No.09『その先に見えたのは』
そこには見るも無惨な姿の『死体』たちが、無数に転がっていた。
ナギサも幾つもの命を奪い、殺してはいたがここまでの殺し方はしたことがない。ましてや、このような死に方をしている死体は、戦場でも滅多に見たことがなかった。
「アアァアァァアアアァ!!!」
すると、近くで女性の叫び声が辺り一帯に響き渡る。
声がする方へと顔を向けると、そこには黒髪の褐色肌をした女性とその女性の片腕で抱えられている長い銀髪の少女か居たのだ。
だが、その女性にナギサは違和感を感じる。そう、その女性の頭には、人間なら付いてないはずの『耳』が付いていたのだ。それも動物を想像させるような
さらに尻には、黒の尻尾が付いていたのだ。
おそらく、あれが異世界の住人なのだろうとナギサは考えてしまう。しかし、そんなことよりもその女性に抱えられている銀髪の少女に目がいってしまった。
その少女にナギサは目を疑ってしまう。
「……イ、チ……エ……」
ポツリとその言葉を溢してしまった。
何故なら、その少女の顔はナギサにとって、
前にいた世界では髪の色は違うこそ、少女の顔と瓜二つな女性がいたのである。
しかし、今いる角度からでは少女の顔は横顔しか見れない。それでもナギサにとっては、その女性の顔を思い浮かべていたのだ。そのため、余計に困惑し、混乱もしていた。
ナギサが思い浮かべている女性は、長髪の黒い髪をしている。だが、目の前にいる少女は髪の色以外、顔つきや目など、全てにおいてその女性と酷似していたのだ。
「GUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
すると、いきなり大きな雄叫びが辺り一帯に響き渡る。ナギサは咄嗟に耳を塞ぎ、声がする方へと顔を向けた。
そこには、『巨大な熊』がたたずんでいたのだ。
あまりの巨大さに、さすがのナギサも呆気にとられてしまう。
熊にしては、
そのまま、目線をその熊の手へと移す。
手には大きな鉤爪が付いており、そこからも血がポタポタと肩と同じように滴り落ちていた。おそらく、あれが木の幹をえぐった正体なのだろう。それにあの巨体ならば、足跡も納得がいく。それでも想像以上の大きさであった。
ナギサが思っていた悪い予感とは、このことである。害獣に襲われたにしろ、あの巨体に襲われたのならひとたまりもない。そのため、これからさらに被害も拡大するだろうと思い、急いでいたのだ。
そして巨大な熊は叫んだそのすぐ後、血がついた鉤爪を振り上げ、二人を刺そうとしていた。
だが、この時のナギサは少女の顔に動揺しており、身体がまったく動けずにいた。
それでも事態は一刻も争う状況である。頭に耳を生やした女性と少女は木にもたれ掛かっており、明らかに逃げ場などない。さらによく見ると、女性は足を怪我しているようだ。腕にも力が入ってないのか、ブランとしている。おそらく、骨が折れているか、関節が外れているのだろう。
あれでは、確実に逃げたり避けることは不可能だ。ましてや、少女は恐怖のためか呆然としているようにも見える。
いったい、どうしたらいいのだろうか。ナギサは自分自身に問いかけるが、このような状態では思考はまとまらず、答えが出るわけがない。
そこでナギサは中腰の態勢のまま、下を向くように頭を下げてしまった。
このままでは、あの二人は殺されてしまう。何も出来ない自分に、ナギサは自分自身の無力差を絶望していた。
しかし、そんな時だった。
(……今からすることは、『日本』という国で約束する際にする、『おまじない』よ。お互いの小指を合わせて、二人同時にお願いを言うの)
不意に、頭の中から懐かしい聞き覚えのある声がする。
それはナギサにとって、忘れもしない声だ。
何故、今になってこの声がするのだろうか。ナギサは疑問に思ってしまうが、そんな疑問もすぐに消えてなくなった。
この声は、ナギサが無意識に頭の中で思い出している声なのだと理解したからだ。
回りには誰もいないのだから、当然なのだろう。
そして謎の声は、続けるように言葉を紡ぐ。
(今から言うことは、しっかり覚えて)
ここであることに気がついた。
それは、この世界で目覚める前に見ていた夢の言葉だった、のだと。
下を向いていたナギサは、右手の甲に刻まれている『傷』に目線を移す。何故、あんな夢を見てしまったのか、その意味がなんとなく理解することできた。
「そうだよな。今度こそ……!!」
覚悟を決めたのか、ナギサは勢いよく立ち上がる。
自分に何が出来るかわからない。だが、たった一つの『
しかし、時間は刻一刻と迫っている。
目の前にいる熊はとうとう、振り上げていた鉤爪を勢いよく二人にめがけて突き刺そうとしたのだ。それと同時に、ナギサは走り出す。
この時、ナギサは『
「GAAAAAAAAA!!」
次の瞬間、刺されそうになると女性は少女を庇うように覆い被さった。
普通ならば、走ったとしても到底この距離は間に合わないだろう。
それでもこの時、何故だろうか。ナギサには、
それもそのはずだ。ナギサの目には、
だが、ナギサはそんなことを気にも止めず、右腕を曲げ、背中の方へと肘を引き寄せる。
そのまま、右手へと渾身の力を溜めていった。
すると、また頭の中に声が響く。
(それはね……)
「……ああ、わかってる」
ポツリとその言葉に発し、巨大な熊にめがけて拳を振りかざした。
この一瞬で、ナギサは熊との間には距離がありながらも、
「フンッ!」
――バゴンッ!!
ナギサの右の拳が、巨大な熊の横腹に直撃する。
しかし、巨大なものを殴ったとしても、普通はびくともしないだろう。それでもナギサの場合は違った。
熊の横腹に直撃した拳をそのまま、最後まで振り切る。
そして次の瞬間、
殴った際、
それもそのはず、ナギサは『集中』していたのだ。違和感を感じても、気に留めないほどの集中力である。
一方で、いつまで経っても刺された痛みを感じないことに不審に思った女性は、恐る恐るゆっくりと頭を上げた。
「……えっ!?」
顔を上げると、その光景に驚愕する。
そこには遠くに横たわっている熊と黒髪の青年が、後ろ姿でたたずんでいた。
もちろん、その黒髪の青年はナギサのことだ。
ここでまた、頭の中で先程の声が聴こえ始める。ここからは夢で見れなかった続きの言葉。だが、ナギサは知っている。続きの言葉を。
(それはね、
その頭の中で聴こえた声に、ナギサも答える。
「
そう言って、左足を前に出して両手を肩ぐらいまで上げた。両手も軽く握りこぶしを作り、左手を前に、右手を胸の近くまで後ろに引き、軽く膝を曲げる。
この構えは、ナギサが生前に対近距離戦で使用していた構えなのだ。
それに今の一撃では、熊を仕留めた感触が一切しなかった。突然の不意打ちで殴り飛ばされた感覚に近い。だからこそ、あの熊はすぐに立ち上がると思い、構えを取ったのである。
すると、先程まで横たわっていた巨大な熊は、ゆっくりと身体を起き上がらせた。やはり、今のでは仕留めきれなかったのだ
熊は唸りをあげ、ナギサを睨む。確実に、今の不意打ちで熊の逆鱗に触れた。そう、感じさせるほどの威圧感である。
しかし、ナギサにとってそんなことは関係ない。
今は、この熊を倒す。
それしか、今のナギサの頭にはないのだ。
そしてナギサと巨大な熊との、一時も気が抜けない戦いが、今まさに巻き起こるのであった。
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