第6話 トリックはわかってる

 ドーナッツ店に着いた。ちょうど、父が尊敬する山下達郎の歌が店内に流れている。

 さっきの黒っぽい三人がいないかを確認しつつ、すみっこに席どりするのは妙に胸が高鳴った。探偵ごっこからスパイごっこに移行したせいだろうか。

 

 しずかの目の前にはマグカップがある。

 慎重にカフェオレの香りを嗅ぎ終った彼女は、「毒でも入ってるの」と言った僕を無視しつつ、

「さっきのあの、いかにもお勉強のできそうなアホヅラ三人」と話しはじめた。ということは学生と見ているのだろう。

「ベランダ越しに下にいる私らに気づいて、無視できずに出てきた」

「顔をたしかめにきた感じはしたね」

「その通り」

「あ、そうか」僕はやっと思い至った。「あれ、わざとあそこで踊ってたの」

 しずかは再度、ジェレミー=シャーロックすると、

「まさかあのタイミングで部屋にいて、さらにノコノコ出てくるサービスまでは期待してなかったのに、よっぽどアホ、いやドアホ」

「ノコノコって表現、いつか使ってやろうと思ってたろ」

「うん。今日、夢が叶った」


「え、ということはあいつらが犯人の可能性有り?」

「連中がカーサの庭に死体を埋めたりしていなければ」

 僕が聞くとしずかは肯定した。なぜだか自信たっぷりの口調だ。

「さっ、次はどうやって犯行を認めさせるかを検討しなきゃな、悟。二人で部屋にカチ込んでもいいが、ゲーム機は売っぱらったあとかな」

「ホームズ。きみ、今日は少し飛躍のしすぎじゃないか?」

「今回は、ホームズでなくてスペンサー」

「……それは、知らん」

「まずこっちから動いて相手の反応を誘う方法論なんだけど…困ったね」

 みめよく血の巡りもいい女子高生探偵さまは、無知無能な助手を目の前に、腕を組んで首を傾げた。

「悟も、ホークって感じじゃあないか」


「とにかく気になるのはデブ、茶髪より最後の善人ぶった兄ちゃん。ラスボスかどうかは知らんが、小集団のキーマンではある」

 さっそくカフェオレをおかわりしてから、しずかは熱弁を振るった。

「イケメン風の兄貴のことだね」

「そうだったか?マウスウォッシュのCMタレントには似てたけどな。とにかくヨコシマな眼をしてた」

「眼?茶髪は嫌な目つきだったけど」

「ちゃう、あれは生まれながらのしもべ。はるかにやばいのはマウスウオッシュ」根拠もあげずにしずかは断じた。


「茶髪は肚がないから人とつるむ必要がある。デブは頭が空。マウスはかろうじて脳はあって嘘もうまいが、いかんせん腹わたが腐ってる」

「むちゃくちゃ貶すなあ。よっぽど気に入らなかったんだ」

「もっとも気に入らんのは、脚」

「あし?」

「微妙にひきずってたやろ」

「ぜんぜん気づかなかった」

「修行が足らんな、小僧」

「それがどう関係するの?」

「それが暗証番号の謎とつながるかもしれないってこっちゃ」

 しずかは一人うなずき、僕に説明をはじめた。

  

「まず、郡司さんの家に届いた宅配がどうなったかについては、いろんな見方ができる」

「うん。嫁が郡司先生を陥れようと一大トリックを構築したとか」

「ええな、それ」ニッと笑ってしずかは続けた。

「逆に郡司さんが嫁に一撃を加えたのかもしれんし、孫や娘が嘘をついたのかも。あるいは、郡司さんの隠れ認知症とか。またあるいは、あまり出てこない郡司夫が真の黒幕とか」

「それ面白い。でも、なんでもありだ」

「なんでもありだ。ただ、検討のためにとりあえず家族の犯行や思い違い説は、いったん脇に置いておく」

「うん。外部犯行を検討するんだね」

「そう。特定の宅配のおにいちゃんが悪さしたと言う線は、お取り寄せセットとゲームがそれぞれ別の業者の配達だったので、考えにくい」

「そこでさっきの黒づくめ三人組が出てくるのか」

「そう。なんで気になったかといえば、マウスウォッシュの脚のせいだけど、理由はのちほど説明する。当面の主題は暗証番号」

 

 そういいながらしずかは、さっき宅配便が来た際の動画を示した。

「むむ、いつの間に」

「悟がちょうど盾になったから。んで、カーサの宅配ボックスは、配達のお兄さんかお姉さんが自分でロックし、暗証番号を書いた通知をポストに入れる。詳しく調べたわけじゃ無いけど、どこの業者も基本的にはこれのはず」

「うん。それでポストに注目してたのか」

「そう。原始的なタイプだから、たぶんボックスに物を入れても郡司家への通知は紙だけ。スマホへの通知とかも設定してないよな、絶対」 

 僕は生き生きしたしずかを少し眩しく思いつつ、ふんふんとうなずく。

「そのうえ、配達作業はお向かいのアップルポップの一部からは丸見え」

「なんであんな名前なんだろう」

「さあ。とにかく郡司さんが不在だったら、向かいの住人が先に配達に気づくことは多々ある」

「多々ある。でも、そのたびにポストから暗証番号を盗むって考えるのだったら、けっこう手間じゃないか。ポストにも鍵、ついてるだろう」

「4桁の機械式ね」

「あっ、そうか。その番号を盗んだのか」

「ポスティングのふりして近づいた、とかね」

 僕もまた、しずかにまけずに腕組みをした。


「でも、番号はどうやって手に入れる?趣味の天体観測を生かして望遠鏡で見たとか。まさかカメラをしかけた?家に忍び込んだってことはないよな」

「位置的に盗み見は難しそう。カメラとか家に侵入とか、そんなに気合の入った奴ならもっと大金を狙う。警察が乗ってこないのも、被害額が少ないからやと思うぞ」

「まあ、こそ泥だよな」

「こそ泥かつ意趣返しっぽいと思う。狙った獲物をいただいたというより、目をつけていたボックスに荷物が届いたから、こりゃおもろいと盗んだ。さて、ここで私の推測というか推理の肝どころを披露しよう」

 マグカップごしに僕を見たしずかの瞳は、いつものホットなそれとは違い、氷みたいにクールだった。もしかしたら青鷺朝彦先生も、こんな雰囲気で推理を披露するのだろうか。


「仮にさっきのマウスウオッシュが犯人だとすると、奴は郡司さんと堀之内中央病院で出会い、ポストの暗証番号をゲットして悪戯 –––– たぶん仕返しと思う –––– を仕掛けた」

「郡司さんのバッグからそっとメモを盗んだとか。預金通帳にキャッシュカードの暗証番号を書いているお年寄り、四人は知ってるよ僕」

「あの病院、人の目はすっごくあるから、不可能じゃないがけっこう難しい。でもきっと、ポストの暗証番号を手に入れたはず」


「なら、どうやって?」

 僕は大袈裟に首をひねった。たぶんしずかが、そんな態度を望んでいると思ったからだ。「7777とかだったのかな」

「それより、偶然耳に入ったのを利用したと考えてみた。目の前にぶらさがってるものに手を出すってのは、悪事の基礎ドリルその1。罪悪感だって少ないし、自分で自分がカッコ悪くない。犯罪を行った自覚すらないかも」

「偶然、番号が耳に入ったわけかい」

「うん。いくら銀行が指導しても、年寄りは誕生日を暗証番号にしちゃう。忘れるから。それと同じ。つまりこの推理は、郡司家のポストの番号が郡司夫人の誕生日という前提のもとで、成り立ってる」


「えーっと、なんとなくわかってきたな」僕は病院の受付風景を思い出していた。

「たぶんそれで合ってる」しずかはうんうんとうなずいて続けた。

「よくある話だけど、堀之内中央病院では保険証の確認とか支払い手続とかの際、本人の認証を名前と生年月日で行う。自分が誰でいつ生まれたかを強制的に人前で暗唱させられる。悪い魔法使いに聞かれたら大変さ」

「しずかみたいな」

「まあね。あそこの受付はすごい騒がしいけど、郡司さんって大声なんでしょ。個人情報を掠め取るには最適」

「ああ。あれぐらい大声だと、聞きたくなくても耳に届く」

「眼下の高級アパートに住む、この前からムカつくババア、郡司さんが生年月日を大声で口にするのを偶然に耳にして、犯人は邪心に火をつけたのだと思う。ただし」

 しずかは軽く眼を閉じ、思案する顔になった。


「さっきのマウスウオッシュが犯人だとすると、単なる学生のいたずらではないかもしれない。あの腹黒っぽさ、気になる。余罪ありかも」

「まだ他にも悪事をやってそうってこと?詐欺とか。いかにも女を騙しそう」

「そやな」だが、彼女はまだ目を閉じたままだ。

「案外、粗暴犯って線もあるかもな。まあ、それについては保留にしよう。話が複雑化しすぎるから」

「でも、その推理が本当なら、これから気軽に病院で名前や生年月日を言えなくなるな」

「そやな。ちなみにうちのお祖父ちゃん、油断すると全く別人を名乗っちゃう。ボケたというより、元から変なせい」

「あっそう」

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