第61話 女装少年の父の真実。



 結局女装させられた。泣きたい。マジで泣きたい。


『…………………………おっほ』

「その喜び方止めて貰えます?」

『ふんっ、まっ、ちょ、ちょっとだけ待ってくれ給え……! 今すぐ戦線を押し上げて今日の仕事を終えて来る……!』

「それが嫌だって言ってるのにぃ……!」


 シリアスが言うチャンスを上手く活かしたライキティさんに、僕は女装してネマを抱っこする姿を見せる事になった。

 ネマも「……ねぇたんが、ふたりぃ♡」と物凄く喜んでて可愛い。けど辛い。どうすれば良いんだ。


「ライキティ・ハムナプルが知って居て良かった」

「…………もぅ。シリアス、少しは悪びれてよ」

「謝罪。しかし、合法的にラディアの涙顔を見れるチャンスを逃したく無かった」


 何故、僕が今こうやって女装してるかと言えば。その理由はシリアスの陰謀だ。

 要はアレだ。ライキティさんが僕の父、必勝傭兵ヴィクトリウスに関する情報を知って居るなら、その情報の対価に僕が女装してネマを抱っこするって事になったのだ。

 必勝傭兵ヴィクトリウス。その名を聞いたライキティさんは、「その名をどこで?」と少し剣呑な雰囲気を持ち、僕が「父です」と言ったら、目を見開いて驚いてた。

 驚き過ぎて、動きが止まってしまったのかホロ通信の向こうで被弾して「ぬわぁあッ!?」て叫んでた。

 そして、まぁもうその反応からライキティさんが知ってる事は確定してるけど、シリアスの入れ知恵でこんな状況になった。

 シリアスが余計な事を言わなかったら、普通に話して貰えたかも知れないのに。わざわざ対価を匂わせたから、もう僕が女装しないと喋らないぞって感じに成っちゃったし。

 仮にライキティさんに聞くのを止めて、カルボルトさんとかに通信を送ろうものなら、ライキティさんはそれよりも早くローカル通信を使って情報封鎖をするだろう。詰んでるよちくしょう。


「ラディア、機嫌を直して欲しい」

「…………つーん」

「………………なるほど、理解。初めてギルドに赴いた時のラディアは、この様な気持ちだったのかと理解した。確かに、愛する相手の『つーん』は可愛い。シリアスはまた一つ、ラディアを知れて嬉しい」


 もう! 僕は怒ってるのに! そんな可愛い事言われたら、つーんが柔らかく成っちゃうでしょ!


「……………………つ、つーん」

「しかし、シリアスはこのも見たかった。ディアラちゃんに成った愛らしいラディアが、愛らしいネマを抱えて慈しみ、その後ろにシリアスが控えるこの光景を見たかった。少し、強引だったのは謝罪する」

「……つ、つん」

「シリアスは、あらゆるラディアを見て、陽電子脳ブレインボックスに記録し、共に朽ちるその時まで、この人工脳に幸せな記録を溜め続けたい。この新しい生がとても楽しい。ラディアと共に居るこの時が幸せで堪らない」


 もうもうもう! 怒れないじゃん! 馬鹿! シリアスのばかー!


「シリアスしゅきぃ……!」

「…………ふふっ」


 僕が我慢出来なく成って、ネマを膝に乗せたまま身体を捻って後ろのシリアスに抱き着くと、シリアスは幸せそうに吐息を漏らた。本当に、本当に人間にしか見えない感情の発露をするお嫁さんだ。


「…………シリアスも、ラディアが好き。初めてシリアスに搭乗したあの日、機械でしか無い此の身シリアスシリアス此の身に恋してくれて、ありがとう」


 そう言って僕を抱き締め返すシリアスに、僕の胸がギュッてなる。

 うにゅぅぁぁあッッ! 胸がぁ、胸がキュンキュンするんじゃぁぁあ!

 それから耳元で愛してるとか言われたら死んじゃうんじゃぁ! にゅぅぅいいいっ!


「にーたん、ねーたん、らぶらぶ?」

「肯定。シリアスとラディアはラブラブ」

「うん。もう、ね。僕本当にシリアスが居ないとダメ。もう生きて行けない。責任取ってね?」

「当然。ラディアも、シリアスから離れる事を許さない。覚悟すると良い」


 やっぱり僕は世界一幸せな機兵乗りライダーだよ。うへへへ。


『……………………口から砂糖が出そうだが、画面だけ抜き出すと絵画の様に美しい光景だ。記録しても?』

「ラディア?」

「…………他の人に、見せないなら」

『当然だとも! 私が一人で楽しむのさ!』


 ライキティさんに見られてるの忘れてた。

 まぁ、うん。僕の女装姿が残るのは癪だけど、この瞬間のシリアスが尊いって意見には一億パーセント同意する。特別にこの瞬間だけは記録しても良いですよ。


「で、静かに成りましたけど、戦況は? て言うか、何処の国境です?」

『ラビータでは無いよ。我々は既に国外に出てる。ラビータの隣の小国が、そのまた隣と小競り合い中でね。その小国から、国境を通りたければ戦線を押し上げろと言われたので、越境手形と山盛りの報酬を要求してやったのだ。別に我々は、またラビータに戻ってから別のルートで移動しても良いのだし。…………ああ、戦況は押し返したよ。楽勝って奴さ』

「お疲れ様です。せっかくの大規模傭兵団に、それを率いるランク八傭兵。小国さんとしてはどうしても逃がせない戦力だったんですね」

『その通り。ちなみに、小国から貰う予定の報酬は、私だけの手取りを数えても四○○○億シギルだ』


 ……………………うわぁ、世界が違う。流石ランク八。

 勿論、傭兵団全体に払われる報酬はもっと多いんだろう。でも、その全体報酬の内でライキティさんの取り分が閉める割合が取れだけなのか、想像だけでも恐ろしい。

 これがランク八か。

 しかし、それだけ稼いでるならランク九に行けると思うんだけど、そこんとこ、どうなの?


『ん? ああ、ランク九は稼ぎだけじゃ無理なのさ。ラディア君が言ってるのはアレだろう? 傭兵ランクの納税目安の事だろう?』

「そうですね。ランク九は一○億以上って聞きました」

『額だけならそれで良い。しかし、その額を稼げて腕も充分な傭兵なら、割とその辺にも居るのだよ。でも、ラビータにはランク九が一人しか居ないし、他国でも似た様な物さ。何故だと思う?』


 分からない。調べてもその辺の情報は出て来ない。これも規制掛かってるのかな?


『ランク九って言うのは、傭兵ギルドが「一人で国を相手に出来る」と判断した個人にのみ送られる称号なのさ。あらゆる力と伝手を持ち、大国の頂点すらその者には迂闊な事が出来無い。それだけの力が有って初めてランク九なのだよ。正直、ランク七以上の納税目安は全く当てにならんから、気にしなくて良い』


 マジか。

 ああ、いや、そう言えばカルボルトさんも高ランクに行く程、昇級が面倒って言ってたな。あれ、筆記試験とか面談の事だと思ってたけど、て言うかカルボルトさんもそう言ってたけど、本当はもっと他にも有ったのか。


『ちなみに、昇級条件は本来、低ランク傭兵に教えては成ら無いんだ。馬鹿な事をする傭兵が増えるからね。ラディア君は古代機乗者オリジンホルダーだから教えても大丈夫だろうが』


 そんな理由が有るのか。だからカルボルトさんも僕とタクトに、あんな風に教えたのか。僕だけなら教えてくれたかも知れないけど、あの時はタクトも居たし、何より場所が場所だった。


『さて、脱線したね。残留して警戒を要請されてるが、もう戦闘も無いだろうし、さっそくラディア君の父君に着いて教えよう』

「あ、宜しくお願いします。なんか、こっちで色々話してたら、父の情報は国に封鎖されてるとか、変な事考え始めちゃいまして」


 まだライキティさんも仕事が残ってるみたいだけど、やっと本題に入れる。

 ライキティさんは団長なのだから、僕達なんかに構わずにもっと指示出しとかしなくて良いのかなって思うけど、相手はベテランなんだし、僕が心配する事でも無いだろう。


『ふむ。シリアス嬢、この回線は安全なんだね?』

「肯定。シリアスより上位の処理領域を持つ大容量陽電子脳ブレインボックスのオリジンからアタックされ無ければ、誰にも傍受させ無い」

『なら大丈夫だろう。ラビータに居る残り二人のオリジンはウェポンドッグとアンシークだ。陽電子脳ブレインボックスの格はそう変わらないだろう』

「肯定。アンシークに使われる陽電子脳ブレインボックスはシリアスの物と同等。ウェポンドッグの陽電子脳ブレインボックスは戦闘用なので多少は性能が良いが、それでも小型機なので大差は無い。つまり、問題無い」


 …………そっか。この国に居る他のオリジンって、ウェポンドッグとアンシークなのか。ほへぇ、地味に知らなかった。覚えとこ。


『結論から言う。ラディア君達の予想は大当たりで、戦場の神は謀殺された』

「……………………………………なんて?」


 なんて? え、戦場の何? 神? そんなのこの世に居ないよ。居るのはシリアスって言う名の天使だけさ。


『ああ、ラディア君は父君から聞いてないのかな。ラディア君の父、必勝傭兵ヴィクトリウスは、ランク九の傭兵だったんだよ』


 …………ほぇ?


『名前は知られて無かったけどね。必勝傭兵ヴィクトリウスの名が大き過ぎて、誰もがその名で呼んで居たから』

「父が、ランク九?」

『そう。フラフラと各国の戦場を渡り歩き、どの戦場でも、どんな戦況でも、必ず「勝利」の二文字を戦地に飾る伝説の傭兵。実は、カルボルトがミラージュに乗ってるのも、必勝傭兵ヴィクトリウスに憧れての事だよ。ミラージュ鹵獲時は大騒ぎさ。カルボルトが俺に乗らせろぉって暴れて、結局ミラージュを売り飛ばせなかった』


 そんな事実は知りとう無かったぁ……!

 カルボルトさん! アナタはもう既に父よりずっと素敵な傭兵ですよ! あんなロクデナシに憧れなくて良いですよ!


『一時期は戦場から消え、八年前程からまた戦場に現れ初め、そして四年前に謀殺されるあの日まで、また幾つも「必勝」を飾り続けた彼だが…………、なるほど。戦場から消えていた時期とラディア君の年齢を思えば、恐らく君の出生に関わった時期なんだろう』

「……そんなに有名だったんですか?」

『当然。かく言う私も、彼の事は尊敬してる。二回ほど戦場を共にした事も有る。本当に凄まじく強い機兵乗りライダーだったよ』


 僕がまだ絶対に勝てないと思ってるライキティさんすらそう評価するんだから、父は本当に強かったんだろう。

 そっかぁ。アイツ、自称じゃ無かったのかぁ。


「そうですか。…………で、父は何故死んだんです? 謀殺って?」

『ラビータの王族のご機嫌取りに殺されたのさ。ランク九を殺すなんて、馬鹿な事をしたものだよ全く』


 おっとぉ? なんかきな臭いぞぉ?


「ご機嫌取り?」

『うむ。ラビータに居る唯一のランク九って言うのがね、実はラビータ皇家の血が入ってるのさ。公然の事実だが暗黙の了解で誰も触れない、「秘され無い隠された傍系」とでも言おうか』

「検索する」

「秘されて無いのに、隠された傍系……?」


 シリアスがネットを漁り始めて、僕は微妙なセンスの呼称にお口がモニュモニュする。別に井戸ポンちゃうぞ?


『それで、現皇帝がそのランク九をいたく可愛がっててね。国内に居るランク九が奴しか居ないのも手伝って、中々の溺愛っぷりだったよ』

「…………えーと、もしかして、それで国内に降って湧いた、と言うか流れて来た別のランク九が邪魔だった?」

『概ねその通りだが、勘違いしないで欲しい。殺したのは皇帝のご機嫌取りがしたいアホ貴族が数家だよ。その貴族家達は必勝傭兵ヴィクトリウスを謀殺した後に皇帝の逆鱗に触れて一家郎党皆殺しにされてる。ラディア君の父君の仇は、もう一人としてこの世には存在して無い』


 ああ、なんだ。皇帝様がもう、仇を取ってくれてたのか。ありがとう。

 僕は別に父が好きじゃないけど、それでも殺されて良い程のゴミだとも思って無い。

 不当に殺されたなら、僕が仇を討って手向けにでもするつもりだったけど、もう事が終わってるなら別に良いや。その内、お礼でも言いに行こうかな。確か古代機乗者オリジンホルダーってお城にフリーパスで上がれるんだったよね?


「ちなみに、父はどうやって殺されたので? あと、皇帝がキレた理由は?」

『簡単さ。まず皇帝がブチ切れた理由は、その可愛がってるラビータのランク九が、それはもう重度の必勝傭兵ヴィクトリウスファンでね。むしろ奴も彼に憧れて、その末にランク九に至ったのだよ。まぁコレも知ってる者は少ないレア情報だが』

「うぇえ、そのご機嫌取りしたかったお馬鹿さん達は、よりによって皇帝陛下が可愛がってる人の憧れの人をブチ殺しちゃった訳ですか……」

『その通り。奴は当時、それはもう落ち込みに落ち込み、自殺一歩手前まで行ったそうだ』

「そこまで父が好きだったのッ!?」

『そうオカシイ話しでも無いんだよ? 必勝傭兵ヴィクトリウスは文字取り、必ず勝って来た。その輝かしい戦歴に魅せられた者は少なく無いんだ』


 なんかもう、父にファンが居たって事実だけで背中が痒い。あの野郎、死しても僕の背中を攻撃するなんて、ふてぇ野郎だよまったく。


『ああ、あとは彼が死んだ時の話だったね。そっちも簡単さ。必勝傭兵ヴィクトリウスだけが覆せる様な難しい戦線に突っ込ませて、後ろから撃ったのさ。個人では無く対軍を想定した、夥しい砲火でね』


 …………うわ。

 後ろから撃たれたって聞いた瞬間は、必勝傭兵ヴィクトリウスとか謳ってる癖にそれで死ぬのかよって思ったけど、まさか味方からそのレベルの猛攻撃をバックアタックでカマされたら、流石に無理か。どれだけ腕が良くても、物理的に生き残るのが不可能って状況にハメられたらどうしようも無いわ。


「現代は制空権を古代文明に持ってかれてますけど、要は遠距離砲撃で絨毯爆撃みたいな事をされたんですね?」

『その通り。あれはいくら必勝傭兵ヴィクトリウスでも、と言うかどんな存在でも無理さ。あれが敵からの攻撃だったなら、戦況の動きを読んで予測し、対策し、必勝傭兵ヴィクトリウスならばきっと切り抜けた。しかし、あんな形振なりふり構わない馬鹿げた攻撃を、馬鹿げた理由で、馬鹿な味方から行われたら、どうしようも無いだろう。私だって無理だし、ラビータのランク九だって同じ状況なら死んでいたはずさ』


 ほんと、父はクソみたいな死に方をしたらしい。

 …………うーん、なんかなぁ。僕を置き去りにしたバチが当たったと思えなくも無いけど、流石にそこまで腐った死に様を迎える程の極悪人でも無かったんだよなぁ。

 ああ、凄いモニョる。


「…………えーと。なんか、もう、充分聞きたい事は聞いた聞いたしますけど、最後にもう一つ。…………この情報規制は?」

『それも簡単だね。ラビータからの要請で嫌がる必勝傭兵ヴィクトリウスを半ば無理矢理連れて来た--…………』

「まっ、待って下さいッ!?」


 聞き逃せない事を聞いちゃったぞ!?


「父は、喜び勇んで戦地に行ったのでは!?」

『…………は? いや、確かに必勝傭兵ヴィクトリウスは戦場が大好きな男だったが、ラディア君の話しを聞けば子育て中だったんだろう? 子供を置いて戦場に行きたい親が居るものか。凄まじく嫌がって、一人でラビータと事を構えるくらいの拒否っぷりだったと聞いてるよ』


 …………………………………………う、嘘だ。

 え、じゃぁ何? 父は、僕を置いて戦場に、行きたくは無かったの?

 僕を、ちゃんと育てたかったの? じゃぁなんで置いて行ったの?


 …………ああ、いや、違う。そっか。


「…………父は、は、速攻で終わらせて来る気だったんだ」


 父さんが僕に残したお金は、たった数ヶ月分のシギル。

 つまり、父さんは、たった数ヶ月で一つの戦争をぶっ潰して、速攻で僕の所に帰って来る気だったんだ。

 ああ、だから数ヶ月分のお金しか残ってなかったんだ。だからガーランドでは仕事をしなかったんだ。すぐ戻ってきて、すぐまた旅に戻るつもりだったから、ガーランドの市民権なんて要らなかったのか。

 僕を連れて行かなかったのも、流石に子供を乗せてミラージュウルフの、サディウスの最大速度が危ないからだ。

 父さんは、ガチで急いで戦地に行って、マジで戦争を速攻で終わらせて、超全力疾走で帰って来るつもりだったんだ。その為に、僕を置いて行った。

 確かサディウスは、ミラージュウルフの信じられない程少ない拡張性でも唯一弄れる背面後部、腰の上辺りにブースターを増設してたはず。

 なんだっけ、確か、父さんが自慢してた。サディウスはあれ、パイロットの安全を無視して、元々後ろ脚の背面に付いてるスラスターと増設したブースターをブッ飛ばせば、時速五○○キロくらい出るんじゃなかったっけ?

 父さんは、そのくらいの危険は無視する程に、早く帰って来るつもりだったんだ。

 だから、そう。僕は。


「……………………もし、かして、僕は、父さんにっ」


 ああヤバい、嗚咽が出そう。涙が出る。まさか、その可能性は考えて無かった。

 ずっと、ずっと僕は、父さんに取って僕は、大した価値の無い存在だと思ってた。

 けど、実際は…………。


「父さんに、………………愛されてた?」


 ああちくしょう。ちくしょう。知りたく無かったなぁこんな事実。

 クソッ、クソッタレ。こんなのどうすりゃ良いんだ。

 ああああ仇が討ちたい! 自分で討ちたい! 僕の手で父さんを殺した糞を磨り潰したい!

 何勝手に殺してんだよ皇帝コノヤロウ! ああちくしょう! クソッ!


『も、もしや、…………いや、確かカルボルトもラディア君の父君について言ってたな?』


 ライキティさんが何かを言う。

 あー、うん。そう言えばカルボルトさんには、父さんが僕を置いて戦場に行ったロクデナシだって教えてたね。うん。はは……。


「…………ええ、そうです。…………僕は、父が、……父さんが、僕を喜んで砂漠に置き去りにしたと、たった今までずっと、そう思ってました」


 歯を食いしばって、燃える感情を押さえ付ける。けど、涙は止まってくれない。

 せめて、スラムで磨いたこの『泣いてるけど嗚咽は漏らさない』特技で頑張る。ライキティさんに続きを聞かなくては。


「父さんは、望まずに戦場に連れてかれたんですね」

『…………その通りだよ。当時の必勝傭兵ヴィクトリウスは、戦線が拡大して最寄りの都市まで影響しそうな戦場を避けて、参加するにしても小競り合いだけに終始してた』


 ああ、うん。薄らと思い出した。

 多分ラビータの外。別の国で、これは二歳か三歳くらいの記憶かな? 父さんがチマチマした戦場を渡り歩いてた気がする。幼くて朧気な記憶では定かじゃ無いけど、何となく、覚えてる。

 一人残されて、寂しかった記憶が、少しだけ残ってる。


「…………はは、あー、あははははっ」


 なんだ、なんだ、必ず僕をコックピットに乗せてると思ったけど、父さんってば、ガチの戦場では僕を都市に置いて行ってたのか。

 ああ、だからか。戦線が不安定で、都市に何かしらの被害が出そうな戦場を避けたのは、僕を都市に置いて行くのが不安になったからなのか。

 だから、だから僕はガーランドに置いてかれたのか。戦場から遠い辺境なら、安心して残して置ける。ちょっと行ってパパっと終わらせて、すぐ帰って来れるから。

 なんだよなんだよ。超強気じゃん父さんってば。自分が行けば必ず勝てるって自信が、速攻で終わらせて帰って来れるって自信があったからこその、コレなのか。

 子供にお金持たせ過ぎても怖いし、少なくても怖いから、父さんから見たら端金な数ヶ月分を生きれるシギル。それだけで充分だった。充分だったんだよ、本当なら。


「…………ラディア」

「うん、ごめん。ありがとうシリアス。僕は大丈夫」


 だってシリアスが居るから。


「にぃたん……」

「ネマも、ありがとね。大丈夫だよ」


 可愛い妹だって居る。


『…………続きを話す前に、一つだけ』


 ライキティさんが、僕を痛ましそうに見て言う。

 いやいや、大丈夫ですよライキティさん。ちょっと涙がポロってしただけで--…………。


必勝傭兵ヴィクトリウスは、戦場に出る前夜。最前線の都市でヌイグルミを一つ、買ったそうだよ。そこはレプリケーターでは無く手作業で、丹念にヌイグルミを縫う評判の良い職人が居る都市だそうで、そこで必勝傭兵ヴィクトリウスはミラージュウルフそっくりのヌイグルミを、特注してたそうだ』


 …………………………ああ、クッソ。

 馬鹿。マジで馬鹿。何死んでんだよクソ親父。ほんと、もう、撤回したけどまた呼ぶよ。このクソ親父が。

 そんなの、アレでしょ? 僕がサディウス大好きだったから、サディウスのヌイグルミを僕へのお土産にしてやろうって、そう言う事でしょ?

 ちゃんと、帰って来いよ馬鹿。クソッタレ。お土産なんか、持って帰らなきゃ意味無いだろ。アホめ。クソ親父。


『当時私は、必勝傭兵ヴィクトリウスに子供が居るなんて知らなかった。噂も聞いた事が無い。だから、必勝傭兵ヴィクトリウスが何故そんな物を買ったのか、誰も知らなかった。必勝傭兵ヴィクトリウスも語らなかった』


 ああ、うん。思い出して来たよ。ちょっとずつ。

 たまに、なんか、布を被せられたり、荷物の中に隠されたりした記憶が蘇って来た。あれは僕の存在を隠してたのか。

 何でだろう。あれか、必勝傭兵ヴィクトリウスの子供なんて、必勝傭兵ヴィクトリウスを脅すのに丁度良すぎるネタだから、隠されたのかな。知られたら僕が危ないから。

 ランク九の傭兵を好きに出来るチケットなんて、何億積んでも欲しがる奴は居るだろう。

 父さんも本気で僕を隠したんだろう。ランク九の権限もフルで使って、色々とやったはずだ。だから逆に、僕はめちゃくちゃ簡単にスラム落ちしたんだ。下手したら父さんの手によって戸籍が消されてた可能性も有るぞ。

 戸籍さえ無かったら、父さんの弱味が欲しい奴らも僕に辿り着けない。だって居ない事になってるんだから。

 都市に入る時と高精度スキャニングをどう躱したのか知らないけど、父さんは全力で僕を隠したんだ。死ぬ予定なんか無かったんだし、本当ならそれで良かったんだ。


 ああー、そっかぁ。僕、愛されてたのかぁ…………。


「………………なんで、情報が隠されてるんです?」


 このままだと、ズルズルと感情が変なところに入って行きそうなので、気持ちを入れ替える為に口を開いた。


『それは少し複雑だ。ランク九と言えば国と同等。そんな相手を国が謀殺した。大スキャンダルだろう? 当然、傭兵ギルドとラビータは揉めに揉めた。クソみたいな理由で傭兵ギルドが擁する最大戦力の一つが失われたんだからね』

「……あー、なんかもう、読めました。それで国とギルドがなんか取り引きしたんだ」


 そりゃそうだよね。嫌がるランク九をどうにか戦場に引っ張って来たのに、それを背後から盛大にぶっ殺したんだ。信じられない程の醜聞だ。

 そんな国、どんな傭兵だって仕事を受けなくなる。と言うか国中の傭兵が逃げ出したってオカシク無い。そんな事になったら、ラビータに供給される生体金属ジオメタルがとても悲しい量になってしまう。

 現代人が生きるには生体金属ジオメタルが必要で、それを警戒領域から持って来る傭兵は、ある意味で生産職でも有るのだ。


『その通り。ラビータは傭兵ギルドに対して相当な貸しを作り、その代わりにラビータの醜聞は闇に葬られた。事態を知ってる者にも傭兵ギルドとラビータ双方から口止めが入り、漏らせばかなりヤバい事に成るだろう。お陰で、この四年ですっかり必勝傭兵ヴィクトリウスの名も風化したよ。時の流れは残酷だ。だから、ラディア君の様な歳の子から必勝傭兵ヴィクトリウスの名を聞いたさっきは驚いたよ。何処の馬鹿が漏らしたんだと』

「でも、父さんは有名だったんですよね? そんな人が急に消えたら、騒ぎに成りません? 隠すのにも限界が有るはずです」

『それが、無かったのだ。…………何故なら、既に一回、必勝傭兵ヴィクトリウスは謎の失踪をして、数年間もの間、戦場から消えて居たのでね。そう、ラディア君の出生時期の事さ』


 ……………………ああー、もう、なんだろう。

 シリアスに出会えた事が激運過ぎて、その前がヤバい程運が悪い。

 つまり、僕が産まれる前後に一度世間から消えてるので、二回目消えても不思議じゃ無いだろうって処理がされたんだな。

 戦場を共にして現場を見た傭兵には重度の口止め。その他には『必勝傭兵ヴィクトリウス、またもや失踪』みたいな形にされたんだ。

 あー、頭ん中ぐちゃぐちゃだ。幸運の先払いが過ぎるでしょコレ。確かにシリアス程の天使とイチャイチャ出来る幸運に見合う不幸だと納得しそうに成るけど、その支払いに父さんが巻き込まれてるのはダメでしょ。

 くそ、前に一人で返済してろばーかって思ったけど、むしろ返済に巻き込まれてるの父さんだった……。ごめんね、父さん。あの世行ったらシリアス紹介して、なんか、こう、色々と恩返しするから。


「……………………あは、あははははははっ、なんだよもう、バッカみたい」


 いやホント。笑うしか無い。

 なに、僕の子育てに忙しくて大きな戦場を嫌がってた父さんを、無理矢理呼び出して、その後背中から盛大に撃ち殺して、そしたら行方不明に成りましたー、って?

 ラビータって良い国だと思ってたのに、凄い裏切られた感が有る。


『……一応、もう一度言うが、皇帝はこの件でブチ切れた側だ。それはもう凄まじいキレっぷりで、ラビータ貴族の家が六つ滅んだ程だよ』

「でも、皇帝とその親戚であるランク九が原因で、父さんは死んだんですよね?」

『まぁ、事実だけを述べるなら、そうなる』


 …………よし。絶対に近いうち、城に行こう。どう落とし前を付けてくれるのか、皇帝陛下とその親戚ランク九さんに、直接聞いてやる。


「シリアス、ごめん。次第によっては無茶する。一緒に死んで欲しい」

「了解。その時は派手に散る所存」

「ねまも、いっしょ」

『いやいやいやいやいやいやいやいや待って欲しい。私の出した情報でラディア君達が散ったら、罪悪感で無い胸が抉れてしまう』

「え、いや、ライキティさんの胸って言うほど小さく無いですよね?」

『いや、コレ実は高性能なパッドなんだ。胸にぺったり貼っとけば本物そっくりに擬態してくれる、お手頃ナノマテリアルおっぱいさ』

「出た、ナノマテリアル技術の無駄遣い!」


 取り敢えず、うん。聞けて良かった。いや、ちょっと知らずに居たかった感は有るけど、まぁ概ね、知れて良かった。

 確かに、こんな情報を都市回線そのままで通信してたら、ヤバかったね。念の為にガチガチの秘匿回線を構築したシリアスのファインプレーだ。


「ちなみに、ライキティさんが詳しく知ってる理由は?」

『当然、当時その戦場に居たからさ。ああ、その意味で言えば、私も必勝傭兵ヴィクトリウスの仇を撃った一人かな。彼のミラージュウルフ諸共に一斉射を命じた司令官をぶっ殺したのは、何を隠そう私なのだ』

「あ、マシですか。ありがとうございます」

『うむ。恩を感じてくれるなら、成る可く無茶は止めて欲しいね』

「善処します。…………あ、もう一つだけ良いですか? サディウスの、…………父さんが乗ってたミラージュウルフを模したヌイグルミは、今何処にあるんです? 処分されちゃいました?」

『…………………………………………ラビータのランク九が持ってるはずだ』

「よし準備をしたら殴りこもう。なに人の親の形見を勝手に持ってってんねんゴルァッ!」


 ロコロックルさんの仕事終わったら、帝都へ行こう。


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