No.03「クリスタル・ベアー」

 渾身の力で、クリスタル・ベアーの腕に剣を振りかざす。



――バキンッ!!



 その瞬間、金属が折れたような音と共に、尖った破片が空中を舞った。



「……えっ!?」



 剣を振った者はこの瞬間、何が起こったのかわからずにいたのだ。剣の先端にあるべきはずの刃が、折れて無くなっている。そのため、この言葉しか発することが叶わなかった。


 そう、先程空中に舞ったのは、だ。


 つまり、クリスタル・ベアーの腕の皮膚は剣よりも硬かったのである。


 そして食事中だった熊は、何か腕にと思い、その方角へと視線を移す。そこには、折れた剣を持った赤色の髪をした者が呆然としながら立っていた。


 この時のクリスタル・ベアーは、憤慨していたのだ。美味しい食事を邪魔されたのが、なによりも気に食わなかったのだろう。


 クリスタル・ベアーは食べていた食料死体を無造作にその場へ捨てると、男へ向き変える。右腕を上げ、折れた剣を持った者に対して思いっきり上げた右腕を横に薙ぎ払った。それは正に、ビンタに近いだろう。


 それでもその者は、今何が起きているのか、処理しきれずにただ呆然とその場に立っているだけ。そうして呆然としたまま、クリスタル・ベアーの腕が頭に当たった。



――バシュンッ



 聞いたこともないような音が、その場に響き渡る。クリスタル・ベアーの腕には、べっとりと血がついており、その目の前には身体が立っていた。


 クリスタル・ベアーは、その者の『頭』をたった一振りで、遠くへと叩き飛ばしたのだ。その『頭』はと言うと、木の付近に転げ落ちていた。


 頭がない身体は、力が入らないまま後ろへと倒れこんだ。倒れると同時に、首から血がドバドバと溢れ出す。それと共に身体は痙攣を起こし、世にも不気味なダンスを踊っていた。


 その光景を見ていた残り十五人の奴隷たちは、恐怖のあまり失禁したり、あまりのグロさに吐く者までもいたのだ。


 それは少女もまた、例外ではない。


 少女も恐怖のあまり、身体が動けずにいたのである。この経験は、記憶がない少女にもわかる。それはこれから死ぬであろう『死の恐怖』から来るものだった。


 しかし、そんなことは魔獣であるクリスタル・ベアーには、何の関係ない話だ。むしろ、動かずにいた方が殺しやすい、そうとまで考えていのである。


 こんなにもご馳走にありつけたのは、いつ以来だろうか。クリスタル・ベアーは軽く唸り、頭を吹き飛ばした者には目もくれず、奴隷がいる方へとまたもや四足歩行で突進してきたのだ。


 これから先は想像もできない、ただの地獄であった。


 用心棒である二人が殺され、誰がこの奴隷たちを守るのだろうか。手錠もされ、抵抗できない奴隷たちは次々とクリスタル・ベアーによって殺されていく。


 奴隷たちの中からは、生きてるままはらわたを食われたり、手足から食べる者など、あまりにも凄惨で無常な殺し方だった。


 だが、魔獣である熊は殺戮をやめない。殺せば殺すほど、食料エサが手に入るからだ。


 最終的に奴隷は、五名にまで減らされていた。その中には、少女と黒の耳を頭に生やした女性、エンリヨも生き残っている。


 クリスタル・ベアーは次第に、楽しくなったのか、じっくりと奴隷を殺すようになっていた。



「GURURURU!」



 唸りながら、生き残っている奴隷たちの方へとゆっくり近寄っていく。


 奴隷たちは、どこか逃げ場がないか辺りを見渡していた。すると、あることに気付いたのである。馬の上で気絶していたはずの奴隷商が居なくなっていたのだ。そこでよく目を凝らすと、気絶していた場所から近い茂みに小さくなって隠れていた。


 つまり、今いる者を犠牲に自分は生き残ろうとしているのだ。


 しかし、奴隷たちには指摘する余裕などない。


 今は、目の前のクリスタル・ベアーをどうするか、だ。


 奴隷たちは必死に逃げることを考えているが、逃げ場など何処にもない。


 次の瞬間、クリスタル・ベアーは五人の中の少女に目掛けて、突進をしかけたのである。一番殺しやすい少女を狙ったのだろう。それでも少女は恐怖からなのか、突進をされているにも関わらず身体が動けずにいたのだ。


 そして少女と突進をしているクリスタル・ベアーとの距離が、あと少しとなった時である。



「危ないっ!!」



 少女に向かって走り出している女性がいた。そう、エンリヨだ。エンリヨは、そのまま少女を抱え上げると、その場から離脱しようとする。その場から、前へと向かってジャンプしだした。


 これで突進を避ける算段なのであろう。


 だが、そんなことがうまくいくはずもない。



「グッ!」



 クリスタル・ベアーの肩に生えている宝石らしきものに、エンリヨの足が引っ掻かれてしまった。


 足を怪我したエンリヨは空中でバランスを崩し、足での着地は不可能だ。それでも、バランスを崩そうともエンリヨは、少女を庇うように肩から地面に落ちていった。



――ゴキッ!



 辺り一帯に、エンリオの肩から鈍い音が響き渡る。


 瞬間、エンリヨは自身の肩を押さえながら叫けびだしていたのだ。



「アアァアァァアアアァッッッ!!!」



 この時のエンリヨの肩には、尋常じゃないほどの痛みが走っいた。先程の音は、衝撃で肩が外れてしまった音なのである。


 さらに少女も、今何が起きたのかわからずにいた。エンリヨの顔を見るも、彼女の顔は目には涙を浮かべ、痛みを耐えるように唇を噛んでいる。


 エンリヨはそれでも嗚咽を吐きながらも、外れていない片手で少女を抱きしめた。そのまま、座った状態で熊から距離をとろうと後ずさる。


 それと同時に、クリスタル・ベアーもゆっくりと近づいていった。


 最終的には、エンリヨの背中に木の根元に当たってしまう。これでもう、後ずさることができなくなった、ということだ。


 つまり、逃げ場がないのである。


 それを見たクリスタル・ベアーは、少し唸りを上げると口を開き、ダラダラとよだれを垂らしていた。



「ここまできて、魔獣に殺されて死ぬなんてね。だけど……」



 そう言って、エンリヨは少女を見つめる。少女はキョトンとした顔をしていたが、腕や足の怪我を見てエンリヨは心配するような仕草をしていた。すると、エンリヨは抱きしめていた腕を緩め、少女の頭を優しく撫でる。


 少女も少し驚いた表情をしていたが、どう反応したらいいのかわからないのだろう。オロオロしながらエンリヨを見つめていた。



「やっぱり、アンタを見ているとを思い出すよ。だから逃げずに、アンタを助けのかもね」



 そして頬から一粒の涙をエンリヨは流す。これは何の涙だろうか。遠い記憶の『何か』を思い出しているのかもしれない。


 だが、事態は刻一刻と迫っていた。


 クリスタル・ベアーはエンリヨと少女のすぐ目の前まで迫っていたのだ。そのままクリスタル・ベアーは立ち上がり、雄叫びを上げる。



「GUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」



 その雄叫びは大地を揺らすほど大きく、少女とエンリヨは反射的に耳を塞いでしまう。


 雄叫びが終わったと同時に、クリスタル・ベアーは自身の鉤爪を真っ直ぐに伸ばし、二人を刺そうとしていた。


 エンリヨは瞬間、折れてない手で少女を庇うように覆い被さる。この少女だけでも、何とか助けようと必死になのが見てわかるほどだ。



「GAAAAAAAAA!!」



 クリスタル・ベアーは雄叫びを上げながら、鉤爪で二人を刺そうとする。


 その時である。



「……フンッ!」


――バゴンッ!!



 瞬間、鈍い殴ったような音が響き渡った。



「……?」



 そこでいくら経とうと、エンリヨに刺された痛みを感じないことに疑問が浮かんだ。一瞬のうちに、痛みもなく殺されたのならわかる。しかし、少女に触れる感触や体温などが感じられたのだ。


 さらに、先程聴いた鈍い音が気になる。


 そのことが気になったエンリヨは、少女に覆い被さりながらも、恐る恐るゆっくりと頭を上げたのだ。



「えっ……!?」



 次の瞬間、エンリオはその光景を見て驚愕をしたのである。


 そこには、目の前にいたはずのクリスタル・ベアーが遠くに横たわっており、代わりに見知らぬ青年が、エンリヨと少女の前に後ろ向きの姿で立ち塞がっていたのだった。

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