6 世界の終わりの守護者(※視点【一高】)
※視点【一高】
世界の終わりは、突然やって来た。
ニュースで流れた光景を呆然と思い返す。人々も車も駅も大混乱だった。
慌しい中、僕のいるカフェも例外ではなく店員のお姉さんは右往左往……客は大半逃げ出してそこいらのテーブルには食べかけのオムライスやカレーだとかが置いてきぼりだ。
そんな中で僕は――……スーツに手提げカバンという出立ちの三十代半ばのサラリーマンで一応出勤前だったんだけど、もうなんだか諦めた気分になっていてスマホでニュースを見ていた。
ニュースキャスターの背後ではスタッフらしき人影がウロウロと画面に出たり入ったりしている。
「落ち着いていらっしゃいますが、大丈夫ですか?」
店員の一人に気遣われた。話し掛けてきたのは僕より十歳以上若く見える女性だった。
こんな事態になって自身もパニックになっているだろうに優しい子だ。
「大丈夫。もう少ししたら出て行くから。君は早く逃げた方がいい」
微笑んで口にした。女性店員はペコリと頭を下げた後、足早に店の奥へ姿を消した。溜め息を吐いてテーブルに頬杖をついた。顔には少なからず疲れが滲んでいたかもしれない。何日か前に一緒に飲んでいた友人に隈があると指摘された事を思い出していた。
落ち着いていると言われたがそうではなく、諦めからくる脱力に似ている。
『遂に来たか』
心の内に思う。
何故なのかはっきりと分からないけれど、幼少の頃に池で死にかけた時からずっと……この世界に馴染めていないような不思議な感覚を持つようになった。
それはふとした折り現れ、寂しさだったり憂いだったり憧憬めいた感傷が浮かんだりする。
知らない、会ったこともない女神のように神々しい女性が度々夢に出て来て……ともすると泣きながら目が覚める。
自分がこの世界で生きている未来が想像できない。実感もないのだ。
だから何となくこんな日が来るんじゃないかと薄々想像していた。
「やっぱり」という感想を持つ。
駅地下のカフェはガラス張りになっていて外の通路を行き交う人々が早足に通り過ぎるのを眺めていた。
「どうなってるんだ」とか「西口はダメだ」といった怒号の中、一人の少女がカフェの前を横切った。
目を逸らせない。勢いよく席を立った。押し寄せる感情の波に呑まれる前に走り出した。熱のような焦燥に駆られて呟く。
「嘘だろ……彼女だ」
通行人を避けながら後を追った。
「な、ん、でいるんだ」
僕に気付かず遠く先へと進んで行く彼女に、独り言は届かない。急いでいるのと彼女を見付けた衝撃のせいで、今まで感じた事のない程に胸の鼓動が速い。
「何で、今なんだ……っ」
これで最期なのに。世界の最後の日に、まさか君に会うなんて。
恋焦がれていた君との日々は未来にはない。
だから迷う事はない。
制服姿の少女を追って階段を駆け上がる。周囲が明るくなってきた。長い地下通路を抜けた先には駅前のメイン通りと交差点が見える。
だが広い道路には大きな……途轍もなく大きなヒビが入り、行き交っていたであろう車やバスはその断裂に阻まれ斜めに道路に刺さっていた。あちこちで煙が上がり辺りは人々の悲鳴やすすり泣く声、焦げた臭い等も入り乱れ混沌としていた。
見渡した視界の中に彼女らしき人物がいた。
機能しなくなった道路の中央に立ち歩道橋を見上げている。
何を見てるんだろうと思って彼女の視線を追った。男が二人、彼女のいる方を向いている。
背の高い人物と白っぽい服を着た背が低めの人物で、背の高い方は濃い灰色の外套に身を包んでいる。同じ色のフードを目深に被っている為、顔も見えない。もう一人の方は緑のトレーナーと紺色に近い青のジーパン姿で、その上から白衣を羽織っていた。
彼らも彼女を見ていた。
震えがくる。
背筋が痛いくらい嫌な不快感に襲われ考える前に走っていた。
背の高い方の人物が右手を少女のいる方向へ伸ばした。何事かの言葉を発したようだった。
僕は彼女に体当たりする形で覆い被さって庇おうとした。けれど到底、未知の力に抗える筈もなかった。
「ごめ……」
言い掛けた。意識が霞んでいく。終わりだと直感した。
悔しくて苦笑する。彼女の瞳が大きく見開かれて僕を映した。まだどこかあどけなさの残る顔で見つめ返してくる。
僕の下で仰向けで縮こまる彼女は全然『彼女』に似てないんだけど、愛しさと感動で気が狂いそうだった。
ずっと待ち望んでいた。けど、これで終わりなのか。
今世では君を護りたかった。君と生きてみたかった。
涙が彼女の頬を濡らした。会えた嬉しさと絶望で感情はぐちゃぐちゃだった。
「護れなくて、ごめんな」
微笑んで雫に触れた。意識は闇に呑まれた。
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