雷の蝶途中

「わたしは、蝶になりたいですね」


 蝶か。


「いもむしになる、ってことだけど」


「あ、そっか。じゃあだめだ」


 また、雲が出てきている。すぐ雨になるか。


「行こうか」


「はい」


 立ち上がろうとして。手が目の前にあることに気付く。

 彼の手だった。

 なんということもなく。手を伸ばして。手を繋ぐ。ちからを、ほんの少しだけ入れて。立ち上がる。

 こうやって、立ち上がる力が。あのときのわたしにあれば。いまの状況は、作られなかったのに。

 こうやって、誰かを。犠牲にすることも。


 考えるのをやめた。


 隣に、思案顔を見られるのが。はずかしいと思ったから。


「あはは」


「ん。どうしました?」


「いや。なんでもない」


 自分のなかに、まだ。はずかしさとか、そういう、人間的な心が残ってた。それだけ。意味があることではないけど、新鮮ではあった。わたしにも心がある。

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