タイチは口を震わせる。

 声として出そうとしてる言葉が頭に浮かぶ度に、吐き気で焼き尽くさんばかりに胸が痛む。

 それは単なる言い訳で、タイチにとっては事実だ。

 だが、自分でも吐いてしまいたくなるほど飲み込めたものではない。


「こ、殺すつもりなんて、無かった」


 震える口を閉じるように両手で覆い、指の隙間から言葉を漏らす。

 あ?、と安井が低い声で聞き返した。

 聞こえなかったのではなく、聞き取れなかったのでもなく、言葉の意味を理解できなかったわけでもなく。

 安井がタイチのことを軽蔑してる部分が明確になろうとしてることへの、威嚇。

 理解しているが認めたくはないという、意思表示。

 しかし、タイチは言葉を繰り返す。

 そうしないと吐き出してしまいそうだから。


「殺すつもりなんて、無かったんだ」

「射場、お前それ本気で言ってんのか?」


 タイチは安井の睨む目に耐えきれず、目を閉じて頷いた。


「殺すつもりなんて無かった。ただの脅しだったんだ。高塚を傷つけるつもりなら痛い目にあうぞ、って」

「脅迫状を送るとか、夜道で襲えば良かったじゃないか。なんで、階段から落とす必要が?」

「印象付けたかったんだよ、脅しの意味で」


 作ったこともない脅迫状なんて拙いものになってしまって、文章の仕事をしてる吹田には逆に侮られてしまう恐れがあった。

 安井が選択肢として挙げた夜道での襲撃などタイチには思いつきもしなかった。

 直接的な暴力を用いる案は頭から自然と外れていたのだ。

 だから階段からも上から突き落とすのではなく下から引っ張り落とすことで、直接的な暴力ではないと区別していた。

 階段からの落下事故ということで高塚を探ると呪いのようなものが生じると、そんな印象をつけてやろうとタイチは画策した。


 安井の軽蔑の目がより鋭く暗くなっていく。

 わかっていたことだ。

 あの日、階段の先にいるタイチの背中を見て憧れて、少しずつ理解していくことがあった。

 タイチは吹田の生死を確認しなかったのだ。

 一瞥もくれず、ただ逃げるように階段を駆け上がっていった。

 殺人への執着は無い、そう物語っているようだった。


「女装したのは何故だ? もし吹田が生きていて自分を落としたのが女子生徒だと思い込んで、高塚を恨むことになったらどうしてたんだ?」

「あれは・・・・・・万が一見られた時に誤魔化せるなって思ったんだ。それに高塚にはちゃんとその時間にはアリバイが出来てたし、吹田が彼女を恨むことがあってもライターとしてしっかりアリバイのことに辿り着くと思って」


 呪いのようなものとして印象付けするために、誰かもわからない女子生徒というものが存在した方が良いのかもしれないという思いつきもあった。

 タイチはアツシから脚本係が女装案を本番に強引に出そうと計画してることを教えられていた。

 文化祭準備の終盤、大道具の作業手伝いにと脚本係の面子が参加した際に気の緩みから大勢に紛れてしてしまった密やかな話。

 たまたま聞いてしまったアツシは、気を付けろよとタイチに忠告していた。

 タイチはそれを利用しようと吹田を呼び出す数日前に思い至った。


 女装セットは四階西階段側の男子トイレのゴミ箱に捨てた。

 劇をぶっ壊すという無茶苦茶な計画の産物だ、見つかったって誰かが持ち主だと名乗り出る可能性すら少ないとタイチは思っていた。

 吹田が怪我をしただけだったなら、そんな雑な処理でも良かったのかもしれない。

 持ち主不明の女装セットが見つかるだけか、女装して吹田を落とした謎の男子生徒の存在が現れるだけ。

 吹田個人がそれを調べることになっただろうが、怪しい人物と警戒されこっそりと入ってきていた学校では階段落下の事故について協力的に調べさせたりしなかっただろう。

 つまり、逃げ切れた可能性はあった。

 しかし、吹田が死んだとなれば話が別だ。

 警察の介入に、トイレから出てくる女装セット。

 安井はあの時、踊り場に倒れ動かなくなった吹田と、トイレから着替えて出てくるタイチを見て、雑に捨てられた女装セットを回収することにした。


 高塚の騎士ナイトとなろうとしてる男を捕まえさせるわけにはいかない。

 安井は持ち帰った女装セットは細かく裁断し、分割して廃棄した。


「わかっていた、わかっていたんだ・・・・・・」


 安井が茫然と呟いた。

 タイチを軽蔑する目は鋭く暗く、しかしタイチを見てはいなかった。


「でも、お前は先に行動に出たんだ。それが明確な殺意ではなくても、単なる脅しでお粗末な計画であったとしても、お前は俺よりも先に──高塚を守るための行動に出た!」

「安井、お前さっきから・・・・・・もしかして、お前も──」


 タイチがそれを言おうとして、視線を外していた安井と目があった。

 吸い込まれそうになる暗闇。

 いや、その瞳は、今日公民館で鏡に映った自分に似ていた。

 酷く暗く、薄汚れたような冷たい瞳。


「ああ、そうだ。俺も高塚クミを守ろうとしたんだよ。富田アツシは吹田マコトに卒業アルバムを売り渡していた。アイツは吹田が高塚に近づくための情報を与えていたんだ! だから殺した!! 親友のお前には出来ないとわかりきっていたからな。俺が、お前を真似て、お前の二番煎じと成り下がり、お前の代わりに! 富田を殺した!!」


 激昂し怒声のように声を上げる安井。

 それは怒りであり、高笑いのようであり、自嘲のようでもあった。

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