『homie lover friend』

「なんで俺だったんだ」


 無言。

 理由はない、とか。そんな感じなのだろうか。

 彼女の身体が動く。体重はある。ただ、肉付きが、他人と違う。知らなかったこと。そして、知ってしまったこと。


「わたしで、よかったのかなとは、思うよ」


 答えになってない。


「どこらへんが?」


「色々。いつも朝に連絡したり」


 おはようメッセージか。


こまかかったり」


 まめなメモのことか。


「なに言ってるか、なにやってるか、わからないでしょ。わたし」


 たしかに。

 男子トイレまで入ってきて、セックスしたいと言われたときは。


「まぁ、ファーストインプレッションほどではないな」


「あ」


 ちょっとうつむいて、しょぼくれている。


「なんで男子トイレだったんだ?」


 回答は返ってこないだろうなと思いつつ、訊いてみる。


「男性の、領域に。踏み込みたかったから」


「あはは」


 思ったよりもまともな回答が飛んできた。


「なんで笑うの」


 無言で対抗。でも頬の緩みは止められないけど。


「でもわたし」


「分かってるよ。正確には入りきってないんだろ?」


 トイレの手を洗うところが吹き抜けなので、もう2、3歩踏み込まないと男子トイレの本番まで出てこない。ぎりぎり、入ってきてないという扱いだと主張したいんだろう。


「わたし」


 喋ろうとして、喋ろうとしたこと自体にびっくりして、黙る。ちょっとした困惑状態。これも、見ているのが楽しくなるぐらいには、慣れた。

 さっきの問いの方向から、なんとなく類推する。

 そして。

 彼女の胸の下の、お腹と胸の間辺りを、軽く押してさわってみる。ここに肉はない。胸に肉はあるのに。


「ぐぇ」


 肉のある部分はいくらでもさわらせてくれるのに、肉のない部分をさわると、こういう声を出す。


「んぐぅ」


 なんとなく、さわって。彼女の問いを封殺する。

 わたしでよかったのか。わたしの身体で、満足できているか。わたしに、してほしいことはあるか。

 たぶん、そこらへんのことを言いたかったんだろう。わざわざ訊くことでもない。意味のある問いでもない。


「もっと、下」


 なんだ。セックスしたいのか。

 彼女のおなかには、まぁそこそこの肉がある。さわると、やわらかくて張りがある。そして彼女がびくびくすると、普通に割れる。


「筋肉なんだよな、これ」


「なんでおなかさわってんの」


 いや、もっと下って言ったから。


「もちょい上」


 上。上ね。


「おおそこ。そこそこ」


 どこだここ。へその、延長線上。みぞおち、だろうか。


「押して」


 こうかな。


「おほぉ」


 なんだそれ。


「もういいです。なんか変な感じ」


 いやいや。おまえが押せって言ったんだろうが。


「わたしで。いい?」


 しまった。気を抜いてた。彼女の問いが、出てきちゃった。

 彼女の顔を見る。

 こっちを見てる。

 はずかしくなったので、みぞおち的なところを押してた手を、胸に持っていく。


「わたしで。いいの?」


 くそっ。


「わっ」


 胸にやった手から。彼女を横たえさせる。


「ここか。ここがいいのか」


「ぐへぇ」


 みぞおち、の、辺り。たぶん。


「今日はここを押しまくります」


「え」


 散々、そのあと。

 しながら、押しまくった。


「あたらしいとびらがひらいたきがする」


 彼女。

 身体をびくびくさせながら、満足そうにしていた。

 腹筋。

 割れてる。

 さわってみた。やわらかくて、張りがある。

 じゃあ、みぞおちの辺り。


「あっまって」


 待った。


「はい。どうぞ」


 さわる。


「あたらしいとびら」


 ここが、か。

 ここがいいのか。


「まって」


 待った。


「ねぇなんで待つの。やめないでよ」


 よく分からない。


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