第3話 彷徨う者③
結論から言おう。
誰もいないし変わったところはなかった。
少し離れた森の茂みが、『ガサ』と音を立てただけだった。
いやいやいやいや。
この状況で……。
絶対、何かいるでしょ。
私以外に、この音のない世界で動くもの。
かなり怖くなってきたんだけど?
「……っ」
足は自然と広場の下の石段へ向かって早足になった。
逃げる当てはなかったが心に引っかかっていた、惹きつけられるような碧の海(仮)の方へ行ってみることにした。
もう半泣きだよ。
荒れ果てた石段は草がすごかったけど、なんとか下りきった。
石畳の道沿いに辿り着いた海(?)は本当に鮮やかで波もなく水面は鏡のように凪いでいた。
岩場から覗き込んで水面に映った筈の自分が、自分の筈の顔が見たこともないくらい美しい愛らしい日本人離れした女性のものになっているので、若干違う人間になってる説を頭の中で展開予想していたにも拘らず目を千切れんばかりに見開き後ろに仰け反った。
「嘘でしょ!」
叫んだ。
光を優しくふるったような金の髪。睫毛は長くふっさふさ。女の子でも虜にしてしまいそうな美貌。
「あー……、これ絶対夢だわ」
状況が更に解らなくなり空を仰いだ。
電線もビルもない。
鳥も飛んでない空。
それともテレビか何かの手の込んだドッキリ? ありえなくもないかもしれない。
ところで。
この碧の海(仮)はしょっぱいのだろうかという疑問が私の中で持ち上がり、舐めてみようかなと思った。
見たところ碧色だが透明度は高く底の岩まではっきり見える。魚は一匹もいない。
手を出しかけた時、不意に視界が陰った。
右手首が掴まれていた。
誰に?
私の隣で腕を掴んでいたのは見たことのない人物だった。
赤茶色の髪は長く腰の辺りまでのストレート。
詰め襟の服は見たことのないデザインの民族衣装のようなそれでいて未来的な青っぽいもので、すらっとした長身の彼に似合っていると思った。
立ち上がらせられながらそこまで観察して、しかし驚きで何も言えずにいると青年が口を開いた。
「ガーーーピーーー」
口から発せられたノイズ混じりの機械音に固まって動けないでいると、小さく「周波数を合わせました」とアナウンスのような声が聞こえた。
「そこは、危険です」
無表情の青年は淡々と告げた。
「……何が、危険なの?」
やっとの事で質問すると無表情のまま私を見下ろして答えた。
「酸の濃度が高いです。人間の骨は三十秒程で溶けます」
ぎょっとしてもう一度碧の水面を振り返る。無害そうな綺麗な色に騙されるところだった!
よ、よかった触ってなくて!
「ありがとう……、あの、もう離しても大丈夫ですよ?」
また水(?)に触ろうとすると思っているのか、手は掴まれたままだった。
「承諾しました」
彼の手がふっと離れて、私は自分の手首をさすった。
この人、日本語喋ってくれてよかったけど何か変だよね、使い方。
整った顔立ちに通常なら見つめられてときめいたかもしれない。
だが。この視線。
「あなたね! さっき山の茂みにいたのは!」
あの時感じた視線のようなものは、きっとこの人だ。
足音もさせず近寄って来た身のこなし。階段を下りて来る時も多分どこかから見張っていたのだろう。
さしずめ、今の私は絶対的強者に射すくめられた小動物状態。驚きで声は出たが震えて固まって、彼が応えるのを待っている。
「質問の内容と現状、履歴を照合、任務に及ぼす影響を推定」
小さくアナウンスが零れ……。
「はい」
……ロボか何かなのか? この人。
シンプルに疑惑は深まった。
じーっと表情の無い顔を見つめる。
???
会ったことないのに、けどどこかで見たような気がした。
思い出せない。
相手もこっちを見ている。
わ、わ、何か恥ずかしい。
目を逸らして酸の水面を眺めた。
せっかく綺麗なのに何だか悲しい。
自然に歌が零れた。
初めて聞く旋律で自分が歌っているのだと気づいて驚きはしたが、歌うのを止めなかった。歌詞も全然知らない。むしろ日本語でもない。
悲しみを癒したい。
何故そう思ったのか分からないが無性に泣き出したくなった。
歌い終わる頃少し気分が回復して隣の赤茶の髪の青年の様子を窺った。
青年も水面を黙って見つめていた。
何を考えているのか読み取れない表情。
それとも本当に何も考えていないのか……(ロボ説濃厚)。
いやいやいやいや。
こんな人間そっくりなロボがいてたまるか!
空が朱く染まってきた。
夕方だろうか?
そう考えていた時に頭に直接響く声がした。
『エナジーチャージします』
一瞬、思考に栄養ドリンクが過ったが、それどころではない事態になった。身体が……変だ。
胸の奥が熱くなって……腕とか……体から淡い輝きが溢れ出した。
「え、ちょ、え? えっ」
私……どうなっちゃったの??!
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