第3話

 それから三日間森の中を彷徨った。木の実を食らい川の水を飲み、町を探した。白髪のエルフを探すにはまず情報収集が必要だ。


 元の姿であれば空から捜索し容易く見つけることができるのだが、この体ではそうもいかない。本当に不便な体である。


 この三日間人間の体には慣れたが不便で効率が悪いことを嫌というほど味わった。味わう度にこのような体にした白髪のエルフに対しての憎悪が増した。


 そして四日目ついに町を見つけた。大きな町だ、人間やエルフに魔族、どの種族の領土かは知らんが情報収集には適している。


「よし行くか」


 町の入口に行くと鎧を纏った二人の人間に止められる。


「待てそこの小僧。何者だ、要件を言え」


「奴隷じゃないすか?上着てないし、たぶん持ち主と逸れたんすよ」


 町を守る門番といったところか。まあ当然と言えば当然だな。だが、我に対してその軽々しい口調、思い上がったな下等生物が。


「我は竜王エンディグス!我に無礼を働いたことあの世で悔むんだな!」


「どうやら頭がイカれてるようだな」


「これは奴隷行きすっねぇ」


 は?予想していた反応と違うぞ。ここは恐れるところだろ。


「俺が連れて行く。門番を頼む」


「了解っす」


 片方の鎧の奴が腕を掴み無理やり引っ張る我の腕を掴むとはどこまで愚行を犯す気だ。


「離せ!」


 だが、今の我では掴む手を振り払うほどの力がない。人間の子供故、力が無いということか……。

「いいから来い!」


「いい加減にしろおおお!」


「あつっ!」


 その瞬間、男の手が離れた。男は尻餅を着き驚いた様子でこちらを見ている。


「お前、今何をした……?」


 よく分からんが、今は退散するしかない。背を向けて逃げるのは癪だが、この借りは元の姿に戻った後だ。


 走るという行為にもだいぶ慣れた。町の中は人間も建物も多い。かなり発展しているようだ。しかし、このように発展している町は竜の標的になりやすいものだが……。


 とりあえず、路地裏に身を隠すことに成功した。これからは追っ手の目を気にしながら慎重に情報収集をするしかない。


「何故、我がこのようなことを……」


 騒ぎが静まったのを確認して路地裏を出る。片っ端から聞いて行くか。人通りが多いから誰かしら白髪のエルフの情報を持っているはずだ。


「おい、今ぶつかったろ、そこの上半身裸おいって!」


 突然肩を掴まれる。振り返ると今の我と同じ歳ぐらいの三人の小僧共がいた。


「あ?」


「今俺にぶつかったろ!謝れよ!」


「ハッハッハ、やはり人間共は無知で愚かだな。我を誰だと心得る!我は竜王エンディグスであるぞ!」


「お前狂ってんのか?もしかして持ち主に捨てられておかしくなっちゃったか?奴隷くん?」


「さっきから奴隷奴隷……煩わしいぞ!人間如きが!」


 我は無礼な人間に炎を吐いた。呪いの炎で苦しみながら死ぬといい!


 だが、今の我にはそれが出来ぬことを忘れていた。ただ大きく空気を吐いただけだった。


「アハハ!コイツもう手遅れだろ!やっちまうぞ」


 結局、この貧弱の体では三人の小僧共にも敵わなかった。殴られ蹴られ、気付けば地面に伏していた。屈辱だ、これ以上のものは感じたことがない。


「そこで何をしている!」


 その言葉で小僧共の暴行が一斉に止まる。


 何が起きたのだ……?


「やべっ行くぞ!」

 小僧共は退散して代わりに声の主が近づいて来る。


「怪我はないか?」


 現れたのは純白の鎧を身に纏った女だ。我はその姿を見て驚きを隠せなかった。


「白髪……」


 その女は白髪だった。脳裏に白髪のエルフが浮かび姿が重なる。


「驚かなくていい、こんな髪だが私も人間だ。すまない、さっきのは名家の子供たちだ。親の地位を自覚し好き勝手していると聞く」


「何故……我を助けた……」


「私が騎士だからだ。町の秩序を守る義務がある。それに人は皆平等でなければならない」


 騎士ということは先程の門に立っていた人間と同じか。


「立てるか?」と女は我に手を差し伸べるが、我はその手を払った。


「手助けなどいらぬ……不愉快だ!」


 そう言ってボロボロの体を引きずりながら女の前を去った。


「そうか……」


 ああ、そうだ、手助けなどいらぬ。我は竜なのだから。人間と馴れ合う気などない。


 人間に甚振られ挙句の果てに助けられるとは最悪だ。


 体の節々に痛みを感じる。あの小僧共、元の姿に戻ったら必ず存在事抹消し去ってやる。


 気を取り直して情報取集だ。建物の隅で静かに佇む幼い女を発見する。アイツでいいか。


「おい、そこの女」


「わ、わたしですか!?」


 黒頭巾を被った暗い少女だ。声が細く覇気がない。少女は驚いた様子でこちらを見つめる。


「聞きたいことがある」


「な、なんでしょうか!?」


「白髪の――」


「おい!何してんだ愚図!」


 我の言葉を遮ったのは建物の扉から現れた男だった。


「ひっ!」


 少女は男に怯えた様子で「すみません」と何度も連呼する。余程、この男に対して強い恐怖心を抱いているようだ。 


「俺が買い物してる間待ってろって言ったよな?話していいとは言ってないはずだ。土下座だ。今すぐ地に頭を付けて俺に謝れ!」


 男の怒声は町中に響き渡る。この男よく見ると耳が長い、エルフか。


 少女は体を震わせて地べたに手足を置く。


「謝罪をするのは貴様だ、エルフ」


 少女は目を丸くして我を見上げる。別にこの少女を庇った訳ではない。エルフ如きが我の発言を遮るなど無礼極まりない行いをしたからだ。


「は?誰?アンタ。これは主と奴隷の話だ。見ず知らずのアンタにとやかくって……お前人間かよ!?これは傑作だ!身の程をわきまえない人間がまだいるなんてな!てか何だその格好、服も買ってもらえないなんて可哀そうな奴隷がいたもんだ」


 何がおかしいのかエルフは我を見て腹を抱えて笑っている。


「エルフというのは変わったのだな。前はもっと品格のある種族であったが。いや、でも汚らしい笑い声はそのままだ」


「はぁ?何言ってのお前?てか人間がエルフに歯向かうのか?歯向かえば死罪は免れないぜ?ほらやってみろよ!殴るなり蹴るなり!できないよな?だって死ぬんだか——」


 その瞬間我はエルフの顔面に拳を食らわせた。エルフは鼻から血を流し倒れる。


「我は忙しいのだ。話が長いぞエルフ如きが」


 我の話を遮ったので仕返しをしてやった。

 この体は貧弱だがエルフを懲らしめるには十分だ。我は知っている。エルフというのは他種族より筋肉量が少ないので皆細身だ。厄介なのは魔術ぐらいだが、先手を打ってしまえばどうということはない。


 というか……このエルフに聞くのが一番手っ取り早いか。


「人間がこんなことして、どうなるのか分かっているのか!」


 戸惑うエルフの胸ぐらを掴み白髪のエルフについて問いただす。


「我は人間ではない。竜王エンディグスだ。白髪のエルフについて知っていることを全て教えろ。教えなければここで殺す」


「白髪……救世主様のことか!?昔の邪竜の名を語るとはなんと不謹慎な!」


 救世主?あの白髪のエルフがか……?ああ、なるほどそういうことか。


 元の姿の時、コイツらから見れば確かに我は世界を滅ぼす邪竜だ。その危機を救ったことで白髪のエルフは一気に救世主扱いになったということか。


「その救世主とやらは今どこにいる!」


「……何言ってんだ、とっくに亡くなったろ?」


 思わぬ返答に思考が停止する。亡くなった……だと……。


 我の力が入らなくなった隙にエルフは我の体を押しのけて逃走する。


「お前のことは騎士団に報告する。罰せられるがいいさ!」


 しまった!逃した!考えるのは後だ、時期に騎士団が来る。今の体では太刀打ちできない。また逃げるしかないのか……!無様な自分に憤りを覚え歯を強く食いしばる。


「あ……あの、逃げるならいい場所知ってます、良ければ案内します……」


 残された奴隷の小娘が突然口を開く。


「何故、我を助ける?」


「さっき助けてもらったので……」


 確かにこの町の住人ならば優れた逃げ場を知っていてもおかしくない。来たばかりの我なら容易く見つかってしまう。だが、人間を信じるのか?この娘が嘘を吐いて我を騙す可能性だって十分にある。娘は目をキョロキョロさせて焦点が合わない。しかし、嘘を吐いているようにも見えない。


 騎士団の声と足音が聞こえる。周りの人間共もざわついており、騎士団がここに到着するのもすぐだ。くっ……利用するしかない。


「おい小娘!その場所に案内しろ!」


「は、はい!」


 小娘の後を追い逃げ場に向かう。

 まさか人間の手助けを受けることになるとは。小娘は路地裏に入り、入り組んだ道を通り奥の奥へと向かう。絡み合った複雑な道を抜けた先は異臭の漂う行き止まりであった。


 我には分からんが人間やエルフが使うであろう道具や衣類が山のように捨てられている。


「いらなくなった物を皆さんよくここで捨てるんです」


「それなら人が来てしまうのではないか?」


「だ、大丈夫です!最近は匂いが酷くなって誰も来なくなりました。悪いことするとお仕置きでいつもこの場所に置いてかれるから間違いないです……」


 奴隷か……己の立場を利用し、相手の精神を支配する。躾と称して相手に苦痛を与え相手の思考能力を奪う。

 現にこの娘は自分が悪いからという理由で理不尽な躾を許容している。自分より弱い者を隣に置き優越感に浸るとは気持ちが悪くて反吐が出る。


「小娘、この世界について教えろ」


 さっきのエルフは白髪のエルフを救世主と呼び、もう亡くなったと言った。まずはこの世界について知らなければならない。


「分かりました。でもわたし奴隷だから教えられること何もないです……」


 奴隷には知識は必要ないということか。十分な情報は得られないが仕方あるまい。


「なら我が質問するから知っていることを答えてくれ。知らぬことは答えなくてよい」


「は、はい!」


「まず、気になっていたのだが何故人間の住む町にエルフがいるのだ?お前らは争っていたではないか」


「争う?人間とエルフ様がですか?」


 小娘は首を傾げ言葉の意味を理解していなかった。我が眠っている間、種族の関係性が変わったのか?


「人間はエルフ様に従うものだと主様が言っていました」


 人間にエルフが従う?あそこまで互いを憎み殺し合っていたのにか?ああそうか……全ては我の影響であったか。さっきのエルフの発言と小娘の発言で合点がいった。


「エルフ至上主義の世界というわけか……」


 我は他の種族から見れば災厄を呼ぶ竜王であった。人間、エルフ、魔族が一時休戦し手を組むほどに。


 だから我を凍らせて一時的に世界を救った、白髪のエルフはどの種族からも救世主として扱われるようになった。


 それ以降エルフは世界を救った種族として崇められ地位を確立したといったところか。


 だからさっきのエルフは歯向かえば死罪と抜かしていたのか。


 この町はエルフに反逆すれば処刑される。

 我はこの町一の重罪を犯したという訳か。今頃町中を血眼になって探しているところだろう。


「この世界については大体理解した。本題に移るが白髪のエルフ、お前らで言う救世主が死んだのは本当か?」


「ごめんなさい。分からないです……」


 一番得たい情報は収穫無しか。だが仮に既に死んでいたとしたら……。


「これからどうするべきか」


「あの!逃げるならわたしも一緒に連れていってください!お願いします!」


 小娘は必死に頭を下げる。


「断る。人間とつるむ気はない。それにお前のような弱者はいても足手まといだ。だが……何故我について来る?」


「あなたが初めて助けてくれたからです。どんなお仕置きをされても周りにいる人は皆さん見て見ぬふりでした。だけどあなたはわたしをちゃんと見てくれました。一人の人間として」


 小娘は純粋な瞳で嬉しそうに語った。エルフに逆らうことは罪となり処刑される。


 裏を返せばエルフは人間に対してならどんな横暴も許されるということだ。エルフの怒声は間違いなく周りの人間に聞こえていた。


 だが手を差し伸べる者は誰一人いなかった。歯向かえば殺されることを知っているからだ。


『それに人間は皆平等でなければならない』


 女騎士の言葉を思い出す。人間の地位に上も下もなく、不平等は存在しない。人間は皆平等にエルフの僕ということか。


「関係性が変わっても醜さは変わらないのだな」


「あ、あの、わたしができることは全て——」


「竜王エンディグス、我の名だ。竜の王だぞ?それでも我について来るか?小娘」


「す、すごいです!本当の正体はドラゴンの王様なんですね。ついていきます!一緒にいられるなんて嬉しいです!」


「ハッハッハッ!おもしろい人間だ!」


 小娘は本気で我を竜だと信じている。そして嬉しそうに喜んでいる。全ての悪である竜だと知ってなおだ。


 あまりにも愚かで馬鹿げていて、つい声に出して笑ってしまった。


「そこまで言うなら傍にいることを許可しよう。ただ、利用価値が無いと判断したらすぐに置いていく。いいな?」


「はい!」


「さてと……これからどうするかだが」


 町中には騎士団で溢れかえっているだろう。まずはこの町から脱出することが先決だが、どうしたものかな。


「あの、逃げるなら私に考えがあります!」

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