第76話 孤蝎ビルで休日。
シリアスが乗るバイオマシンの購入と
速攻で免許取ってくると出掛けたシリアスを見送って、僕は孤蝎ビルにやって来た。
「やぁスピカ、約束通り教えに来たよ」
「ラディアくんっ……!」
シリアスは免許を取りにギルドへ。ムニちゃんは免許取得の勉強を初めて、ネマはそのサポートだ。なので今日も僕は一人で行動してる。
孤蝎ビルの四階、食堂に来るとスピカが居て、何かパフェっぽい物をモムモム食べてた。
声を掛けると、立ち上がって駆けて来ようとするので止める。
「ああ、大丈夫だよ。食べちゃいなよソレ」
「で、でも……」
「なんなら僕も食べたいから、フードプリンター使って良い?」
孤蝎が購入したフードプリンターは中々良い品で、普通に美味しい物が出て来るのだ。
流石にシャムの設備と比べたら数段落ちるけど、それでも一般市民が使ってるだろうフードプリンターよりはずっと高性能だ。
僕も朝食は食べて来たけど、甘い物くらいなら入る。そして僕は甘い物が好きだ。
「た、食べたいなら…………、あーん……」
僕が食堂の備品を使って良いか聞くと、顔を少し赤くしたスピカが何故か、パフェスプーンでパフェを一掬いして僕に差し出す。チョコレートパフェだね。
えっと、なに? 食べろと?
「……ぱくっ」
「ッッ……!?」
まぁ食べたいのは事実だし、食べろと言うなら食べるさ。
そう思って差し出されたパフェを本当に食べると、何故か差し出してたスピカ本人が一番驚いてアタフタしてる。
「むぐっ、……え、なに? 食べちゃダメだったの?」
「い、いやちがうよっ!? たべてだいじょうぶっ! も、もも、もっとたべるっ!? たべてっ!?」
「あ、いや、普通にフードプリンター使わせて貰いないの……? あ、ダメ? そっすか」
ぱくっ。
追加で差し出されたパフェを食べる。なんだこれ。
立ってるのもアレなので、座るスピカの隣に座って食べ終わるのを待とうとすると、スピカはせっせとパフェをスプーンで掬っては僕に差し出す。それをぱくっと食べながら、スピカの食べ終わりを待つ。
…………いや、あの、スピカ? さっきから全部僕に食べさせてるけど、自分は食べないの? ソレもう食べないなら、自分で食べるから器ごと頂戴?
ダメらしい。ほにゃほにゃの顔に成りながら僕にパフェを食べさせ続けるスピカ。
「…………楽しい?」
「……ぅん♪︎」
本当に楽しそうに僕へ餌付けするスピカ。
目尻が下がって口元がモニュモニュしてて、頬は朱色に染まってる。
なんだろう、タクトに同じ事をやってみる時の練習でもしてるのかな?
ふむ。グループの男子を相手にやると、鈍感なタクトに「へぇ、そいつの事が好きなのか?」って勘違いされるかもしれない。けど今なら、僕から操縦を教わるお礼って事で乗り切れる、かも?
そうして練習した餌付けを、いつかタクトにも披露する、……かも?
まぁ分からないけど、僕は応援してるよスピカ。
「お、おいしいっ?」
「えっ? ああ、うん。美味しいよ。ありがとう」
あーんって食べさせられながら、幸せそうにモニュモニュ笑うスピカに聞かれる。
今日も相変わらず暗い青色が綺麗な髪で、本日はサイドテールにしてある。
行動と表情が余りにもネマやムニちゃんに似てたので、思わずその青い髪を撫でてしまう。
「ひゃっ…………!?」
「……ああ、ごめん。癖でつい」
「あっ、ぇと、いいの……」
驚いて真っ赤になったスピカを見て正気に戻った僕。
年頃の女の子の頭に突然触れて、撫でちゃダメだよなぁ。
「パフェグラスも空だし、そろそろ初めよっか。それとも、パフェお代わりする?」
「ぅ、ううん。もう大丈夫。じゃぁラディア先生、お願いしますっ」
「はいはい、お願いされましたよっと」
お互いに照れを隠す様に誤魔化して、本日の目的を遂げる為に動き出す。
今日はスピカの免許取得を手伝う為に実技を教えに来たのだ。
食器を片付けてから食堂を出る。階段を降りて、外に出て、ビルの駐機場に居る共用デザリアの元に行く。
全機にVRモジュール突っ込んで有るから、どれに乗っても良い。とは言え、今日は結構な人数で狩りに行ってるらしく、駐機場に残ってるデザリアは二機だった。
食堂には誰も居なかったし、大仕事でもしてるのかな? スピカはお勉強の為に残ってるけど。
「どっちに乗る?」
「ぇと、右の……」
「りょーかい」
デザリアの汎用コックピットに乗るのは久し振りで、ちょっと楽しく成る。
スピカが携帯端末で目の前のデザリアへ信号を出してコックピットのキャノピーを開けて、二人でデザリアの頭をよじ登る。
スピカがまず最初に入ってメインシートに座る。その後に僕がコックピットへ進出して、メインシートの後ろにすすすっと入り込む。これで準備は完了。
本当はシートに座れない状態で、シートベルトもセーフティロッドも使えない状態で同乗するのは良くないんだけど、まぁこれでも合法なので仕方ない。
「ん、じゃぁ始めようか」
キャノピーを閉じて、これで密室に二人っきりだ。スピカ的には良いのだろうかと心配になるけど、これを望んだのはスピカなので僕は悪くない。
(えへっ、えへへへへっ♡ ラディアくんと二人っきり……♡♡)
クロスシートベルトを装着したスピカは、何やらモジモジしながら僕をチラチラと見る。
うーん、恥ずかしいなら頼まなきゃ良かったのに。
まぁ、でも、前にタクトと一緒に乗せたら緊張でろくに喋れて無かったし、今日はその辺の練習も兼ねてるのかな? 男の子と二人っきりでもアガら無い様に?
見ると何時もおどおどしてる女の子だし、少しずつ男の子に慣れて行く努力は必要なんだろうね。
「それじゃぁ、VRシステム起動して?」
「ぅんっ♪︎ わかった……♪︎」
「…………ご機嫌だね?」
「えっ!? そ、そうかなっ!? ふつーだと思うなぁっ!?」
まぁ、うん。僕が付きっきりで一日教えたら、もう明日には免許取りに行けるだろうし、ご機嫌にもなるか。
タクトとゲルデス…………、あれ? ゲルデスだっけ? 合ってるよね? まぁ良いや、その二人がもう戦闘機免許取れたって言うなら、スピカ達だって同じだけ勉強して、筆記の方は言うほど差が無いはずだ。
なので、此処で僕が教えて実技で差を付ければ、スピカはほぼ確定で乗機を獲得出来る。
「VRバトルにする? それとも他の教材ソフトにする?」
「ぇと、…………どれが良いのかなぁ?」
「悩むなら、シリアスが作ったコレでも使ってみる?」
今日の勉強はもうこれ、最後の仕上げって段階だし、どんなソフト使って勉強しても大差無いレベルだ。なので、僕はせっかくならと思ってデータメモリーをポケットから取り出す。
これは、シリアスがサーベイルのパーティで売ってたデザリア用の操縦訓練教材だ。
免許を取る時に乗る試験用の実機は特に決まって無いけど、ガーランドではデザリアとアンシークが良く使われてる。比較的容易に入手出来る機体なので、試験用に使うだけなら安く上がる筆頭なのだ。
だから、アンシークに乗る乗る場合も有るけど、どっちにしろ六足の虫型なので共通点は有るし、デザリアの挙動に絞って訓練しても良い。
何よりスピカが免許取得後に乗るのもデザリアなのだし。
「そんなの有るの……? ちょっと興味有る、かな?」
「ん。じゃぁこれ、コンソールソケットに挿して起動して」
シリアスから貰ったメモリーをスピカに渡して、スピカはそのままコンソールソケットに差し込んだ。
それじゃぁ、お勉強始めますかね。
シリアスが作った教材を起動して、丁寧かつ細部まで行き届いたアナウンスに従いタスクを熟す。
起動した瞬間は『オリジン・シリアスby デザートシザーリア教練プログラム』って言うフォントがどちゃくそカッコイイ文字が現れ、初期設定画面に移った。
そこでは現在のパイロットが有する技術レベルを判断する為の設問が幾つか有り、スピカはその全てに正確な回答をして行く。
まぁ、此処で嘘ついても仕方ないしね?
パイロットの名前、免許の取得状況から得意な操縦、苦手な操縦、パイロットに成った時期とその期間、武装使用経験ほ段階的な回答、エトセトラetc〜……。
入力が終わったらメニュー画面に移行して、そこで先の設問で作成されたスピカのアカウントでログインを要求され、ログインしたら教練の難易度や種類を選択出来る画面に変わる。
一言良いかな? めっちゃ本格的じゃん。
え、何コレ。シリアス凄くない? こう言うのって、凄い専門的な知識を持った人が徒党を組んで仕上げる物じゃないの?
プログラマーとかさ、VRで動くモデルを作るモデラーとか、モデルのモーションをシステムに落とし込む人とか、その他諸々。
それを、何? 一人で全部やってこのクオリティ?
古代文明ってすげぇ…………。
確かに、こんな超絶凄い能力を持ってる
現代人がバイオマシン用に開発した強化パーツとかってさ、あれって結局、古代文明全部滅んだ後に古代文明国の全部から技術を吸い上げてツギハギのニコイチ改造してるだけで、そのお陰でデフォルト装備より質が上がってるだけなんだよね。
例えばハイマッド帝国の技術とサンダリア共和国の技術は、古代文明が現役の時はお互いに極秘情報として秘匿してたんだろうけど、僕達現代人に取ってはそんな確執は全く関係無いから、勝手に組み合わせて技術同士がシナジー起こせばそれだけで性能が上がる。
だから、現代人が古代文明よりも凄い技術を持ってより質の高い武装を作ってる訳じゃなくて、古代文明がお互いに隠してた情報をより分けて組み合わせてるだけ。
武器で言えば、量産性に富んでたサンダリアの技術はパルス砲に良く見られて、一点物とか得意だったダムドルードの武器ならプラズマ砲が凄かったとか、機体で言えばハイマッドの虫型に使われてる繊細で緻密な駆動系は他国より優れてたし、獣型を得意としたサンダリアとダムドルードはハイパワーなアクチュエータ系の技術に秀でてたとか。
そう言うのを現代が「ぐへへへ勝手に混ぜるぜぇ。お前らが敵対してたかと俺ら知らねぇぜぇ」って言ってツギハギしてる。
何が言いたいかと言えば、つまり、現代人は何一つとして古代文明を超える技術なんか持ってない。
古代文明に追い付いた!
とか、そんな風にちょっとだけ見えたりするのは全部が残らず幻想だ。
いや、講義的に言えば古代文明に栄えた国の技術を、解析出来た部分なら全部好きに組み合わせられるって事実はそのまま「古代文明より優れてる」のかも知れないけど。でもそれは「性能を良くした」とか、「出力を上げられた」って程度に留まり、「古代文明よりも凄い技術を新しく生み出した」事は一度も無い。
もしかしたら、
もっと言えば、古代文明が残してくれた
ああ勿論、現代人が生み出した「バイオマシンに最初から備わってる
そりゃ、敵対してた国同士が持ってた極秘の軍事技術を好き放題出来るならそうなるよ。
「…………シリアス凄いなぁ。なにこのクオリティ? 教練が始まっても関心しか無いんだけど」
「そ、そうだねっ。なんか、もう、この練習プログラムだけあったら誰でも免許取れちゃいそう…………」
そんな、現代人が未だに追いつけないヤバい技術を山程持ってた時代に、当たり前の存在だったシリアスが、古代文明期にあった制限を全部取っぱらって行う行動の数々は、目を疑う程の物がある。
古代の英智が詰まった遺物を扱わなくてもコレなんだから、そりゃお国も気を使うよね…………。
僕、正直な所、流石にオリジンを優遇し過ぎでは? ってちょっと思ってたんだけど、考えを改めるよ。
もし仮に、国の中枢に政府の言う事をしっかり聞く
現代にだってAI技術くらいは当然ある。仕事の手伝いをさせる事もある。なんなら人間が処理するより何倍も早く仕事を熟してくれるAIが山程居る。
けど、どんな国に居る最高のAIだって、小型量産機に積まれてたシリアスと比べてさえ、足元にも及ばないだろうって事だけは確実だ。
「シリアスは小型機だから
「ほんとだねぇ…………。人間の仕事なんか無くなっちゃうね」
ああ、だからか。
武装関連のアンチバレットとして人型機械に接続出来ない制限が有ったのかと思ってたけど、それも間違いかも知れない。
小型機の
「も、もしかしてさ。古代文明が滅びた理由って…………」
「やっ、やめよっ? それ以上は考えない方が良いと思うなっ?」
めっちゃ的確にスピカの操縦を精査して、問題点を指摘して、アドバイスして、グイグイと技術力を植え付けて行く恐ろしいプログラムを眺めながら、僕はお嫁さんの存在に戦慄する。
はわぁ、僕のお嫁さんが凄過ぎて胸がきゅんきゅんしゅるぅ……。
微に入り細を穿つ指示に従うスピカは、もう正直この時点で戦闘機免許取れると思う。
だって、シリアスの演算で用意されたプログラムで動く敵との擬似戦闘訓練中も、「今の踏み込みは、もう二秒ほど早くペダルを踏めば効率が10%上昇した」とか、「先の射撃は移動速度をもう34%程落として行えば狙い通りの結果に成った」とか、頭おかしいの? ってレベルの高精度演算で問題点を指摘が入る。
しかも、『めっちゃ上手い具合に敵が動いて自然と似た様な上昇が作られて再挑戦させられる』せいで、スピカは普通に戦ってるつもりなのにグングンと技術の精度を向上させて行く。
うん。もうこれ、僕要らなくね?
何が凄いって、『はいやり直し』って感じで状況をリセットするんじゃなくて、戦闘はめちゃくちゃ自然に、普通に継続してるのに、気が付いたら指摘された問題に『実戦の最中に再挑戦』してるから、物凄くスピカの身になってる。
戦闘が続いたままだから集中力が切れる事も無く、それでいて何回だって同じ事を練習する機会が設けられる。
なんなら、ちょっとずつ状況が違うから余計に身に付く。実戦的な経験としてスピカの血肉に成ってるのが良く分かる。
再び言う。僕要らなくね?
多分これ、シリアスが組んだプログラムが、今乗ってるデザリアに積まれた
スピカがどう動くのかを計算しながら、スピカに学ばせる為のシュチュエーションを違和感無く組み立てる戦闘の流れなんて、
現代機の
要は、僕がシリアスにやって貰ってる砲撃予測線とかを表示したり、パワーゲインの自動調整とかしてくれるシステムだ。
スロットル操作もそうだけど、戦闘中のパワーゲイン操作ってめちゃくちゃ大変なんだよね。人間には腕が二本しか無いし、アクショングリップ握ってたらパワーゲインの操作とかしてられない。
それでも必要ならやらないとダメなんだけど、そんな時はめちゃくちゃ繊細にペダル踏んで攻撃を裁きながら、一瞬だけ片腕開けてコンソールパネルに手を伸ばして手早く操作する必要が有る。
「そう考えると、汎用コックピットがスロットル一つにアクショングリップ一つって形になってるの、あれが理想系だからなのか」
「ふぇ?」
「ああいや、何でもないよ」
そもそも、アクショングリップは二本あったら便利だねってだけで、一本で事足りるのだ。だから空いた手でスロットルを操作しながら、それで居てスロットル操作は少しだけ余裕が有るから戦闘中でも隙を見て手を離せる。
あ、あぁ〜、そっか。うん、そうだよ。
だからスロットルレバーもコンソールパネルも右側なのか。片手で操作出来るように。なるほどねぇ…………。
そっか。そりゃそうだよ。良く考えたら人体工学とかも古代文明の方がよっぽど先進的だったんだろうし、そんな時代に汎用コックピットなんて言われて採用されたコックピットのデザインが、機能的で無い筈が無いんだよなぁ。
「…………うん。もう少し僕も、コックピットのデザインについて考えて見ようかな」
当然、今のゴシックローズだって使い易い。使い易いけど、じゃぁ即応性が高いのってどっち? って言われたら、悩んだ末に汎用コックピットって答えるかも知れない。
デザリアで言えばゴシックローズの方がカッコイイし可愛いし清楚だし瀟洒だしお洒落だしシリアスに似合ってるしで、完全無欠の大勝利なんだけど、機能性だけを突き詰めると汎用コックピットに軍配が上がってしまう。
シリアスにバーニア入れる予定だからフットレバーが多いゴシックローズの方が良さそうにも思えるけど、ぶっちゃけ機動その物は六ペダル式で充分だし、歩行とバーニアの切り替えなんてアクショングリップのボタンを一個だけ空けて割り振れば事足りるしな。
それに、汎用コックピットのスロットルレバーって普通にトリガー着いてるしね。アクショングリップ程の自由は効かないけど、汎用コックピットのスロットルレバーでも一応照準と射撃は可能なんだよね。
「そっかぁ。汎用コックピット大勝利かも知れないのかぁ……」
コックピットの設計やり直すかぁ。
でもなぁ、これ以上「仕様変更」って最悪のクライアントムーヴをスイートソードの開発さんにブン投げたら、納品時に刺されないかな僕…………。
勿論、こっちが仕様変更を求めてるんだから納期はその分伸ばして良いって伝えてるけど、スイートソードさんが良い笑顔(メールのやり取りだから顔みてないけど確実に良い笑顔してるテンションの文面)で「大丈夫です!」って言うから、向こうがどうなってんのか僕には分からないんだよねぇ…………。
色々と思い悩む内に、スピカの教練はかなり良い感じとなって終了した。
うん、僕今日これ、シリアスから貰ったメモリー差し出す以上の事は一つもして無いぞ。
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