No.07「謎の雄叫び」

「まずは、この森を抜けることに専念するか。取りあえず、このまま真っ直ぐ進めばいいよな」



 ナギサはそう言うと、自身の勘を信じ、大きな樹木から真っ直ぐと森を抜け始めた。


 だが、この時のナギサの勘は正しかったのだ。


 左に行けば、永遠と森が続くだけ。右に行けば、途中で大きな崖や障害物が多く、歩行は不可能だったのである。


 そうしてしばらくの間、ナギサは森の中を真っ直ぐ歩き続けていた。すると、ふとその場に立ち止まる。



(……近くで水の音がするな。こっちからか?)



 耳を澄ませると、遠くから水の流れる音がしていた。そこでそのまま、水の音がする方へと全身をその方角へと方向転換させる。


 今思い返せば、あの大きな樹木で起きてからずっと何も飲食をしていなかったのだ。当然、腹も減るし喉も乾く。


 たしかに、近くにの木に生えていた木の実はいくつか見た。しかし、ここは異世界のはず。ナギサがいた世界とは違うのだ。そのため、木の実もちゃんと食べれるやつかは判断ができない。


 下手に食べて、もしそれが猛毒なら命の危機に陥ってしまう。そんな理由で二度目の死を迎えるのは、真っ平ごめんだ。


 そして水の音がする方へずっと歩くと、どんどん水の流れる音が近くなってくる。


 ここでナギサは歩くのを止め、一気に走り出した。


 少し走ったあと目的地に着いたのか、その場に立ち止まる。



「ふぅ。やっぱり、あの音は『川』だったか。これでなんとか、『水』は確保できたな」



 一気に走り出した理由、それはが近くなったからだ。さすがに喉が乾いていたナギサも急いだのだろう。


 早く喉の乾きを潤したく、川の方へと近づく。


 だが、この時にあることを思ってしまい、立ち止まってしまった。



「この水、飲めるのか?」



 そう、ここは異世界。


 以前の世界なら、このような水は戦場で重宝されていた。しかし、異世界は以前居た世界とは常識が違うはずだ。戦場でも、時に慢心、身を滅ぼす可能性がある。


 しばらく考えていたが、背に腹は代えられない。のどの渇きもあるし、気づいた時にはもう川のすぐ目の前に立っていた。川を眺めると、綺麗に清みきっており、明らかに毒水や有害な水には見えない。


 すると、その場にナギサはしゃがみこんだ。


 右の人差し指で恐る恐る、川の中へと近づける。川の水温はひんやりとしており、気持ちよく、出来ることなら腕全体を川に入れたいほどだ。


 だが、その前にこの水が安全なのか、確かめる必要がある。


 川の中へと入れていた指を取り出し、ナギサの唇へと近づけた。そのまま、舌で人差し指を軽く舐める。


 水を飲み込まずに、口の中で何度も味わう。


 ここで痺れや何か違和感を感じたのであれば、すぐにでも吐き出すところだ。



「普通、の水だな。特に舌に痺れや変な味もしない。……これなら飲めるな」



 その結果、この川の水は特に毒水や有害な水ではない、と判断した。


 そして次の瞬間、ナギサはおもいっきり両手で川の水をすくい、口へと運んでいく。その水を口まで近づけると、勢いよく飲み干した。


 この世界で目覚めて、一回も飲食をしていなかったナギサにとって、この水は『救いの水』とも言えるだろう。今だからわかるが、相当喉が乾いていたみたいだ。


 水が口から喉へ、喉から胃へと運ばれて行く事に、ナギサの身体が喜んでいるのが自分自身でも分かった。


 一回目の水を飲み干すと、続いてもう一度、両手で水をすくう。


 それを何度か繰り返していた。


 次第に喉が潤ってくると、軽く休憩を取ろうとする。その後、楽な体勢をするため、しゃがみこんでいたのをやめた。そのまま、足を組んで胡座をかき始める。



「取りあえず、ここで一旦休憩するか」



 ずっと歩いていたためか、足は完全に疲れきっていた。そのため、ここで一休みすることに決める。


 休み始めると、綺麗に清みきった川を見つめながらボーッとしていた。


 少し時間が経った頃、ふいに目線を右手の甲に移す。



「……この『傷』を見ていると、を思い出すな。やっぱり、はっきりと傷が見えるのは辛いもんだ」



 すると、右手を前に出して、手の平を川の方へと向けた。それでも目線は、手の甲に付けられた『傷』を見つめている。



「この世界に来て、俺に何が出来るって言うんだ。力を与えたとは手紙にも書いてあったが、特に身体の異常はなく、ただ若返ったのみ。これでどうしろって言うんだ」



 しばらくの間、右手の甲をナギサは睨み付けていた。


 たしかに、若さは大事だ。体力や筋力は若い方がいい。ナギサは元々、ため、そのことは強く痛感していた。


 だからこそ、若返っただけで何が変わることなのだろうか。何が出来るのだろうか。ナギサはそう感じていたのだ。


 そんなことを考えていると、次の瞬間のことである。



――GUUOOOOOOOO!!!



 遠くから何かの生物であろう物凄い雄叫びが、辺り一帯に響き渡った。


 この時、ナギサは思わず身体をビクッと震わせる。突然のことで、流石のナギサも驚いたのだろう。


 そして急いで声がする方へと、顔を向けた。


 顔が向けた先には、ただただ森が広がっている。



「な、なんなんだ、今の声は!? あっちの方で何か起こってるのか……!?」



 その言葉と共に、先程の謎の雄叫びがした方から次々と悲鳴が響き渡る。


 いったい何が起こっているののだろうか。


 ナギサはすぐに立ち上がり、声がする方へと走り出すのであった。

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