「ちょっ、射場……目が恐いって」


 宇野の言葉でタイチは自分が宇野を睨みつけている事に気づいた。

 そう気づくと宇野の事が、あの吹田というフリーライターと同じ様に思えてきた。

 こいつも高塚を傷つけるヤツなのか。


「憎むとかそういうの、あんまり言わない方がいいと思う」


 何かの映画で見た汚ならしい罵詈雑言が頭に浮かんだが、タイチはそれを口にしなかった。

 それを口にすれば、それをきっかけに自分がおかしな行動に出てしまいそうだったからだ。

 宇野は、うん、と小さく頷き、タイチの目から逃れるように視線をそらして、ごめん、と呟いた。


「今日は帰るっていうのはわかったから。高塚にも上手いこと説明しておく」


 タイチの言葉に宇野は視線をそらしたまま、ごめん、と再度呟いた。

 それに対してタイチが無言のままだったので、宇野は逃げるように帰っていった。

 他の生徒達が打ち合わせや帰る準備などで騒がしい中、タイチは深い溜め息を吐いた。


 自身の中にあるモヤモヤとした感情を吐き出してしまいたかった。

 吐き出さなければ、高塚に会えない気がした。



「うーん、もう音響係だけだとやることなくなっちゃったね」


 手に持ったリストを見ながらクミはそうぼやいた。

 演劇のどのタイミングでどの曲や効果音を鳴らすか書いてあるリスト。

 四人で手書きで書いたものを上牧がパソコンで打ち直して印刷したものだ。

 上牧がそう協力的なことをしてくれたことよりも、パソコンが家にあることが羨ましいなとタイチは思ったものだ。


 タイチは宇野とのやりとりを細かくはクミに伝えなかった。

 今日は上牧と宇野は欠席だ、とだけ伝えてクミの向かいの席に座った。

 上牧と宇野が参加するときは隣に座るので、久しぶりに面と向かって座ることになった。

 やっとクミの横顔を見るのに馴れてきたところだったので、また正面からとなると変な緊張感があった。

 クミは、そっか、とだけ言って答えて理由を追及することはしなかった。


 タイチもリストに目をやる。

 手書きの頃は何度と書き直した後があって、だんだん用紙──ノートの一頁をちぎったものは黒く滲んでいたものだ。

 それが今は綺麗な黒い印字の列が並んでいて、タイミングがシビアな部分は注意するように赤字で書いてあったりと立派なものになった。


 音響係だけでやることがなくなった、というのは演劇班の通し稽古に合わせて音響を調整する作業になったからだ。

 演劇部部長の里丘の演劇指導により、脚本を読んだ際との若干のニュアンスの違いが生まれていて、それを音響係の四人は演技を直接見ながら曲や効果音を変更していた。

 演劇班も脚本係も、音響係が最初に出した曲や効果音に変更希望無しだったが、音響係の四人は次々と変更していった。

 乗り気じゃなかった宇野も上牧に呟くようにして意見を出していた。

 そうして、変更していった音響に影響を受けて里丘はまた演技を考えていった。

 脚本係は安井が意見を言いたがってたが、合同会議の時にクミと里丘に怒られたのがよほど恐かったのかその他の生徒達はかなり消極的になっていた。

 変更点があるなら言ってくれたら変えるから、と言われた時には、それじゃ係を分担してる意味無くないか?、とタイチは思ったが下手な変更をまた勝手にやられても困るかと思い直した。


 文化祭本番まで一週間を切っていたので、合同練習を積極的に行いたかったが里丘の指導の熱が上がりすぎたようで、演劇班は半ばストライキみたいに本日活動休みを取ることになっていた。

 演劇部としては良かったスパルタ指導も、文化祭一度のみの思い出参加組には厳しすぎたようだ。


「高塚はもうタイミングとかバッチリだもんな」

「射場君もバッチリ、でしょ。このリストのおかげもあるけど、イメージがしっかりできてるから間違える心配はほとんど無いかなー」

「まぁ、心配があっても練習しようが無いんだけど」


 タイチとクミ、二人はリストに目をやったまま言葉を交わす。

 数回の合同練習で何度と変更した音響。

 本決まりとしての音を使った練習は数えるほど出来ていないが、音響係のイメージ先行で組み立てられることになった演劇に助けられてる部分もあった。

 宇野は怪しいものの、リストを印刷し直した上牧も音を鳴らすタイミングは完璧に頭に入っていた。


「んー、どうしよっか、射場君? 今日はもう解散する? せっかくだし、何かお話する?」


 クミに問われ、タイチは一応の悩みますという態度を示す。

 首を傾げ、少し上を見て、うーん、と唸る。

 我ながら嘘くさい態度だと、タイチは思った。

 演技班にならなくて良かったなと里丘の顔を思い浮かべる。


「じゃあ、せっかくだし、何かお話しようか」

「そうだね、せっかくだし!」


 クミはタイチのように悩む態度も見せずに、笑顔を見せながらそう言った。

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