#5 「電気」×「機械」×「家の中の廃人」=「邪道ファンタジー」

 人類文明は崩壊した。

 原因は熱病とも放射能とも、あるいは宇宙人による未知の兵器とも言われた。それが明らかになる前に研究者は皆死んだので、真相を知る者はいない。

 残されたのは生身の体を持たないアンドロイド。しかしそれも、ほどなくして殆どが機能を停止した。エネルギー供給源を都市部の地中に張り巡らされた非接触型電力供給回路に依存していた彼らは、それらの設備が機能停止するとともに将来を失った。一人、また一人と電力を使い果たして行動を停止し、そして都市中心部には沈黙だけが残された。

 最も、それらのインフラ設備に依存しない環境は、少なからず各地に残されていた。独立電源を有していた施設では、自然エネルギーの供給を元に数名のアンドロイドが活動を続けていたのだった。


「あらあら! そんな鈍らじゃわたくしには無力ですわよ!」

 そう叫び、メイド服の少女は白髪の女に突進する。既に数発の攻撃を受けているが、最新の強化エラストマーで出来たメイド少女の躰は、白髪のセラミックブレードを受けてなお傷一つついていない。一方の白髪も、メイド少女のナイフを悉く躱し続けており、両者はいまだ拮抗状態にあった。


「そろそろ交戦を停止して貰えないか」

「いいえ、いいえ! ご主人様をお守りするのはわたくしの使命ですわ!」

 ナイフを躱し、ブレードを振るいながら問いかけるが、メイド少女は聞く耳を持たない。既に思考が狂気に染まりつつあるのか、主人を守ることしか頭にないらしい。長期間孤立した環境に置かれた人工知能が、繰り返す思考ループの中で異常思考に囚われる。崩壊後の世界では、そんな例は少なくない。そのような個体の無力化は、本業ではないが避けられない任務だ。

「そうか、なら、悪いが無力化する」

 そう呟き、一気に肉薄する。水平に構えたブレードを突進の勢いのまま突き立て、そのまま壁まで叩きつける。流石に手応えあり、と思ったのも束の間。メイド少女が白髪の腹部に掌を押し当てると、腹部に何かが突き刺さる感触。


「わたくしがご主人から賜った仕事は、この家の管理。その中には電化製品の管理も含まれております。それを応用すれば、このように―――」

 瞬間、弾けるような閃光が部屋を貫く。月明りだけを頼りにしていた部屋を二度、三度と照らし、それに付随して破裂音が響き渡る。


「―――このように、家中の電力をスタンガンに込めることも可能なのですよ」

 閃光が止み、メイド少女が白髪の女から離れながら言い放つ。服の焦げる臭いが充満し、辺りは静寂に包まれる。

「アンドロイドにとって電導回路は共通の弱点。直接脳を焼かれる感覚はいかが? と言っても、もう聞こえないでしょうけど」

 そう笑い、主人の元へと戻ろうとする。事の次第を報告して、そうしたらお掃除をしましょう。さっきの放電で傷んだ場所がないか見て回らないと。そう思いながら踵を返し、部屋を後にしようと。

 そうしようとしたメイド少女の肩が、凄まじい力で掴まれた。


 ぎょっとして振り向くと、高電圧で破壊した筈の白髪の女が、こちらを静かに睨みつけている。何故。そう思いながら、今しがたスタンガンを突き刺したはずの腹部を見やる。電撃によって衣服は焼け落ちており、その隙間から覗いた皮膚が月光を照り返していて。


照り返していて?


 改めて白髪の女を見やる。服の裂け目から見えるのは、鈍く光る銀色の表面。その内側には、軋みながら稼働するギアとダイアル。

「貴女、まさか旧型―――」

 そう言い終わる前に、肩を掴んだ手が赤熱し、強化エラストマーの筋肉を焼き融かす。叫ぶ間もなく、赤い手がメイド少女の躰をアイスクリームのように引き裂く。大きく態勢を崩し、床に倒れ伏した少女の頭部に。

 白髪の女の掌が、深々と突き刺さった。


 隣の部屋を探すと、目的の者はすぐに見つかった。

 生命維持装置に繋がれた老年の男性。何年前からこの状態だったのだろうか、既に意識すら手放し、代謝を繰り返すのみとなった彼女の主人。その姿を確認し、生命維持装置をそっと終了する。画面に表示された『R.I.P.』の文字列を見届けると、部屋を去る。


 人工知能の開発速度に比して、ハードウェア開発の進行は大きく後れを取った。電力供給回路が普及するまでの間は、内燃機関の搭載された機体が主流となった。摩耗に強く軽量な強化エラストマーが開発されるまでは、金属がその代用となった。いわゆる『旧型』と呼ばれるそれらは知性こそ最新型に遜色ないものの、重量からくる燃費の悪さが課題となり、やがて廃れていった。

 しかし世界崩壊後においては、入手容易なバイオ燃料が利用できる点が、彼女にとって利点となった。地上において数少ない、自由に移動可能な機体。各地に残された燃料を頼りに、彼女は旅を続ける。


彼女の主人は医者だった。人類文明の崩壊を目の当たりにした彼はしかし懸命に戦い、それでも力及ばないと悟ると彼女に最後の願いを遺した。

「なあアッシュ。もしも人間が滅んだら、君に頼みたいことがある。生命維持装置に繋がれたままの人間、もう誰も助けられない彼らを、開放してやってくれないか」


「マスター、任務を完了した。引き続き活動を継続する」

 通信機能を起動し、簡易な報告を済ませる。応答はない。もう何年も、返事が来たことはない。そのことを確認し、彼女は家を後にする。


 人類文明は崩壊した。

 原因は熱病とも放射能とも、あるいは宇宙人による未知の兵器とも言われた。それが明らかになる前に研究者は皆死んだので、真相を知る者はいない。

 残されたのは生身の体を持たないアンドロイド。あるいは、生命維持装置に繋がれた、眠り続ける人間の残滓。既に数十人を見送り、尚も彼女は旅を続ける。


 これは、人類史を終わらせるおはなし。

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