第72話 叱られる幸せ。



 サーベイルで二ヶ月も過ごしてから帰って来たガーランド。その外周西区のスラム街。

 あの海洋都市に比べたら雑多で、煩雑で、雑然としてるスレた街並みが、僕にとっては実家の様な安心感を齎す。

 あっちも綺麗で素敵だったし、ガーランドだって中心部に近い程サーベイルと変わらない街並みになるけど、やっぱり僕はスラムが一番気が楽だ。

 ムニちゃんを仮団員として迎え入れた僕達砂蟲は、そんな街並みを見ながらスラムを目指し、そして懐かしのサンジェルマンへ帰って来た。

 二ヶ月前とは打って変わって、知らぬ間にめちゃくちゃな人気店になってるサンジェルマンがそこにあった。

 旧サンジェルマンとは違って外装にも気を使って建てられた新サンジェルマンは真白く清潔な巨大倉庫っぽい建築だが、その入口ゲートを潜って中に入ると、資金の許す限り増量した多くのハンガーにバイオマシンがギッチリ詰まって、めちゃくちゃ盛況な事が一瞬で理解出来た。


「お、おじさーん! ただいまー!」

『おぉうッ!? ラディアとシリアスとネマとシャムか! やっと帰って来やがったなコノヤロウ!』


 シャムのコックピットから外部スピーカーにて声を出すと、ガレージ奥の大型機を弄ってたらしいおじさんが飛び出して来た。

 おじさんが弄ってた機体は、ガーランドではまず見る事が無い軍用機、クロサイ型・ライノストライクだった。

 アレは産出する警戒領域が軍の所有で民間には基本的に出回らない機体なんだけど、デフォルトカラーのフルブラックに軍の紋章が入ってる軍機仕様じゃ無くて全身真っ赤に染まってる。別の国から入って来た民間機だろうか?


「おじさん、ラノストなんてまた凄い機体が有るねっ」

『おう。すげぇだろ? 他国から流れて来た元軍属の傭兵に預けられた機体だぜ? 別に砂漠行って稼いだ訳でもねぇのに、態々こんなスラムまで来てよぉ』

「戦闘改修機とかじゃなくて、ガチの大型戦闘機とか初めて見たよ!」


 出て来たおじさんが『獣の毛から飛び出たノミ』にしか見えないサイズ感のクソデカ戦闘機だけど、あんなの普通は最前線近くの都市とか、高ランク警戒領域周辺じゃないと見ないよね。

 一応は同じ大型分類のシャムに乗ってさえ見上げる大きさがある真っ赤な機体は、でもコレでもまだ大型中級に分類されてて上に一つ先があるって事実が恐ろしい。

 あぁ、シャムはコイツを超える大きさになるのか。マジか。


『取り敢えず、定位置にでも停めて降りて来いや。俺もそろそろ昼休憩にすっからよ』

「はーい!」


 こんなに盛況なのに、まだ僕達の為の大型ハンガーだけは空けといてくれてるおじさんに胸がきゅんきゅんさる。おじさんだいすきー!

 ネマの操縦で二ヶ月ぶりの大型ハンガー我が家にシャムを停めた僕達はシャムのお尻、後部ハッチを開けてゾロゾロと降りる。


「おっ、おっ? なんだ、知らねぇ顔が増えてやがるな?」

「一人は知らないの顔だけだよ。だってシリアスだもん」

「傭兵団砂蟲所属小型中級局地工作機改修戦闘機、サソリ型・デザートシザーリア制御人格。機体名シリアス。サーベイル輸送任務を終えて今、サンジェルマンに帰投した。オジサン・サンジェルマン、またお世話になる」

「おおおお! お前シリアスかよ! なんだそれ、アンドロイドか?」

「否定。この身体はセクサロイド」

「ばっっ--……」


 なんで正直に言っちゃうのっ!?

 聞いたおじさんがゆっくり僕を見て、ニタニタしてる。うわめっちゃ恥ずかしいしイラッとするぅ……。


「ほーん? ほぉぉおんっ? そうかそうか、セクサロイドなのか。へぇ? ラディア、お前も好きだなぁ? えぇおい?」

「ぐぅぅうっ、おじさんのニタニタ顔ひっぱたきたぃ……!」


 一瞬で僕とシリアスがしてる事を理解されて顔が熱い。うん、だって、何もしないなら汎用人形機アンドロイド戦闘人形機バトルロイドで良いもんね。えっちしないのに愛玩人形機セクサロイドとか買う理由が無いもんね。

 ちくしょう! なんでバラすのさ! シリアスが最近ちょいちょい後ろから刺してくるのはなんでなのっ!


「で? そっちのちびっ子は?」

「あ、この子はムニちゃん。また新しく砂蟲に加入予定の子だよ」

「は、はじめましてっ……! ムクニトっていいましゅっ!」


 僕が紹介すると、ガッチガチに緊張したムニちゃんがビシッと手を挙げて自己紹介する。もしかしたら人見知りはスーテム遺伝子のせいなのか? ちょいちょいムニちゃんがメカちゃんっぽくなる。

 …………いや、でもイオさんは人見知りとは無縁っぽいし、シュナ君とハナちゃんもグイグイ来る子だし、違うかなぁ。


「…………おう、よろしくな。しかし、ムクニト? 男性名じゃねぇか?」

「あ、うん。ムニちゃんはちんちん生えてるよ」

「了解なるほど理解した。なぁシリアス? 俺はお前の弁明を聞く用意が有る ぜ?」

「物申したい。とても物申したい。何故ノータイムでシリアスが犯人だと思うのか」

「違うのか?」

「……………………違わないのだけども」

「やっぱりお前じゃねぇか!」


 一瞬で何があったのかを看破されたシリアスが、バツが悪そうな顔でサッと視線を逸らす。可愛い。


「あー、で? トの頭文字と三文字目でムニつったか? ほれ、シリアスは俺らが叱っといてやるから、別に男の姿に戻って大丈夫だぞ? て言うかラディアお前、ちゃんとしてやれよ。なんで今もその姿にさせてんだよ」

「あ、ぇと、あのっ、ちがくて……」

「あー、おじさん。その、ちょっと事情があってね?」


 今もシリアスに無理矢理の女装を強要させられてると思ったおじさんが、僕とシリアスを怒る。それを見て、慌てて否定しようとするムニちゃんだけど、「自分が女の子の格好するの好きになっちゃったから自分で着てるんです」とは恥ずかしくて言い難いだろう。アタフタしちゃってる。

 第三者が説明するのは無粋かもだけど、ムニちゃんも説明する気はあるっぽいので僕が代わりに事情を説明する。

 全部聞いたおじさんはガレージの天井を仰いで両手を顔に乗せ、業の深いお遊びに汚されたムニちゃんの心を嘆いた。

 その後ジロっとシリアスを見たおじさんは、静かに叱り始めた。


「おいシリアス。あのな、オリジンでバイオマシンなお前にはまだちょっと分からんかも知れんが、人間っつぅ不確かな生き物はな、しかもその最も不安定な状態である子供ってのは、めっちゃくちゃ外から受ける影響がデカいんだよ」

「…………も、申し訳ないっ」

「子供の内から周りが可愛い可愛いと囃し立てちまったら、そりゃ今も人生を勉強して吸収し続けてる子供の心なんて、簡単に変わっちまうんだよ。なぁ、今はこれ、本人も喜んでるからオールオッケーとか、間違っても思うんじゃねぇぞ? これは確実に、間違い無く、お前がコイツの感性を捻じ曲げちまったんだ。反省しろコラ」


 ガチ説教である。多分、世界中を探してもシリアスを叱れる人間とかおじさんだけだと思う。

 確かに、僕もちょっと軽く受け止めてたけど、間違い無くムニちゃんが女装を喜ぶ様になっちゃったのは僕達が原因だ。

 おじさんが言う通りに、「本人も喜んでるし問題無し」とは成らない。ムニちゃんがあの先に普通の男の子として生活して幸せになる未来を、僕達がいたずらに摘み取ってしまった事実には変わりない。

 それを指摘されて怒られたシリアスは、初めて見るくらいヘコんでしょんぼりしてる。


「も、申し訳ない。シリアスは謝罪する…………」

「おう、大いに反省しろ。こんなちっこい子供の性癖捻じ曲げやがって。これお前がオリジンじゃ無くて人間だったら、普通に兵士呼ばれて捕まる可能性すらある行為だからな? 帝国は児ポ法うるせぇからな? マジで猛省しろよな。お前はラディアのバイオマシンだが、同時に幼いラディア達を導く大人の役目も有るだろうがよ。人間初心者だっつっても、許される事と許されない事は依然として有るんだぜ? お前が道を踏み外したらラディアも一緒に落ちてくだろうが。心しやがれよこの色ボケマシンが」

「は、反省しゅる…………」


 みゃぁあシリアスが落ち込んでるの可愛いぃぃいいっっ♡♡


「おうコラ、ラディアお前もだぞ馬鹿餓鬼がよぉ!」

「あ、はい。ごめんなさいっ」

「テメェはシリアスのパイロットだろうが! いくらガチで惚れてるったって、ダメな事はちゃんとダメだって叱ってやらねぇとシリアスが可哀想だろうが! お前が砂漠から連れて来たんだろ! しっかりその責任もって、人間初心者を助けてやれよ! シリアスが優秀だからって全部任せるな! 全部任せちまってる奴がシリアスのパイロット名乗れんのかぁっ? ええオイ? どうなんだよコラっ」


 めっちゃ叱られる。凄い怒られる。でも、ちゃんと叱ってくれるのが嬉しくて、ヘコみながら心がポカポカしてニヤニヤしちゃう。


「なに笑ってんだコノヤロウ!」

「あ、ぇと、ちがくて、おじさんが叱ってくれるの嬉しくて……」

「あー馬鹿このやろうっ、んな変な喜び方されたら怒れねぇだろうがっ!」

「だって……、父さんも割とチャランポランだったから……、叱ってくれる人居なかったんだもん…………」

「あぁクソっ、やっぱ俺が面倒見てやらねぇとダメだなお前ら! ほれ、もう飯にするぞこの馬鹿共がっ」


 うん、うんっ。おじさんに面倒見て欲しい。ずっとお世話になりたい。


(す、すごい……、おにーちゃんがおこられてる……)

(ゅん。おじさんは、にぃちゃのぱぱてきなぽじしょん。にーたんは、おじさんと、たくとのいうことはきほん、むじょーけんできく)

(お、おにーちゃんのぱぱ……? あ、あわわわ、きらわれないようにしなきゃっ)

(ほんそれ。おじさんにきらわれたら、そのじてんでつみ。がんばろう)

(うんっ)


 いっぱいおじさんに叱られて心がニマニマしちゃった僕は、ヘコみまくってるシリアスと、何やら戦々恐々としてるゴスロリ二人を連れてフルオープン事務所に移動。


「あ、おじさん。お土産有るんだ」

「ぉん?」

「サーベイルから持って来た天然物の魚介、仕事で許されるスペースに積めるだけ積んで来たよ! このムニちゃんが釣ってくれたお魚が大半だから、褒めてあげてね! この子凄腕の漁師さんなんだよ! シリアス、お願いして良い?」

「任された。シリアスは失った信用を取り戻したく思う。馬車馬の如く働く所存」


 シャムのガレージから食材保全機箱エミュコンテナを抱えた作業用ボットが出て来て、おじさんにお土産を渡す。

 一抱えもある食材保全機箱エミュコンテナを一つ渡されたおじさんは「馬鹿野郎かよ、キッチンに運べよ俺に持たせんなっ」とケラケラ笑って受け取ってくれた。


「はんっ、上物じゃねぇか。昼はコイツでサシミにでもするか?」

「オサシミ! おじさん、オサシミも作れるのっ!?」

「おうよ。まぁ言うて綺麗に切るだけだろ」

「否定。シリアスは『サシミ』と呼ばれる完成度を目指すのに相応の苦労を要した。ただ食材を切るだけでは成立しない」

「まぁな。ちっとばっかコツは有るからよ。なんなら見てるか?」

「お願いする。ラディアが想像以上に魚介を好む事が判明したので、レパートリーは増やしたい。ネットのテキストデータやムービー資料を漁るだけでは限界がある」

「あ、じゃぁ僕も見たい。依然としてお料理やってみたいのは変わらないし」

「ねまもっ」

「あっ、えと、ぼくも……」


 その後、美味しい食事を楽しんだ後にまたちょっとおじさんから叱られたりして、楽しい時間を過ごした。

 オサシミ作ってる時は、やはり小さいと言っても魚介の天国サーベイルにてアヤカさんの手伝いをしたり、漁師志望だった事もあってムニちゃんの包丁捌きが中々だった。

 おじさんも「おう、やるじゃねぇかムニ。じゃぁその一尾はお前に任せるわ」って褒めてて、上手く出来なかったネマは「ぐぬぬぬ……」ってなってた。

 勿論シリアスは陽電子脳ブレインボックスの演算能力をフル活用してそつ無く熟してた。


 え、僕? ネマと大差無かったけど?


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