No.08「痕跡」

 声がする方へと走っていると、かナギサの鼻腔をくすぐる。それは生前、ナギサが前にいた世界で嗅ぎ慣れた臭いだ。


 そう、これは忘れもしない『』である。


 鉄棒や硬貨などを手で触り、それを鼻で嗅いだ時の独特な鉄の臭い。それが臭ってくるということは、近くでが流れている可能性が高いということだ。


 ナギサはその臭いを何度も嗅いだことがあるため、すぐに理解することができた。


 さらに謎の雄叫びと悲鳴から察するに、何かしらの害獣が現れ、人を襲っているということだろうか。


 森の中を走っていると、が目に入った。それを見たナギサはすぐに立ち止まり、そのある物の方へと近づく。



「木が、何かで大きくな。……『鉤爪』か? それもかなり大きいサイズの生き物による傷だ。」



 そう、それはであった。


 木の幹を触ってみると、まだえぐられて日が経っていないことに気づく。と言うことは、最近になってこの場所は、木の幹をえぐりとった本人の縄張りになった可能性があるということだ。


 元居た世界では、野生動物は自身の縄張りを現すため、何かしらの証拠マーキングを残すことがある。犬なら尿を、猫なら自身の身体を擦り付けたりなど、様々な方法で残すのだ。


 すると、ナギサはふいに足元を見てしまう。


 そこには大きな足跡があり、これもまだ新しい足跡だった。


 それを確認すると、その場にしゃがみこみ、左胸に付いている皮のポーチの口を開ける。この皮のポーチの中には、一本のナイフが収納されているのだ。


 ナギサはそのまま右手でナイフも持ち、皮のポーチから取り出す。


 皮のポーチからナイフを取り出すと、左手の人差し指と親指を広げ、ナイフの刀身を測り始めた。指でナイフの長さを測ると、ナイフの刀身はちょうど親指から人差し指をおもいっきり広げた位の長さだ。



(……親指から人差し指の長さ。と言うことは、このナイフの刀身は十五センチぐらいか?)



 ナイフの長さをだいたい把握したナギサは、そのまま刀身だけをその足跡の横に乗せた。そして刃の先に指で目印となる線を書き、またその上へとナイフの刀身だけを乗せる。


 その行為をもう一回繰り返すと、とある結論を導き出した。



「刃渡り十五センチぐらいのナイフで三回分の大きさ。おそらく、この足跡の大きさは四十五センチを超えるか超えないかぐらいか。体長も三メートル超えるかもしれんな」



 ナギサが先程までしていたのは、この足跡の大きさを測るためである。生前、前にいた世界で人質や捕虜などを救う際、このやり方で相手の足取りを追っていたのだ。


 足跡の大きさや歩き方、歩幅などでその者の状態を把握することもできる。


 その際に使用していたのが、今回と同じでナイフだった。


 それと同時に、約四十五センチの足跡とこの木の幹に傷を付けたものは、同一の生物によるものだろうとナギサは推測する。


 さらに、先程の雄叫びとこの傷に足跡。まだ確信を出来ないが、ナギサは先を急ぐように走りだし、その場をあとにした。


 走っている途中で、もう一つ事実に気付く。


 それはナギサの立ち止まったときの足跡は、二足歩行だったはず。しかし、途中で四足歩行になっているのだ。それも後ろ足と同じく、前足もかなり大きい。それに地面には大きな鉤爪でえぐられたような跡が残されていた。


 これにより、疑惑が確信へと変わっていく。


 次第に血の臭いと共に、悲鳴が近くなってきた。


 何か嫌な予感がしたのだろうか。ナギサは近くの茂みに入り込み、中腰の体制のまま小走りで茂みの中を駆け抜ける。


 そして次の瞬間、茂みの先に広がっていた光景に目を疑ってしまうのであった。

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