【完結】全悪の竜王は人間と為る

ブルーなパイン

第1話 

 善とは何か?悪とは何か?善悪とは誰が、何をもって決定するのだろうか。


 種族によって善悪の決定基準が違うのなら、誰があの竜を批判し断罪することが出来ようか。


同じ価値観、文化、思想が近い者同士なら善悪の方向性が入り乱れることはない。


 しかし、人間、エルフ、魔族が同じ時代、同じ世界に存在すればどうなるだろうか。

 

 結論から言うと地獄だ。互いの価値観、文化、思想を踏みにじり、存在をも否定する。


 人間は他種族と比べ能力に恵まれず対抗するため、持ち前の頭脳を生かし生命を容易く殺すことできる武器を創造した。


 エルフは他種族と比べ非力な分対抗するため、古くから得意とした魔術を生活ではなく、武器として殺すことに用いた。


 魔族は他種族と比べ文明が遅れており対抗するため、持ち前の身体能力を磨き武器として殺した。


 しかし三種族の殺し合いは一時休戦という形で終わりを迎えた。殺し合いをしている場合ではないと判断したからだ。人間、エルフ、魔族が危険視する存在が現れたのだ。


 その存在とは竜だ。


 生物界の頂点に立ち、他を圧倒し、横暴の限りを尽くす異質の怪物。その群れが三種族に立ちはだかった。人間とエルフと魔族は立ち向かう為に竜を滅ぼすまでと期限付きの協力関係を築いた。


 協力の甲斐あって竜と互角に渡り合うことに成功した。


 ――しかし、三種族の希望はあっけなく打ち砕かれることになる。竜を統べる存在、漆黒の竜、竜王が現れたからである。


 竜王の巨躯は大地を揺るがし、全身を覆う漆黒の鱗は鋼鉄の剣を弾き、吐く黒き炎は決して癒えない火傷を残す呪いの炎だ。


 竜王に挑む挑戦者は何人もいたが、致命傷を負わせた者は一人もいなかった。


 まさしく全種族の悪、彼の名は――竜王エンディグス。


*****


「次はお前か?エルフ?」


 竜王エンディグスの前に女性のエルフが立っていた。特徴的な横に伸びた耳、白髪のエルフは口角を上げ目の前の竜を見つめる。災厄を呼ぶ竜を前にして余裕そうな笑みを浮かべる。


 エルフの様子はすこし気掛かりだが思考を巡らせる必要はない。このエルフも容易く存在ごと消せる。そう竜王エンディグスは確信していた。彼の前には勇者や賢者、魔王すらも地に伏せることになる。


「全種族の悪、竜王エンディグス。いやー想像以上の化け物で驚いたよ」


「なら何故笑う。何故他の者のように畏怖しない」


「それは君を止める術を私が知っているからさ」


「エルフ如きが我を殺すか?無知とはあまりにも滑稽だな」


 竜王エンディグスは目を細めエルフを睨みつけた。


「殺しはしないさ。言っただろう?君を止めるって――凍結術展開、捧げるは我が命、竜王エンディングスを凍らせよ」


 エルフが杖を地面に突くと冷気が発生し、たちまちエルフの周りを中心として地面を侵食するように凍る。その広がりは竜王エンディグスの足元まで行き届く。


「何かと思えばこの程度の術で我を止めれるとでも?こんな氷、我の炎を以てすれば――」


 竜王エンディグスは凍り付く足元に向けて黒き炎を吐く。しかし凍りが溶け消えることはなく、侵食は止まりを見せない。次第には首元まで凍り付く。


「何故だ!何故、消えない!魔術なんぞで我を止めるというのか。認めぬ!認めぬぞ!」

「鼻から化け物との勝負なんてごめんさ。勇者や魔王が敗れた理由は自分の強さを過信し、弱さを認めなかったからさ。私は自分の弱さを自覚している。だから凍らすという方法を取った。永遠に眠れ、世界最悪の竜、君の時代はここで終わりだ」


 エルフの唇の端から血が流れる。強力な魔術と引き換えに己の命を捧げた代償だ。


「くっ!我がエルフなんぞに……この報い、いつか、かならず……」


 竜王エンディグスの巨躯全体が凍り付いた。こうして、エルフの魔術により竜王が支配する時代は終わりを見せた。世界は平和と幸福を取り戻した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る