#4 「黄色」×「銅像」×「鑑賞用の子ども時代」=「ミステリー」

 遊園地なんて来るもんじゃないと、俺は心からそう思った。

 まして子供のお守となれば尚更だ。校外学習で地元の遊園地の見学に行くという名目でわざわざ一日駆り出されたが、どう考えても遊びに来ただけである。そんなことをするくらいなら工場見学なり役所の見学なりをしたほうがよっぽど生産的だと声高に主張したのだが、「児童が楽しく学んでくれた方がいいじゃない」という主張の前にかき消されてしまった。子供の笑顔が見たいというエゴの前に、合理性は無力だ。万年人手不足の当校において一人だけ引率をバックレることは当然叶わず、結果俺は資料作成のための貴重な時間を割いて辺境の遊園地という面白くもない施設に引っ張ってこられたという次第である。


 甲高い叫び声が聞こえて顔を上げると、ジェットコースターが丁度急降下を始めたのが見えた。再集合場所に指定されたマスコット像の前から一歩も動いていないので、ここから見えるのはジェットコースターの上部と観覧車、像の裏に回って遊園地の入り口ぐらいのものである。園内の見回りは他の教師が担当しているので、俺がここから動く必要はない。動かないとなると輪をかけて退屈だが、退屈と不快なら退屈の方がまだましだ。はしゃぎまわる子供の声はひどく耳に触るし、何より行動に予想がつかなくて厄介だ。大人しく授業を受けていればまだマシなのだが、生憎遊園地でそれは望めそうもない。よって待機。児童が勝手に外に出ないため見張っている、と言えば聞こえもいいだろう。


 どれくらい経っただろうか、ふと喉の渇きを覚えたので珈琲でも買いに行こうかと思い至って携帯と床から目を離すと、隣にいた子供と目が合った。いつの間に傍にいたのだろうか。小学生中学年くらいの女の子で、見たところうちの児童じゃない。どこか困った様子の彼女は、俺と目が合ったことに気づくと、おそるおそる話しかけてきた。

「あの、おじさん。私のふうせんを探すのを手伝ってほしいの。きいろい風船なの」


 言うに事欠いておじさんか。少々ショックを受けたが、問題はそこではない。アトラクションの邪魔になるので園内で風船を配ることはなく、配るとしたら園の出入口、帰りの客に向けて配る筈だ。改めて遊園地の入り口の方を見やるが、風船を配っていそうなスタッフは見当たらない。


「今日ここで貰ったのかい、嬢ちゃん」

「うん。ちゃんとしまっておきなさいって言われたのに、なくしちゃったの」

 そう言ってしょぼくれる。泣きだされると面倒なので、その前に話を聞いておかないといけない。

「どこで貰ったんだい」

 そう訊くと少女はすっと指を差す。その先には園の出入口。

「なるほど。形と大きさは分かるか」

「えっとね、まあるくて黄色い風船で、大きさは多分このくらいだと思うの」

 胸の前で両手を向かい合わせる。おおよそ頭くらいの大きさの風船らしい。

 しばらく考えこむ。子供の相手は得意ではないが、大騒ぎする児童の相手と何もすることのない無聊よりは、風船探しの方が幾分マシだ。

考える。配っていない風船をどうやって手に入れたかのか。どこに行けば見つかるのか。



「本当にすみませんでした。てっきり付いてきているものだと」

「いえいえ」

 そう言って少女を引き取った両親を見送り、園の出入口に戻る。ゲートのスタッフにチケットを見せると、笑顔で通してくれた。

 少女が指差した方向、出入口で風船を配っていないのは間違いない。ならゲートの外かとも思ったが、相手は小学生だ。「ここで貰った」というのはそのまま「遊園地で貰った」と解釈していいだろう。つまり、少女が貰ったのは少なくとも一般的に配っている風船ではない。

 次に考えた可能性は、水風船のようなものだ。水風船なら園内で手に入れる機会もあるかもしれない。だから形と大きさを聞いてみたが、少女がこのくらいだと示したサイズは明らかに水風船のサイズではなかった。いや、正確には「このくらいだと思う」と表現していた。大きさが推定なのはなぜか。それはおそらく、風船が本物ではなく、絵のようなものだったから。描かれた他のものと比較して、このくらいだと見積もったのだろう。遊園地で手に入る、風船の描かれたものは何か。


 彼女は俺に「風船を探してほしい」と言った。「両親を探してほしい」ではなく。

 彼女は像の前に来ていた。あそこから見えたのは何か。


 ゲートを通り抜け、また像の前に戻ってくる。再集合の時間まではまだ長い。

 返されたチケットを見返す。入場券であり、再入場券でもあるチケット。

 そこには黄色の風船が、空高く舞っていた。

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