実は予想外の連続で、理解が追い付かない。ただはっきりと分かったのは我はあの時に既に死んでいたということだ。
氷漬けになった肉体は解体され、意識だけが残った。
竜の力を人間に移植して成功する可能性など万に一つもない。常人の発想ではない。そんな実験を信じて
「我が目覚めた時は洞窟の中にいた。それはどういうことなのだ」
「たぶん転移魔術を使ったんだと思う。僕の存在が見つかる前にあのお爺さんは隠したんだ。だから、ポッドは五五年間も稼働し続けた。そしてポッド自体が寿命を迎えて君が目を覚ました」
目が覚めた時は暗闇だった。洞窟の中で我がポッドの存在に気付かないのは当然か。
「五五年経っても少年の姿でいるのは何故だ?」
「僕の体は低温状態で保たれていたから老化のスピードが遅かったんだと思う」
全ての謎が判明した。信じ難い話しだが、我が存在しているのが何よりの証明だ。
竜王エンディグスの意識核は人間の体と完全に融合した。それが今の我だ。竜の力である炎が使えたのも納得がいく。
「大体把握したが一つ分からないことがある。何故もっと早くに現れて真相を語らなかったのだ?」
「僕の意識はもう無いに等しい。君の無意識下でしか、こうして語りかけることができない。かなり時間がかかってしまったね、ごめん」
心だけの我と肉体だけの少年がうまく噛み合って生まれたのが、今の我ということか。
今、体を支配しているのは我だ。それはこれからも変わらない。だから、聞かずにはいられなかった。
「——我はこれからどのように生きていけばいい。人間として生きるのが正解なのか?竜の矜持を捨ててまで人間らしく振る舞って生きればいいのか、もう分からぬのだ……」
オリンは目を瞑る。少しの間、沈黙が流れ口を開く。
「たぶん君は人の思考や価値観に長く触れたことで、自分の中にある固定観念が崩されて戸惑っているんだね。心は竜、肉体は人間、けれどその目で見た光景、その耳で聞いた言葉は君の心を大きく変えた。でも答えは簡単だよ。もう出ているはずだ。竜の姿でも人間の姿でも、今の君が守りたいものは変わらない。そうだよね、竜王エンディグス」
竜の姿でも、人間の姿でも……。我が守りたいものは……。
一人、また一人と自然に顔が浮かぶ。
「ああ、そうだ。竜の姿でも、人間の姿でも傍にあって欲しいものは変わらない」
「君が炎を出せなくなった原因は、その炎が自分までも燃やし尽くしてしまうのではないかという恐れからだ。でも今の君なら大丈夫。守りたい人のためにその力を使えばいいよ」
オリンの姿が薄れていく。
「どうやら時間のようだ。それじゃあね、竜王エンディグス」
「オリン、お主は……」
「あと……メリーに約束を守れなくてごめんと言ってくれるかな、あと体を大切にして元気でねって」
人差し指で頬を掻き照れ臭そうにオリンは言う。メリーに想いを伝えたい、それが彼の心残りだったのだろう。
「ああ、代わりに伝えておこう」
満足したように笑いうっすらとオリンは姿を消した。
*****
魔族に捕らえられた人々は町の中心部に集められていた。人々は一箇所に固められ、その周りを魔族が囲う。
その中にはメリーとティアマトの姿もあった。
そこに現れたルブードがイトナを投げ捨てる。騎士団の団長の酷く傷ついた姿に、人々は唖然とする。
「騎士団といっても大したことなかったな。貴様らを守る者はもういない。さあ、どうする?エルフや騎士団の増軍の助けを待つか?無駄だな、エルフがいない町を奴らが助ける道理はない。仮に助けに来たとしても、その前に俺様が貴様らを殺す」
絶望的な状況に人々はただただ打ちひしがれることしかできない。
「そこでだ!貴様らに生きるチャンスをやろう!俺様たち魔族の奴隷となれ!どうだ?いい話だろう!朝から晩までこき使ってやる、できるだろ?エルフの奴らにしてきたことと同じだ」
「冗談じゃないわよ」
沈黙の中、魔族の無茶な提案に唯一反抗する声。ティアマトを残して、メリーは一人前に出る。
「あ?今言ったやつ誰だ?」
「……私たちを何だと思ってるのよ!」
メリーの発言にルブードや他の魔族は口を大きく開けて笑う。
「粋がるなよババア。年寄りは使い物にならないし、殺しても構わんだろう」
図体の大きいルブードはメリーを睨みつけ見下ろす。
「わざわざ、寿命を減らすとは愚かだな」
ルブードは巨大な腕を振りかざす。
メリーは目を瞑る。死の直前、思い出すのはオリンの顔だった。あの日のオリンとの別れを悔いながら、心の中で呟く。
(オリン、私もそっちに行くね……)
ルブードの拳が直撃する瞬間、上空から黒い影が目にも留まらぬ速さでルブードの体に突撃する。突如上から来た何かにルブードは反応できず下敷きになる。
一体何が起きたのか、その場にいた誰にも分からなかった。
「怪我は無いか?メリー」
黒い影の正体は黒い炎に包まれた竜王エンディグスであった。
「オリン……?」
メリーは懐かしむ。目の前の光景にあの頃見たオリンの姿を重ね合わせる。
『うん、頑張るよ僕。そして強くなって、僕が君を絶対に守るよ』
五五年前、オリンが言った誓いの言葉を思い出す。
五五年越しに約束を果たした瞬間だった
*****
「な、なんなんだ?あいつは……」
「俺たちのルブード様が……」
リーダーであるルブードが呆気なく倒されて魔族たちは衝撃を受ける。
魔族の王を自称する者が人間の少年に踏みつけられているのだから当然だ。
「ふざけるなぁ!」
下敷きのルブードが暴れ出す。体制を崩す前にルブードの図体から離れる。
「き、貴様、俺様は魔族の王だぞ!クソガキが、ぶっ殺してやる!」
目を血走りにさせ逆上したルブードの拳が我に襲いかかる。
体格差は十分にある。少年の我からすれば、まるで巨人の一撃。当たればひとたまりもない。
だが、頭に血が昇ったのか先程より力任せで動きが単純だ。
体格差を活かし間合いを詰め、拳を避ける。ルブードの拳は地面を割るほどの威力だ。
「な、なに!」
拳の先に我がいないことに驚く。我はルブードの体に手のひらをピタリと合わせる。
迷いは無い。一度死した命なら、躊躇いなくこの力を使おう。今度は守りたい人を守られるように。
「燃えろ、魔王ルブード」
ゼロ距離で最高火力を放つ。黒き炎が呪いを纏い、ルブードの体を飲み込む。
「ぐぅがあああああ!」
町中に響き渡る魔王ルブードの断末魔。全身に火傷を負いルブードは即座に倒れる。
目の前の光景に息を呑む魔族共。
「き、きさまはいったい、なにものだ……」
「竜王エンディグス」
まもなくしてルブードは意識を失う。
「さあ、相手ならするが燃やされたいのはどいつだ」
反動で少し足元がふら付くが相手はしっかりと捉えられている。火力の調整も上手くいっている。
「いいのか!何かしたらコイツを殺すぞ!」
仲間の魔族が女性の首に腕を回して人質を取る。くっ!またこの手か面倒なことになった。どうする我とは関係の無い赤の他人だが、このまま突っ込むか。
「や、やめて!殺さないで!」
「一歩でも動けば殺すからな!おい、ずらかるぞ!」
このままでは奴らを逃がす。逃がせばまたティアマトやメリーを危険な目に遭わすかもしれない。
多少の犠牲は仕方ない、今ここで奴らを仕留める。
「させ、ない、それだけ、は」
「え?」
我が動こうとすると、仲間のはずの魔族が人質を取った魔族の頭部を掴む。
「その、ひと、はなさないなら、あたまイタくするぞ」
「はぁ?お前、何のつもりだ。いだだだ!やめろ!割れちまう!」
服が破れた筋肉隆々の魔族が力を入れると人質を取っている魔族が喚き出す。
「お嬢さん、こちらです」
次は糸目の魔族が女性の手を引っ張り救出する。
「お前ら一体何のつもりだ!」
「人を助けるなどイカれたか!」
予想だにもしない出来事で魔族どもは動揺する。よく分からないが仲間割れが起こっているようだ。
「あなた達こそ一体何のつもりですか!人間たちを排除するなど野蛮極まりない!魔族の恥です!」
「はぁ?お前何言って!はっ!まさか……」
ある魔族が何かを悟ったように周りの魔族を見る。
我も周りの魔族どもを見渡す。するとあることに気付く。明らかに動揺している魔族と冷静な様子の魔族に分かれている。
「クソッ!お前らハメやがったな!」
「時期に援軍も来ることでしょう。あなたたちの負けです、諦めなさい」
糸目の魔族の言葉を聞いて、魔族たちは戦意喪失する。
「皆さま、一部の魔族たちの行い大変申し訳ございませんでした。謝罪しても許されないことは重々承知していますが、受けた傷は私たちが手当します。ですのでよろしければ私たちの国に来てください」
糸目の魔族は丁寧な口調で人間たちに頭を下げる。筋肉隆々の魔族や先程冷静だった魔族たちも頭を下げだす。
魔族が人間に頭を下げる、新鮮な光景だ。けれど、人間たちは状況が呑み込めず困惑している。当然だ、人間から見れば魔族は魔族だ。
自分たちの町を半壊し、先程まで恐怖を植え付けられた種族の誘いに簡単に乗ることはできないだろう。
「それならこの女を手当してくれ」
言葉を発すると周りの視線が一気に我に集中する。
イトナは酷く傷ついている。すぐに治療が必要だ。
「大丈夫か?イトナ」
「ああ、なんとかな、うぐっ!」
大丈夫な素振りを見せているが、あのルブードに相当痛めつけられた跡が残っている。
イトナは回復魔術が使えるが術者がこれほど消耗していると使用するのは難しいだろう。
「仕方ない、我が運んで……あれ?」
足元がふらつき体が倒れる。立ち上がろうとしても手足に力が入らない。
結局、人間の体である以上反動は来るみたいだ。視界がぼやけて耳が遠のくこの感覚、たぶん意識が飛ぶ。
意識を失ってばかりじゃないか。それだけ無茶なことをしたということか。
ティアマトとメリーが我に駆け寄り、何か話している。表情から心配していることが伝わる。
守ったところでこうも心配されるとは、全くこの体は不便だな。
オリン、お前の誓った約束、我が代わりに果たしてやったぞ。
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