No.02「そこで目にしたのは」

 外に出ると、その光景に全員が目を疑った。


 そこには三メートルは超えるであろう、『巨大な熊』が二本足で立った状態で居たのだ。


 いや、普通の熊とは違い、肩や背中などにトゲみたいなが生えている。ルビーやサファイアなど、様々な宝石だ。


 熊の近くには、倒れている馬が二頭と頭にターバンを巻いた小太りの男性がいた。男性はその馬の上で気絶をしているか、ぐったりとしている。


 この小太りの男性こそが、少女や馬車に乗っている奴隷たち全員を売る、『奴隷商』なのだ。


 すると、剣を背中に背負った二名のうち、緑色の髪をしている一名が口を開く。



「……お、おい。あれって、まさか『クリスタル・ベアー』かっ!?」



 その声に反応したのか、『クリスタル・ベアー』と呼ばれた熊は声がした方へと顔を向ける。口からは大量のよだれが出ており、目は赤く、ルビーのような輝きをギラギラと放つ鉱石が埋め込まれていた。見るからに、かなり興奮しているのだろう。


 このクリスタル・ベアーとは熊のような身体をし、全身の皮膚が鉱石のように硬いためにそう命名された魔獣なのである。その他にも、身体の至るところに宝石が生えており、その宝石は高く売れるためか、マニアにはかなりの値段で取引されているのだ。


 しかし、高値で売れるということはその分、クリスタル・ベアーは獰猛で危険な魔獣として位置づけされていた。そのため、一攫千金を狙ってまで、無理して討伐しようとする者はあまりいない。



「GUUUU!」



 ここで、クリスタル・ベアーは少し唸ると、奴隷たちがいる方へと四足歩行で突進してきたのだ。


 あまりにも突然のことで、その場に居た全員が反応が遅れてしまう。


 それでも、クリスタル・ベアーにとって関係ない。この目には、ただの食料エサとしか見なしていないからだ。


 先程襲った二頭の馬と一人の人間よりも、あちらの場にいる大人数の方が、たらふく喰えると思ったのだろう。


 突進してきたクリスタル・ベアーは、奴隷たちがいる方へと勢いよく突っ込んできた。剣を背中に背負った緑色の髪をした一名を含め、六人がその突撃により吹き飛ばされてしまう。ある者は突進により吹き飛ばされ、ある者は宙を舞い、またある者はすぐ近くの木へと吹っ飛んでいく。


 そして剣を背中に背負った緑色の髪をした者は、クリスタル・ベアーの肩に生えている宝石らしきものに腹から刺さり、腹から背中へと貫通していたのだ。刺さっている宝石の先端には、その者の血が垂れている。


 あまりの痛みからなのか、その者はぐったりとしており、絶命したのか気絶したのか安否が不明だ。それでも、ここからの生存は望みが薄いだろう。他にも吹き飛ばされた者は、頭を強く打ち絶命したか、身体を強く打って気絶した者だけだ。


 このような状況を見たら、真っ先に何を思い浮かべるのだろうか。


 それは、『』である。


 次は自分が殺されるのではないか、そういう不安が恐怖へと変わっていく。これにより、悲鳴や逃げる者など、その場は混沌の阿鼻叫喚となっていった。



「GUOOOOOOOO!!!」



 それを一喝するかの如く、クリスタル・ベアーは大きな雄叫びを上げる。雄叫びはその場にいる者、全員が耳を塞ぐほど猛々しい大きな声だ。


 すると、何を思ったのだろうか。そこで肩の宝石に刺さっている緑髪の者を引っこ抜く。


 だが、不幸なことにこの者は生きていたのだ。抜かれた痛みにより、目を覚ましてしまう。


 しかし、それはただの絶望と恐怖の始まりであった。


 腹には大きな穴が空いており、上半身と腕は熊の両手でしっかりと捕まれていた。そのため、下半身以外はまったく動けない。足をいくらジタバタしようとも、クリスタル・ベアーにとっては関係はなかった。


 よだれを滴ながら、大きく口を開く。捕まっていた者にとって、これほどまでの絶望と恐怖はないだろう。口をパクパクと開き、涙を流していた。


 この時、この者は何を考えただろう。走馬灯だろうか、それとも恐怖と絶望ため、何も考えられなかったのだろうか。今となっては、まったくわからない話である。


 次の瞬間、クリスタル・ベアーはその者の頭を丸ごと口の中に入れた。そのまま、首の鎖骨付近で喰いちぎる。喰いちぎられた後は、その者の身体に力が入っていない様子で、だらんとしており、首からは血の雨が吹き出していた。


 その雨をクリスタル・ベアーは全身に浴びているが、全く気にする素振りをしていない。


 さらに口元も鮮血な赤に染まっており、ガリボリと骨を砕く音を立てながら美味しそうに味わって食べている。



「……こいつっ!!」



 その状況を見ていたであろう、もう一人の剣を背中に背負った赤色の髪をした者は、怒りで身体か

震えていた。


 それもそうだろう。


 仲間を目の前で喰われたのだ。怒らないやつはほぼいない。それに、目の前で何も出来なかった自分が一番腹が立っていたからだ。


 この怒りを全て拳に込め、その者は怒りのままに背負っていた剣を抜いていた。


 剣を抜くと、両手でしっかりと掴んだ。そうして抜いた剣で構えを取ると、その者はクリスタル・ベアーに向かって走り出す。



「てめぇ、俺の仲間を離しやがれっ!!」



 赤色の髪をした者はそう叫びながら、食事中だったクリスタル・ベアーの腕にめがけて、渾身の力で剣を振りかざすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る