新世界に月は歌う
猫都299
新世界に月は歌う①
1 彷徨う者
「う……うん」
瞼の向こうが明るい。こんな惨めな私にも朝は来る。普通の学生なら登校するための準備をする頃だろうと、ぼんやり思う。
もういいや。
諦めの込もった決意が心の底からじわりと滲む。暗い胸中とは裏腹に朝は静寂に包まれていた。雪の日のように何も聴こえない。暖かな日差しにつられて薄く目を開ける。
そこは高い天井の複数の穴から光が零れる、楽園のような廃墟だった。私は台座のような、棺のような寝台らしきものに寝ていた。
「え」
寝ぼけているのかな? 眼を擦って視野を安定させようと睨んで、もう一度見てみる。
「んん?」
変わらず、見た事のない場所にいる。学校に行きたくなさ過ぎて、まだ夢を見ているのかな?
半身を起こす。筋肉痛に似た鈍痛と僅かの間、眩暈と息切れがあった。息を整えて周囲を見渡す。割と広い空間に……ほかにも寝台のような棺のような台座が四つ、円を描くように配置されていた。
「綺麗だけど、不気味な夢」
ぽつりと呟いた声が静寂に響いた。私しかこの場にいないのだと悟る。何故かは分からないけれど寂しい気持ちで胸がいっぱいになった。
ほかの四つの台が気になる。近くで見てみようと思い立ち、座っている台から床へ足を伸ばした。
「痛」
台の下に瓦礫の破片が散乱している。体重をかけてなくてよかった。怪我はない。だけど裸足だった足の裏にリアルな痛みを感じ、どきっとした。
「夢にしては……」
瓦礫の危なそうな所をよけて床に足を着けた。もう一度、足の裏を確かめようとしていた私は気付いてしまった。小さな違和感に。
不思議な感覚だった。誰かと視線が合ったみたいな……。再び顔を上げた。
何か……あった。
先程、横になっていた台座の傍に三角形の……よく見るとボロボロの布を被った骸骨が体育座りしていた。
「えふひゃあ!」
思わず跳び上がって後ずさった。
荒い呼吸を落ち着けてよくよく見るとお化けとかではなさそうだった。亡くなってから大分時間が経っていそうな骸の傍には、錆びてボロボロの剣の刀身が落ちていた。
しばらく見つめたまま立ち尽くしていた。心臓の音が騒しい。
さっき動いた際に舞った砂が空気中にキラキラ漂っている。私にはこの場所が、まるで永い間そのままになっていた……忘れられた場所のように思えた。
そういえば。
「何だろ? この服」
結構重たくて足先まで長い服を着ていた。シルクのような白い布に黄金色の縁取りと模様で、マンガとかに出てくる聖女の服みたいだと思った。
「まさか召喚されて……なわけないか」
はははと苦笑いで頭を掻きつつ隣の台へと近付く。
「あぁぅ……。はいはい……そんな気がしてましたよぅ」
ほかの四つの台全てに骸骨が横たわっていた。私は手を合わせながら薄目であまり見ないように近付かないようにして元の寝台へと戻る。この夢、怖っ!
台の上に横たわって思考を巡らす。
ヤバい。リアル過ぎて心臓ドキドキ言ってる。いつもなら学校に行きたくないから目覚めたくないって思うけど、ちょっと今日はもういいかな。ヤバ過ぎる。早く夢覚めろぉぉ!
瞼をきつく閉じた後、薄く持ち上げる。
まだダメだ……っ! 天井は高いし天窓らしき所から外の光が差し込んでいるのが見える。自分の部屋の……あの不気味な天井の模様が恋しくなる日が来るなんて。
祈るように手を握り締めた。再び瞼を閉じる。
「嘘でしょ」
信じられない状況に背中がヒヤリとする。驚きの後は絶望のやって来る予感が両腕を鳥肌となって走った。
ぐっすり眠っていたようで目覚めの気分は良い方だった。上半身を起こして眼を擦って、そして途中までしていた欠伸を呑み込んだ。代わりに瞼を限界まで開いて事態を把握しようとした。
周囲が暗いのは電気を消しているからではなかった。
高い……。高い天井から星明かりが降るように、ささやかにこの場所を浮かび上がらせている。
まさか現実に戻れない? いやいやいやいや。断じて認めない。
もしも私がファンタジー小説やゲームの主人公だったらこんなにビクビクしていなかったのかもしれないなと考える。チート能力で無双してみたいという願望さえある。
だけど今ここにいるのはただの高校生。学校に行くのにも勇気が必要な頗る弱い部類の!
思い出してそろ~っと台座の横を覗いた。闇の中、薄く星明りをまとった骸骨が体育座りしている。その横顔が微笑んだように見え慌てて顔を逸らした。
台の上に仰向けになって目覚める時を待つ。まさか……骸骨が動いて襲い掛かってきたりしないよね?
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