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富田アツシの死体が発見されたのは、安井タイチが事件を起こした翌日の早朝、木曜日のことだった。
出勤の早い教師が今後行われる非常階段の工事のために立ち入り禁止テープを貼りに立ち入った際に、たまたま中を覗いてその無惨な姿を見つけることとなった。
木曜日の午前は理由を明確にしないまま、また事故が起きたと匂わせるだけの全校朝礼を行い一斉下校となった。
朝から校門前でパトカーが数台停まっていることから生徒たちの間でまた死亡事故が起きたと感付かれるのはすぐのことだった。
一年生から三年生まで全校生徒がグラウンドに並ぶ朝礼では、誰がいないのかの探りあいとなっていた。
木曜日から学校は警察からの指示と教育連盟、PTAの相談の上で休校となった。
土曜日の晩にはアツシの葬式が身内のみの小規模で行われた。
そして、日曜日。
タイチは──射場タイチは昼御飯にと用意されたサンドイッチが喉を通らなかった。
母親であるマホが作ってくれたタマゴサンド。
幼少の頃からの大好物で、父親が残したビデオテープ──映画を観ながら食べるのが大好きだった。
顔すらろくに覚えてない父親の面影を感じながら、母親の優しさに触れる時間。
そんなサンドイッチを、タイチは口に運ぶ気が起きなかった。
姉のアキには、そんなサンドイッチを虚ろな目で見つめるタイチにかける言葉が見つからなかった。
普段なら、仕事に行く前に母親が作ってくれたのだからありがたく食べろと強要するのだけれど、アツシのお別れ会でずっと吐いていたタイチに対して言えるはずもなかった。
午後三時半。
結局一口もサンドイッチを食べることなく、自室に戻ったタイチは時計を確認すると部屋を出ていく。
そのまま玄関で靴を履きドアノブに手をやろうとすると──
「タイチっ! ど、何処に行くの?」
震える姉の声に、タイチは振り返ることなく立ち止まる。
目の端に靴箱の鏡が映り、自分が制服のままであることに気づく。
「・・・・・・学校に忘れ物しちゃって」
「明日じゃダメなの?」
「うん、今日行かないと」
受け答えがいつもの弟でアキは少し安堵した。
頼りなくて、優しい弟。
「ついていこうか?」
なんとなく、という曖昧な不安があってアキはそう問いかけた。
ついていくべきだ、という確信はない。
ついていかなきゃ、という使命感があるわけではない。
ついてきてほしい、と一言頼ってほしくなった。
自分はまだ弟を守れる姉なのだと、頼ってほしくなった。
「いいよ、すぐ近くだし。一人で行ける」
わかってる。
弟はもう中学三年生で、来年春には高校生になる。
夕方である外が暗いわけでもない。
夕方に学校へ忘れ物を取りに行く。
そんなことに姉を頼るわけはないのだ。
うんわかった、とアキのか細い返事を聞いて、タイチは玄関のドアノブを回した。
事件発覚の木曜日から、三日後の日曜夕方。
吹田マコトの転落事故のことも嗅ぎ付けたマスコミが、茨北中学校の周辺に集まっていた。
警察協力のもと教員たちが過剰な取材への注意を行っていたが、中学生が暴行により殺されたとなってはジャーナリズムというものが暴走を止めなかった。
タイチの住む団地からすぐの後門にも取材陣が殺到していて、タイチはその目を避けるように学校を囲む塀に沿って歩いた。
茨北中学校の東側、団地との間に川とも呼べない小さな堀がありそれを跨いだ先の塀を乗り越えると体育館裏へと辿り着く。
校門、正門や後門に殺到する取材陣も生徒や教師へのインタビューを取るというのが目的のため、人通りなどあるはずの無いこの場所には誰もいなかった。
小学生の頃、団地周辺で遊んでた際に無邪気な冒険心を持ったアツシに教えてもらった場所。
塀をよじ登るタイチの耳に、いつかのアツシの言葉が聞こえてきた。
「なぁ、タイチ。中学生になっても、高校生になっても、大人になってもさ。ずっとこうして遊ぼうな」
小学生の背丈の倍ほどある高い塀をなんとかよじ登り跨がって、体育館の小窓から見える部活動を眺めていた。
バスケやったらモテるかな、などと笑うアツシにタイチは、どうかな、と笑い返した。
中学三年生になったタイチは塀を跨いで直ぐ様中へと降りて着地する。
小学生の頃は、高く見えて恐さになかなか降りれなかった。
そうやって怯えているうちに体育館から生徒に姿を見られ怒られて、慌てて堀側に落ちたのを思い出す。
後門周辺に比べて中は静かなものだった。
日曜日で休校中の学校は、部活動ももちろん停止中だったので、体育館にも生徒の姿は無かった。
タイチはマスコミ対応にと学校にいる教師に出くわさないよう気をつけながら、息を潜め校舎へと歩きだした。
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