No.04「ナギサ」

 皆さんは知っているだろうか。『ナギサ』、という名を。


 その名は一部の界隈で、と言われるほど有名な名だ。


 名を聞くだけでどんな巨漢でも背を向け逃げ出すほどとも言われている。そのため、『ナギサ』は存在を信じない者や伝説上の人物、そう囁く者は少なくはなかった。


 そしてナギサと呼ばれる者が出没する場所、それは『戦場』である。


 ナギサにとって戦場とは、生きるための通過点でしかない。戦場でしか、自身の存在価値を見いだせないのだ。


 戦場では、彼よりも右に出る者はいない、とまで言われているほど。


 さらにどこかの国から依頼が来れば、その国まで足を運び、『目的』を果たそうとする。


 その『目的』とは、それは『戦争の介入』すること。それも、『戦争のスペシャリスト』とも呼ばる実力だ。戦争に介入すれば、必ずとも言って良いように十分すぎる成果をあげている。


 『冷静沈着』や『冷酷無比』などは、ナギサのためにこそあると言っても過言ではないだろう。戦場では、ナギサは雇われの『傭兵』として参戦していた。時には、命令により暗殺や誘拐なども行い、老若男女問わず、あらゆる非道なことをしてきた。


 そんな男に、周囲から付けられた二つ名が、『』、なのだ。


 だが、最恐と呼ばれた傭兵でも、寝ている最中に夢は見る。ナギサは今、夢を見ていた。


 砂嵐が酷い砂漠の上に建てられた町において、銃声や爆発、人の怒号が至るところで響き渡る。


 そう、ここは『戦場』だ。


 この戦場は元々、砂漠の上に建てられたとある都市であった。しかし、戦争が始まるにつれ、住んでいた者は都市から離れていったのである。今、この都市はただの廃墟と化しているのだ。


 そして廃墟の中にある、とあるビルの階段をゆっくりと上がっていく、二名の傭兵がいた。


 二人の傭兵は、片方が一丁の拳銃を両手で握り、もう片方が一丁の拳銃を右手に持ち、一本のナイフを左手に握っている。頭には、砂漠と同じ色のヘルメットのような物を被っていた。


 お互いに前後左右を何度も確認しながら、ゆっくりと階段を上がっていく。


 そうして二階、三階と安全を確保しつつ、二人の傭兵は最上階である四階を目指していった。


 四階にたどり着くと、そこには扉と窓が外されたのだろうか。その場には何もなく、ただの広い空間が残されていた。


 しばらくして、お互いに伏兵が潜んでないか。確認しながら中央へと、足音を立てずに歩いていく。中央へと歩いていき、この場には誰も居ないことを確認した。すると、二人は窓があったであろう壁の方へと歩いていったのだ。


 そこには窓はないが、外を十分確認できるほどの四角い穴が空いている。元々は、ここに窓がはめ込まれていたのだろう。


 壁まで近づくと、二人の傭兵はその場に座り込んだ。壁にもたれ掛かる形で、手にしていた武器を全て地面に置く。



「……やっと安全確保が出来た」



 先程まで、拳銃とナイフを持っていた者は、溜め息をつきながら言葉を溢し、ヘルメットを外し始めた。


 ヘルメットを外し終えると、そこには黒髪の青年が疲れた様子で壁にもたれかかっている。青年は頭を軽く振り、ヘルメットで潰されていた髪を元に戻していた。



「まさか、次の『派遣場所』がこんな砂漠の所だとは、思いもよらなかったな」



 砂がヘルメットに、大量に付いており、青年はその砂を手で落とす。すると、青年の隣にいる傭兵も、自身が被っているヘルメットを外し始めた。



「そうね、砂煙は酷いし視界が悪い。本当に最悪よ。早く終わらせて、砂と汗を落としたいわ」



 そしてヘルメットを外すと、そこから長い黒髪の女性が現れたのだ。髪は骨盤辺りに届くか届かないかくらいの長さで、座ると髪が床につきそうである。長い黒髪を後ろへ全て流すと、そこから見えた顔は、アジア系の顔つきである。



「ところで『ナギサ』。貴方はこの戦争はあとどのくらい続くと思う?」


「そうだなぁ。このペースだと大体、一週間から二週間ぐらいといったところだろうな」



 女性に『ナギサ』と呼ばれた青年は、少し考えた素振りをした後に、そう答えた。


 その言葉を聞くと、女性は深い溜め息を吐く。



「そうだよねぇ。ナギサが言うことはほぼ間違いないし、そのぐらい掛かるでしょうね」



 手で頭を支えながら、女性は悲痛な声を上げる。


 それもそうだろう。


 暑い砂漠の中、走り回れば汗や砂がこびりつく。女性にとっては死活問題なのである。


 二人がこの砂漠で戦争に何故、参加しているのか。理由はただ一つ。それが二人の『仕事』だからだ。


 とある組織に、この二人は属している。その組織では雇われれば戦争に介入し、報酬を貰う。そういう仕事を生業としていたのだ。


 今回も戦争している国から雇われ、この二人が派遣されたのである。


 すると、女性はおもむろに何もない天井へと顔を向けた。



「……そういえば、ナギサとこうして共に行動してきて、のかしら」


「まぁ、そのぐらいか? 時間と言うのは、早いようで短いもんだな」



 ナギサがそう言うと、二人は顔を見合わせ、軽くクスクスと笑いあった。


 そして女性は右手の小指をナギサに差し出す。



「ねぇ、少しお願いがあるんだけどいいかしら?」


「お願い? どうした、突然」


「んー、なんとなく……かな?」



 そう言うと、女性はクスリと笑いながらナギサを見つめた。見つめられたナギサも、少し軽い溜め息をつきながら、口を開く。



「お前がいきなり、突拍子のないことを言うのはいつものことか。それで、お願いってなんだ」


「ちょっと! それじゃあ、私がいつも何も考えてないみたいじゃない! ……まぁ、いいわ」



 すこし頬を膨らませながらも、女性は話を続けた。



「今からすることは、『日本』という国で約束する際にする、『おまじない』よ。お互いの小指を合わせて、二人同時にお願いを言うの」


「なるほど。つまり、こうすればいいんだな」



 ナギサはそう言いながら、女性の小指に自身の小指を交わらせる。



「今から言うことは、しっかり覚えてね。それはね……」



 ここで女性は、ナギサと約束しようとするお願いを言おうとした。


 その時である。


 いきなりまばゆい光によって、ナギサの視界が奪われたのだ。それと同時に、女性が言おうとした言葉が聴こえなくなる。そのまま、ナギサの身体は宙に浮いたのである。そして女性が居る反対側の方へと、おもいっきり引っ張られて行く。


 それでもナギサは必死に小指を離さなかった。


 何故だかはわからない。


 それでもこの小指を離せば、全てが失ってしまう。そんな気がしたのだ。


 それとは別に、引っ張られる力はどんどん強力となっていった。


 次第にナギサと女性の小指同士は、徐々に離れていく。


 小指が完全に外れた時、ナギサを支える物は何も無くなっていた。



「――ッ!!!」



 指が離れると同時にナギサは、その女性の名を叫ぼうとする。しかし、声が出せずに口パクとなる。


 ナギサに為すすべは、もう何もないない。


 そのまま引っ張られていく方向へと、ナギサは吸い込まれていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る