第63話 アリーナ・パーティ。



 パーティ当日。アリーナビル九階。


「…………宜しく」

「はい、宜しくお願いします」


 恐らくはバトルステージの様子を観戦する為の場所で、立食形式のパーティが行われて居る。

 観戦の為の椅子などは全て退けられ、代わりにテーブルとケータリングスペースが並ぶ会場は、中々に煌びやかだ。だけど、会場の外に見えるバトルステージは、少々殺風景に見える。

 この煌びやかな空間と、殺伐としたバトルステージを隔てるのは防弾樹脂製の極厚パネルだ。まるで、戦う人と一般人の間に隔たる壁の厚さの象徴だ。

 この防弾樹脂は透明度と屈折率の低さがヤバいので、極厚なのにその場にあるのか不安になる程存在感が無い。観戦にはなんの支障も無いだろう。敢えてモニターでは無く直接見える様にされてるのは、何か拘りでも有るのだろうか。

 ロコロックルさんに連れて来られたこの場所、アリーナビルに設けられたパーティ会場で、僕は相当数の視線を貰いながら入場した。

 勿論、メイドシリアスとネマも一緒に来てる。会場入りした後は別行動をしてるけど。僕にはお仕事が有るので。


「くはっ、なんだなんだカーペルク、金が無くてそんな子供しか雇えなかったのか? 幾ら貧乏商人って言えど、限度が有るだろ。えぇ、おい? 商人としてそんな有様で、生きてて恥ずかしく無いのか?」

「はっはっはっは! 実はその通りなんだ。いやぁ、仕入れにお金を使い過ぎるなんて凡ミスをしてしまってね。だから個人で簡単に数億シギルを稼げる程度の子供しか雇えなかったんだよ。ホント、困った困った。………………おや? ところで君って、年商は幾らだっけ? たしか一億は行かなかったよね? ん? こんな貧乏商人が雇える程度の子供よりも稼げ無いなんて、センスが無いにも程があるだろう? ん? 商人として恥ずかしくないのかい?」


 此処は何やら商売を主とする人達が集うパーティで、皆が思い思いに過ごしてる。

 その中でも注目されてるのが、やはり相当の中心に居る僕ら四人だろう。

 片や二人は、ご存知ロコロックルさんと僕である。

 対する二人も当然、ロコロックルさんの商売敵とその護衛さんだ。

 一応はこのパーティの主役とも言える四人なので、パーティの開幕セレモニー的な? 詳しくは知らないけどとにかく挨拶的なアレで、会場の最奥にある壇上に登った訳だ。

 注目を詰める中で、僕は相手の傭兵さんに挨拶をして握手を交わした。どんな人が出て来るかと思えば、アッシュブルーのウルフヘアで寡黙な仕事人っぽい人だった。見た目は四十代くらいに見えるけど、稼ぎの良い傭兵は外見で判断出来ない。グレードの高いアンチエイドとかやってたらこの容姿でも八○歳とか有り得るし。


「…………はぁ、済まんな。ウチのクライアントが騒がしくて」

「いえ、お互い様でしょう」


 僕らは壇上の上でまだ挨拶もせずに嫌味の応酬を続けるクライアントに、少しばかり呆れた目線を送る。

 ロコロックルさん。仲が悪いのは充分に理解したからさ、もう進めよ? 僕達まだ、お互いの名前すら名乗りあって無いんだけど。


「ロコロックルさん。パーティにご来場の皆様を楽しませるトークショーも良いですけど、そろそろ進行してはどうですか? 僕達傭兵はクライアント様が進めてくれないと、置物程度の価値しか無いんですよ」

「おおっと、ごめんねラディア君。いやぁ、ちゃんと諌めてくれる優秀な傭兵が格安で雇えて良かったよぉ。何処かの商人擬きと違って、私は運が良いからなぁ」

「……あの、僕をダシにマウント取るのも止めて下さい? 僕は別に、コチラのご同業に隔意とか無いですから。普通に気まずいです」


 壇上の会話は定域集音マイクによって会場のスピーカーに出力され、来場客にしっかり聞かれてる。醜い言い合いでもコントの様な楽しまれ方をしてるらしく、会場の空気ば別に悪くない。


「ふんっ。駆け出しのなんちゃって傭兵が偉そうに。子供の癖に随分と生意気な口を利くもんだな。カーペルク、ちゃんとガキの躾くらいはしたらどうだ?」

「あらら、ロコロックルさんに話し掛けてるのに何故かヘイトがこっち来ちゃった。さすが三流商人は沸点低いなぁ……」

「あンだとテメェッッ……!?」

「んぶっふ…………。そこでキレちゃったら自分の沸点の低さを証明しちゃってるじゃん……」


 僕の小気味良いジャブがモロに入った事で会場が更に沸く。いやいや、本当にコントでもするつもりなのか。

 ロコロックルさんも「良く言った!」ってケラケラ笑う。


「はぁ、埒が明かないですね。…………では、僭越ながら」


 顔を真っ赤にしてる商売敵さんはほっといて、僕は壇上の上で一歩前に進み、会場から良く見える位置に立つ。

 こう言うのって、もっとこう、進行とか色々と決まってる物だと思うんだけどさ。それを把握してる人間がパーティそっちのけで言い合うモンだから進みやしない。だから僕がやる。


「ご来場の皆様、どうもはじめまして。傭兵団砂蟲団長、ランク三傭兵のラディア・スコーピアと申します。ロコロックル・カーペルク様よりご依頼を頂きまして、この度は皆様のお目を楽しませる為に馳せ参じましたが、本日僕が戦わせて頂きますあちら、ご同業様はなんとランク五のベテラン傭兵でした。なので此処は、後輩である僕から先んじてご挨拶をさせて頂き、先輩のお手を煩わせる前に司会の真似事もさせて頂きます。やはり、まずは若輩から動かねば成りませんよね」


 一張羅に成りつつあるホンブルグハットコーデをビシッと決めつつ、帽子を脱いで胸に当てて一礼。こう言う時はそれっぽい事をペラペラ喋っとけば良いのだ。空気さえ壊さなければ、大体何とかなるもんだ。これはスラムも外も変わらない。

 やっと進み始めたパーティと僕のアドリブに、会場のお金持ちさん達がパラパラと拍手をくれた。感触としては悪く無い。


「さて、僕は現在アドリブ十割で喋っておりまして、この催しの進行などは欠片も把握しておりません。ですので、数分後の僕は恐らく何をして良いか分からなくてアタフタしてる事でしょうが、その時はどうか笑って頂ければ幸いに御座います」


 おどけながら更にもう一度礼をする。この帽子を胸に当てて会釈して足を引く挨拶ってなんて言うんだっけ? レザボア・ドッグスだっけ?

  即席のピエロを演じた僕の判断はそう悪い物では無かったらしく、お客さんもカラカラ笑って手を打ってくれる。此処がもっと格式高いパーティだったら終わってたぜ☆


「では、進行を知らない僕でも可能なご案内くらいは果たしましょう。この度のパーティが何方どなた様が主催かすら僕は知りませんが、パーティの余興を担当しております者は存じております。なにせ雇い主なので。…………それではご挨拶頂きましょう。仕入れ合戦の行方を決める代理決闘を行う商人がお二人、どうぞ前へ」


 もしかして僕、真面目に司会業やっても食って行けるのでは? そう思うくらいすんなりとクライアントへバトンを渡しながら、すすっと後ろに下がる。


「…………助かった。慣れてるのか?」

「まさか。お金持ちのパーティなんて人生で初めてですよ」

「ふっ。なら肝が座ってるんだな。きっと良い傭兵に成る」


 見るからに寡黙な同業さんは、見た目よりは喋ってくれるけど見た目の通りにトークは苦手らしく、滞った進行を促すなんて嫌だっただろう。

 そんなプチ苦行をサラッと流して見せた僕に、彼は割と真面目に感謝してくれた。握手はしたけどまだ名前も名乗り合ってない間柄だけど、何となく少しだけ仲良くなれた気がする。

 そして態々場を温めてからバトンを渡したにも関わらず、今度はどちらが先に名乗るかで揉めてるクライアントを眺め、また僕らは二人で溜め息を漏らす。


「あー、いや、これは僕も少し悪かったかな。角が立たない様に先に名乗った方が『下』って形にしたけど……」

「そんなもの、良い大人があの様である理由になって堪るか」


 ご尤もだ。

 醜い言い合いコントは会場にも喜ばれてるけど、このままズルズルと同じ事をしてれば、流石に不興を買うだろう。こんなのは、コントだと思ってるから楽しいのだ。ガチの罵りあいだと理解したら辟易もする。

 なので僕はご同業さんからクライアントと本人の名前を聞き、それから埒が明かない二人に割り込んで二人の紹介を勝手に済ます。

 何方どちらが上なのかなんて下らない争いは、二人を等しく「此方は三流商人の--」と紹介して『揃って下』にした。勿論傭兵さんは普通にベテランと紹介したけど。

 ねぇ商人二人、相手より格上で居たいならもうちょっと落ち着きなよ。腐ってもアダルトでしょうが。

 ちなみに相手商人の名前はハルドレイ・スノトック。ランク五の先輩傭兵さんはサーズ・ラーズさんと言うらしい。


「では、三流二人の醜い言い合いには皆様もそろそろ飽きて来た事でしょう。なので三流コントのお口直しに、一流傭兵と一般的な傭兵の試合をどうぞお楽しみ下さい。…………という訳で今から僕達はバトルステージの選手用ガレージに行きますけど、これ進行的に問題が有るなら、今止めて下さいね? 僕これ本当にアドリブで進めてますからね? 止めないともう余興始めますからね?」


 キョロキョロと助けを求めて見ても、誰も来ない。

 マジかよいや絶対嘘じゃん誰か居るしでしょコレ面白そうだからってこのままで良いやってなってるんでしょ絶対さぁ! もう!


「はぁ。商人のノリには着いて行けませんね。……サーズさん、行きましょう」

「……ああ。俺達は俺達の仕事を果たそうか」


 うん。今から殴り合う相手が一番理知的で安心するって、この会場のカオス具合を良く表してるよね。

 広い会場の真ん中を二人で突っ切って、一度外に出る。その際、会場のネマとシリアスを見ると、視線から「がんばって」と伝わって来て力が沸く。

 会場を出ると、出てすぐの通路が左右に真っ直ぐ別れてる。サーズさんとは此処でもう一旦別れて、次はお互いの機体に乗ってコロシアムで再会するまで別行動だ。


「…………では、良い試合にしよう」

「ええ、全力で」


 サーズさん、普通に良い人である。先輩感も凄い有るし、これは貴重な出会いだと思う。あの、…………なんだっけ。敵商人の名前。

 ……………………あーダメだこれもう完全に忘れてる。凄い。幾ら名前覚えるの苦手って言っても十分前後で忘れたのは新記録だぞコレ。

 まぁ良いや。見るからに性格悪そうなアホ商人だったけど、サーズさんと連れて来た事だけは評価してやろう。僕はもう奴を完全に下に見てる。


「シリアス。ネマの様子は?」


 コツコツと、硬い質感の通路を一人歩きながら声を出す。


『落ち着いて居る。しかし、先程からお見合いの話しを多々持ち掛けられて辟易してる』


 僕の問い掛けに、ポケットの端末から返答が有る。演算能力を活用してマルチタスクしまくってるシリアスだ。


「あー、ネマ可愛いもんなぁ。じっとしてたら何処の令嬢だって感じだし、有力商人だったら『ウチの息子の嫁に是非……』って成るのか。……ちなみにシリアスは大丈夫なの?」

『肯定。七○○万シギルで特注されたアンドロイドだと自己紹介して居る』

「流石にアンドロイドを口説く奴は居ないのか。……セクサロイドと名乗らなかったのはマジで有難う」

『ふふ、その程度の気遣いはシリアスでも可能』


 とか言ってぇ、僕の女装は空気を読まずに全力投球じゃ無いですかぁ。

 まぁシリアスが優しいのは分かり切ってる事だけどさ。


「じゃぁ、もうガレージ前だから」

『了解。武運を祈る』


 通信を止め、ゲートを潜る。


「…………やぁシリアス。二秒ぶり、待たせたね」

『おかえりラディア。二秒ぶり、シリアスは良い子に待って居た』


 シリアスに見送られて会場を出て、シリアスと通信しながら通路を歩いて、通信を止めて目的地に行けばそこにもシリアスが居る。むふふ、僕の人生がシリアスでいっぱいだ。

 無駄に性能が良さそうな大型のハンガーに一機だけポツンと居る僕のお嫁さんが、ガショッとキャノピーを開けて出迎えてくれる。

 その下のハッチも開いて、タラップが伸びる。


「さぁ、精々暴れて見せようか」

『ラディアとシリアスが揃えば最強。それを会場に見せ付ける』


 近付いてタラップを踏み、シリアスのコックピットに入る。

 本当なら複座にメイドシリアスが座ってたら最高なんだけど、ネマを一人残すのも不安だから、そればっかりは仕方ない。

 メインシートに座ってアクショングリップを握ると、シリアスがセーフティロッドを降ろしながらハッチとキャノピーを閉じて、起動シークエンスを始める。

 パイロットシステムを立ち上げてモニター類を全展開。グラフホロバイザーも降りて来て、全ての準備が完了する。


『ステージゲート開閉』


 準備が終わると、シリアスが何やらアリーナビルのシステムに働き掛けて、ガレージの側面にある巨大なゲートを開き始めた。

 ズゴゴゴゴッ……。中々に迫力のある開閉シーンを経て、パーティ会場から見えたバトルステージがすぐそこに。


「サーズさんは、まだっぽいね」

『起動シークエンスを手動で全部行う訳なので、流石にシリアスのスタートには適わないと思われる』

「ああ、そりゃそうか」


 フットレバーを蹴り込んで機体を動かす。向かう先は当然バトルステージだ。

 シリアスはオリジンだし、本当なら僕の操作なんて待たずに歩いて行ける。けどシリアスは全てを僕に委ねてくれる。自分の体の操作権限を僕に託して、任せてくれる。その信頼が何よりも心地良い。

 シャカシャカと歩いてステージへ。そこは直径で一キロもの空間が確保された戦闘領域。ビル内部でこの広さって頭おかしいでしょ現代人。

 飾り気が無く、ほぼ鈍色に染まった空間は距離感を把握し易い様に黒のラインでマス目が引かれてる。


「………………お、来たね」

『見るからに豪華仕様』

「はは、素人じゃ無いんだし、流石にゼロカスタムは無いでしょ。あの人、ランク五だよ?」


 バトルステージに入って中心辺りで待機してる僕らは、しばらく待つと正面の奥に見える壁がズゴゴゴゴッ………、と開いて一機のバイオマシンが出て来る様を見た。

 その姿は黒灰に染まり、基本色が銀に見えるミラージュウルフとは対象的なオオカミ型。

 背中に一対。前脚の両肩にも一対。折りたたまれたフレキシブルアームに備えられたブレードユニットが存在感を放つ格闘機。

 タダでさえ強いのに、明らかにブレードユニットが弄られてる。他にも後ろ脚の付け根にミサイルポッドも見えて、胸の下には四連装小型パルス砲まで見える。ガチガチのガチ機体だ。

 なんで僕はこんな超強そうな傭兵と戦う羽目になってんだろうね?


『此方サーズ。搭乗機エルリアートにて参上。…………待たせた様だな』


 相手が強そうで内心少しモヤッてると、相手からローカル通信が入った。


「いえ、お気になさらず。ランク三傭兵ラディア、乗機シリアスにて御相手します」


 本当なら、もう少しパーティ会場で料理とか食べたかったんだけど。

 流れが流れだったので、もう戦わざるを得ない。マジで出て来なかった進行役の誰か許さないからかな。


『ファイブカウントで始めよう』

「四から交互に、ゼロは同時で」

『良いだろう』


 本来なら、バトルを仕切る為のプログラムとかも有って、VRバトルみたいにカウントダウンしてくれるはずなのに。

 貸し切りの上にグダグダ進行だから、僕ら自分でカウントする。誰か気の利いた人がプログラムを走らせてくれたりはしない。

 シリアスなら出来るんだろうけど、コッチ陣営のシリアスがシステムを動かすのはフェアじゃ無い。なのでこうするしかない。


「四」

『三』

「二」

『一』

「『ゼロ』」


 そして、試合が始まる。


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