No.05「忘れられない傷」

「ッ!!」



 ここで、ナギサは目を大きく見開きながら、目を覚ました。


 目を覚ますと、一番最初に目にしたものは『大きな樹木に生えている葉』だ。葉は風で大きく揺れ、葉同士が擦れ合い、心地よい音色をかもし出す。



「……寝てたのか、俺は」



 そう、ナギサは先程まで長い夢を見ていたのだ。今も大きな樹木の根っこを枕にするような形で寝そべっている。


 どうしてこのような所に居るのか。寝起きで寝ぼけていることもあり、記憶が曖昧であった。


 そしてこれまでの経由を思い出すべく、ナギサは上半身を起こそうとする。


 その時に軽い『違和感』を感じた。



(なんだか、身体がやけに軽いな……)



 ナギサはそう思いながら上半身を起こす。上半身を起こすと、左手の指で眉間を押さえながら考え込んだ。


 どうして、この様なところにいるのだろうか。



「……ッ!!」



 次の瞬間、これまでの出来事を全て思い出したのである。


 そこで、急いで自身の額を触った。そこには必ず、『傷』があるはずなのだ。



「撃たれたはずの痕が……ない?」



 だが、そこには傷一つない額があった。


 しかし、のだ。


 何故なら、、からである。この事はナギサ自身がよく知っていた。それが原因となり、絶命してしまったのだから。


 そのため、最初は困惑したものの、ナギサはすぐに自身のおかれている状況を把握しようとしていた。


 まず、第一にここはどこなのだろうか。明らかに、最後の記憶にあった場所とはかけ離れている。もし仮に、あの場面殺される際で死んでなかったのならば、それを知らずにここに遺棄されたか。


 いや、それは否だ。


 まさか、『ゲンライアイツ』がそんな初歩的なミスをするはずがない。ナギサはそう考えていた。お情けで生き残らせたのなら、とんだ復讐だ、と笑い転げてしまう。


 ゲンライはナギサに恨みがあり、裏切り、殺したのだ。そんな相手を逃すはずがない。


 すると、不意にあることが頭をよぎる。



「ここはもしや、死後の世界あの世ってやつか? てっきり俺は、地獄に直行するもんだと思ったんだがなぁ」



 ナギサは頭を少し掻きながら、そう呟いた。自身の過去が過去なだけに、このような穏やか場所に来るなど、考えもしなかったのだ。


 人を殺したり、人を傷つけたりなど、ありとあらゆることをしてきたナギサにとって、死んだら真っ先に地獄へと落とされるだろうと思い込んでいた。だが、今いる場所は、想像した場所地獄とはかなりかけ離れた場所である。


 しばらくして、眉間を押さえていた指を離した。押さえていた左手の指を見たナギサは、に気づき、驚く。



「『』が、無くなってるだと!?」



 そう、ナギサの左手に刻まれていたはずの歴戦ののだ。さらに、歳によって荒れていた肌が、みずみずしい肌へとなっている。


 急いで右手へと視線を移した。


 そこには左手と同様、みずみずしい肌の右手があったのだ。


 だが、一つだけが残されている。


 それは親指から小指にかけて一直線に残る『傷』だった。傷は深くえぐられていたのか、より強靭な肉を作ろうとそこの部分だけ傷が盛り上がっていたのだ。


 その傷を見たナギサは眉間にシワを寄せる。



「この傷……。もしかして、俺は、のか!?」



 驚いたような声を出しながらも、じっと右手の甲を見つめていた。


 ナギサの右手に刻まれているこの『傷』は、彼にとってもなのだ。


 他にも、明らかに手や肌も若々しく、みずみずしい。顔も触るがシワやガサガサした肌など、全くもって無かったのである。


 ここで手を開いたり握ったりをゆっくり何度も繰り返す。やはり、指の動きで細かいことが出来る。力も若かった頃のままで、漲っていた。身体中も全く軋みや痛みも一切感じない。


 この時、『完全に若返った』のだとナギサは確信した。


 自身の服装も改めて見ると、白の生地が薄汚れたようなTシャツに、薄い紺色の長ズボンを履いている。靴も、茶色で生地が薄い靴であった。


 これではスポーツや歩き回るなどには、明らかに不向きな靴だ。


 そう考えていると、自身の左胸に違和感を感じる。


 左胸へと視線を移すと、そこには『皮のポーチ』が付けられていた。ポーチの紐は背中に一周し、固定するような形で付いていた。ポーチはナギサの左肩に紐を掛けており、それを支えるように背中の紐に繋がっている。


 そのため、皮のポーチは背中に掛けての固定と、左肩に掛けてある支えで左胸に付いていた。


 ナギサはそのポーチを右手で開こうとする。このポーチの口は磁石にくっついているのか、特にボタンもなく、すんなりと開けることができた。


 ポーチの中には、『一本のナイフ』が収納されていたのだ。



「入ったいたのは、ナイフだったのか」



 そう言いながら、ナイフを右手の逆手持ち、取り出した。ナイフは綺麗に研かれており、自身の身体が反射するほど美しい。


 それに、手にも馴染む。ナギサが愛用していたナイフと、近い感覚がしていた。


 そうしてナイフを取り出したと同時に、ポーチの口が閉じる。磁石でしっかりと開閉が出来ており、激しい運動でも、勝手にポーチの口が開くことはないだろう。


 それぐらい、強力な磁石だ。


 すると、不意にナイフの反射によって写り込む自身の顔をナギサは見てしまった。


 そこには、髪がすべて真っ黒でシワ一つない青年の顔が写り込んでいる。


 この顔はナギサ自身、よく知る人物だ。


 それもそうだろう。


 ナイフに写り込んでいるこの顔は、ナギサが若い頃の顔だったからだ。



「この顔に、この。てことは、まで若返った、のか?」



 右手でナイフを持ちながら、右手の甲の傷へと視線を移す。困惑しながらもその傷をゆっくりと左手でなぞり、ナギサは目を閉じた。



も、見せたのか? たとえ死のうと、若返ろうと、、か」



 傷をゆっくりなぞり終えると、最後に言葉をポツリと小さな声で言う。



「……そうだろ、『イチエ』」



 そしてナギサの声は小さい声だったためか、その場に何も残すこともなく、消えて無くなるのだった。

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