10
それから、一週間、二週間と経ち十月になった。
夏を引きずったままの九月が過ぎ去り例年より涼しくなった。
タイチも、制服を夏用の半袖のカッターシャツから長袖のカッターシャツに衣替えした。
クミは肌寒いのか学校指定のウィンドブレイカーを常に着ていた。
青いウィンドブレイカーはクミに妙に似合っていてタイチは感動すらした。
「お前それ、毎年言ってる」
と、アツシにからかわれた。
学校の三階にある演劇部部室から一階の三年四組の教室に帰る途中。
「あ~、危ない危ない。危うくまた改変されるとこだった」
「ホント、危なかったな」
「女装は無いよね」
「アレは無いな」
タイチとクミは、そうぼやいた。
二人の後ろには宇野と上牧がついてきていた。
少し時間は遡る。
放課後になって、舞台進行に合わせての打ち合わせを初めて行った。
役者をまとめている二組の
部活動の邪魔だろうとタイチは思ったが、演劇部は空き教室を二つ使っているので大した支障も無いようだった。
打ち合わせをした教室には演劇部の小道具などが置かれていて、普段は倉庫のように扱われているようだ。
二組四組の役者達は毎日放課後ここを利用して練習してる。
毎年の演劇部部長特権らしい。
打ち合わせに参加したのは、里丘を含めた役者達と、脚本係、タイチ達音響係、そして二組の担任の総持。
文化祭準備が始まって以来の初の合同打ち合わせだったので、総持は参加を申し出てきた。
長方形に並べられた席。
時計回りに里丘を含めた役者達、脚本係、音響係と順に座り、生徒主体で行う事が文化祭準備の主旨なので、総持は離れたところで椅子に座ったまま口を出してはこなかった。
総持はいつもと同じ脇の下に紫のラインが入った黒いジャージ姿で、締まりの無い眠たそうな顔で欠伸をして、モジャモジャした天然パーマを少し掻いて、無精髭を少し擦っていた。
いつも通りのだらしない姿だが、それでも教師がいるというだけで教室内には少し緊張感が漂っていた。
打ち合わせの内容は、段取りの確認が主だった。
確認が終わると、ここで初めてタイチ達は選んだ曲を他の生徒に聴かした。
「うん、問題ないんじゃない」
暫く沈黙があって、里丘が口を開いた。
里丘がタイチを見る。
タイチも里丘を見返す。
学校指定の赤いジャージ姿がよく似合う、ショートカットの女子生徒。
背は列で言えば真ん中の方なのだが、部長という事もあってか自信に満ちた姿勢は本来の背格好より彼女を大きく見せた。
里丘がそう言うと周りの生徒も頷いた。
特に意見が無いのは、単に興味が無いだけなんじゃないのか。
タイチはそう思い周りを見回した。
何週間もクミと意見を交わしながら決めた選曲が、誰にも引っ掛かる事もなくすんなり決まる。
それは少し気持ちが悪い事だったが、自分達の選曲案が通るならそれでいいと思い直した。
曲も決まり打ち合わせも終わろうかと里丘が口を開こうとした時、脚本係の生徒の一人が手を挙げた。
タイチにはあまり覚えの無い生徒だった。
四組の男子生徒だ。
背格好がタイチに似ている。
タイチと同じぐらいの身長の生徒は学年だけでも数人いるが、どうも不思議な近親感を感じた。
「どうしたの、
里丘が聞く。
すっかり打ち合わせの司会役になっている。
「脚本の方で意見があって」
「意見?」
里丘に聞かれ、安井は立ち上がり横に居た生徒から台本を取りあげる。
取りあげられた生徒からの苦情に耳を傾ける事なく安井は、その台本を里丘に渡す。
「最後の方、変更したいんだって」
安井にそう言われて里丘は台本を開く。
「何これ、女装?」
「……女装?」
里丘の驚きにクミが反応する。
クミは立ち上がり、里丘の方に歩いていく。
里丘はそんなクミにまた驚いたが、近くに来たクミに台本を渡した。
「何これ、無茶苦茶じゃない」
大声を上げるクミ。
「脚本係の多数決の結果だよ。俺は納得してないけど」
安井はそう言って自分の席に座った。
隣に座っている生徒を少し睨んで、少し笑った。
きっと安井だけがこの改変を反対して、負けたのだろう。
タイチには、安井が同じ脚本係の生徒を敵視しているように見えた。
きっとアイツは孤立している。
話した事もない男子生徒が、何だか可哀想にタイチは思えた。
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