第69話 毒牙。



 結局、盗賊モドキ三人を捕虜とした日はあの後、何事も無く終わった。

 モニター越しって言う微妙に生と言えない生のバイオマシン討伐シーンを堪能して喜ぶ子供達と、微妙な立ち位置に居る傭兵モドキ三人を連れてサーベイルに帰還した僕達砂蟲。

 犯罪記録が無い三人だから、都市に接近した時点での広域スキャニングでは何も言われず、でもゲート潜ったら超精密スキャニング食らって兵士に囲まれるんだなって思ったので此方から連絡した。

 それで、物凄く微妙な立ち位置に居る盗賊モドキだけど、まだ犯罪記録も無いまっさらな処女で、警告時点では全く反撃せずに音速で降伏した記録も有り、何とか温情を貰えないかと掛け合ってみた所、簡易の入都権利を貰って一時的にサーベイルに入れる事になった。

 その際、三人の責任は僕に帰属し、仮に三人の誰か一人でも都市内で問題を起こした場合、その罪の十割が僕の負担に成る形での許可だったので、三人には口酸っぱく何もするなと言い含めた。

 取り敢えず子供達を全員ちゃんとお家まで送り、グズるムク君と意味不明なまでに落ち込んでるメカちゃんも何とか宥めてからアヤカさんと一緒にスーテム家へ返し、それから盗賊モドキ三人にそれなりの携帯情報端末を買い与え、ロコロックルさんにも通信で事情を話したりと、まぁ忙しい日だった。

 ロコロックルさんは予想通りあっさりオーケーを出した。勿論三人にはギロチン付けっぱなしって条件が着いたけど、それでもオーケーが出てる時点で相当な温情だ。普通ならノータイムで断ってる案件だし。

 そして帰る当日まで、三人にはシャムの一室を与えて、そこで免許取得の勉強をさせてる。一応戦闘機乗ってたし、実技はまぁまぁ。だから筆記の対策をガンガン詰め込む方針で行く。


 そんな日々を数日過ごし、そんなこんなでサーベイルの過ごす最終日、朝九時。


「やっばりがえっぢゃやだよぉぉ……」


 僕はお別れを言いに来たスーテム家のタワマン前で、ムク君にシヒッと抱き着かれた。

 何時も良い子で素直なムク君が、ギャン泣きしながら僕に抱き着いてイヤイヤしてる。


「ごめんねムク君。僕もお仕事だからさぁ」

「やだもぉぉおんっ……」


 絶対に、帰さない。そんな意思表示としてがっちりホールドされてる。このままだと連れて帰るしか無くなる。


「ほらムク君。離してくれないと、一緒にガーランド連れて帰っちゃうよ?」

「いぐっ! ぼくもがーらんど、いぐ!」

「待て待て待て待て、ムク、流石に待ちなさいコラ」


 普段は本当に良い子なのに、珍しく大暴走してるムク君。アヤカさんもイオさんも凄く困ってる。多分、家でも何回も宥めて説得したんだろう。


「おにいぢゃんどばなれだぐなぃぃいー!」

「……ラディア君、ごめんなさいねぇ?」

「いやぁ、困ったなぁ」

「困りましたねぇ……」

「むぅ、むく、ねまのにーたんに、くっつきすぎ……」


 ヤキモチ妬いたネマがひっつき虫なムク君をつんつんする。

 でもイヤイヤして離れないムク君は無敵だ。まさか殴る訳にも行かないし、どうした物か。


「ぼぐも、ぼぐもよぅへぃなるぅぅ……!」

「ど、どうするアヤカ。ムクがムチャクチャ言い始めたぞ」

「本当に、どうしましょうか。ねぇムク、ムクは賢いから、本当はダメって分かるわよね?」

「ダメじゃないもぉぉおんっ! うぉーがぁーになればいいんだもぉんっ!」


 涙で顔がぐっちゃぐちゃなムク君が、僕を見上げて縋る。


「いやぁ、ムク君。ごめんね? 砂蟲って二人しか居ないからさ、その、徒歩傭兵ウォーカーの仕事とか無いんだよねぇ。流石に仕事の無い子を連れてく訳にも……」

「でもおじぢゃんだぢいっじょにいぐじゃぁぁんっっ……」


 おじちゃんとは当然、ガロ達の事だ。

 確かに、仕事もして無いのにガーランドに連れてかれるヤツらはムク君に取っては最高の理不尽だろう。なんなら現在、ヤツら三人よりも稼いでる五歳児だ。なのに自分は連れてって貰えない。何故だちくしょうって成るのは仕方ないかも知れない。

 良い子で、賢いけど、五歳だもんなぁ。


「なんで、なんでだめなのぉっ……! ぼぐも、ねまおねぇぢゃんみたいに、おんなのごだっだらよがったのぉっ……!?」

「おっとストップ・ザ・ムク君。その発言はシリアスが暴走するから--」

「アヤカ・スーテム。ムクニト・スーテムを泣き止ませるので、少しの間彼を貸して欲しい。悪い様にはしない」

「手遅れやったぁ…………」


 シリアスに「ムクニト・スーテム。それほど女の子に成りたいなら、シリアスが手伝う。物凄く可愛い女の子にしてみせる」と囁かれたムク君がシャムの中に連行されて行った。あちゃぁ。

 ムク君も泣きまくって感情が暴走してるから、シリアスにそんな事を言われて「ほ、ほんどう? ぼぐ、おんなのご、なれる?」と言って着いてちゃった。きっと冷静な時の彼なら、自分もシリアスも、総じて訳分からない事を言ってるのが理解出来たはずなのに…………。

 アヤカさんと本人公認で行われるなら、僕にはもう止める術が無い……!

 ムク君、気が付いてくれ。シリアスは女の子にしてみせるとは言ったけど、連れて帰れるとは一言も言ってないんだよ……!

 ああ、なんか意味深な箱を持ったドローンがシャムの中に入ってった…………! あれ、タイミング的にシリアスが注文した何かでしょっ?

 あいつぅ、また何か特注したなぁッ!?


 そして三○分後。


「あ、あぅ……、えと、あの…………」


 そこにはゴスロリ衣装を着て、メチャクチャ可愛くなったムク君が、いや、ムクちゃんが居た。

 正気に戻っちゃって、顔を真っ赤にしてスカートを押さえてるウルトラ美少女だ。いや、五歳なら美幼女か。どっちにしろ完全変身だ。

 ああ、またシリアスの毒牙に掛かった哀れな羊が一匹生まれてしまった…………。


「うぅ、みゅぅぅ、はじゅかしぃ……」

「しゅげぇぇえ! ムク、おまえかんぜんにおんなのこだぞっ!? スカートのなかどうなってんの!?」

「あ、あぅッ!? シュナにーちゃんやめてっ……」


 いや、しかし、うん。可愛いんだよなぁ。どちゃクソ可愛いんだよなぁ。

 シュナ君にスカートをバッと捲られて、顔を真っ赤にしてスカートを押さえてるムクちゃんがめっっっっっちゃ可愛い。

 いや、なんだこれ? なの、この、…………なに?

 あれ? 僕って今もしかして、ライキティさんだったりする?

 物凄くストレートに「女装少年、良い……」とか思ってる僕の今の脳みそ、本当に僕の物? 知らぬ間にライキティさんのと交換されて無い? 大丈夫?

 ああダメだ、シリアスの御業によって僕の感性がボロボロに壊されて行く。こんなん可愛いに決まってるじゃん。恥じらいながらスカートを押さえて真っ赤になってる可愛い女の子とか無条件に可愛いに決まってるじゃん。


 面白がってムクちゃんのスカートをへい! へい! って捲り続けたシュナ君はハナちゃんとメカちゃんとアヤカさんに連続で頭をぶっ叩かれて轟沈した。

 その隙に僕の所まで震える足取りで近寄って来たムクちゃんは、これまた震える声で絞り出す。


「あ、あの…………、ぇと、おにー、ちゃん……」

「うん、どうしたの?」

「…………ぼ、ぼく、へんじゃ、なぃ?」

「いやメッチャ可愛い」


 思わずノータイムで返してしまったら、ムクちゃんの顔が更に赤くなって、もうそれ以上赤くなったら死ぬんじゃね? ってくらいにベリーホット。

 そして、なんか、こう、瞳の奥に、微かな愉悦が…………。


 あ、これダメだ。シリアスがいたいけな男の子にヤバい性癖植え付けちゃったぞ。


「こ、これなら、…………つれてって、くれぅ?」

「…………えっとね、ムク君。いや、ムクちゃん? まぁ良いや。……………………ごめんね。女装しても連れて帰れないんだ」


 ムクちゃんは「そんな…………、こんなに恥ずかしい格好までしたのに………」って絶望顔。うん、その感情は身に覚えが有り過ぎて他人事じゃねぇ……。

 アヤカさんもあらあらぁ〜って顔してて、イオさんは何とも言えない顔になってる。

 微かに「…………いや、アリか? ぶっちゃけ息子より娘のが可愛いよな?」とか最低な発言が聞こえる。息子も愛してくれよお父さん!


「ムクちゃん、あのね。冷静に、そう、冷静に考えて欲しい…………。ムクちゃんは凄い良い子だから分かると思うけど、お父さんとお母さんの許しも無くムクちゃんを連れて行ったらね…………?」


 僕は少しだけ屈んで、ムクちゃんに目線を合わせる。


「…………僕、誘拐犯になっちゃうんだ」


 そう。物凄く単純な問題なんだ。

 て言うか、連れてって良いなら連れてくわ。こんな可愛い弟…………、いや妹? どっちでも良い、こんな可愛い子を連れてって問題無いならノータイムで連れてくわ。無理だから連れてけないんだよ。

 ムクちゃんもその根本的な問題を理解して、「確かにおにーちゃん説得しても意味が無い!」と気が付いて矛先を変える。


「ぱぱ! まま! ぼく、おにーちゃんといっしょにいきたい!」

「うん。ダメだぞ?」

「そうね。ダメよ?」

「なんでっ!?」

「むしろ何で良いと思うんだ? ムク、ガーランドには海も川も湖も無いから、釣りで稼げないんだぞ?」

「よーへいやるもん!」

「ダメよムク。ラディア君が言ってたでしょ? 砂蟲さんは徒歩傭兵ウォーカーのお仕事無いから、ムクを雇う訳には行かないの。ラディア君達だってお仕事で傭兵やってるのよ? 遊びじゃないの」

「ライダーになるもん!」

「成るまでどうするんだ? その間の仕事は? お金は? 機兵乗りライダーに成ったとして、どうやって自分のバイオマシンを買うんだ?」

「……うぅ、お、おかねは、あるもんっ」

「そうね。ムクはもう、ちょっとした上級市民程も稼いでるものね。で? バイオマシンはどうやって買うの? ラディア君に買ってもらうつもり? 数百万シギルもするとんでもないお金を出してもらうつもり?」

「そんな甘えた考えの奴を送り出す訳にはいかんぞ? 俺なんかもう、ラディア君に天然スシまで奢ってもらったからなぁ。これ以上彼に金を出せだなんて、口が裂けても言えん」

「…………うぅ、うぅぅぅう」


 うん。まぁ、連れてって良いなら、機体買うよ? マジで。いやマジで。

 ちょうどアンシーク乗りが欲しいなって思ってたし。

 アンシークってあれ、ワスプみたいな戦闘機改修じゃなくてさ、センサー系を強化する方向で改修したらとんでもない機体に成ると思うんだよね。補助系のアリ型を維持して、そのまま小型上級から中型中級くらいまで大きくしたら、凄い事に成ると思う。

 誰かその手の改修してる傭兵居ないかな? 絶対に居ると思うんだけど。ちょっと情報集めてみようかな。

 しかし、まぁ今は、ムクちゃんの説得をしますか。


「…………むく。ちなみに、ねまはにーたんにしゃっきんして、しゃむをかった」


 とか思ってたら、何故かネマがムクちゃんを援護してた。ネマ? どう言うつもり?


「ネマ?」

「…………ねま、いもーと、ほしかった」

「欲望ダダ漏れか」


 つまり女装したムクちゃんが可愛かったのね。五歳だもんね。可愛い盛りだもんね。


「ぼくも! しゃっきん! する!」

「アホか。そんな馬鹿みたいな額の借金とか認める訳無いだろ」

「ムク。冷静に考えなさい? 数百万を貸してくださいって、本当に言える? ラディア君にそう言えるの?」

「あぅ、うぅ…………」

「と言うか、幾らムクが稼げる子供だとしても、親の許可無く借金とか出来ないからな? 普通に債権の所在、親の俺達に帰属するからな?」


 別に、僕に言って良いよ? 貸すよ? 全然貸すよ? なんなら一億までは出すよ?

 それで可愛い弟、妹? いとうと? おもうと? 訳分からくなって来た。まぁ可愛いムクちゃんが手に入るならバンバン貸すよ。イオさん達に返せとか言わないし。

 まぁ口に出さないけど。流石に今これ言ったらアヤカさんもイオさんも怒るだろう。


「そもそも、どうしてムクはそんなにラディア君に着いて行きたいんだ?」

「そうねぇ。ムクにしては、確かにちょっと変だわ? ムク、何か理由があるの?」

「…………ぇう、ぇと」


 聞かれたムクちゃんは、それだけで何故か顔を真っ赤にしてしまう。格好が格好なのでメチャクチャ可愛い。

 しかし、僕に着いて来たい理由が有るとして、赤面する内容? ふむ、分からん。

 ムクちゃんが女の子だったらワンチャン、僕に恋しちゃったとか考えられるけど、ムクちゃん男の子だしなぁ。

 なんだろう。シュナ君よりもお兄ちゃん力が高くて一緒に居たいとか? いやそれムチャクチャ言ってまで着いて来る内容じゃ無いな。

 僕が悩んでると、真っ赤なムクちゃんは目をぎゅっと瞑り、そのままアヤカさんに耳打ちした。イオさんも聞こうと近付くけど、それはムクちゃんの手でグイッて押し返されてダメだった。なんでだよ。


「なんでだよ!?」


 イオさんも同じこと言っててウケる。


「はっ、はずかしぃから……」

「恥ずかしい理由なのかッ!?」

「……………………ぅん」


 まさかの真っ向肯定で面食らうイオさんと、耳打ちでこしょこしょ話されて目を丸くするアヤカさん。

 アヤカさんは耳打ちされる為にしゃがんだまま、「あら、あらあら、あらまぁ……」となんかちょっと壊れた。「あら」ってそんなに出て来るもんかな?


「…………ムク、本気なの?」

「……ぅん」

「あらぁ、そうなのね。どうしましょ、お母さんちょっと、応援したくなっちゃったわ?」

「アヤカッ!? いや、何考えてる!?」

「でも、だって、これはもう、…………うーん」


 何やら雲行きが怪しい。

 て言うか、別にそんな悩む事でも無い気がするんだよね。


「あの、ちょっと良いですか?」

「あら、ラディア君からも何か有るの?」

「ええ、まぁ、一応渦中の人? なので、僕のスタンスも伝えて置こうかと」


 そも、僕はムクちゃんの砂蟲加入はバッチコイなのだ。ウェルカムだよ。だから、親御さん二人に怒られ無い形なら、援護の一つや二つもする。


「僕としてはやはり、砂蟲に加入させて連れて行くなら、機兵乗りライダーが良い訳ですよ。機兵乗りライダーであるなら、免許が有るなら、機体は僕が用意しても良いです」

「だ、だったら…………!」

「でもムクちゃん、逆に言うと、僕は免許も無い人を支援する程お人好しじゃぁ無いんだ」


 僕はネマに手招きして、前に出す。


「このネマも、今でこそ砂蟲の立派なバトル機兵乗りライダーだけど、僕が拾った頃は輸送機免許すら持ってなかった。捨て子だったから、流石に事情が事情だし当面の住む場所は僕が面倒を見たけど、それでも免許を取れないなら放り出すつもりだったし、買ったシャムも借金での貸与じゃなくて完全に僕の機体って事にして、ネマとは完全に縁を切るつもりだった。ネマにもそう伝えてたし、そう言う約束で面倒を見てたんだ。そうだよね、ネマ?」

「ゅんっ。ねま、めんきょとれないと、おいだされるとこだった。だから、がんばた」


 意外とシビアで割と酷い事してた僕にイオさんがドン引きしてる。


「だからね、お父さんもお母さんも居るムクちゃんを、免許も持って無い内から面倒を見るつもりは無いんだ。それは追い出されそうな中で必死に勉強して免許を取ったネマにも失礼だと思うし」

「…………ぅぅ、ぼくも、がんばるのにぃ」

「うん。だから、ムクちゃん。更に逆を言えば、免許さえ有れば僕はムクちゃんの加入賛成派なんだよ。ご両親の許可が無いと誘拐に成るからダメってだけで」


 だから、此処でムクちゃんが納得出来る約束をする。


「ムクちゃん。もしアヤカさんとイオさんから許可をとって、傭兵になって免許を取れたら、僕に連絡して? 絶対に迎えに来るし、機体も用意する。約束するよ」

「…………ほんと?」

「うん。僕は嘘を吐かないから。約束するよ、絶対に迎えに来る」


 だから、今はお別れ。

 僕も凄い惜しいけど、ちょっと第二のライキティさん化しそうだったけど、今回はお別れだ。


「それに、ちょっとガーランドに帰ったら帝都に用事が有るんだけど、その後は特に予定も無いしさ、またすぐ来るよ。砂蟲だったらガーランドから二、三日で来れちゃうし」

「ガーランドから三日ってとんでもない無茶だけどな?」

「アナタ、今は黙って」

「あ、はい」


 アヤカさんに怒られるイオさんに苦笑しながら、僕はムクちゃんの手を握る。


「だから、ね? それまで待っててよ。またすぐ遊びに来るから。そしたらまた、一緒に遊ぼ?」

「…………おにーちゃん」


 だから、それまで良い子にしててね。そう言ってムクちゃんの頭を優しく撫でる。今回はくしゃくしゃしない。ゆっくりと優しく撫でる。

 これでサーベイルにやり残したことは無く、跡を濁さず帰れるな。そう思った僕の前で、ムクちゃんが口を開いた。


「……………………やだ」


 …………………………りありー?


「やだ、やだもんっ! おにーちゃんとはなれたくないんだもんっ!」


 あるぇぇえええええ???

 今これ、なんか良い感じにお別れして、また次に良い感じの再会する流れだったじゃんッ!? 此処で我儘再燃ってマジで御座るますかっ!?


「こらムク! 良い加減にしなさい! 流石に温厚な俺でもそろそろ怒るぞ!」

「おこればいいもん! こうかいするからねっ!」


 親らしく怒るイオさんと、まさかの徹底抗戦する構えを見せるムクちゃん。

 ぐぬぬと睨み合い、そしてムクちゃんが先制。

 初手、イオさんに近付いて耳打ち。

 何やらこしょこしょ話すと、次の瞬間にイオさんは完敗していた。


「うむ、仕方ないな、うむ。可愛い子には旅をさせろと言うし、うん。信用出来る傭兵に任せられるなら、うん。ちょっと都市の外に出してみるのも、うん。良い経験なんじゃないかな、うん」


 な、何が起きた? ムクちゃんのこしょこしょ話しは、どんな威力で炸裂したんだ?

 訝しんでるのは僕だけじゃ無いらしく、アヤカさんも非常に眉根を寄せている。


「…………アナタ?」

「うんっ!? どうしたアヤカッ!? そんなに眉を寄せたら、可愛い顔が台無しだぞっ!?」

「……どうした、はコッチの台詞なんだけど? ねぇムク、パパに何を言ったの? お母さんにも教えてくれないかしら?」

「………………ないしょ。いったら、おとーさんが、きょかくれないもん」

「あら大丈夫よ。教えてくれた私も許可を出すし、確実にパパにも許可を出させるから」

「まっ、待ってくれムクッ!?」

「…………………………わかった」

「ムクぅぅぅぅうッ!?」


 ムクちゃんがアヤカさんにこしょこしょ。次の瞬間アヤカさんの瞳から光が消えた。

 あー、うん。これ、アレだ。多分、浮気的なアレコレの証拠的なサムシングをムクちゃんが握ってたんだな。マジか、やるじゃんムクちゃん。切り札は切り時に切ってこそ切り札だもんね。

 ジョーカー抱え落ちするくらいなら諸共道連れくらいが丁度良い。


「…………さて? えっと、つまり何? まさかのご両親説得成功?」

「あの、おにーちゃん…………。ぼく、めんきょとるまで、じぶんのおかね、だすから………」

「あー、うん。まぁその条件なら、ご両親も説得したみたいだし? 僕はむしろウェルカムなんだけど…………、本当に良いの? ガーランドって結構過酷だよ? 僕の住んでる場所ってスラムだし」

「……うん。ぼく、おにーちゃんと、いっしょにいたい」


 いじらしい事を言っちゃうムクちゃんの頭を撫でる。するとムクちゃんは真っ赤になって僕に抱き着く。

 何が此処までムクちゃんを掻き立てるのか分からないけど、まぁそこまで本気なら、本気で成したい何かが有るなら、僕は応援するよ。


「…………おにーちゃん」

「ん? どしたの?」

「……ぼく、かわいい?」

「うん。メチャクチャ可愛い」

「…………………………えへへ♡」


 だ、大丈夫かな? 本当に変な性癖植え付けてないかな……?

 ねぇシリアス? シリアスぅー? シリアスさーん? そこで知らん顔してるメイド服のかわい子ちゃーん? これ責任取るんだよね? ね? シリアス? ね?

 僕のアイコンタクトはサッと目を逸らされて失敗。シリアスも若干「やべぇ……」って顔してる。

 うん、取り返しの付かない事しちゃったよね。


「…………ず、ずるぃ」

「んぇ……?」


 こうして一件落着かと思えば、次はメカちゃんが何やらプルプル震えてる。おっとぉ、問題のお代わりですか? 僕もうお腹いっぱいだよ?


「ムクがいいなら、メカもいきたいもん!」

「メカぁ!?」

「流石にダメよ?」

「なんでぇー! ムクがいいならメカもいくもぉーん!」

「どうしてウチの子はすぐラディア君に着いて行きたがるんだッ!? ラディア君、君何か変な電波とか出てないッ!?」

「イオさん、幾ら僕が相手でも流石にそれは失礼だと思う」

「そうよアナタ。少なくとも、ラディア君はピンク色の名刺をスーツのポケットに入れてるアナタよりは何億倍も誠実よ?」


 あ、やっぱり浮気的なアレコレなのかな。キャバクラとかの名刺かな?


「ずるいもんずるいもん! メカだってラディアおにーちゃんのことだいすきだもん! いっしょにいたいもん! およめさんになりたいもん!」


 おっと、いつの間にやら僕はメカちゃんに恋されてたらしい。

 ごめんねメカちゃん。僕はシリアスの物だから…………。

 内心で申し訳なく思ってると、噴火したメカちゃんにムクちゃんが対抗した。


「お、おにーちゃんはぼくのだもん!」

「いや違うよ?」

「そう、ちがう。にーたんはねまのもの」

「ちがうもん! メカのだんなさまだもん!」

「否定。全員違う。ラディアはシリアスの物。これでもシリアスは正式な婚約者」

「ず、ずるいもん! ずるいずるいずるい! メカもラディアおにーちゃんのこんやくしゃさんになりたいもん!」

「ぼくもおにーちゃんのおよめさんになるもん!」

「ちょっと待とうかムクちゃん。テンション上がってメチャクチャな事言ってるよ?」

「ちなみに、ねまはにーたんのせーしきないもーと。すごくかわいがられてる」

「うんごめんネマ、今は頼むからデコスケ野郎に成らないで。ややこしくなる」


 ささやかな狂乱が続く。

 しかも此処にハナちゃんまで加わって、「じゃぁあたしは、ネマおねぇさまについてくぅ♪︎」とか言ってカオス具合が加速する。

 事態の収拾が着いたのは、それから一時間後の事だった。


「…………明日帰るのになぁ」


 はい。やっとガーランドに帰れます。


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