第67話 最後のひと狩り。



 子供達とアヤカさんを連れて都市外に出た僕達砂蟲は、取り敢えず時速二○○キロ程度で走り、四時間ほど駆けて目的地に着いた。

 此処はウェポンドッグが蔓延はびこる警戒領域の浅い場所で、この辺りなら頑張って探して一日四機前後は獲物が居るかなって狩場だ。

 幸い、デザリアみたいに砂の中に隠れてたりはしないけど、まだ浅い場所だからこそ獲物も少ない。

 しかも結構遠いので、ダング持ちの傭兵じゃないとちょっと旨味が少ない狩場でも有る。


「あーらら、チラホラとご同業も居るねぇ。まぁ良いや。じゃぁ僕もそろそろ出るんで、アヤカさん、子供達のことお願いしますね? メイドシリアスも居ますけど、やっぱりアヤカさんが最年長なので」

「ふふ、この歳になって『最年長』って言われ方をするとは思わなかったわ。でも、任せてちょうだい。それより、シリアスちゃんを残して大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫ですよ。シリアスの演算能力なら、本体で普通に戦いながら、アヤカさん達もおもてなしするなんて造作もないので」

「肯定。しかし警告。ラディア、シリアスが此方の体を動かすには、シリアス本体からのローカル通信領域内で有る必要がある。なので、シャムとの距離は気を付けて欲しい」

「あ、そっか。此処は都市内じゃないもんね。分かった」


 都市内なら都市回線を経由して何処でも動けるメイドシリアスだけど、外に出ちゃったらローカル通信領域の中でしか動けなくなる。

 シリアスの端末だって専用回線なので何処でもネットを使えるけど、セクサロイドを動かしてるのはあくまでシリアスの本体が有する通信能力なのだ。端末の回線利用距離は一切関係無い。

 なので、シリアス本体がローカル通信で干渉出来るエリア内から出ちゃうと、メイドシリアスは物言わぬセクサロイドに戻ってしまう。


「有効範囲は、無理の無い出力を維持して、一キロ程」

「了解。ネマ、僕もそろそろ出るよ」

『あぃ。りょーかい』


 こんなやりとりさえ喜ぶ子供達の頭をクシャクシャしてキャーキャーさせたら、テーブルの上に置いてたライフルのスリングを肩にかけて、弾薬の詰まったコンテナも担いでガレージに降りる。

 一人でスロープを降ると、既にシリアスがコックピットの開いて「カモ〜ン」って手招きしてる。…………たしか、こんな動きするカニが居たよね?

 なんだっけ、潮招きフィドラークラブ


「シリアス、その動きはフィドラークラブで合ってる?」

『…………サソリであるシリアスをカニ呼ばわりするなら、今夜のラディアは何時もの五倍は鳴いて貰う』

「ご、ごめんなさいッ!?」

『泣いても許さない。今のは物言いに、シリアスは遺憾の意を表明する。具体的に言うと、ラディアにナノマシン入りの増精剤を口移しで飲ませた後、どれだけ鳴いても--』

「わぁー! わぁーわぁー! 上にまだ子供達居るって! 自重してシリアス! 謝るから!」

『…………シリアスは今、プンプンしてる。内圧をあげて中に出せないまま何回も--』

「だから止めてってばぁっ!?」


 シリアスが有する何かしらの琴線に触れちゃったらしく、僕は今夜、シリアスに沢山イジメられるらしい。

 それ自体は凄い幸せだから良いんだけど、子供達の教育にとても良くないので止めて欲しい。お仕置の内容自体は凄くドキドキして今から楽しみなんだけど、自重して欲しい。

 …………な、中の圧をあげて、出せなくなっちゃうの? あわわわっ。


『プンプン。今夜は寝かせない。かっこ物理』

「あ、睡眠補助剤すら意味無い奴や…………」


 睡眠補助剤は睡眠の質を上げる薬なので、一睡も出来ないと意味が無い。

 あわわ、僕は今夜、寝る時間もなくイジメられちゃうのか…………。どうしようドキドキする。

 戦いどころか敵すら居ないのにちんちんが起動しちゃった僕は、前屈みになりながらコックピットに乗り込んだ。

 シートに座るとモロバレになっちゃって恥ずかしいけど、コックピット内は完全にシリアスのテリトリーなので、どっちにしろ前屈みじゃ隠せない。常時スキャニングされてるからおっきしてるのがバレてる。


『…………シリアスは、怒ってるのに。そんなにおっきさせて、ラディアは悪い子』

「ご、ごめんねシリアス。僕、シリアス大好きだから、ちょっとくらい酷い事されても幸せになっちゃう……」

『やはり今夜は寝かせない。シリアスは徹底的にお仕置すると誓う』

「……や、優しくしてね?」

『拒否。今日はとても激しくするので、覚悟すると良い』

「……………………え? 待って、今日は激しくって、何時も激しいよね?」

『……??? シリアスは、何時もちゃんと、優しくしてる』


 なんと言う意見の食い違いか。

 え、まって、シリアス、あれで優しいつもりだったの? じゃぁ僕、今夜、何されるの…………?


「あ、あぁ、ダメだドキドキして来た…………」

『むぅ。シリアスは、怒ってるのに。ラディアが喜んでしまう。これはもう、想像を絶する程のお仕置が必要』

『………………えっと、ねぇちゃ、にぃちゃ、いちゃいちゃするのはいいけど、おしごとしよ?』

「えっ!? まってネマにも聞かれてたッ!?」

『…………にーたん。そこ、シャムのなかだよ?』

「せやった!? え、子供達には聞かれて無いよねッ!?」


 そりゃそうだよ僕の馬鹿…………。シャムの中の事で起きてる事を、コックピットで監視出来ない訳が無いだろ……。


『いちおー、はいりょした。めいんしーとの、しこーせーすぴーかーできいたから、ねましかきこえてないよ』


 ネマがホント良い子で助かる。て言うかコックピットのメインシートにそんな機能あったんだね…………。

 指向性スピーカー? 背もたれに有るこれの事かな?

 僕はパイロットシステムを立ち上げながら、首を回してメインシートの背もたれを見る。

 ふむ。同乗者に聞かれずにローカル通信とかする為の装置かな。初めて知ったわ。マニュアルもっとちゃんと読まないとダメだな。


『あ、ちょっと、あの、そこのこ、ほろばいざーをこんこんするの、やめて?』

「こらぁー! パイロットにイタズラすると放り出すって言っただろ!」

『にーたん、しこーせーすぴーかーで、きこえてない。……でも、えっと、がしぇるくん? にぃたんが、いたずらすると、おいだすっておこってるよ』

『あわっ、ごめんなさいっ!』


 一悶着有った物の、やっと外に出る。

 巨大樹の森の中で、センサーを走らせる。


「よっし、索敵始めるよー。見学の子達も、大人しくしててね? 本当にイタズラはダメだからね。って言うか出来ればリビングに戻って欲しい」

『ゅんっ。いまのは、しこーせーすぴーかーきったから、きこえてる。みんな、りびんぐもどってて? そっちでも、そとのよーす、みれるから』

「リビングに居るアヤカさんの言う事をちゃんと聞いてね? イタズラされると、本当に危ないから。操縦ミスって死んじゃったら大変でしょ? 皆、自分のイタズラで死にたい? 此処は都市の外で、危険な場所だからね?」


 しっかりと子供達がリビングに戻ったのを確認すると、僕達は行動を開始した。

 臨場感が出るように、僕達の会話をリビングでも聞けるように成ってて、傭兵っぽい遣り取りが楽しい子供達にはそれだけでも楽しいはずだ。


「ネマ、コッチに反応無いけど、そっちは?」

『んーと、ひとつ、かんあり。でも、たぶんどーぎょー』

「流石に浅い場所だと、まだチラホラとサーベイルの傭兵も居るか……」

『でも、いっきだから、とりあいには、ならない、かな?』

「等級は?」

『たぶん、ちゅーがたじょーきゅー。だんぐのはんのう』

「ああ、じゃぁ砲撃で狩って、自分で持って帰るタイプの狩人傭兵かな。だったらそっちの砲首を見ながら狩れば被らないね。一応コッチにデータくれる?」

『りょーかい』


 ソロで狩ってるタイプの傭兵はトラブルを嫌うので、向こうもコッチに気を使ってくれるはず。

 人数が多いとトラブルをゴリ押せる事も有るけど、ソロでトラブルと面倒なのだ。だから獲物が被ったり横槍に成ったりしない様に、向こうのダングも僕達の動向を見てるはず。

 流石にシャムの特注センサー類と比べたら索敵範囲に差はあるし、向こうがまだコッチに気が付いてない可能性も有るけど、そもそもこの辺りには同業も多いのは知ってるはず。こんな場所で手前勝手に振る舞うとは思えない。


『…………むっ。あっちがうごいた。ほうげきはんのうも、かくにん。たぶんなにかしとめた』

「ほほぅ。じゃぁ向こうの同業さんが獲物を取りに行く方向を確認したら、それと逆に進もうか」

『りょーかい』


 僕がシリアスで先行して、砲門に着いてる高額照準器を動かして索敵。センサー範囲でシャムに勝てないので、そっちは完全に任せてしまう。

 シリアスの新ボディだったら負けないんだけど、その時にはシャムも進化してるからやっぱりセンサー系の性能では勝てないんだろうな。砲撃機だしね。

 改修後のシリアスはアンシークの一割増し、シャムは約二倍のセンサー性能になる予定だけど、それはあくまで範囲の話し。

 アンシークのセンサー系はあれ、一種の超広域スキャニングとすら言えるビンビン感度なので、砂の中に居るデザリアとかも探せちゃう激ヤバ性能なのだ。

 センサーで感知出来る領域内なら、アンシークは領域内に居る機体の種別は勿論、機体の姿からある程度の装備内容、更にはエネルギー残量まで暴き出すヤバい奴。単純に位置と大きさを割り出す普通のセンサーとは大違いなのだ。

 うーん、やっぱりアンシークも欲しいなぁ。虫型だし、砂蟲的にも非常にグッドだ。


「…………まかり間違って、ムク君辺りが砂蟲に加入しないかな。そしたらアンシーク買ってあげるのに」

『シリアスも、ムクニト・スーテムは気になっている。あれは女装させたら強い』

「待って!? 無垢なムク君を毒牙に掛けるのは止めてッ!?」

『む、毒牙とは酷い言い草。シリアスは傷付いた。なので、今夜決定してるお仕置が更に倍化した。これを経験したら、ラディアはもう二度とシリアス以外に欲情出来ない体になる』

「あ、それはもう既にそうだから、別に今と変わらないと思う。僕はシリアス以外の女の子とか眼中に無いから」

『……………………そこまで断言されると、些か照れる。しかし、お仕置はする』


 あ、お仕置はされちゃうんだ…………。あぁぁダメだドキドキする。今夜僕は何されちゃうだろう。

 シリアスのメイド姿は、あれ超高級セクサロイドだから、本当にビックリするくらいの性能なんだよね。マジで。なにせ七○○万シギル使ったって言ってるし。

 デザリア二機強分のシギルを注ぎ込んだセクサロイドって何? あとどれだけ気持ち良い機能を隠してるの? お金持ちの人って、こんな遊びしてて大丈夫? セクサロイドにハマって奥さんと致せないんじゃない? 跡継ぎ大丈夫? ちゃんと子孫残せますか?


『……せんさー、かんあり。たぶん、うぇぽんどっぐ。でも、これ、…………ひとのってる?』

「傭兵?」

『えと、たぶん、ちがう。………………あ、ふえた。まだいそう。うごきが、まいなーろーどむいてる』

「じゃぁ、十中八九盗賊だね。…………はぁ、折角今日は勘弁してやろうと思ったのに、出てくんなよ馬鹿だなぁ」


 ネマの言うマイナーロードとは、つまり僕達がロコロックルさんの依頼で駆け抜けて通って来た様な『街道じゃない街道』の俗称で、最寄りの都市間輸送用の街道とは別に、無茶な輸送をやる人達が使う道である。

 普通の輸送は最寄りの都市から都市へのハシゴであり、可能な限り整備された大きな街道を通って行う。

 けど、ロコロックルさんみたいに都市経由のルートを無視して最短距離を突っ走る様な人も相当数居るのだ。

 そうやって多数のバイオマシンに踏み締められた正式な街道じゃない裏街道の事を、マイナーロードと呼ぶ。

 そして、そんな道を通る者は基本的に、資金をケチってるアホが多い。つまり護衛が弱かったりする。その上、少しでも稼ぎたいから限界まで荷を積んでる傾向が強い。要するにカモなのだ。

 警戒領域で野良バイオマシンを探すでも無く、マイナーロードを気にして動いてる様な奴は、つまるところマイナーロードを通る獲物を待ってる盗賊である事が多い。と言うか傭兵にはマイナーロードを気にする必要とか皆無だ。


「あ、こっちのセンサーでも捕まえた。…………ふむ、この距離ならシャムから広域通信打ってもらった方が良いかな?」

『わかた。…………えと、よし。…………こちら、よーへーだんすなむししょぞく、ねむねま・すこーぴあ。ぜんぽーのうぇぽんどっぐにつぐ。こうどうがふしんであり、とーぞくこーいのじゅんびをしてるようにみえるので、いますぐしょぞくをおくられたし』


 地味にレアなネマの長文台詞だ。眠そうなお声が可愛い。

 しかし、向こうからリアクションは無い。まぁ当たり前か。送れるデータなんて無いだろうし。ワンチャンじっと隠れてればやり過ごせね? って思惑が透けて見える様な反応だ。

 僕はジリジリと近寄り、多分向こうの貧相なセンサーでもコッチを捉えられたんだろう反応が見えた。三機確認出来るウェポンドッグが全機コッチを向いて、…………生体金属心臓ジェネレータの出力を落としたっぽいな? 反応が薄くなった。

 バイオマシンは高密度エネルギーで動く生き物なので、稼働すると平常機動でも相応の熱を出す。バイオマシンに積まれてるセンサーは複合的に反応を探るけど、その内の一つはその手の熱源反応なのだ。だから生体金属心臓ジェネレータの出力を落として動くのを止めて、機体の熱を冷ませば拙いステルス行動が出来る。

 とは言え、ゼロカスタムならまだしもコッチは高額なセンサーに積み替えてる。その程度のお遊びステルスなんか無意味に等しい。

 僕はシリアスに言って、アヤカさん達に対人戦闘の可能性を伝えてから、ネマと警告役を代わる。


「此方は野生のウェポンドッグを狩猟中の傭兵団砂蟲。僕は団長のラディア・スコーピア。そこで熱源ステルスにチャレンジ中のウェポンドッグに告ぐ。その拙いステルス行動は敵対行動と取れる。もっと言えば僕達はウェポンドッグを狩りに来た傭兵なので、お前達が傭兵で無いなら見逃す理由が無い。そのお粗末なステルス行動を続けるならこのまま撃破する」


 僕が広域ローカル通信を入れると、相手のウェポンドッグが目に見えて慌てる。馬鹿だなぁ。

 もう動きが全部語ってる。「ど、どうする?」「声がガキだったぞ? 殺っちまうか?」「馬鹿言うな! コッチのセンサーに引っ掛からない距離からバレてたんだぞ! 装備の差は明らかだろ! 弾丸の威力に乗り手の歳が関係有るかよ!」「じゃぁどうすンだよ!?」みたいな会話が繰り広げられてるに違い無い。


「あー、あー、見逃す理由は無いんだけど、今日は血腥い事が苦手なお客様も乗せてるので、そっちの出方と条件次第では、マジで見逃しても良い。死にたくなければ通信に応答しろ。コッチはもうこの距離から一撃でお前達のコックピットを吹き飛ばせる装備と腕を持ってる。ガキだからと油断しても構わないが、こんなガキでも自力でランク三まで上がって来た叩き上げだ。お前達三人掛りでも、僕一人で後手でも殺せるぞ」


 最後通告を送ると、ものすっっっっっっっっごく躊躇いながら、ローカル通信にリアクションが帰って来た。


『…………ほ、本当に見逃してくれるのか』


 余程貧相な生活をしてるのか、若いのにしわがれた声がスピーカーから聞こえる。


「うん。僕を子供と侮らず、ちゃんと応答した時点で約束する。今日は都市から、野良狩りの仕事が見たいって言う子供を連れて来てるんだ。だから出来れば、人死は見せたくない」

『条件ってのは?』

「横暴に聞こえるかも知れないけど、その場で機体から降りろ」

『…………ばっ、そんな事したらどっちにしろ死んじまうじゃねぇか!』


 まぁ、生身で警戒領域を歩いてたら致死率は高い。けど確殺よりは良くない?

 それにほら、君達って警戒領域で酒盛りとかするアホじゃん。行けるってイケるイケる。

 と言うか僕だってガーランドでは生身で鉄クズ拾いしてたんだし尚更イケるって。


「流石に盗賊を無傷で逃がした戦闘記録なんか残したらコッチも都市に睨まれるんだ。流石にそのくらいのリスクは負ってくれ。嫌だと言うなら、仕方ないからお客さんに目を瞑って貰って、その間にお前達のコックピットを吹き飛ばす」

『ぐっ、くそがァっ!』

「とは言え、こう言う時には何時も『パルス砲を撃たれたくなければ降りろ』って言って、降りた所をプラズマ砲でぶっ殺して『約束通りパルス砲は撃たなかったよ?』とかやってるんだけど、今日はマジのマジで見逃してやる。言っとくけど、僕はランク三だけど一応はランク五とタイマンでも引き分けた事があるガチガチの武闘派だぞ。市民を都市外に出す時、ギルドから直々にランク詐欺って笑われた腕だ。ホラ吹きと侮って貰っても良いけど、反抗するなら確実に殺す。お前達を見逃す慈悲は僕達の安寧とトレードオフなんだ。手心を加えるつもりもない」


 敢えてイキり厨みたいな自分自慢をする形になるの嫌だなぁ。他の傭兵って降伏勧告する時にどんな台詞使うんだろ。…………あぁ、そもそも降伏勧告せずに殺してるのか。そりゃそうだよね。

 はぁ、盗賊と取り引きなんて、人生は何が有るか分からないもんだなぁ。

 そんな事を思いながら、応答した盗賊のリーダーっぽい奴と交渉する。


「あー、分かった。分かった。じゃぁこれが最後の譲歩だ。一機だけ見逃す。二機は降りて、残った一機に乗せてもらえ」

『…………ほ、本当に撃たねぇか?』

「僕は嘘を吐かない。態々盗賊を殺す時にも『パルス砲は撃たない』とか回りくどい約束をするくらいだぞ。約束する。僕も、団員のネマも、お前達を一切攻撃しない。パルス砲だろうとプラズマ砲だろうと、武器と呼べる物は一切使わない」


 逡巡した後、三機全部のウェポンドッグがしゃがんだ。降りたのかな。


「乗り換えたか? じゃぁ見逃してやるから行っていいぞ。あぁ、ちなみに機体に爆薬とか残してたら約束は反故だ。後ろから中型狙撃用のパルス砲で確実にコックピットを吹き飛ばしてやるから。そのくらいはスキャニングですぐバレるからな」


 そう言うと、立ち上がったウェポンドッグがまたしゃがんだ。

 …………野郎、殺る気だったな?


「……一矢報いようとか思うなよこの野郎。マジで殺すぞ」

『ひっ、ひぃ…………、す、すんませんっ、ちがうんすっ』

「んぇ? あれ、親分じゃ無いな? 誰?」

『あー、すまん。子分が仕事用の道具を残して降りてやがった。他意はねぇ』

「…………あー、移乗攻撃用の爆薬でも積んであったのか。バイオマシンにダメージ無くても、旅客機タイプのダング襲うなら内部で幾らでも使い道有るもんな」


 はぁ、マジで盗賊ってクソだな。そんなもんまで準備してあるのか。


「あーあ、ダム達くらい仕事に流儀持ってる盗賊ならまだしも、移乗攻撃に爆薬使う盗賊とか居るのかよ……」


 アイツらは盗賊だけど、戦った所感だと何となく、仕事に誇り持ってやってる感じがあった。だから珍しくまだ名前も覚えてるんだけど。

 一人が僕を決死の足止め。その内にもう一機がシャムを襲う。

 殺した二機をモグモグする前にスキャニングしたけど、爆薬とか積んでなかった。必要以上の事はしない。そんな感じがしたんだよね。

 なのにコイツらと来たら…………。

 そんな僕の呟きに、子分を乗せて颯爽と逃げ去ろうとしたウェポンドッグがピタッと止まった。


『…………お、おい。ダムって、もしかしてダムロの兄貴達の事か?』

「んぇ? え、知り合い? あー、もしかして三人組で仕事してるのって、ダム達をリスペクトしてる感じ?」

『さ、三人組っ!? やっぱりダムロ兄貴達の事なんだなッ!? 兄貴達はどうなったッ!? テメェ、まさか殺したのかッ!?』


 余程ダム達を慕ってたのか、逃げる寸前だった親分機が僕の話しを聞いてまさかの臨戦態勢。え、マジ? 殺る気?


「ダムの仲間二人は殺した。ダムは降伏したから捕まえて、最後にウチのダングの中で超良い生活をさせた後に都市に引き渡したよ」

『……………………は? よ、傭兵の癖に、盗賊を生かして捕まえたのか?』

「うん。まぁ、輸送任務中で、クライアントの要望があってね。子供の僕に、降伏までしてる相手を殺させたくないって。それで捕まえて、一応ギロチンは付けたけど、それ以外はメチャクチャ普通の生活させてあげたよ」

『……じゃぁ、ダムロの兄貴は、兄ぃは生きてんのかッ?』

「引き渡した後に殺されて無ければね? ダムも、罪を償ったら外にまた出て来たいって言ってたよ。高級フードマテリアル製の食事に、ふかふかのベッドと、あとシャワーも使い放題で、個室まで貸してあげたら、盗賊暮らしが情けなくなったって」


 殺るのか殺らないのか、さてどうすると思ってたら、なんかウェポンドッグが臨戦態勢を解除した。


「んで、殺るの? 殺らないの?」

『…………降伏する』

「……んぇ?」


 僕、今日何回「んぇ?」って言えば良いんだろう。


「えっ、……え? に、逃げて良いんだけど、…………降伏すんの?」

『…………ダムロ兄貴が生きてんなら、同じ所に行きてぇ』

「マジで言ってる?」

『マジで言ってる。…………俺達だってなぁ、好きでこんな生活してんじゃねぇよ』


 いや、知らないけど。

 好むか好まざるかに関係無く、殺して来たんでしょ? 殺された人達に取って、お前達の心根なんて微塵も関係無いと思うよ?


「えっと、子分達は? そっちも降伏するの?」

『あ、親分が捕まるなら、俺達だって…………!』

「あっそう? へぇ、いや、どうしようかな」


 うわぁめんどくせぇ……。

 お客さん居るのに降伏とかすんなよ。子供達見てるから、面倒だからって殺せないんだからさぁ。しかも子供達が居るシャムに入れるのも問題がするあるし…………。

 マジかよ。よりによって降伏かよ。うわぁ超面倒臭い……。どうしようかな。って言っても捕まえるしか無いんだけど。


「言っておくけど、今日連れてるお客さんは、当時連れてた荒野を渡るのに慣れて、切った張ったに耐性がある商人じゃない。ガチの子供だ。だから捕虜として捕まえるとしても、ダムと同じ待遇は無理だぞ? 基本的に個室から出さない」

『構わねぇ。…………すまんなテメェら、俺の道連れにしちまって』

『構いやせんよ兄ぃ!』

『親分……!』

「仲良しかよ。まぁ良いや。それじゃぁ、…………どうしよっか?」


 取り敢えず、ギロチンはあの後、こんな事も有ろうかとってノリで地味に増やして置いた。今は五つ有るから対応可能だ。

 じゃぁ、まずは子供達を空いてる個室に詰め込んで一時的にゲートロックした後にコイツら入れて、別の部屋に監禁したら子供達をリビングに戻すかな? それなら多少は安全だよね? まぁギロチン着けるから万が一も無いと思うけど、心情的に。


「んーと、……シリアス、一旦アヤカさん達を別室に入れてくれる?」

『否定。アヤカ・スーテム始め、子供達はこのままでも平気だと言ってる。生の盗賊を見るのも社会見学だと』

「んぇぇぇえ? いや待ってもうちょっと皆もっとセオリー通りに動いてよ頼むよぉっ……」


 市民も盗賊も好き放題しやがってちくしょう。

 僕は親御さん達から子供預かってんだよぉ……。何をどうしたら『捕虜にした盗賊と同じ空間で過ごさせました。てへっ☆』て言えるんだよぉ……。


「まぁ、分かったよ。お金貰ってないけど、お客さんはクライアントみたいなもんだし。そうしろって言うならそうするよ。シリアス、ギロチン三つ持って出て来てくれる?」

『了解した。可愛い可愛いメイドシリアスちゃんがギロチンをお届けする』

「あー、盗賊さん達。今から僕の奥さんがそっちにギロチン持ってくけど、何かしたら都市に突き出すより酷い目に遭わせて殺すからね。取り敢えずウェポンシステム落としてこっち来てくれる? ウェポンシステム立ち上げた反応を感知した瞬間殺すから、よろしく」


 言う事を素直に聞いた盗賊がコッチに来て、それから僕が言う前に機体から降りて降伏のポーズを取る。

 それからシリアスの動かすセクサロイドメイドがシャムから降りて、降伏してる三人にギロチンを付けた。スキャニングしても変な物は持ってない。


「持ってた爆薬は?」

『機体の中だ』

『シリアスが降ろしてくる。適当な場所で吹き飛ばした方が良い』

「了解」


 言ったシリアスがウェポンドッグのコックピットに入って、何やら茶色い箱っぽい物を森の奥にブン投げた。………………メチャクチャ飛んだね? パワーやばくね? もしかしてシリアスのメイドボディって戦闘とか熟せるスペックだったりする? 密かに僕の護衛とかしてた?

 ちょっとした驚きを胸に、遠くに投げられた爆薬をマンイーターを展開して撃ち抜く。爆発。まぁまぁ大きい爆風だ。


「あれで全部?」

『ああ。そもそも、いざって時用に持ってただけの道具だ。あれがメインの仕事道具じゃねぇ』

「携行爆薬が必要になる『いざって時』って何さ?」

『知らん。持っとけば何時か使えるだろ』

「アバウトぉ〜」


 流石に今回は服まで用意出来なかったので、ギロチンも付けたし、まずは居住区画に行ってシャワーと洗濯だね。


「ネマ、悪いけど僕は中に戻るよ。流石にこの状況で外に居られない。民間人の直衛ちょくえいが要るでしょ」

『わかた。かりは、どーする?』

「んー、お客さん次第かな? 僕の判断では帰りたいところだけど」


 メイドシリアスがシャムの中に捕虜三人を連れてく後ろを、シリアスの本体に乗ったまま着いて行く。

 そしてハンガーにシリアスを停めて降りると、中々にみすぼらしい盗賊三人とご対面だ。勿論僕はフル武装で、ライフルも軽く構えてる。流石にこの距離なら携行兵器でも外さない。


「あんたがパイロットか」

「そ。…………こんなガキでごめんね?」

「まさか。叩き上げなんだろ? こんな立派な機体持ってるし、俺達みてぇな薄汚れた賊より、よっぽど立派だろうさ」

「まぁ、薄汚れたって言うなら僕もだけどね。元スラム孤児だし」

「…………マジかよ。はぁ、だからダムロの兄貴も、…………なるほどなぁ」


 なんか一人で納得し始めた盗賊三人。僕がライフル構えてるから子分二人はビビってる。

 三人は何故か全員スキンヘッドで、全員二○代に見える。僕が言うのも変だけど、若いなぁ。


「お客さん達の要望で、ダムと変わらない待遇になったから。でもマジで中に居るのは普通の子供達だからね。変なことしないでね?」

「大丈夫だ。兄貴の最後に泥を塗る様な真似だけはぜってぇしねぇ」


 どんだけ慕われてたんだよアイツら。


「あ、そうだ。シリアス、悪いけど自律でウェポンドッグ三機の鹵獲、お願いして良い?」

「肯定、任された」


 状況に流されて、三機も手に入ったウェポンドッグを見逃す手は無い。

 僕はこのままコイツらを連行するので手が足りないけど、幸いシリアスはオリジンなので、ウェポンシステムを使わない自律行動なら問題無い。シザーアームも有るし、シャムに鹵獲機を積み込むのも楽々だ。


「………………はぁ? なんで、バイオマシンが勝手に」

「ま、まさか、オリジンなのか……?」

「実在したのかよ……」

「そりゃ実在するよ。国にも二機は居るんだし」

「そん、そんなの、俺達みたいな盗賊にゃぁ縁のねぇ話しだよっ。まさか、御伽噺みてぇなバイオマシンを、この目で見れるなんて……」


 独りでに歩いて出て行ったシリアスを見て、盗賊達は唖然としたり、感動したりしてる。

 時間も勿体無いので、僕はそんな三人にライフルを突き付けて移動を促す。


「…………はぁ、なるほど。こんなチンケな盗賊の最後が、オリジン様の手に捕まるたぁ、中々上等な最後じゃねぇか」

「あ、そだね。シリアスと出会った時は似た様な事思ったよ。死にかけて、でもシリアスに乗って戦えたんだから、薄汚れたスラム孤児には過ぎた最後だなって」


 ちょっとだけ親近感が湧いたので、ライフルを下ろしてあげた。どっちしにしろギロチン嵌めてるし、もうどうしようも無いからね。

 ガレージからスロープの通路を登って居住区画へ。そこではちょっと怖がってるけど好奇心が隠せてない子供達と、申し訳なさそうなアヤカさんが居た。


「ども。監視役で僕もコッチ残るんで」

「本当に、お仕事を邪魔してごめんなさいね?」

「いえ、まぁ、今日は休日のつもりでもあるので、気にしないで下さい」


 余計な仕事を増やしたと気にするアヤカさんに断って、子供達からの視線に居た堪れない感じの三人を連れてバスルームに行く。コイツら、近いとそこそこ臭うから、徹底的に洗わねば。

 はぁ、サーベイルで最後の一狩ひとかりかと思えば、まさかの人狩ひとかりに成ってしまったなぁ。


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