第60話 日常と才能。



「…………にぃたん、にぃたん。ねぇ、おきて?」


 ゆさゆさと、可愛い声と共に揺さぶられて目が覚めた。

 まだ少し重い瞼を開けると、そこにはメチャクチャ可愛い女の子が僕の顔を覗き込んでいる。妹のネマだ。


「……んむぅ、おはよ」

「ゅんっ♪︎ おはよ」


 病院でメディカルチェックを受けた翌日。僕の部屋。

 ベッドから身を起こすと、同じセミダブルサイズのベッドに僕とネマが居て、シリアスの姿は無かった。寂しい。


「…………えへっ♪︎ ゆうべは、おたのしみ、でした、ね?」

「いや止めろ馬鹿! て言うかネマが初めて僕へ口にした敬語がそれってもう色々と言いたい事が多過ぎてパンクするわ! そんな言葉を何処で覚えたの!?」

「ゅんっ♡ ねっと」


 メディカルチェックを受けて、色々と体の調子を完璧に整えて貰った結果、発音がかなり滑らかになったネマがそんな事を言う。

 確かに、確かにお楽しみだったけどさ!


「もう、そんな事言う妹には、朝の頭撫で無でも抱っこも、全部ナシだからね。ほっぺにちゅーもナシ!」

「えっ……!? あっ、えと、ごめなしゃ……。にーたん……、ゆるして?」

「だーめ」


 甘える事が幸せであるネマにはキツい罰なのか、すぐに上目遣いでうるうるする。可愛い。ちくしょう。僕が折れるしかない。


「もう、ほら。よしよし…………」

「……えへへぇ♡ にぃちゃ、しゅきぃ♡」

「…………はぁ、僕はどうやら、もうネマには厳しく出来無い体に成ってしまったらしい」


 ベッドの中でモゾモゾして、僕にぎゅぅっと抱き着いて胸板にスリスリする妹の頭を、クシャクシャと撫でる。相変わらずサラッサラの金髪だ。あまりにも手触りが良過ぎて、オーダーメイドの人工物を疑う程の質感だ。でも残念、これは天然物です。

 さて、今日の予定はなんだっけ。今日って火曜コルペだよね? 僕もスラム孤児から卒業したんだし、ちゃんと曜日を気にする癖を付けないとな。


「ほらネマ、そろそろ起きるよ。シリアスが朝食作ってくれてるだろ?」

「……もぅちょっと」

「仕方ないなぁ」

「………………ゅんっ♡」


 幸せいっぱいに笑って、僕にぎゅぅって抱き着くネマ。信じられる? これ、血が繋がって無い妹なんだよ? まぁその血を人工的に繋げる施術をして来たんだけど。

 例の血縁化手術は簡単な注射一本で終わり、後は処方された薬を飲み続ければ三ヶ月程で終わる。そうすればネマは遺伝子的にも僕の妹と成る。

 仮に僕がネマに欲情して、色々やらかして赤ちゃんが出来たとする。すると、その場合はしっかりと近親相姦に相当する、危険度の妊娠である。奇形児が産まれる可能性が増し、普通に産まれて来ても短命だったりする。


 まぁ現代の技術力ならその程度の事はどうにでもなるんだけどね。


 古代文明より前、太古の時代なら近親婚は違法だったらしいけど、現代では殆どの国で合法に成ってる。少なくともラビータ帝国の法律では、兄妹どころか親と子ですら結婚出来る。だって他人を血縁に出来る技術が有るんだから、血縁を他人に出来る技術だって存在する。て言うか同じ技術だし。

 それに奇形児が産まれても手術すれば普通に生きれるし、短命に産まれた子供はアンチエイド技術でどうとでもなる。基本的に現代の人類は寿命か事故でしか死なないのだ。まぁ勿論、『お金が有れば』って但し書きは付くけどね。それと人に殺される場合も例外かな。

 でも、確か奇形児として産まれたなら、その後の手術代を国が出してくれる制度も有るし、短命の場合でも最低グレードのアンチエイドだったら市民でもギリギリ手が届く。

 最大で五○○年生きれるアンチエイド処置だけど、本当に五○○年も生きる人とかまず居ない。金持ちでも普通は長くて三五○年くらいだし、庶民は一五○年から二○○年くらいが平均寿命だ。なので短命で産まれた人もアンチエイドのランクによっては平均寿命まで余裕で生きれる。お金を稼げたなら金持ち基準の平均寿命まで生きる事だって可能だ。


 まぁ、そんな時代なので、僕は一つだけ懸念してる事がある。


「ねぇネマ? ネマはさ、僕の事を好きって言うけど、こう……、ネマも僕に、シリアスみたいな事とかしたいって、思ったりしない?」

「ゅん? …………えっと、ねまはね、にーたんが、だいしゅきだよ?」

「えっ? う、うん。知ってる」


 僕はシリアス至上主義なので、ネマに欲情したりしない。けど、ネマはどうなのか気になって聞いてみた訳だけど、そんな答えが返って来た。

 僕も、人の悪意には敏感だけど好意に鈍感な自覚は有る。有るけど、流石に此処までベッタベタされたらめちゃくちゃ好かれてるのは分かるともさ。大好きとか、今更だよね?


「でも、ねまはね? …………ねぇたんもすき」

「あー、うん、そだね。ネマはシリアスの事も大好きだよね」

「ゅんっ。だから、えと、にーたんたちの、じゃま、したくない、かな? えっと、ねまもね、にーたんがねまに、えっちなことしたいって、いうならね? うれしいよ……? ねまも、ちょぴっとだけ、きになぅよ?」

「あ、気なっては居るんだね。お年頃だもんね」

「ゅん。でもね? えっと、ねま、にーたんのこと、にーたんだとおもってるから、こいびとに、なりたいとか、おもってなーよ? ねま、あまえてるのが、いちばんしゃーわせ」


 えーと、思ったより大丈夫そう?

 兄妹で恋愛するみたいなフィクションブックも有るし、ネマもそう言うの気になるお年頃かなって思ったけど、ネマにはネマなりの考え方があるらしかった。

 なんか、お兄ちゃん大好きっ子の鬼ブラコンだけど、お兄ちゃんに妹として甘えるのが幸せで、だけどそれは性的な事には直結しないと言う。

 ネマ的には、もし僕がネマにえっちな事をするなら、ソレはソレで嬉しい。けど、別にソレがしたい訳じゃなくて、えっちな行為も僕に甘えてる方法の一つだから気になるだけで、それが至上って訳じゃ無い。……って事らしい。

 要は、『えっちな行為はお兄ちゃんに甘えて楽しく遊べるオモチャの一つ』ってだけで、他にも僕へ甘えられる楽しいオモチャが有るなら、それで良い訳だ。例えば、僕の膝に乗ってご飯食べさせて貰ったりとか、バスルームで一緒に遊んだりとか、一緒のベッドに入って添い寝されて、寝るまでお話しするとか、そう言う『ブラコン・ネマが満足出来るレベルの甘々お兄ちゃん攻撃』さえしてくれるなら、今のところは別に、他の過剰な要求とかするつもりは無いそうだ。

 

 まぁ、つまり、僕がネマに欲情さえしなければ、僕達はずっと健全な兄妹で居れるって事だね。ああ良かった、此処にも変なフラグは立ってなかった。

 良かった。本当に良かった。ネマこんなに、ちょっと異常なレベルで僕に懐いてるから、その辺がちょっと心配だったんだよね。


「…………えと、にーたんは、ねまに、えっちなこと、したい?」

「いや別に」

「……………えっと、あの、にーたん? そくとーされるのは、ねま、かなしい。それで、あってるんだけど、ねま、きずつく」

「あ、うん。マジごめん。ちょっと条件反射で答えてわ」


 纏めると、『二人のイチャイチャは邪魔しないから、その分自分を甘々のベッタベタに甘やかして?』って事だね。逆に言うと、ネマ基準で甘え足りない時は僕が性的に襲われる可能性も無きにしもあらずなので、積極的に甘やかして行こうと思う。


「ねまね? にぃちゃにぎゅぅってできて、しゃーわせなの。だからべつに、えっちなこと、いらなーよ?」

「ネマが本当に良い子で僕泣きそう。面倒臭い事が一切無くて感動してる」

「えへっ♡ だたら、もと、なでなで、して?」

「よーしよしよしよし…………」

「ゅんっ♡」


 僕とシリアスの関係に何も言わないし、むしろ邪魔しないからジャンジャン仲良くしてって気を遣ってくれるし、ワガママ言わないし、可愛いし、普通にバイオマシンの扱い上手いし、仕事熱心だし、ご褒美はこうやって甘やかすだけで最高に幸せだって言うし、もうネマが良い子過ぎてヤバい。


「ネマは本当に良い子だなぁ」

「ゅん、ゅんっ♪︎ もっと、もっとなでて……♡」


 それからシリアスが呼びに来るまで、僕はベッタベタに甘えるネマを思う存分可愛がった。めっちゃ可愛い。

 いや、ホント、戦闘機免許のご褒美に妹化を望んでくれて良かった。なんで前の僕はネマをあんなに雑な扱いしたんだろう。馬鹿なのか? こんなに可愛いのに。むしろ僕から言い出せよ使えないな僕って奴は。


「おはようラディア、ネマ。二人の兄妹仲が良く、シリアスは大変良いと思う。しかし、ラディアは後でシリアスも可愛がるべき」

「それは勿論!」

「…………ゅん。じゃぁ、ねまも、ねぇたんを、よしよし、したげるね」


 朝の挨拶のあと、ちょっとだけ寂しがったシリアス。それを見たネマはベッドから降りてトコトコ歩き、背伸びしてシリアスの頭を撫で撫でした。


「……………………ラディア、シリアスは今、胸が苦しい。この胸に震える、生暖かい感情の名前を、…………ラディアは知って居るだろうか?」

「尊みだと思う」


 ネマの小さい手で頭をヨチヨチされたシリアスが、ふるふると震えながら僕に聞いて来た。即答した。

 もう、完全にネマが傭兵団砂蟲のアイドルと化してる。僕もシリアスもネマにメロメロだ。こんなに可愛い事有るかよ。可愛さで世界が壊れるだろうが。

 二人ともネマを甘やかしたくなったので、皆で僕の部屋から出てリビングへ。そしてシリアスが用意してくれた朝食を二人掛りでネマに「あ〜ん♪︎」って食べさせて甘やかしたら、ネマも僕とシリアスの頭を幸せそうにヨシヨシするのだ。もう可愛くて仕方ない。何この幸せ空間。


「さて、どうしよう?」


 そんな感じで朝食を食べ終わり、契約駐機場に座すシャムの中で僕らは、ぽっかり今日の空いた予定をどうするか話し合う。

 明日は僕がムク君と釣りに行くので、今から狩りは無い。一応日帰りも可能だけど、それだとバタバタするし、稼ぎたいならやっぱり日を跨いでじっくり獲物とうぞくを探した方が儲かる。なので明日の予定が決まってる今日は狩りに行けない。


「どうしよっか」

「んーと、ありーな、いく?」

「しかし、アリーナで血が滾ったラディアは、自身のラディアを起き上がらせる可能性がある」

「だからネマが居る時はそう言うの止めよッ!?」

「…………ねま、きにしなーよ? それに、にぃちゃの、にぃちゃ、げんきになったら、ねぇちゃも、よろこぶよ、ね?」

「……………………否定出来ない」

「僕の前でお嫁さんと妹が僕をネタに猥談するのを誰か止めてくれぇッ……!」


 居た堪れないってレベルじゃねぇんだよ!


 メディカルチェック後で喉の調子を最高潮に整えられたネマは随分喋り易くなったみたいで、かなり良く喋る様になった。しかしそのせいで、シリアスとネマの僕イジリが加速する。

 僕もシリアスも、ネマの過去については殆ど聞いてない。けど、ネマが少しだけ話してくれた内容的には、箱入りだったネマは父親の意向であまり喋らない生活を送ってて、そのせいで喋るのが苦手な上に喉も衰えてたらしい。

 どんな生活だよって思うけど、幼少から喋る事を止められたネマは、舌と喉が思う様に動かなくて、あんな喋り方だったそうだ。

 それを、病院で喉の筋肉やら神経やらを最新医療で治療して貰った結果、舌の動かし方を知らずに言葉が辿々しいだけのネマが残った。これはリハビリで治るので、もう異常では無い。


 その時は病院で、僕とネマを治療したお医者さんに「いったい、どんな生活をさせてたんですかッ! それと君も、いったいどんな生活をしてるんですかッ! もっと身体を大切にしなさい!」って怒られたくらいだ。一応僕が保護者って事で治療を受けたので。


 ネマの喉の事もそうだし、僕の体の事も怒られた。

 僕の身体、医療用ナノマシンじゃどうにも成らない部分が凄くボロボロだったらしい。

 で、僕とネマの事を軽く説明したら謝られて、物凄く同情された。むしろそんな状況から自分で治療を受けられる程に立派に成った事を過剰に褒められた。そしてセルフケアを思い付いて病院に来た事も褒められ、とにかく色々褒められた。

 それで、その先生には「医療の事で何か困ったら、すぐに相談しなさい」って電子名刺まで貰った。めっちゃ良い先生だった。


 先生によると、僕があのまま治療もせず生活してたら、あと八年程で身体がぶっ壊れてたそうだ。…………洒落にならねぇ。

 診断を聞いてたシリアスもビックリして、下手したら僕が死ぬかも知れなかった事実にアタフタしてたのが印象的だった。


 僕のこの身体のボロボロ具合は、医療用のスキャニングじゃないと分からないレベルで繊細な事だったらしく、健常者を乗せる前提で作られてるバイオマシンは、そのコックピットに備えられたスキャニング装置も健常者のスキャンを前提としてる。なのでバイオマシンのスキャニングでは気付けないって先生が言ってた。

 スキャニングにも種類があり、パイロットのバイタルをモニターする為のスキャニング装置は基本時に精神の高揚や怪我を診る為に作られてる。なので精密検査用のスキャニングでしか判別出来ない様な専門的で繊細なデータは取れない。

 コックピットに備えられた生命維持装置等の医療品も、基本的に外傷や内蔵の損傷に焦点を当てた製品なので、怪我には鬼程効果を発揮するけど、細胞の調整とか繊細な仕事は苦手だそうだ。そのせいでシリアスが僕用に調整したナノマシンでも、僕の身体を治療出来なかった。

 それを知ったシリアスは、すぐに常時ネットワークに接続して検索を掛け続けて収集してる情報を医療系に切り替えて、物凄い勢いで専門知識を仕入れ始めた。

 病院を去る頃には先生と対応にめっちゃ高度なお話しをしてて凄かった。

 それと、コックピットの医療系を刷新するって意気込んでた。僕を女装させる時よりヤル気が凄かったので、僕はそれ程に愛されてるんだなって知れて幸せだった。


「今更だけど、本当に良い先生だったね、昨日の人」

「肯定。とても親身になってくれた。人格者だったと判断する。…………そして、ラディアが危険な状態だった事に気付けなかった事を、シリアスは深く反省する。シリアスはもう二度と、この様なヘマは犯さない」

「大丈夫だよ。死ぬ時は一緒に死のうね」

「約束」

「……………………ゅん。しんじゃ、やだ。ねまも、いっしょ」


 僕ら三人でイチャイチャした。

 ちなみに、僕は病院から帰ったらすぐにタクトへ長距離通信でメールを送って、グループも含めて全員すぐに病院に行けと連絡した。僕の体がボロボロなら、僕と大して変わらない生活をしてるタクト達もボロボロなはずだ。タクトが死ぬとか絶対に認めない。少なくともこんな理由では認められない。最低でも生きる為に戦っての戦死が下限だ。無意味に死に絶えるなんて許されない。


「さーて、話しは戻るけど、結局今日は何しようか。シリアスのアップデートも決まったし、僕的にはやっぱり中途半端になるアリーナは行きたく無いかな?」

「…………げんきに、なるし?」

「だから止めてってば。もう、なんでネマはお兄ちゃんにそんな意地悪言うの?」

「……えへっ♡ にぃちゃが、しゅきだからぁ〜♡」


 はいぎゅ〜。可愛い。甘えれば許される感が出て来たけど、若干事実なのでどうしようも無い。

 前の僕なら「なに誤魔化してんだこのデコスケ野郎」っておデコをペシって叩いたけど、今の僕は抱き締め返して頭を撫で無でする以外に何も思い付かない。


「そうだなぁ。新しいシリアスの身体と、シャムの改修の設計でもする?」

「ゅんっ♪︎ しゅるっ」


 ネマが頷いたので、僕は端末を出して設計用のアプリケーションを立ち上げる。


「…………ところで、ラディアはネマの事を天才と言うが、少し専門知識を調べた程度で設計図が引ける様に成ったラディアも、充分にバケモノレベルの天才だと、シリアスは思って居る。普通は少し調べた程度で設計アプリケーションなど使い熟せないのだが、ラディアは何処かでその手の知識を学んだ事が有るのだろうか?」


 早速妹と楽しいお絵描き(実用性十割)をしようと思ったら、シリアスがそんな事を言う。


「いや、シリアスもサポートしてくれるじゃん。僕が教わった事なんて、おじさんからちょっとした基礎だけだよ。…………て言うか僕の端末にこのアプリ落としたのって、シリアスじゃ無かった? 使えなくて当たり前のアプリを落としたの?」

「肯定。しかし否定。シリアスは当初、ラディアのふわっとしたイメージを書いて貰い、それをシリアスが修正する形を予想していた。しかし、ラディアは普通にアプリケーションを使い熟して居たので、シリアスはひっそりと驚愕して居た」

「…………いや? でも、最初に使ってた頃って確か、シリアスの装備を付け替えたりする程度だったよね? あれ別に使い熟すって言わなく無い?」

「否定。本来はもっと簡単なアプリケーションがある。図面を引く為のアプリケーションでそれが出来た時点で、中々に異常。ラディアはシリアスと出会った時に整備屋に憧れていた節があったが、恐らく技師に成っても大成したはず」

「ああ、うん。懐かしいね。シリアスの陽電子脳ブレインボックスを移植した時だっけ」


 僕ってタクトとおじさん大好きだから、カッコ良く仕事してるおじさんに結構憧れてたんだよね。

 なんの得にも成らないのに、少し空いた時間にバイオマシンの装甲換装とか、色々と教えてくれたおじさんが凄くカッコ良かったんだ。

 だからあの時、僕は死ぬ寸前におじさんみたいにカッコイイ事が出来て死ねるなら、本当に幸せだなって思ってたんだ。


「もう少し専門的な知識を持てば、シリアスの身体をもっと本格的に設計出来るはず」

「ほんと? 僕も流石に本職みたいな事は出来ないと思ってたから、最初はプリセットの図面を弄るつもりだったんだけど」

「……………………嘆息。ラディア、普通の素人はプリセットの図面をそのまま組み合わせて使う。プリセットもそう使う為の物。拙い専門知識だけでそれに手を加えられる時点で、ラディアには異常な程のセンスがある。恐らく、ラディアがカラーデザインにも秀でて居るのは、その才能の延長だと判断する」


 ま、マジかよ…………。

 僕にも、才能とかあったんだ。ビックリする。

 おじさんはシリアスが完全に「バケモノ」と呼んで張り合うのを諦める程の技師だし、タクトも六歳の時点でグループを纏めてスラムを生き残る超絶カリスマだし、ネマも狙撃の才能がヤバいし、シリアスはオリジンだし、周りがヤバ過ぎて、僕ってしょぼいなって思ってたんだよね。

 て言うか、ネマの喋り方って喉の衰えだったからサヴァンシンドローム関係無かったし。普通に輝かしいだけの才能だったし。

 でも、そうか。僕もシリアスに「バケモノ」って言って貰えるくらいの才能が有るんだね。えへ、嬉しい。超嬉しい。嬉し過ぎる。


「そっかぁ。僕も凡人じゃ無かったんだぁ」

「……………………? 疑問、まさか、まさかとは思うが、ラディアは、自身を凡人だと思ってた?」

「にぃたん、それは、ちょっと、へん」


 なんか二人に「コイツは何を言ってるの?」って顔される。物凄い不思議そうな顔をされる。なにゆえ?


「シリアスは、現在知りうる現代人の中で、ラディアが最もバケモノだと認識してる」

「…………ねまも」

「は? え、いや? そんな事無くない? 設計図引けるってそんな凄い事? いや凄い事では有るけど、そこまでじゃ無いよね?」

「驚愕。そこじゃない。ラディアの自己評価が低過ぎる事に、シリアスは戦慄を禁じ得ない」

「にぃちゃ、でんのーしょーせつの、しゅじんこー?」


 誰がナロウ系じゃい! なんて事を言うんだネマは!


「ラディア、ラディア……? 良く、良く考えて欲しい。普通の十歳児どころか、成人した機兵乗りライダーでも、シリアスが砲撃予測線を出したところで、砲撃をアームで弾いて防ぐ等と言う絶技は出来ない。シリアスは、ラディアがアレを当たり前の顔をしてやってる事に、何時も驚いて居る」

「ほん、それ。にぃちゃ、あれ、すごいよ? ねま、さいきん、ぶいあーるばとるの、どーが、よくみるけど、あんなの、だれも、できないよ?」

「は? え、いや、そんな事無いでしょ。砲撃当てるより簡単じゃない?」

「「…………はぁ」」


 二人が揃って溜め息。動作が揃って本当に姉妹に見える。


「ねーたん。にーたんが、ちょっとおかしい」

「肯定。この自己評価の低さは何なのか」

「え、いや、だって、父ならあんなの…………」


 僕の操縦技術は、父に叩き込まれた物だ。

 父なら砲撃を弾くどころか、砲撃を砲撃で撃ち落とすくらい平気でやってたし、砲撃予測線なんか無くても弾に当たらない。

 あのロクデナシに比べたら、砲撃予測線が無いと防御も少しモタつく程度の僕は、なんて事無い一山幾らの傭兵だと思う。

 僕だって迫撃砲くらいなら落とせたけど、プラズマ弾は無理だ。パルス弾とか炸薬弾とかもっと無理だ。


「……………………ラディアは、良く父君を『自称凄腕のロクデナシ』と呼ぶが、本当に凄腕だったのでは?」

「ほーげきを、ほーげきで、おとす…………? ねま、ちょっと、にーたんがなにゆってるか、わからない」


 ………………え?

 ま、まさか、僕の父って本当に、凄腕だったの? いや嘘でしょ?

 だって、僕も端末を持ってから父の事を色々調べて見たけど、何処にも情報なんて無かったよ?

 父の言う通りに父が本当に必勝傭兵ヴィクトリウスなんて存在だったなら、情報なんてゴロゴロ残ってるはずじゃん。

 だから僕、父がメチャクチャ話しを盛ってる三流だと思ってたんだけど…………。


「……確かに、情報が無いのはオカシイ。シリアスも今、調べてみて居るが、本当に欠片も見付からない。必勝傭兵ヴィクトリウス、ライディウス、そして乗機のイヌ畜生サディウス。いずれも検索には引っ掛からない」

「じょーほー、きせー?」

「可能性は有る。しかし、これ以上深く探すと法に触れる恐れがある為、国の中枢にはアクセス不可能」

「流石に止めて!?」


 そんな事で罪人には成りたくない!


「無念。シリアスも、ラディアの話しを聞き、ラディアの父君が気に成って来た」

「ねまも。…………ほーげきおとし、かっこいい。ねまも、できるよーに、なりたい」

「肯定。しかも、イヌ畜生の射撃武装であるコンシールドブラスターは砲身が固定されて居るプラズマ砲。それを用いての砲撃落としとなると、どれ程の技量を持った機兵乗りライダーだったのか…………」

「地味にシリアス、ミラージュウルフに対してヘイト高いよね。イヌ畜生って…………」

「既にシリアスはコンシールドブラスターも素敵なコックピットも手に入れイヌ畜生よりも素晴らしい機体に成りつつ在るのでイヌ畜生の存在など別に気にしてなど居ない」

「凄い早口」


 ………………しかし、うん。僕も何か、怖くなって来た。

 えっと、なに? 父って何者だったの?

 僕を砂漠へ置き去りにしたロクデナシかと思ったら、シリアスがドン引きするレベルの凄腕だった可能性があって、その情報は何か大きな権力が規制してる可能性も有る…………?

 なに、なんなの? 父こそフィクションブックの出身ですかってレベルじゃない?

 て言うかシリアスがドン引きって、「バケモノ」呼ばわりより上じゃない? 古代文明基準でも意味不明って事じゃん。


「でま、まだ、本当に話しを大盛りにして居た三流の可能性も……」

「否定。そして質問。ラディアは父君の砲撃落としを、見て来た様に語った。見た事が有るのでは?」

「…………そ、そりゃ、有るけども」


 基本的にあちこち旅する生活だったからね。物心着いてからの数年だけしか記憶に無いけど。

 その中には当然、様々なトラブルくらいは有る訳で。

 何故か都市間移動では盗賊に襲われた経験とか無かったけど、都市の中で決闘紛いのトラブルとかは結構有った。

 貴族同士の決闘に代理で戦ったり、傭兵同士の喧嘩でバイオマシンによる模擬戦で決着を付けたり、中にはどっかのメーカーの新型機を実験したいって言う依頼を受けてボッコボコにしたり。

 父はその全てで例外無く、僕を必ずコックピットに乗せて戦ってた。

 サディウスの専用コックピットには複座も有ったけど、父は僕を必ず膝の上に乗せて、一緒にクロスシートベルトを付けてた。慣性が掛かって「ぐぇっ」て成った事なんて一回や二回じゃない。今思うとアレも立派な虐待だったのでは?

 まぁとにかく、実戦で父が砲撃落とすシーンは覚えてる。あれ、傭兵の基本技能かと思ってたんだけど…………。

 

「そんな絶技を持つ傭兵が、少しも検索に引っ掛から無いのは異常。シリアスは提案する。ネットワークで調べられないなら、知って居そうな人物に聞けば良いのでは?」

「誰に聞くの?」

「事が事なので、シリアスが監視する秘匿性の高い通信下で行うが、シリアスの端末回線から長距離通信で永久旅団のライキティ・ハムナプルへと繋ぐ」


 シリアスはもう、すぐにでも事実が知りたいのか、既に通信要求を送ってるらしい。

 国に傍受とかされない様にシリアスが通信を監視しながらの秘匿通信で、ガレージに居るシリアス本体の中にある端末から送信し、それを機体のローカル通信でセクサロイドのメイドシリアスが受け取ってホログラムを展開するそうだ。地味に高度な事してる。て言うかシリアスの身体って、ホログラム装置も付いてるだね。

 セクサロイドにホログラムの機能なんて、なんに使うんだろう……?


「シリアスの身体にあるホログラム装置は、敢えてプレイ中に局部へモザイクを掛けたり、ホログラムで際どい下着を演出したりする用途で使用される。見えない方が興奮すると言う特殊な客層向けの装備らしい」

「なんでそんなオプション付けたのッ!?」

「オプション自体は安かった為。そしてシリアスならばこの様な使い方も可能な為。あと、正しい用途でも使用を検討していた為。ラディアは、シリアスの際どい下着姿が、見たく無いだろうか?」

「見たいけど! すっっっごく見たいけども! ネマの前ではその手の話しは止めようってば!」

「…………ねま、きにしなーよ? にーたんとねーたん、なかよし。ねま、うれしいっ♡」


 ネマの可愛さに陥落してる内に、ライキティさんに通信が繋がったみたいだ。

 シリアスがリビングのテーブル上にホログラムを展開して、そこに眩い赤髪の女性が映る。ライキティさんだ。

 僕とシリアスは横並びに椅子へ座って、ネマは僕の膝の上。何時ものポジションである。


『ラディア君ならともかく、シリアス嬢からの通信とはな。…………久し振り。息災かな?』

「どうもライキティさん。お久しぶりです」

「久しく。通信許諾に感謝する」

「…………ども」


 通信が繋がったライキティさんは、どうやらコックピットの中に居るらしい。カスタムされたオシャレなコックピットがチラチラと見えて、もしかしなくても戦闘中っぽい。良く通信受けたなこの人。


『おや? 其方そちらの愛らしいメイドさんと、ラディア君の膝の上で甘えて居る可愛過ぎるお嬢様は、どちら様かな?』


 ああ、そうか。シリアスのメイド姿は当然だけど、ネマは壮行会の後に引き入れたし、お見送りにも連れてったけど紹介はして無かったな。と言うか人見知りが炸裂してタクトグループの後ろに隠れてたし。


「改めて自己紹介をする。ハイマッド帝国製小型中級局地工作機、サソリ型・デザートシザーリア戦闘改修機体制御人格、機体名シリアス。先日この身体を買って外部操作で動いて居る。宜しく」

「…………ねむねま、すこーぴあ、です。はじめまして。にぃたんの、いもーとです」


 察したシリアスがすぐに自己紹介して、ネマまその後に続く。はぁ、ちゃんと挨拶出来てネマは偉ないなぁ(激甘)。


『………………ご紹介、痛み入る。しかしラディア君? 一言だけ良いだろうか?』

「あの、それより、戦闘中ですよね? 通信してて大丈夫なんですか?」

『ああ、コレは大した事じゃ無いから気にしなくて良いよ。それで--……』


 今も激しく戦闘機動を取ってるらしいライキティさんは、なんて事無い様に爽やか笑顔で言い切った。

 いやぁ、どんな戦いしてるか分から無いけど、ライキティさんの機体タマちゃんが、これだけ激しく動く必要がある戦闘って、もしかしなくても大事だよね。下手したら戦場なのでは? もしかして国外に行くつもりで国境にでも行ったのかな?


『--なぁラディア君。些か、ズルく無いかい?』

「……………えっ?」


 そして爽やか笑顔だったライキティさんは、そう言うと『すん……』と真顔になってそう言った。


『ラディア君。ズルくないかい? なんでそんなに、麗しい子を二人も侍らしてるんだい? 率直に言って羨ましく…………、ああ、嫉妬の感情が迸って敵機をグシャグシャにしてしまった』

「ひっ……」

『ラディア君。私はね、女装した男の子が一番好きだが、それはそれとして、普通に可愛い女の子も大好きなのだよ。そちらのネムネマお嬢さんも、身体を得たシリアス嬢も、率直に言って、…………どストライクだ』


 あ、ああ。そう。ライキティさんは、女の子として可愛い物が大好きなのか。女装少年好きって言うのは、その趣向の一部って事なんだね。

 シリアスもネマも、造形は神話級だし。元々可愛い女の子が好きなら、尚更ヤバいだろう。


『もう、もう堪らん可愛さじゃないか。その、なんだね? 膝に乗ってラディア君へ甘えてる様子のネムネマお嬢さんなんか、愛らし過ぎてプラズマ砲を過剰に撃って敵機がバラバラに成ってしまったし、メイド姿のシリアス嬢も、そんな麗しい子に御奉仕されると思うとああまた敵機がタマの爪でバラバラに…………』

「…………し、死に様が酷過ぎて罪悪感が出て来た。僕のせいじゃないのに」

『いやいや、ラディア君も責任の一端を持っておくれよ。私は今、猛烈に嫉妬して居る。あああ、そんなにスリスリされて、ズルいっ、可愛い…………!』


 シリアスがテーブルの上に展開してるホログラム通信を見たネマは、面白がる様に、ちょっと挑発する様に僕の胸にスリスリして甘えて来る。

 甘えれば甘える程、人から可愛いと言われる現状は、ネマにとって天国だ。


『これでラディア君もディアラちゃんであれば、私はこの戦いを三分で終わらせる程の活力を得ていただろう。鼻血が出そうだ』

「女装してなくて良かった…………」

『そんな事を言わずに、どうだろう? 今から着替えないかい? お金なら払うから。即金で、今すぐ振り込むとも。取り敢えず一○○○万シギルでどうだろう?』

「必死が過ぎる」

「便乗。シリアスも同額を払うから、どうだろうか? ラディア、女装をしてくれないだろうか。シリアスはラディアのディアラちゃんモードをとても好んで居る。物凄く見たい。お嬢様なディアラちゃんであるラディアに御奉仕するメイドに成りたい」

「ねまも、みたい……」


 断った。


『…………そんな』

「絶望。とても辛い」

「…………しょぼん」

「嫌だ、嫌だよ。そんなに何機も何機も潰せる戦いって、もう明らかに戦地でしょう? 僕が女装してライキティさんが本当に戦場を平らげたら、勝因が僕の女装じゃん。嫌だよ絶対嫌だ。そんな歴史を星に刻みたく無い。…………シリアスが本気で、心からの本気でお願いをするなら、僕は断らないよ。今すぐゴスロリ着て来るさ。けどその場合、僕はガチ泣きするからね。本当に泣くからね。三日くらい笑わなく成るからね」

「…………………………シリアスは、ラディアの泣き顔も可愛いと思うし、とても見たいが、三日も笑顔が見れないのは辛過ぎるので、シリアスは我慢する」

「ねまも、がまんすゆ。だからにーたん、なかないぇ? もぉいわないから…………」


 僕が本気で拒否して、何とか断れた。

 良かった。最後の三日笑わない宣言がなかったら危なかったぞ。今のシリアスは結構俗っぽい感性を手に入れてるから、「泣き顔もシコい」とか言って女装させられた可能性が九割を超えてる……!

 いや、良いんだよ。シリアスが僕を泣かせたいって言うなら、ちょっと酷い事されても、僕は良いよ? でも女装は勘弁してくれ。お願いだ。シリアスと二人っきりの時なら好きなだけ可愛い服を着てあげるからさ。人前では勘弁してくれ。


「約束。約束した。シリアスは今、ラディアと約束した。二人きりの時は、ラディアを女装させ放題…………!」

『し、シリアス嬢……! 是非画像を……!』

「ダメだからね!」

「と、言う事らしい。諦めて欲しい」

『……………………ぐぅッ! この無念、戦場にぶつけて殺る……!』


 それ結局、前線を押し上げた理由が『ラディアの女装姿がライキティ的にシコかったから』から『ラディアが女装してくれなくてライキティがキレたから』に成るだけじゃん。不名誉極まりねぇ……。


「しかし、ライキティ・ハムナプル。まだチャンスは有る」

『本当かい!?』

「無いからねッ!?」


 て言うか本当にチャンスが有るとしても渡さないでよ! なんで積極的にライキティさんを支援してるのシリアスッ!? どれだけ僕を女装させたいのっ!?

 二人きりなら女装するって言ってるじゃん! 女装プレイしても良いよって言ってるのに足りないの!?


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