第7話 徒労に賭ける
「コナンくん、うれしいよ」いつもの公園の一角に腰をかけ、青鷺しずかは言った。
手指にラバーマスコットをつまんで、楽しそうだ。
「おまえにはやらん」と傍のレオに示したが、彼女の猫は我が家の与一ともにゃもにゃ言い合っていて、主人を無視した、
時刻はいつもよりやや遅い。21時を回っていた。
「ご存じのようにうちの姉ちゃん、常人には考えがよく読めない怪人」
「我が家だってアダムスファミリーっぽくて怪しいし」
「……みなさんすらっとして、顔立ちが立派だもんね。姉ちゃんは見た目普通なのに発想と行動が変。それだって、いきなり持ってきた」僕はマスコットを指した。
「きっと、なっちゃんの頭の中には広大な宇宙があって、絢爛たる世界が広がっていて、森羅万象いきいきと動き回ってる。それをときどきセレクトして紹介してくれてるんじゃないのかな」
「そうか?もっと脳内は貧しいと思うよ」
「とにかく、私がすごく喜んだって伝えといて。お返し、考えとくから」
「たださ、しずかの推理に感銘を覚えたのは嘘じゃないと思う」
「だと、ええなあ」
妙に謙虚なのは、しずかと僕の捜査が、投じた熱量の割に郡司先生の役には立たなかったと自覚のあるせいだ。
ポストの暗証番号が郡司先生の誕生日だと確認できてすぐ、僕は祖母、母、そして姉に対し探偵しずかの推理を公開した。
もちろん、危なっかしがるので、怪しい三人組と接触したエピソードは省略し、単に「こうすればボックスから容易に盗み出せるのではないか」というアイデアとして披露したのだ。
とはいえ推理は、その場ではとてもウケた。
姉の夏樹なんて、「わたしやっぱり、しずかちゃん好きだなあ」と感心し、共感の証として所蔵の名探偵コナングッズを僕に託したりした。
しかし当然ながら、高校生の推理なんてものは、家族以外に耳など貸してもらえない。僕らは工藤新一でも金田一少年でもなかった。
反応が皆無、というわけでもなかった。当事者からあった。
僕らのおせっかいな支援の動きを知った郡司先生は、勇気を奮ってふたたび警察に相談をもちかけた。地元名士に連なる人物の頼みとようやく気づいたのか、今度は警察も腰をあげ、聞き込みをしたり宅配ボックスの指紋を取ったり、防犯カメラ映像のチェックなども行ったとされる。
でも、それだけだ。その後、盗難の事実が確認されたとの話も、まして犯人像が絞られたなどの話とか、さっぱり伝わってこない。
諦めの悪い僕らは、相変わらずあの三人組、とくにイケメンマウスウオッシュに的を絞り、慎重にではあったがふたたび小柴町を探った。
しかし、名も知らぬ相手の身元調査は、僕らの手に余った。
例のアップルポップは、パッとしないマンションのくせにカーサTTよりセキュリティが行き届いていた。部屋にもポストにも近寄れず、入居者の氏名へのアクセスも叶わない。人手を増やしたり金を遣ったりすれば話は違ったろうが、多忙?かつ清貧の高校生コンビだけではどうにもならない。
それでも二人は、郡司先生の通院時間に合わせ、堀之内中央病院に張り込んだりした。しずかが犯人と疑うマウスウオッシュは、比較的最近に先生と病院で居合わせたに違いないと考えたためだ。
大声かつ身振り手振りが激しく、デリカシーにも欠ける先生は、他人の怒りを買っても自覚のないことがある。
おそらく今回も、知らずに誰かから恨まれ、陰険な仕返しをくらったのだろう。そして下肢を痛め、堀之内中央に通院中だったマウスウオッシュこそ、その犯人である確率は高いというのが名探偵しずかの推定だった。
なにがそこまで狩り立てたのか、当人たちにもわからないけれど、僕らは熱心に張り込みを続けた。
朝の早い郡司先生が、受付開始直後の時間に予約を取ると聞けば、通学前の早朝から病院の入り口そばに潜み、彼女に近づく不審者を待ち受けた。
遅い時間に予約を入れたと知ると、老人だらけの中央待合室に何時間も座り込んだ。
そのうち、我が物顔をして2階コンビニ(フードコートみたいに沢山の席がある)に陣取り、飲み食いだべりながらえんえんと下階を監視したりした。
そこでの僕としずかは、こんなことを話していた。
「マウスウォッシュがいたら、近づいてわざと倒れかかって『あらやだごめんなさい』と奴のポケットから財布をスって名前と所属を確認。なんならカードを抜き取って悪用してやる。どうよ、この案」
「そんな難易度の高いチャレンジはやめて、窓口に出す書類とか保険証をこっそり盗み見すればよくないか。あいつと同じ手口を採用してさ」
「そんなのつまらん。だいいち名前を知っても手はだせねえ」
「財布とかカード奪って使えばこっちが犯罪者だよ」
「呼び出して、返して欲しけりゃ話せと迫る」
「そんな恐喝、絶対上手くいかないよ」
「そういや、現金でもカードでもなくスマホ決済アプリ主義者かも」
とはいえ、結局はいっさいが無駄足だった。マウスウオッシュも残りの二人も、一度だって僕らの視界に姿をあらわさなかったし、それ以外の不審人物だって特定は叶わなかった。
冷静になってしまえば、そんなこと最初からわかれよという話なのだろうが、僕らのヒートアップした探究心を、単なる勇み足だったと認めるのには、それなりの時を要した。
実のところ、二人並んでコンビニスイーツを食べるのは楽しかった。賞味期限間近50円引きとかもあったし。
また、しずかが例の人目に付く制服姿だった日など、郡司先生と、なぜか一緒だった僕の祖母に見つかり、互いに狼狽えたりした。
どうやら郡司先生は、僕がしずかとの「相棒」活動に熱中しすぎた末、産婦人科に同行の羽目に陥ったと早とちりしたらしい。少年非行防止に長年携わった祖母は、孫にそんな度胸なしと最初から見切っていたようだったが。
とにかく、騒がしくも楽しい張り込みを繰り返しても、遺憾ながら具体的な成果は一向にあがらず、無駄に時間だけが過ぎていった。
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