第7話
これは小さな村で育った少女のお話。
少女の両親は竜の被害に巻き込まれ、早くに命を落とした。そして村に住む祖父のもとに引き取られることになった。
少女の名はメリー。黒い髪をした元気な女の子だ。
「おじいちゃん。まだかなー」
少女は外に出かけた祖父をかれこれ一時間ほど待っていた。小さな村の小さな家、生活は決して余裕がある方ではなかった。
それでも少女は祖父と一緒に暮らす生活が大好きで食事が質素でも、少し寒さを我慢することになっても、この生活に満足していた。
しかし、今日という日が少女の生活を一変させることになった。
「ただいまーメリー。遅くなってすまんのう」
帰宅した祖父を見てメリーは口を大きく開けて硬直した。帰ってきたのは、祖父だけじゃなかったからだ。
「おじいちゃん、だ、だれ、その子……」
「あ、ああ、親に捨てられたみたいでついな……」
祖父の隣には自分と同じぐらいの背丈の男の子が一人いた。男の子は居心地が悪そうに下を向いている。
「ついな、じゃないわよ!うちにその子を助ける余裕はないのよ!ただでさえ生活がギリギリなのに!」
「だって可哀そうだし……生活の方はどうにかするから。ダメかのう」
その後、何回も拒否するメリーだったが、手を合わせて頼み込む祖父に根負けした。
基本祖父はメリーの意見に賛成する人間だが、今回ばかりは謝りつつも一歩も引かなかった。親がいなく行く当てもない子供がメリーの姿と重なり、他人事とは思えなかったのだ。
「もう、好きにすれば!」
そう言い捨てて家を飛び出した。祖父の家以外に行く所など無いのに。
感情が高ぶり抑えられなくて、その場にいることができなった。
基本祖父はメリーの意見に賛成するが、自分が正しいと思ったことは意外にも曲げないことをメリー自身も知っている。
祖父はお人好しだ。だから祖父が捨て子を見て放っておくことのできない人間だと知っていた。
そんな祖父の性格のおかげでメリーは引き取られて、今生活を送ることができている。
「そんなのよく分かってるよ」
ただ、祖父と自分だけの幸せな空間に誰か他の人が踏み入れて欲しくないだけだ。
自分以外にも子供がいたら祖父の愛情が奪われるような気がした。その時、ぽたりと頭上に雫が落ちる。
次第に空から降る雫は勢いを増し、大雨と変わる。
「ど、どうしよう。でも帰りにくいし……」
その時、一瞬空一面に垂れ込める雲が光り雷が鳴る。
「ひっ!」
落雷の恐怖と孤独感がメリーを襲う。大きな木の下に隠れて体を丸めて頭を隠す。
落雷が怖くて帰りたくても帰れない。体を震わせながらじっとそこに留まるしかなかった。
誰の助けもなく自分はここで死ぬんじゃないか、そんな嫌な未来が頭をよぎる。
「だれか……たすけてよ……」
「だ、だいじょうぶ?」
呟くと誰かに声をかけられる。顔を上げると目の前にいたのは祖父が連れて来た男の子だった。
「なによ!笑いにきたの!」
メリーは意地を張り、心にもないことを言ってしまう。本当は来てくれたことにほっとしている。
「ご、ごめんなさい。き、きみの家に急に来て。おじいさんすごく心配してるよ。帰ろう。ぼくはすぐいなくなるから、ね?」
たどたどしく、男の子は少女に手を差し伸べる。口下手で視線が定まらない、頼りない男の子だ。だが、メリーにとって男の子の存在が心の孤独さを埋めたのだ。
「う、うん」
メリーは男の子の手を取り、雨の中家に戻った。
「すまんかったのう、メリー。おじいちゃんを許しておくれ……」
ずぶ濡れになった娘を祖父は涙ながらに抱きしめた。
その光景を見た後、男の子はそっとその場から立ち去ろうとする。
「ちょっと待って!あなた名前は?」
「オリン……」
「オリンね。仕方ないから一緒に住んでもいいわよ。その代わりきっちり働いてよね」
嬉しさのあまりオリンの目からは自然と涙が溢れる。
親から見捨てられ、自分の居場所はこの世にはどこにもないと思っていた。だけどハッキリと住んでいいと言ってくれた。生まれて初めて誰かに自分の存在を認めてもらえた気がした。
「ちょっと、なに泣いてんのよ。あんた男でしょ!」
オリンは下を向き溢れる涙を服の袖で拭く。メリーはオリンの肩を軽く叩いた。
その光景を見て祖父は微笑むのであった。
これは当時、メリーが9歳、でオリンが7歳の出来事。この出会いが全ての始まりであった。
*****
「それからの生活は楽しかったわねえ。よく森の中で遊んだわ。駆け回って疲れて、最後には二人で青い空を見上げて、色々なことを話すの。喧嘩することもあったわねえ。彼は自分の思っていることを口に出さないから、それに私が怒って。またあの日々に戻りたいわ」
やはりこの話は老婆が幼子の時の話か。
「それで、その後はどうなったのだ?」
「さてと、そろそろ寝ようかしら」
老婆は椅子から立ち上がる。
「何!気になるではないか!」
「この話はまた今度ね。寝ないと明日に響くわ」
「我はまだ眠れぬぞ」
老婆は我の頭を優しく撫でる。驚いて我はすぐにその手を振り払った。
「何をする!」
「なんか、リュウちゃん見てると彼のこと思い出すのよねえ。うふふ、おやすみ、リュウちゃん」
そう言って、老婆は二階に上がっていた。突然のことで手を振り払ったが、何故だかあまり不快な気にはならなかった。
「少し夜風にあたるか」
特にすることもないので、外に出てほっつき歩く。誰一人いなく静寂した町。夜空にある満月の光が我を照らす。
黒く変色した手の甲を満月にかざして、これから先を想像し一抹の不安を抱く。
「もし、元の姿に戻らなければ我は――」
自らの炎に焼け死ぬのだろうか。
*****
その頃、王都を統べる女王ベネディもまた不安を抱いていた。
「そんなはずない、そんなはずない。だってあの竜は滅んだ。今になって蘇るはずがない」
そう何度も自分に言い聞かせながら、自分の寝室を歩き回る。いつもならこの時間は熟睡中だが、心が落ち着かず眠りにつくことができない。
不安の種は当然、竜王エンディグスが復活した可能性がほんの僅かに出てきたことだ。
今日の夜、ある知らせが入った。コール町を魔族が襲撃したようだ。女王にとってそんなことはどうだっていい。エルフがいない人間だけの集落など助ける必要もないし、滅んでも構わない。
だが、魔族に襲撃され意識を失った騎士団が、目にしたのは火傷に苦しむ魔族たちだった。
その魔族たちは尋問のため、王都の地下室に運ばれて治療を受けた。しかしいくら回復の魔術を使っても魔族達の火傷は癒えなかった。
火傷から何時間も経っているというのに、今でも『熱い!熱い!熱い!』と訴えている。
魔族の尋問は一時中断になり、情報を聞き出すことはできなかった。
会合に参加した女王ベネディも上流階級のエルフも、騎士団もそれを耳にして顔を曇らせた。
その後、皆で口を揃えて、『そんなわけない、馬鹿らしい、ただ火傷が完治してないだけだ、回復魔術が魔族の体に適さないだけだ』
そう言って笑い飛ばした。だが、誰しも懸念を感じたのは事実だ。
女王は寝室から王都全体を見下ろす。自分だけの綺麗な世界。この世界を作り上げるのに何十年かかったことか。
今になって竜が到来し、何もかもを滅ぼす未来を想像する。
「それだけはあってならない。絶対に」
女王ベネディは爪を噛み、今できる最善のことは何かを思考する。
「そうだ。奴を呼ぼう。奴ならきっと竜を容易に討伐できる」
ふと一人の男が思い浮かぶ。竜が存在していた時代、竜殺しの名を馳せた男だ。
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