第74話 君は誰だい?



「おにぃちゃま…………、だれですぅ…………?」

「君こそ誰だい?」


 憂いなく帝都に旅立ちたい僕は今、ガーランドで熟すべきタスク処理を優先して行動している。

 その内の一つに、アルバリオ家から受けた教導依頼が有る。

 現在のアルバリオ家は使用人を除いた(セルバスさんは家令なので使用人としてカウントしない)主要メンバー四人が全員、僕のサーベイル旅行中に戦闘機免許を取得して居る。なので、後はアズロンさんとポロンちゃんを傭兵ランク二まで上げれば依頼は完遂だ。

 ただランクを上げたいだけなら、アズロンさんが有り余る資金力で一口納税を連打すれば事足りるんだけど、この依頼は『傭兵として活動してのランクアップ』を指すらしく、つまりは二人に傭兵としてシギルを稼がせないといけない。

 それも、僕が居るから可能な一過性の手段じゃなくて、ちゃんと二人で、もしくはポポナさんとセルバスさん含めた四人で可能なやり方を教えないといけない。

 まずはその打ち合わせをすべくアルバリオ邸に来たんだけど、そこで見知らぬ幼女に捕まった僕。


「いいにおいですぅ…………」

「いや、だから、君は誰だい?」


 駐機場にシリアスを停めて、アルバリオ邸に入って少し歩き、一度キッチンに行ってサーベイルのお土産である海鮮入り食材保全機箱エミュコンテナを使用人さんに渡してからリビングへ向かう。

 そのリビングホールに続く廊下のただ中の事。

 初めて見る幼女と、そこでばったり遭遇して、何故か現在抱き着かれてる。

 僕を見た瞬間に『ピタァッ……!』っと動きを止めて、そして次の瞬間にはトテトテ歩いて僕の足元に。

 で、冒頭。

 僕の太ももにぎゅっと抱き、「だれですぅ?」と聞いて来たのだ。

 うん、君こそ誰だい? そして君のそれは本当に、抱き着きながらする質問かい? 何か間違って無いかい?

 幼女の見た目は、ポロンちゃんそっくりのクリームヘアーをツインテールに纏めて、しかし癖っ毛なのかツインテールがほわほわしちゃってる。

 ネマの眠そうな顔五割に、ポロンちゃんのニコニコお顔を五割混ぜたらコレって感じのほにゃほにゃフェイスで、年齢はムニちゃんとそう変わらない感じ。五歳か六歳だと思う。

 服はアリス系と呼ばれる青系のクラシカルロリータを着ていて、まぁとても似合ってる。


「あろなは、あろなですぅ…………♪︎」

「…………ぇっと、うん。名前じゃなくて素性を聞いたんだけど、…………小さい子に求めるのは酷か」

「にゃぁ……?」


 アルバリオ邸に居て、クリーム色の髪をしてる事から予想して、ポロンちゃんの血縁なのだろう。妹かな? そんなん居るって聞いてない気がするけど、なら親戚の子?

 クリーム色の髪はポポナさん由来だったはずだから、つまりこの子もポポナさんの方の血筋か。


「………………ら、ラディア君?」

「あ、ポポナさん。ぇと、お邪魔してます?」


 見知らぬ幼女に「スリ……、スリ……♡」って儚いスリスリをされてると、何時までもリビングホールに来ない僕を迎えに来たポポナさんに事案を見られる。

 い、いや違うんですよポポナさん。僕はノータッチです。この子からスリスリしてるんですよ見えるでしょ? つまり僕は無実。


「あ、アロナが……、男の人に抱き着いてる…………?」


 しかし僕の心配を他所に、ポポナさんは信じられない物を見たって顔で驚愕、戦慄してる。


「あの、ポポナさん? えと、この子は、誰ですか?」

「…………えっ!? ああ、ぇと、ワタクシの娘よ? ポロンの妹なの。前に夫が言わなかったかしら? 私の連れた子は二人居るって」

「……あー、そう言えば、ポロンちゃんの下にも一人居るって、初対面の時に言われましたね」


 思い出した。

 確かに、アズロンさんからの依頼を受けてアルバリオ邸に初めて来た時、アズロンさんはポロンちゃんの下にも妹が一人居るって口にしてた。

 今日まで全く会わなかったから完全に忘れてたけど、つまりあの頃から僕が見てないだけでアルバリオ邸にはこの子が居たんだろう。


「何故今日まで会わなかったんだろう……?」

「それはね、その子が極度の人見知りだからなの」

「……ひと、みしり? …………えっ!? これでっ!?」


 もしかして僕は「人見知り」って言葉の意味を間違って覚えてる?

 こんな、初対面から抱き着いてスリスリして来る女の子を人見知りと呼ぶ教育は受けてない。いやそもそも教育らしい教育なんて受けて無いんだけどさ。僕の先生はスラムの過酷な日々そのものだった。

 でもそれにしたってコレが人見知りは無いでしょ。嘘だよそんなの。


「そう、人見知りなのよ。でも、何故かラディア君に懐いてるわね……?」

「言う程の人見知りでは無いんじゃ……?」

「まさか。ポロンがスクールの行事か何かで数日留守にしたら、ポロンにさえ人見知りする子なのよ?」

「姉にも人見知りするレベルッ!?」


 筋金入りじゃんすか。なんでそれで僕にスリスリしてるのこの子?

 

「普段は来客が有ると自室に引っ込んじゃうの」

「あー、だからか。今日は僕、アポ無しで来ちゃったから、退避が間に合わなかったんですね」


 僕は今日、「行けば誰かしら居るやろ〜」の精神でアポ無し突撃カマしたのだ。流石にゲート通った所でゲートキーパーから連絡は行ったと思うけど。

 ふむふむ。しかし、ならば何故? 不意の遭遇をしたならば、逃げるべきでは? なんで僕の足にスリスリしてるの?


「ねぇ、えっと、アロナちゃんだっけ?」

「はいですぅ…………」

「なんで僕にくっ付いてるの? 怖くないの?」

「あろなもぉ……、わかんにゃぁけどぉ…………、おにぃちゃまのことしゅきですぅ…………♡」

「あ、そう?」


 ふむ、ダメだ分からない。

 なんだろう? この子も甘えスイッチ入ってる猫みたいに甘えて来るし、ならば僕はマタタビなのだろうか?

 ……えっ、僕マタタビなの? 植物なの? マジかよ、早く人間に戻りたい所だ。


「…………ねぇラディア君? 良かったら、アロナの事貰ってくれないかしら?」

「ポポナさんはポポナさんで何をお言いで御座いますか?」

「いえね、その子はほら、凄まじい人見知りだから……」


 身内にすら人見知りするレベルの子だから、そんな子が自分から抱き着いてスリスリする様な男を今後、この子が将来捕まえられるか分からない。だから今のうちにって事?


「ごめんなさい。僕にはもう、シリアスって言う運命の相手が居るので……」

「愛人とかでも良いわよ?」

「あ、もしかしてポポナさん、いま正気じゃない感じです? 僕、出直して来ましょうか? 正気に戻ったら連絡くれます?」

「至って正気よ?」


 それは嘘だ。正気で娘を愛人に差し出して堪るかよ。


「ラディア君なら、例え愛人だとしても甘々のベッタベタにしてくれそうだもの。娘が幸せに成れるならその形なんて問わないわ?」

「まぁ、懐に入れたらベッタベタにするのは否定しませんけども……」


 ネマって実例が居るしなぁ。

 しかし、アロナちゃんを抱えたらセットでポロンちゃんまで着いて来る事は容易に想像出来る。それは正直、面倒臭い。

 いや、僕は普通にポロンちゃんの事大好きだよ? もしシリアスと出会わない未来があって、その人生でポロンちゃんに出会えたなら、十中八九ポロンちゃんに恋してたなって思ってるくらいにはストライクなのだ。

 素直に可愛いし、頑張り屋だし、家族想いだし、ペットっぽいし。嫌う理由が特に無い。

 しかし、しかしだ……。僕にはもうシリアスが居るし、ネマって言う甘えん坊も居るし、ムニちゃんもそこに加わった。コレにまたポロンちゃんとアロナちゃんも加える?

 シリアス、ネマ、ムニちゃん、ポロンちゃん、アロナちゃん……。うん、五人も侍らしてハーレムしてるって言われたら否定出来ねぇぞ……。


「あの、僕、ハーレム願望とか一切無いんで……」


 僕にはシリアスが居れば良いのだ。あとネマが居て、ムニちゃんが居る。帰ればおじさんが居て、近所にタクトも居る。割と今の段階で、僕の幸福レゾンデートルは満たされてるのだ。これ以上は余分だと思う。


「それは残念ねぇ……」

「それより、今日の予定を済ませません? アポ無しで来ましたけど、傭兵家業に着いての相談は必要でしょう?」


 僕は強引に推し進めて、アロナちゃんをくっ付けたままリビングに行く。ちなみに今の僕は一人で来てる。メイドシリアスも居ない。

 ムニちゃんがガーランドに来たばかりって事で、ネマとシリアスがムニちゃんの事を色々と連れ回して観光してるのだ。シリアスの本体に乗って来たし、端末でモニターはされてるだろうけど、久し振りの一人である。


「皆さんも戦闘機免許取ったんですよね? 傭兵登録は?」

「ええ、してあるわよ。ワタクシと夫は少し面倒な手続きだったけど」


 傭兵になると自由臣民になる。これは基本的な事だけど、絶対じゃ無い。

 アズロンさんみたいな人なら、仕事や所得を抱えたまま傭兵になって、その納税を誤魔化すなんて事が起きない様に色々と決まり事があったりするのだ。

 簡単に言うと、帝国と傭兵ギルドに戸籍が二重で発生する。巨額を稼げる仕事を抱えたまま市民権を放棄出来ないから、市民と自由臣民の戸籍二重取りで、税金も二重払いが必要となる。

 じゃないと、傭兵になるだけで脱税し放題だからね。二重払いが嫌なら企業の権利とかを売り払って、市民としての所得を無くすしかない。それも嫌なら傭兵に成るなって話しだ。

 僕やネマ、タクト達なんかは最初から戸籍無かったし、安定した所得も財産も無かったから登録しただけで済んだけどね。普通に市民権を持ってる人なら色々とあるのだ。


「夫は傭兵団を立ち上げたかったみたいなのだけど、流石に時期尚早って事で止めたの。団の名前も微妙だったし」

「ほえ、どんな名前だったんです?」

「それがね、『傭兵団アルバリオーンッ!』よ? 『!』までが正式名よ?」


 端末で表記も一緒に教えられた。これは口頭じゃ分からないけど、文面で見たら鬱陶しい名前だな……。アズロンさんのお茶目感はヒシヒシ感じるけども。


「家族愛が迸ってますね」

「それは嬉しいのよ? でもセンスが良くないと思うの」


 まぁ、うん。否定はしません。


「そんなことよりぃ……、あろなとあそんでほしぃですぅ…………」


 スリスリ。…………うん、君もちょっと離れてくれない?

 えっと、ホントごめんね? アロナちゃん可愛いし良い匂いするんだけどさ、僕って気を許してない相手にパーソナルスペースをゴリゴリ侵食されるの、凄いストレスなんだ。ヤバいヤバい、ストレスで禿げそう。

 今でこそベタベタに甘やかしてるネマだって、最初は「なに距離詰めて来てんの君」とか言って一歩引いてたくらいだからね。


「ごめんねアロナちゃん。僕もお仕事で来てるからさ」


 こんな小さい子に「離せコラっ!」とか言えないし、さっさとお話し付けて帰りましょうか。


「取り敢えず、依頼の第二段階である傭兵ランクの上昇ですけど、要はコンスタントに稼げる方法の伝授ですよね? それなら後日、アズロンさんとポロンちゃんの予定が合う時にでも連絡貰えますか? スケジュール合わせて砂漠に行きましょう。基本的なの狩りを教えますので」

「うん、分かったわ。夫とポロンには伝えておきます。でも、ワタクシとセルバスも参加して良いのでしょう?」

「勿論ですよ。て言うか、むしろアンシーク持ちのポポナさんには是非参加して頂きたいですし、狩りの成果を積み込むのもデザリア居ると作業効率が段違いですから」


 今後の事を軽く打ち合わせして、用事は終わり。まぁこの程度の事なら通信で済ませろよって感じだけど、二ヶ月ぶりなので顔見せは礼儀かなって思ったし、あとお土産も有ったし。


「ああ、そうだ。使用人さんにもう渡して起きましたけど、サーベイルから鮮魚のお土産持って来ましたよ。水揚げされてすぐに食材保全機箱エミュコンテナへ突っ込んだ物なので、鮮度は完璧です」

「あらあら、それは楽しみねぇ♪︎ ウチのシェフは何を作ってくれるのかしら? ああ、ラディア君も一緒に夕食如何いかが?」

「あー、ごめんなさい。せっかくのお誘いですけど、シリアス達と食べるので……」

「勿論、皆を呼んでくれても良いのよ? ポロンも喜ぶだろうし」

「それでも、ごめんなさい……。一緒に料理する約束も有りまして……」

「あら? それは楽しそうなお話しね? なら邪魔しちゃ悪いかしら。でも、今度ウチでも食べて行ってね? その時はお料理も一緒にしましょう♪︎」


 シェフとか居る家庭なのに、ポポナさんも料理出来るの? 元貴族令嬢なのに? マジで?

 金持ちってなんでも出来るなぁ。

 まぁ良いや、今は次を約束して、今日は帰りましょうかね。

 一応、後で四人の機体に関するデータを送って貰おう。シリアスを停めた駐機場には他の機体が居なかったので、四人の機体に着いて詳しく分からないのだ。稼ぎ方を教えるにも武装の程度くらいは確認しておきたい。

 ポロンちゃんはウェポンドッグ、アズロンさんがダングなのは分かるけど、豊富な資金が有るのにまさかのゼロカスタムでは無いだろう。

 まぁゼロカスタムでもランク二まで余裕だけどさ。


「じゃぁそんな訳で、僕はそろそろ帰りますね」


 用事を済ませて席を立つ。いや、立とうとしたら、ジャケットの裾をちょんっと引かれる。

 見るとウルウルのお目々で僕を見るアロナちゃんが、僕の事を離してくれない。


「かえっちゃぁ…………、ですぅ………………?」

「えっ? ああ、うん。帰るよ?」


 だからお手々を離して欲しい。


「やぁですぅ…………」

「んー、嫌って言われても……」

「あろなと、ずっといっしょにいてほしぃですぅ…………」


 ふむ。なるほどね? 僕、子供苦手かも知れない。

 ネマやムニちゃんは信じられない程に賢くて素直だからストレス無いけど、子供らしい子供に我儘言われるのイラってする。凄いイラってする。

 どうしよう、僕ってこんなに短気だったっけ?

 下手に合理と理屈の中で生きてるのに、自分もまだ子供って意識が邪魔をしてイラっとしちゃう。まずは利益を提示しろコノヤロウって思っちゃう。

 危うく、「それはずっと一緒に居るって内容の依頼かな? 拘束時間が長過ぎて莫大な依頼料になるけど」とか言いそうになる。


「うーん、ごめんねぇ。そう言われても僕は帰っちゃうんだ」

「やですぅ………………」

「ビックリする程に脈が無いわねぇ。ウチのアロナはそんなにお気に召さなかったかしら?」


 手で口元を隠す癖があるポポナさんが不思議そうに言う。


「いえ、可愛いんですけどね? 僕にはシリアスが居るので……」

「ラブラブなのねぇ?」

「はい! ラブラブです!」

「あら、良い返事」


 身も心も捧げてるシリアスが居る限り、僕の心は靡かないよ。

 と言うか幼女にスリスリされるの、最近は日常茶飯事過ぎて耐性がある。

 辛うじて可能性が有るとすれば、やはりシリアスと一緒に可愛がるペットポジションか。つまりポロンちゃんだ。はぁペットにしてぇ……。


「と言う訳なので、今度こそ帰りますね」


 ポポナさんやセルバスさん、使用人の方々に手伝って貰ってギャン泣き始めるアロナちゃんを引き剥がした。

 たったそれだけで性被害を受けた女性の様な絶望的なお顔で泣くアロナちゃんの様子に、子供の我儘を諌めてる立場の僕らが罪悪感に駆られる事になったけど、とにかく今日は帰るのだ。


「お茶、有難う御座いました。ではまた、後日」

「ええ、さようなら」

「スクールに行ってるポロンちゃんと仕事中のアズロンさんにも宜しく言っといて下さい」


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