第70話 お膝の上の幸せ。



「ガーランドよ! 僕は帰って来たぁ!」


 二ヶ月振りのガーランド。その東ゲートにて僕は、先日ネットワークアニメーションで見た作品の台詞を叫ぶ。

 なんかスタイリッシュな造形で人型のバイオマシンみたいなのが戦うアニメーションで、この台詞を口にしたキャラクターは中々深みのあるバックボーンを持つ敵キャラだった。

 あんなアニメーションでも、今後も機体の改修とか設計を続けるなら所々に参考とすべき色々が見受けられたので、僕はこれからもちょいちょいネットワークアニメーションを漁ると思う。

 うん、完全に外部システムで動く武器をフレキシブルアームに持たせたり、極厚の物理シールドを別途で用意したりとか、中々に見所のある参考資料だったよ。

 確かに、機体全部を高性能装甲で皮膜するより、物理シールドに集中してお金掛けた方が効率良いよなぁ。


「さて、じゃぁロコロックルさん。以来はこれで完了と言うことで宜しいですか?」

「勿論さ! ラディア君にとっては大した稼ぎじゃ無いのに、受けてくれて有難う」

「いえいえ。でも、ロコロックルさんも次からは普通のルート使って下さいね? 僕だから良かったですけど、今回のルートは中々無茶でしたよ」

「あははは! 肝に銘じとくよ!」


 今回の仕事はこれで完遂。ガーランドとサーベイル間の輸送任務は無事に終了した。

 帰りは特に何も無く、強いて言うならムクちゃんが可愛かった事くらいか。

 ロコロックルさんが手配してたガレージに積荷を降ろした僕達はそこでお別れし、シャムに乗ってマシンロードに入る。


「んーと、次はガロ達の処遇かな?」

「へい。この身の事はお任せしやす」

「取り敢えず、そろそろもうその三下口調止めてもらって良い? 背中痒くなる」

「…………そうかい? じゃぁ止めるわ」


 ガロ達の面倒を見るとは確かに言ったけど、流石にシャムに住まわせる程の高待遇をするつもりも無い。

 なのでこの三人はお金を持たせた後、適当に放逐する。

 端末は持たせたし、免許が取れたらデザリアを用意してあげると約束して、それだけだ。勿論何か困った時は連絡しろとは言ったけど、大の大人を三人もアレコレ面倒見る必要は無いだろう。

 サーベイルならまだしも、ガーランドには正式に徒歩傭兵ウォーカーとして入都したのだから、後は都市の法に任せてしまう。

 用意するって約束のデザリアも僕が代金を立て替えて借金って形にするし、物自体は僕が鹵獲してくれば安上がりだ。差額で利益も出るし、十割善意って訳でも無い。


「んじゃ、免許取れたら連絡してねー。持たせたお金で豪遊とかするなよー」

「世話になった。必ず借り返す」

「その借りはまず、何時か出所して来るかも知れないダムに返してからにしろ〜」


 マシンロードから少し寄って、適当な所で盗賊モドキ三人をシャムから送り出して事後処理を終えた僕は、シャムの中で取り敢えず一服だ。

 優雅に紅茶を飲みながら考えるのは、サーベイルから持ち帰った最後の問題。

 残るは砂蟲に内定がほぼ決まってるムクちゃんの事だ。


「よし、じゃぁ改めて。僕は傭兵団砂蟲団長、ランク三傭兵ラディア・スコーピア。よろしくね」

「傭兵団砂蟲所属小型中級局地工作機改修戦闘機、サソリ型・デザートシザーリア制御人格。機体名シリアス。よろしく。以後、メイドとして気配を殺して壁際に控えるので、何か用命が有れば言って欲しい」

「ねまは、よーへいだんすなむししょぞく、らんくによーへー、ねむねま・すこーぴあ。おねーちゃんと、よぶとよい」


 路駐したままリビングで少しだけ会議。

 何だかんだと電撃的に処遇が決まったムクちゃんの事をあやふやにしたまま、おじさんの所には帰れないから。問題事とか持ち込みたくない。

 サーベイルにて僕らは既に名乗りあってる間柄だけど、それでも市民と傭兵じゃなくて傭兵同士として関わるなら、改めて関係を築き直そうと思う。

 僕とシリアスとネマが自己紹介して、そしてシリアスは宣言通りに壁際にサッと移動して直立不動の構えだ。

 最近のシリアスはメイドごっこが加速してて可愛い。そんなにメイド業が楽しいのかな。


「……え、ぇと、ぼくは、らんくいちうぉーかーの、むくにと、でしゅ」


 そして何故か真っ赤になって噛み噛みの自己紹介をしてくれるムクちゃん。

 どうしたんだいムクちゃん、仕草がまるでメカちゃんだぞ。

 ああちなみに、メカちゃんは流石に傭兵に成れなかった。自分で天然物の魚を釣って売って稼いでたムクちゃんと違って、自身の面倒を見れる資金力が無くて許可が降りなかったのだ。

 あの時は幼心なりに納得出来なくて「ずるいもんずるいもん」って泣きじゃくるメカちゃんを宥めるのが大変だった。最終的に僕がほっぺにチューしないと言う事聞かないって言い始めて、シリアスに許可を得てメカちゃんのほっぺにチューしたんだ。

 そこでマウストゥーマウスを要求しない所がまた子供らしいな、なんて思った十歳児で有りますよはい。


「取り敢えず、敬語は無くて大丈夫だよ。ネマなんて最初から無かったし」

「…………えへ♡ ねま、でこすけだからっ」

「はいはいデコスケデコスケ。まったく可愛いデコスケ野郎だなぁネマはぁ」

「いひぃ〜♡」


 甘えん坊モードのネマを膝に乗せてお茶請けのクッキーを餌付けしながら、これからの事をムクちゃんと決める。


「まず、何より先に決めたい事が有るんだけど、良いかな?」

「ぅ、うんっ」

「えっとね、…………今更だけどなんて呼べば良い? どう扱えば良い? ムク君って呼ぶ? ムクちゃんが良い? 男の子として扱った方が良い? 女の子として扱われたい?」

「あ、さいしょにきめるの、それなの?」


 ネマに突っ込まれるが無視。

 いや大事でしょ。流れでずっとムクちゃんって呼んでたけど、彼がどんなスタンスで女装を続けてるのかなんて、僕には分からないんだから。

 そう、そうんなんだよ。ムクちゃん、何故か今もゴスロリワンピースなんだよ。ちゃんと着替え持って来たはずなのに。

 しかも今着てるゴスロリワンピース、最初に着てた奴とデザインが違うんだよ。シリアス何してくれとんのじゃワレェ。幾らシリアスでもこれは文句を言わざるを得ないでしょ。

 僕に対するアレコレなら全部受け入れるけど、流石に未来ある五歳児の性癖をベッコベコに曲げちゃったらダメでしょうがよぉ…………。


「…………ぇと、そのっ、おにーちゃんは、ぼくが、おとこのこのほうがいい? おんなのこのほうが、いい?」

「んぇ? え、まさかの僕次第?」

「…………ぼ、ぼくねっ、その、おにーちゃんにかわいいっていわれると、…………うれしぃのっ」


 …………えっ? 待って、もしかしてこの事件の戦犯って、シリアスじゃなくて僕なの? 僕のせいなの?

 いやいやいやいや、待ってくれよそれは違うでしょ。僕は可愛いものを可愛いって言っただけだもん。どう考えても最初に女装させたシリアスが戦犯でしょこれ。

 はい証明終了! QED! 僕は悪くない!


「えーと、じゃぁ僕が女の子で居て欲しいって言ったら、女の子で居るの?」

「……………………ぅん」

「男の子が良いなぁって言ったら、ムク君になるの?」

「……ぅんっ」

「マジかぁ……」


 …………えっ、待ってそれどう言う心理状況なの?

 相手の望む姿で居たいとか、まるで恋する女の子みたいな事言ってるけども。いや、別に僕の望む姿で居なくても追い出したりしないよ?


「あの、えっと? いや、別にどんな格好してても追い出したりしないよ? 男の子でも女の子でも、好きな姿で居て良いよ? 諸事情あって、僕も人の趣味に文句とか言える立場じゃないし、女装を否定したりしないからさ」

「あ、えと、ちがうのっ……、ぼく、ぼくぅ…………」


 一応僕のスタンスを伝えると、ムク…………、くそ今はどっちで呼べば良いんだ……。取り敢えず呼び捨てで良いか。

 僕のスタンスを伝えたムクは、代わりに何かを僕へ伝えようとして、顔を真っ赤にしてふるふるしてる。スカートの裾をぎゅって握って涙目で震える女の子(男の子)とか可愛いよね。うん、ちょっとだけライキティさんの趣味が分かってしまった。

 ちくしょう、分かりたくなかった。

 心做しか、震えるムクを見るネマの視線が鋭い気がする。どうしたよお前。眠そうな顔してろよ。


「ぼく、ぼくね…………、その、ネマおねーちゃんみたいに、おにーちゃんのおひざのうえとか、のりたいの……」

「……………………ん?」

「ぇと、だからっ、…………ぼくも、おにーちゃんに、あまえたぃからっ、おにーちゃんの、すきなかっこ、したいのっ」


 ……………………あー、あぁ、ぁん? んー?

 えと、つまりなに?


「ネマみたいに膝の上のって、あーんってお菓子食べさせたり、して欲しいと?」

「…………ぅんっ」

「だから、僕が膝に乗せたくなる様な格好をしたいと? ネマみたいにフリフリのワンピース着てたら、膝に乗せてくれるんじゃ無いかなって?」

「……ぅん」


 なるほどねぇ…………。

 あーそう言う事なのか。おっけ分かった完全に理解したよ僕は。

 ムクはお兄ちゃんに甘えるってシュチュエーションに憧れてたけど、実兄がシュナ君アレだからその憧れは難しくて諦めてたんだ。

 けど、そこに甘やかしてくれそうな僕が現れたから、ムクは頑張ってハニトラを…………、ハニトラ? え、この場合はハニートラップと言えるのか?

 ま、まぁ良いや。とにかく五歳児なりの色仕掛けを頑張って見た訳なんだね。

 サーベイルでスーテム家が有るタワマンの前であの時、確かにムクは「自分もネマみたいに女の子なら良かったのか」って言ってたね。なるほどなるほど。

 だから甘えるのに必要ならって女の子の格好してみたけど、そしたら予想以上に可愛い可愛いって言われて新しい扉開いちゃったと。


「なるほど。取り敢えずそっちのスタンスは理解したよ。その上で言うけど、………………僕はどっちでも良い」

「…………ふぇっ?」


 うん、どっちでも良い。

 僕は最初、普通にムクみたいな弟欲しいなぁって思ってたから、男の子の格好でも膝に乗せて甘やかすのに否やは無い。女の子の格好でもそれは同様だ。


「僕はどっちでも良いよ。男の子でも女の子でも、膝に乗せてあげる。だからやっぱり、好きな方を選んで良いよ」

「…………………ぇと、………………ぼく、えらべなぃ。こまっちゃぅ」

「そっかぁ。困っちゃったかぁ」


 と言われても、僕だって困っちゃうよ。 


「うーん、じゃぁ、取り敢えずまだどっちか決めてない今の君をムクって呼び捨てにするけど、ムクは女の子の姿と男の子の姿なら、どっちで僕の膝に乗りたい?」

「…………ぇう、わ、わかんにゃぃっ」

「そっかぁ。わかんにゃぃかぁ。じゃぁ、そうだなぁ……。ムクは、女の子の格好で可愛いって言われると嬉しいんだよね? なら、男の子の格好で可愛いって言われたら嬉しい? どっちの方が嬉しい?」

「……………………ぇと、そのっ、………………こっち」

「うん、じゃぁそっちで良いんじゃない?」


 て言うか別に悩む程の事じゃ無い気もするし。いや最初に質問したの僕だけどさ。

 でも、その時々で男の子の格好もすれば良いし、メインスタンスだけ決めてくれたら後はどうでも良いよ。趣味は人それぞれだし。


「で、でもぉ……、ぼく、おとこのこなのに、おんなのこのかっこうして、きもちわるくなぃ……?」

「いや別に?」

「えぅ……♡ えと……、おにーちゃんは、このふくきてるぼく、おひざにのせてくれぅ……? きもちわるく、ない?」

「うん、別に? 体毛ゴワゴワで未処理の上に化粧が下手でピエロになってる様なバケモノ女装ってんならちょっと遠慮したいけど、ムクは普通に可愛いし、構わないよ? 気持ち悪いとか全然思わないし」

「ぁぅぅう……♡ ぼ、ぼく、かぁいぃ?」

「うん、可愛いと思う。…………え、可愛いよね? ネマ、ムクって可愛いよね? 僕の目がオカシイ訳じゃ無いよね?」

「ねまも、かわいいとおもう」

「ほらほら、可愛いってさ」

「ぅぅうっ…………♡ てれちゃぅ…………♡」


 …………あの、なんか、もしかしてムクって実はガチで最初から女の子だったのでは? って思って来た。

 僕に釣りを教えてくれてる時は普通に男の子だったのに、顔を真っ赤にして照れてる今のムクは女の子にしか見えない。


「…………んー。ネマ、ちょっとサンジェルマンへ帰る前に、その辺の駐機場に河岸かし変えよっか。移動お願いしても良い?」

「ゅんっ、まかされた。…………けど、おしごとするから、あたまなでて?」

「はいよー」


 ネマの頭をわしゃわしゃして、望みかなって鼻歌ふんふんさんになったネマをシャムのコックピットに送り出す。

 まだ少し話し合いに時間掛かりそうなので路駐は邪魔だと判断しての行動だけど、それで丁度膝が空いたので、僕は椅子に座ったまま自分の膝をポンポンした。


「ほら、お膝空いたよ。おいで?」

「……い、いいのっ?」

「別に減るもんじゃないしなぁ……。それに僕も前々からムクの事、こんな可愛い弟欲しいなぁって思ってたし」

「ぅ、ぅゅう……♡ うれしぃ……♡」


 僕がおいでーおいでーって膝をポンポンしてると、ムクは座ってた椅子から降りて、恐る恐る僕の方に近づいてくる。警戒してる猫かな?

 なんてこったい。砂蟲に猫が増えてしまった。夜は僕もシリアスから猫扱いされるし、砂蟲の人材は全員猫なのか。


「お、おじゃましますっ……」

「はーい、いらっしゃい」


 甘えたかったらしいので甘やかす。

 ネマと違って、この子は最初から素直だったし、こんな良い子なら甘やかすのに抵抗も無い。

 顔を真っ赤にして僕の膝にゴソゴソと乗っるムク。ネマはテーブルの方を向いて膝に乗るけど、ムクは僕の方を向いて膝の上に跨る。

 向きそれで良いの? とか思いつつ、僕はムクの頭をシャラシャラと撫でて、片腕で抱っこしながらお茶請けのクッキーをお口に運んであげる。


「ほら、あーん」

「…………ぁ、あ〜んっ♡」


 ぱくっと食べる様子が可愛い。うん、やっぱりこの子はポロンちゃんと同じ属性だよ。ペット力が凄い。首輪嵌めてリードに繋いで飼育したい。

 手ずからクッキーを食べさせたムクは、照れ照れしながらも僕にギュッと抱き着いて、ネマの真似をする様にスリスリと甘えて来る。素直に可愛い。あと何か良い匂いする。


「で、君は結局、ムク君なのかい? ムクちゃんなのかい? どっちにするんだい? それとも、別の呼び方でも決める?」

「…………べ、べつの?」

「うん。女の子っぽい扱いをして欲しいって言うなら、それっぽい呼び方の方が良いかなって思ってさ。ほら、『ムク』って呼び方はまだ男の子っぽいでしょ?」

「……ぅん。…………ぼ、ぼくっ、おんなのこみたいに、かわいがってもらえるのっ?」

「君がそうして欲しいなら、そうするよ? 別に、僕に実害無いし? むしろ知り合いが一人鬼の様に喜びそうだし」

「…………じゃぁ、ぇと、かわいがってほしぃ」


 この状況を知ったら、下手するとライキティさんが旅団捨ててコッチに来る可能性も考えられる。あの人団長なのに、やりかねない危うさが有るよね。

 て言うかランク八の現人神とか加入したら砂蟲が乗っ取られちゃう……。


「んー、女の子っぽい愛称なら、トから二文字取って、ムニちゃんとか?」

「……む、むに?」

「うん。可愛くない? ムニちゃん」

「…………うゅぅ、かぁいっていわれるの、うれしぃ」


 照れて僕の胸に顔をうずめてスリスリして照れを誤魔化す黒髪美少女。

 そんな自分の業が産んだ存在を、壁際のシリアスがじーっと見てる。その思いはどんな物なのか是非聞いてみたい物だ。


「どうする? ムクニトって名前と全然関係無い愛称でも良いけど」

「ん、んーん。だいじょぅぶ。ぼく、むにでいい……」

「そっか。じゃぁムニちゃんって呼ぶね」

「……ぅん♡」


 ぎゅぅっと抱き着いて来るムク、改めムニちゃん。

 そんなに甘えられるお兄ちゃんに飢えてたのかこの子…………。まぁ上のお兄ちゃんがシュナ君だもんな。むしろあの子こそが我儘盛りの甘えん坊である。甘えるのは難しかっただろう。

 ムニちゃんに釣竿プレゼントしたら自分も欲しいずるいずるいって騒ぐし、なんならムニちゃんの方が頭良かったまで有る。

 この憧れの原動力が何処から来るのか知らないけど、念願叶ってやっと僕って言う擬似兄貴を手に入れたなら、まぁ存分に甘えると良いさ。

 僕もムニちゃん弟にしてぇってずっと思ってたし。


「改めて確認するけど、ムニちゃんは女の子として扱って良いんだね? まぁ傭兵の仕事に性別ってあんまり関係無いけどさ」

「ぅ、ぅん。…………ぼく、ネマおねーちゃんみたいに、おにーちゃんの、いもーとに、なりたぃの」


 中々にニッチな事を言ってくるムニちゃんは、もうずっと顔が真っ赤である。


「もう身も心も女の子じゃんすか。…………シリアス、ちゃんとこの業の責任取るんだよ?」

「…………肯定。正直、シリアスも反省して居る。しかし、現在は本人合意の上で服を選べるので、問題無いはず」

「まぁむしろ、事此処に至ってはムニちゃんの服選びとかシリアスが手伝うべきだよね。演算コーデしてあげてね?」

「肯定、任された。最低でもライキティ・ハムナプルが鼻血を吹き散して絶命する様な可愛さを目指す所存」

「遊びでライキティさんを殺すの止めてもろて」

「しかし、ライキティ・ハムナプルも本望かと愚考する」

「愚考するって言って本当に愚かな考えなのも止めてもろて。なんなのシリアス、今日は凄いボケ倒すじゃん」


 日に日に人間味を増して行くシリアスが死ぬ程可愛いんだけどさ。

 さて、まぁ取り敢えずは前提の前提は決める事が出来た。 


「それでねムニちゃん、そのまま僕のお膝に座って甘えながらで良いから聞いて欲しいんだけど」

「ぅんっ」

「一応、砂蟲に加入するって形でこれからムニちゃんの面倒を見るからさ、キチッとするところはキッチリしないとダメなんだよ。だから、これからの事を決めておきたいんだ」

「う、うんっ。わかった……」


 ムニちゃんも既に徒歩傭兵ウォーカーとは言え、砂蟲には徒歩傭兵ウォーカーを運用する理由も無ければ、その仕事も無い。

 徒歩傭兵ウォーカーって基本的に、物資の補給とかを手伝う雑用係みたいな存在だから、作業用ボットを動かして全部自分で出来ちゃうシリアスが居る時点で砂蟲に徒歩傭兵ウォーカーは要らないのだ。

 家事全般もメイドごっこが楽しいシリアスがやっちゃうしね。

 だからムニちゃんにはなるべく早く、最低でも輸送機免許ポートライセンス、可能なら戦闘機免許バトルライセンスを取得して機兵乗りライダーになって貰う必要が有る。

 その勉強中はシャムに住んでもらって、ムニちゃんを砂蟲で面倒を見る。けど「まだ勉強中」とか言ってダラダラと過ごされても困るので、免許取得の挑戦期間を決めたり、色々と決める事がある。


「とは言え、その設定が難しいんだけどねぇ」


 僕とネマが免許取っちゃってるから忘れがちだけど、普通は子供の内からバイオマシンの操縦ライセンスとか取らないからね。と言うか取れないからね。

 ポロンちゃんが通うスクールでも、そんなお金持ちが通う場所であっても、普通なら在学中に勉強を重ねて卒業してから免許取得に挑戦するのが普通だ。

 ライドクラブもそう言った方針での活動をしてる訳だし。

 なので、最年少たるムニちゃんに短期間でライセンスを取って来いと言うのは、些か無茶な要求なのだ。

 でもそんな無茶を通したのが僕やネマであり、これからのタクト達なんだ。要求せざるを得ない事実でもある。…………いや、タクト達はもう免許取ったかな? まぁ良いか。

 しかもムニちゃんが賢いから忘れがちだけど、この子って五歳児だからね。大人用の汎用コックピットに乗って実技試験の実機を動かせるのかって根本から心配になる相手だ。

 そうじゃ無くても、バイオマシン関係の法律とかを五歳で覚えて筆記に備えろって要求も随分と無茶な話しになる。しかしその無茶を通して貰わないと困る。さて、どうしたもんかなぁ。


「んー、汎用コックピットで実技通るかってのは、もうどうしようも無い問題だし、それは大目に見ようか。だから、せめて一ヶ月で筆記に通るくらいの勉強をボーダーラインにさせて貰うよ」

「うんっ、ぼく、べんきょーがんばるねっ」

「頑張ってね。申し訳ないけど、結果が出なかったらサーベイルに送り返す事になっちゃうから」

「やっ、やだぁ……、おにーちゃんとはなれたくなぃ……」


 むぎゅぅっと僕に抱き着いてイヤイヤするムニちゃん。

 もう完全に女の子だ。マジかよ。僕も下手したらシリアスの手によってこんな存在にされる所だったのか。あっぶねぇ……!


「まったくぅ、ムニちゃんは僕の事大好きなんだなぁ」

「ッッ……!? ぅ、うんっ♡ ぼくっ、ぼくおにーちゃんのこと、だいすきなのっ♡」

「そっかそっか。よーしよし、甘えん坊なムニちゃんは頭撫でてあげるぞ〜」

「ぁぅぅう…………♡」


 ネマと違って控え目で、だけどネマと同じくらい積極的に甘えて来る新人傭兵ムニちゃん。

 ふむ、兄に甘えるってそんなに良い物なのかね。僕って一人っ子だから分からん。こんなに真っ赤になって幸せそうにふにゃふにゃ笑う程の幸せなのだろうか。

 ああ、いや、僕だって今も何処かで存命かも知れない母を見付けられたら、ワンチャン姉か兄が居る可能性が微レ存なのだ。もしかしたら僕も兄に甘える気持ちが分かる日が来る可能性も同時に微レ存か。マジで微粒子レベルの話しだけど。


「さてさて、まだ決める事有るからねぇ〜」

「うんっ♡ ぼく、おにーちゃんのおはなしきくっ♡」

「ムニちゃんは素直で可愛いなぁ。ネマなんか最初はデコスケ野郎だったのに」

『……いひ♡ ねま、でこすけだからっ』

「おっとコックピットからこっそり監視してんじゃねぇよデコスケ野郎め。罰として後でケーキ食べさせて甘やかすからな」

『えへへへへへ♡ しゃーわせ♡ でも、にぃちゃ、むく……、じゃなくて、むにちゃんに、えっちなことしちゃ、めーよ?』

「しねぇよッ!?」

「………………………………して、くれなぃの?」

「ムニちゃんッ!? しないからねっ!? ちょっと君ハートが女の子になり過ぎだよッ!? 女の子扱いするのと女の子に成るのはまた別問題だぜっ!?」


 ネマが余計な事を言うから上目遣いの涙目で、真っ赤な顔で僕を見上げるムニちゃんが最高に女の子だ。

 ちょっと待て、誰だ戦犯は? 戦犯は誰なんだ? ムニちゃんのピュアハートに余計な思想植え付けた戦犯は何処に居る!?


「…………ぼくも、おにーちゃんが、シリアスおねーちゃんと、えっちなことしてるよこで、ねたぃなぁ」

「誰だ余計な事を暴露しやがったのわぁぁあ! 五歳の子供に何吹き込みやがったぁッ!?」

『…………べ、べんめい、べんめいしたい』

「デコスケ野郎っ、お前かぁぁあッッ!? ちょ、マジなんて事してくれたんだお前っ!」

『いや、ちがっ、あの、ねまは、ぇと…………』


 スピーカーの向こうで慌てるネマの弁明を聞く。

 どうせ僕とシリアスとネマが一緒に寝てるって知ったらムニちゃんも寂しがって一緒が良いと言うに決まってるから、先に教えといただけだと言う。

 …………………………ふむ。一理ある。


「……ふぅ、仕方ない。執行猶予で許してやる」

『ほっ……。ねま、いきのこった』

「次は無いからな。マジで余計な事したらもう本気で添い寝も禁止するから」

『そっ、そんなことなったら、ねましんじゃう……』


 ネマの上目遣いで大体なんでも許しちゃう僕だけど限度が有るからな。スーテム家からお預かりしてる子なんだから、ムニちゃんが次に実家へ行った時、この子がエロエロ女装少年になってたら僕達じゃ責任取れねぇだろうがっ……!


「よし、この話しは終わり! ムニちゃんは立派で清楚な淑女に育てるからピンクなお話しは終わり! 分かった!?」

「…………ぅんっ♡」

『しょうち。じゃぁ、ねはまそうじゅーにしゅーちゅーするねっ』


 ムニちゃんが切なそうな顔で頷いて、ネマは操縦に戻った。

 うん、もう手遅れかも知れん。


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