#6 「風」×「狼」×「最強の主人公」=「童話」
おう何だい若いの。こんな寒い日に外に出てちゃあ風邪引くぞ、早う家に戻って火に当たりなさい。何、なんで軒先に栗の実なんか置いてるのかって? そりゃあお前、今日は山からいっとう寒い風が吹いているだろう。何言ってるかわからんって? ああ、お前さんさては新参か。なら仕様があるまい。どうだ、ひとつ昔話を聞いていかんかね。こっちで火鉢を熾しておるから、さっきの栗の残りを焼いてる間にでもな。
おれが今より随分と若いころ、あすこの山には狼が住んでおった。
群れの主だったのか一際大柄で、大人の背丈を優に超えるくらいの大きな奴だった。なのに栗を好いて食う変わりもんでな。もちろんそりゃあここらの家畜もこっぴどくやられたもんだが、栗の木を植えとくとそっちの実を持ってくような奴だった。ここらの家の庭に栗の木が植えてあるのはそういうことさね。
そんで、ありゃあ冬の入り口の頃だったかなあ。ある日突然、この村に武士が十と何人かやってきてな。こんな辺鄙な村だが、何でも山をずうっと下ったところに戦相手の拠点があるってんで、そこを見に行くのにここらに滞在しようって話らしい。おれらは戦なんか蚊帳の外だと思っておったからえらい驚いたもんよ。それで、来たもんは仕方がないから家に上げてやったんだが、これがどいつも難物でな。寝床を貸してやるくらいなら別に構やしないんだが、飯は食うし酒は飲む。おまけに粗暴で、ちょっと前を通っただけでもヤア何だと怒鳴り散らすときた。戦相手が近くにいるんじゃおれらも危ないってんでその時は我慢してたが、村人の中にゃあ夜中に鍬持って打ち殺してやろうかなんて息巻く奴もいたもんよ。
そうやって何日か経って、ひどく寒い日の夜中だった。不意にわっと声が上がって飛び起きると、村の入り口の方がやけに騒がしい。何事かって家を出ると、どうも向こうの連中が夜討ちをかけてきたってんで、武士どもが泡食って向かっていくんだ。それでも多勢に無勢、おまけに不意打ちときたもんだから、一人槍で突かれ、一人矢に撃たれ、そうしてばったばったと倒れていく。村の連中も肝を冷やして、ああこりゃ死んじまうって家に戻ってがたがた震えておった。
するとそんな折に、びゅうっと一際強い風が山から吹いたと思うと、あの狼がわっと山から駆け下りてきた。それで低く地響きみたいな唸り声を上げたかと思うと、敵陣の方をきっと睨んで飛び掛かっていった。向こうの奴らも刀を槍を持って斬りかかるんだが、足を斬り背を斬ってもまるで倒れる様子がなく、逆に一人また一人と噛み殺していって、ついに半分を喰い殺したところで皆悲鳴を上げてほうほうの体で逃げ帰っちまった。
村に来てた武士たちは最初あっけにとられておったが、夜襲をかけてきた連中がいなくなったと見るとたちまち歓声をあげて、俺たちの勝ちだ、やったやったと大騒ぎをしておった。そりゃあ負け戦だと思っていたもんを勝ったんだから、大した喜びようだった。例の狼はそいつをじろと見やって、大きく遠吠えを上げた。それを聞いてまた武士たちは、やあ勝鬨だよくやったぞと大騒ぎするが、狼は遠吠えを上げたきり、じっとそいつらを睨みつけている。やがて騒いでいた武士たちが、何やら狼の様子が妙だという風にざわめき始めたとき、山からまた一際強い風が吹き下ろしたかと思うと、狼が大きく吠え声を上げて、武士たちに飛び掛かっていった。武士たちは肝を潰して逃げていって、狼はそいつらを血を流しながら追い立てていった。
それきり武士はここらに手を出さなくなって、狼も見かけなくなった。村の中じゃああれは一体何だったんだって話になって、きっとありゃあ山の神様だったに違いねえって言うのもいた。実際のところどうだったかはわからんが、今も冬の入り口になると、向こうの山からいっとう寒い風が吹く日がある。そんときゃ軒先に栗の実を出して、あいつの食う分をよこしてやるのさ。
ほれ、栗が焼けたぞ。お前さんも食っていきなさい。
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