第2話 

 ——目が覚めて真っ先に入ったものは暗闇だった。真っ暗で自分の位置がつかめない。


 身体を起こして手探りで状況を把握する。けれど、手に触れるのは冷たい感触のする硬いものばかりで位置を把握するのは困難だ。


「ここは……?」


 暗闇でぽつりと呟く。過去を探ろうとすると記憶に靄がかかる。糸がぐちゃぐちゃに絡み合うように記憶を辿って思い出すこともできない。


『こノムクい、いつカ、かなラズ』


 頭に激痛が走りすぐさま手で押さえる。言葉が螺旋するように浮かび上がる。


「——我は、竜王、エンディグス、思い出したぞ……忌々しいエルフめ」


 意識が徐々に覚醒し始める。


 かつて、人間とエルフと魔族の間で争いが起こっていたこと、その三種族が手を組み共通の敵である竜を討伐していたこと、そして我はエルフの魔術を受けて意識が戻ったという訳か。


 つまり凍結魔術の時間切れということか?


 とりあえず、この暗闇から出ないと何も始まらない。何があったのかはエルフ共に聞けばよい。我を封じた復讐ついでにな。


 闇の奥の先に一筋の光が見える。きっとこの先を行けば外に出れるに違いない。


「クハハハ!我に逆らったことを後悔させてやる!出た瞬間、視界に映るもの全てを灰塵へと帰してやるわ!」


 これから起こる復讐劇を想うと自然と嗤いが零れる。災厄を呼ぶ竜王が復活したと知れば奴らはどんな顔をしてくれるだろうか。絶望、悲嘆、自棄、どれも大好物だ。


 外に出ると眩しい光が目を直撃する。眩しくてすぐに腕で視界を覆う。ずっと光を浴びなかったから目が慣れてないのは当たり前だ……ってあれ……?


「は?」


 視界に映ったものは黒い鱗で覆われた立派な腕ではなかった。攻撃から身を守る鱗も無く、見るからに細くて貧弱な腕。見覚えのある腕だ。これは人間の腕だ。


「はああああああああ!!!」


 全体を見回すと腕、胴体、足、全て人間のものだ。竜の我が何故、人間の身体になっているのだ。


「いや、まだ断定するには早い。何か鏡のようなものは……」


 周りを見渡してもどこもかしこも木しかない。ここは森の中ということか。己の姿を写すようなものはないか……


「落ち着け、落ち着くのだ。竜王エンディグス。まずは状況を整理するのが先決だ」


 転がっている木の枝を拾い地面に出来事を書いていく。


 まず、我ら竜は人間、エルフ、魔人共を相手に争いを繰り広げていた。


 勇者や魔王を葬った我は白髪のエルフと対峙する。そして、我は凍結魔術とやらで凍らせられる。目が覚めたら……人間?になっていたと……なるほど……。


「わかるかァ!」


 怒りのあまり木の枝を投げつける。


「魔術で姿形を変えることなどできるわけがない!忌々しいエルフめが……」


 我をこの身にさせたこと、地の果てまでも追い詰めて後悔させてやる。死んだ方が楽だと思えるくらいにな。


 手始めにこの森を灰にして我が復活したことの狼煙にしてやる。


 うん?向こうの草木が揺れている。そこから顔を出したのは猪だった。我を鋭く睨みつけて何やら怒っているように見える。


 先程投げた木の枝が当たり居眠りを邪魔されたといったところか。


「しかし、如何なる理由があろうと獣が我を睨みつけるとは不愉快だ。失せろ。失せぬのなら、形が残らぬほど灰にしてやるわ」


 そして我は飛んだ。大地を蹴り大きな翼で豪快に、そして口を開き呪いの炎を吐いた、はずだったが……。


 何故だか、我は地べたに手足を突いていた。獣の前で無様な姿を見せている。何故飛べない?目覚めたばかりで体が追いついていないのか?


「ぐはっ!」


 起き上がると背中に衝撃を受けて森の奥へと体が吹っ飛ぶ。


「獣め、我の背後を狙ったな!だが……」


 この体、弱すぎるだろ。猪に突撃されたぐらいで木の葉のように体が浮かび飛ばされてしまったぞ。おかげでまだ背中に痛みが残っていて立ち上がることもできない。元の姿であれば痛くも痒くもないのに。


 痛みが治まるのを待っていると、何やらポチャンと水滴が跳ねる音がする。


「近くに川があるのか?」


 水面に映る自分の姿が見れると思い、腕と足を使い這って水滴が鳴った方へと前に進む。


 なんとか川に辿り着いて水面に顔を覗かせる。


「やはりか……」


 水面に映った顔は人間だった。エルフ特有の長い耳もなければ、魔族特有の角も額に生えていない。まさしく人間だ。


 茶色の髪をした少年のような若い顔立ち、それが今の姿だ。


 直視してしまった以上現実を受け止めなければならない。


 凍結魔術……名の通り対象を凍らせる魔術のはずだ。姿形を変える魔術などではない。そもそも姿形全てを変えることなど魔術などでできるものなのか?明らかに魔術の範疇を超えている気がする。


 この場合元の姿に戻るパターンは三つ。

 一つ目は時間制限があり制限が超えたことによる魔術の効果切れ。

 二つ目は術者が死んだことによる効果切れ。三つ目は術をかけた本人に術を解かせる。


「とりあえず、これからの成すことは決まった。白髪のエルフを見つけ出し殺すか、術を解かせるかだ。元の姿を手に入れた後、竜の時代の幕開けだ」

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