第54話 投資の初めと結果の回収。



 僕の釣り道具は一式で三万程掛かった。

 万能の釣竿ロッドと万能の巻機リールの時点で会計は二万を超えて、その他の小物をチマチマと積み重ねて行ったら、気が付くとその値段だった。

 ふむ。天然物のオスシ食いに行ける値段だね?


「ご、ごごごごめんなしゃっ……!?」

「あーいや、大丈夫だよ。僕はこのくらい平気で払えるから」


 調子に乗ってアレもコレもと、値段を気にせず物を選びまくったムク君が、会計の総和を見て青くなってる。

 でもソレを望んだのは僕なので、ムク君は気にしなくて良い。


「それとムク君。実はもう一つお願いが有るんだよ。僕がお世話になってる人に、とっても釣りが好きな人が居てね。お世話になってるお礼に、その人へ釣具をプレゼントしたいんだけど、やっぱり僕には選べないからさ。一緒に選んでくれない?」


 僕が誰かにプレゼントをするって聞いたムク君はシャキッと復活して、「まかせて!」と言う。


「どんなつりがすきなひとなのっ?」

「うーん、それが分からないんだよ。ほら、僕って最近まで釣りの『つ』の字も知らない素人だったでしょ? だからその恩人がどんな風に釣りを好んでいるのかも、詳しく知らないんだ。参考までに、ムク君はどんな釣りが好きなの?」

「ぼく? んーと、えーと…………」


 聞いてみると、ムク君は悩んでしまった。選べないのだろうか。


「もしムク君がアレもコレもと悩むくらいに釣りが好きなら、ムク君が自分の道具を選ぶつもりでお願い出来ない? それならきっと、プレゼントする相手も喜ぶ様なアイテムが選べると思うんだ」

「ぼ、ぼく?」

「そう。どんな釣りでも好きって感じのムク君が選んでくれたら、どんな釣りが好きな人でも、プレゼントを喜んでくれそうだろう?」

「…………う、うん。わかった! ぼく、えらんでみるね!」

「ありがとう。値段は気にせず、ムク君が自分に必要だと思った物、欲しいと思った物は容赦無くカゴに入れちゃってね。その方がプレゼントする相手も喜ぶだろうし」

「わかった! がんばるね!」


 やる気をむんっ! と出すムク君。ありがとう、助かるよ。だってムク君へのプレゼントをムク君が選んでくれるとか、外し様が無いもん。

 僕の言う事を素直に聞いてくれる良い子だから本当に助かる。

 そうやって、キャスター店内をまた駆け巡る僕達。

 ムク君が選ぶ釣竿は僕の物とコンセプトは一緒だけど、その方法が違ってる逸品だった。

 必要に応じて切り替えるのでは無く、一本の竿に必要な機能を全て盛り込む方式で作られた物。マテリアルカートリッジを入れ替える事無く、ダイレクトもテクニカルもしっかり対応しつつ、トラウトにもマグロにも使える超万能竿。

 荷重に反応して硬さや粘りが自動で調整されるシステムらしい。レプリケート技術ってすげぇ。

 リールもかなり高性能な物を選び、その二つだけでお会計が三万に届いた。釣具って高いんだなぁ。


「あとこれも、それも、…………あれも!」


 自分も、いつかきっと。

 ネットを漁りながら多分、そんな事を思って自分の道具を夢見てたんだろう。ムク君の選ぶ手には迷いが無い。

 やがて一人分フルセットの大荷物が完成して、お会計四万八○○○シギルとなった。釣具って高いなぁ!


「…………こ、こんなに、かって、よかったの?」

「ああ、勿論だよ。ムク君、ありがとね」


 選んでる時はテンション上がっちゃうムク君だけど、終わると冷静になっちゃって毎回青くなる。反応が一々可愛いなこの子。

 これで買った一式をプレゼントしたらどんな顔をするのか。楽しみだなぁ(ニチャぁ)。

 何時プレゼントを渡そうかワクワクしながら、僕はムク君と一緒に店を出た。


「……ふむ。言うてまだ時間あるね。折角だし、釣りに行く?」

「いきたい! おにーちゃんのつりざお、はやくつかお!」


 現在、午後二時くらいだ。

 お昼食べてから二時間近くも釣具を選んでたと思えば、結構時間を使ったと言える。でも、まだ今日と言う日の終わりは遠く、折り返し地点でしか無い。

 時間も有り、この後の予定も無い僕は、買ったばかりの道具を使いたい事もあってムク君を連れてフィッシャーマーズへ向かった。

 大荷物をコックピットに積み込んで、シリアスにどんな物を買ったのか報告しながらの移動だ。

 フィッシャーマーズに到着すると、シリアスから降りて、ビルの前で一旦荷を広げる。と言うかシリアスの前で広げる。

 買った状態の品物を持ち込んでアミューズメントの中で開封する訳にも行かないだろうから、此処で道具のセットを行うのだ。

 それと、ムク君にもプレゼント。


「そうだムク君。実はさっき、お世話になってるムク君にプレゼントを用意したんだけど、受け取って貰えるかな?」

「………………………………え?」

「釣りが好きなムク君の為に、釣りが好きな人に手伝って貰って買ったんだ。はい、ムク君にプレゼントだよ」


 ムク君、フリーズ。

 正気に戻った後も大慌てするので、僕からの追加依頼って事にした。


「プレゼントが嫌なら、報酬にするよ。依頼内容は僕に釣りを教える事。報酬はこの釣具セット一式。どう?」


 それでも恐縮するムク君を宥めて、「別にこの一回、数時間分の報酬じゃないよ。この後も釣りをする時はムク君を誘うから、その時に毎回、僕に色々な釣りを教えてね? 報酬分は絶対に元を取るから、気にしなくて良いよ」と言って納得して貰った。

 良し、そろそろスクールの夏季休暇も終わるらしいけど、滞在中はムク君が休む日は釣りに行こうと決める。


「ほ、ほんとうにいいのかな…………?」


 地味にパワーアシスト付きのインナーシャツも合って、それに着替えたムク君が恐縮してる。気にしなくて良いのに。


「ダメなら買わないよ。兄弟に文句言われたら、その文句は僕に言えって言っておいてね。さぁ、時間も勿体無いから、行こうか」


 シリアスに待っててねーと告げて、二人でビルに向かう。勿論入場料は僕の奢りだ。

 十二歳までは子供料金で入れるけど、子供料金の場合は大人の付き添いが無いと入場出来ない。なので、僕は大人料金でチケットを買い、ムク君には子供料金でのご案内だ。


「…………お、おにーちゃん、ありがとう」

「気にしなくて良いよ。言うて四○シギルだし」


 今日はムク君からの授業なので、ムク君が釣り場を選ぶ事に。

 道具は二人ともフルセットで持ち込んでるから、特に何かをレンタルする事も無く地下一階から十四階へ。


「……此処は?」

「えっとね、レイクフィールドだよ。たんすいのおさかなをつるの。レイクフィールドにもしゅるいがあって、ここはトラウトゲームようじゃなくて、バスゲームようのばしょなの」


 ふむ。全くわからん。

 到着した十四階は、清涼な空気が演出された広大な湖だった。船はやはり貸出みたいで、僕がすぐ手配しようとすると、ムク君に止められる。


「おかっぱりも、べんきょーしよ? ぼく、がんばっておしえるからっ」

「はい先生! おかっぱりとやらが何か分からないけど、勉強します!」


 今日はダイレクトじゃなくてテクニカルの釣りらしい。ロッドの準備をしたら、ムク君に勧められるままにルアーを選ぶ。

 うねうねした作り物のミミズっぽい何かを渡されて、その頭に尖ったペン先みたいな重りを捩じ込み、お腹を鈎でぶっ刺す。


「これはね、ネコリグっていう、つりかたなの。しょしんしゃさんに、おすすめだよ」

「…………猫リグ? 猫要素は何処に?」

「あ、ちがうよ。これはね、そぎつれるっていみなの。りゃくして、ネコリグ」

「なるほど」


 随分と縁起の良いネーミングだ。センスが良い。

 此処の階層は特に釣りをゲームとして楽しむ面が強いらしく、釣った魚は持ち帰って食べたりしないで、その場で再放流リリースが基本らしい。

 一応食べれるから持って帰っても良いのだけど、元々は食用に適さない種類をゲーム用に品種改良した魚がメインで、品種改良の結果食用性も上がってるけど、ぶっちゃけ美味しく無いらしい。

 釣った魚をリリースって、それ魚的にダメージとかは無いのかな。そう思って聞くと、この環境が魚の治癒などもしてるそうで、釣った魚の口に空いた釣り鈎の痕ピンホールなんか跡形も無く治るシステムなのだと言う。


「へぇ、良く出来てるねぇ」

「うん。ここはね、おにーちゃんにテクニカルをおぼえてもらうのに、ちょーどいいの」


 という訳で実釣。

 ムク君に教わりながら、少ない動作で遠くに投げるテクニック等を実践しながら釣りを開始する。

 そして全然、釣れない。


「難しくないッ!? ホロコマセ釣りと大違い過ぎる……!」

「がんばろーね、おにーちゃん♪︎」


 教わる用語が飽和して来た。ボトムパンピングとか、トゥイッチとか、ジャークとかフリーフォールとか、分からん分からん。

 取り敢えずネコリグは、良さげな場所にポイってした後にラインを張って、竿先をちょこちょこしてれば良いんだね?

 ちなみに、僕が四苦八苦してる間に、ムク君はもう四尾くらい釣ってる。いや、食べない魚は匹って数えるんだっけ? それも間違い? もう僕には何も分からん……。


「それは、なんて言う魚なの?」

「えっとね、これは、ビックマウスバスだよ。ラージマウスバスって言うおさかなの、いでんしかいりょーひんしゅ、なんだって」

「……大きいよね。食べれるんだっけ?」

「うん。でも、あんまりおいしくないってきいたよ? ここでつれるおさかな、だいたいおいしくないって」

「他には何が釣れるの?」

「えーと、ほかにはね、リトルマウスバスと、ラージレッドギルと、ライギョと、キャットかな?」

「…………キャット? 猫?」

「んーん。えとね、おさかなでキャットっていうと、なまずのことなの」


 あー、ふーん。なるほどね? 髭が猫っぽいって事なのかな?

 分からないけど、魚に関する知識がどんどん溜まってく。ドゥンドゥン賢くなって行く。

 二時間くらい教わって、一人でもちょぼちょぼと釣れる様になる頃は、僕も一端の釣り人っぽくなってた。


「お、おにーちゃん、キャストじょーずだね」

「えーと、キャストって言うのはルアー投げる動作の事か。上手いかな?」

「うん、おにーちゃんじょーず」


 ビックマウスとやらは、緑と黒のシマシマがカッコイイ魚で、リトルマウスとやらは茶色っぽくて引きの強い魚だった。

 ラージレッドギルはエラの所が少し赤味を持ってる魚で、見た目は平たい感じだ。こいつも引きが強くて、同じサイズで並べると一番感触が重かった。そして一番食いつくのもコイツだ。

 残念ながらライギョとキャットは釣れなかったけど、充分に楽しめた。

 ムク君もプレゼントした高級釣竿に恐縮してたけど、暫くしたら流石に慣れて、使い熟してた。


「おにーちゃん、なれた?」

「うん。大分慣れたと思うよ」

「じゃぁ、ほかのところもいこ? たべれるおさかなつろ?」


 折角テクニカルを練習したので、それで釣れるお魚を狙って海フィールドへ移動する。

 移動した先は六階。アジを釣った場所だ。


「きょうは、てーぼーでつろーね♪︎」


 ムク君に案内され、砂浜を突っ切って堤防へ。

 慣れてるムク君が場所取りまでしてくれて、釣りが出来るスペースを確保した。

 此処からルアーで何が釣れるのか。それは釣ってみれば分かる事だ。


「ぼく、おおものねらうね!」


 結果、僕はアジやメバルと言った小物を良い感じに釣ってパック詰めして貰った。そしてムク君は、なんか、ブリ釣ってた。

 五歳児が「つれたぁー!」って言ってクソデカいブリを釣ってるの凄かった。周りの大人もギョッとしてた。見てる子供達も「アイツすげぇー!?」ってなってた。


「ねぇおにーちゃん、よるごはん、ぼくんちでたべないっ!?」


 釣ったブリを初め、獲物はさっさと家に配送して貰ったムク君が、僕にそんな事を言う。

 どうしようか。夕食を勝手に済ませると、ネマが怒るかも知れない。


『報告。ネマには伝えておくので、行って来ると良い。しかし、泊まらずに帰って来る事を推奨する。ネマが拗ねる』


 悩んでると、シリアスがそう言ってくれた。

 じゃぁお言葉に甘えようかなって、夕方に釣りを止めて帰り支度。配送されたブリを使ってアヤカさんが美味しい夕食を作ってくれるそうだ。


「あら、いらっしゃい。もうすぐ出来るから、それまで子供達をお願いね」


 そしてスーテム家にお邪魔して、既に帰ってた子供たちの相手を任される。


「ずりぃー!? おれもつりざおほしかった!」

「シュナうるさい。ムクのほうがつりじょーずなんだから、しかたないでしょ」

「そ、そうだよシュナにいちゃん。ムクはおうちのおてつだいもしてたし」

「でもさぁー!」


 案の定喚き出す長男君に、「…………いいの? 今日の夕飯はムク君が頑張って釣り上げたクソデカブリなんだけど、ムク君に文句言って良いの? ん? 夕飯食べれ無く成るんじゃない?」って言うと静かになった。

 子供は常に現金な生き物なのだ。


「はぁーい、出来たわよ〜」


 夜になり、イオさんまで帰って来た頃に料理が出来上がった。

 メニューは『ブリの照り焼き』をメインに、自家消費中のアジフライも着いて、汁物にソイスープ、前菜にサラダ、主食はライスだ。


 超美味かった。


 なに、あれ? ブリ? 照り焼き? は? 美味いんだが?

 初めて食べた。本当に何コレって言う感想が出て来る料理だ。

 まず、火が通ってるのに生のオオトロよりも柔らかくホロホロしてて、本当に口の中で消え去るんじゃないかと思うくらいに繊細な食感だった。

 そして、その中には旨みが凝縮されて、噛み締めて舌で身を撫でると、暴力的な旨味が口の中で暴れ出す。ブリってこんなに美味いのか。オスシと全然違う。

 照り焼きの『照り』もブリの旨味と調和しながら僕の味覚を駆け巡って、気が付いたらライスが消えてた。

 ブリ照りもライスも好きなだけお代りしてねって言われてので、遠慮無く鱈腹たらふく食べる。


『相談。アヤカ・スーテム、後でレシピを教えて欲しい。ラディアがとても気に入ってる様子』

「あらシリアスちゃん! 何処に居るのかしら?」

「あ、僕の端末からですね」


 和気藹々わきあいあい。美味しい食事に舌鼓を打ちながら、ポケットの端末をテーブルに置く。そこからメイド姿のミニシリアスがホログラムで表示され、アヤカさんに手を振った。

 シュナ君は僕の端末デザインがお気に召したのか「しゅげぇぇええええ! カッコイイ!」とお喜びに。出たなしゅげぇぇ。


「シリアスちゃん! こんばんわ! 照り焼きのレシピが欲しいの?」

『肯定。シリアスもラディアに作ってあげたい』

「あらあら、だったら他のレシピもあげちゃうわね♪︎」


 シリアスとアヤカさんがキャッキャしてる。ふふ、シャムの中でもコレが食べれる様になるのか。最高だ。ありがとうシリアス。


「ところで、ラディア君は何時までサーベイルに居れるんだ? 仕事で来てるんだろう?」

「今のところ、最低で一ヶ月って話しですね。それ以降はまだ未定です」

「おお、じゃぁ結構居るんだな。それなら、また暇な時にでもバイオマシンに乗せてくれよ」

「コラ! アナタ、迷惑でしょう!」


 にししと笑うイオさんにお強請ねだりされて、しかしかさずアヤカさんが「めっ!」て怒る。この人、母親力強いなぁ。


「良いじゃねぇかよ! 暇な時だってば!」

「ラディア君が暇してる時は、沢山稼いだ後の休息なのよ! 休ませてあげなさいな!」

「あはは、まぁ暇な時なら大丈夫ですよ。僕、これでも結構稼いでるので、時間的な余裕は有りますから」

「ほーら見ろ。いやぁ、やっぱ稼いでる男は余裕が違ぇよなぁ!」


 アヤカさんが「もう!」と怒る中、イオさんは気にせずガハハと笑う。多分、シュナ君はイオさん似なんだな。

 別に、またシャムにご招待するくらいは構わない。そしてシリアスにお料理を教えてあげて欲しい。うん、つまりアヤカさんがメインで、イオさんはオマケである。


「…………はぁ、照り焼き美味しい」

「そんなに気に入ったかしら?」

「はい。もう、美味しくて美味しくて……」


 お呼ばれした夕食は大満足だった。

 ブリ照りは三皿もお代りして、ライスは五杯も食べた。食べ過ぎだと怒られるなら、シギルを払う用意がある。他の子供達が食べる分が無くなると言うなら、今すぐ僕のお金でデリバリーを頼む準備が有る。

 良いじゃん。君達いつも食べれるんでしょ? 今日は譲ってよ。


「あ、そうだ。ムク君、はいコレ」

「…………? どうしたのおにーちゃ--……」


 食後の一服中、僕はそろそろ帰ろうかなって時に一つ思い出して、キャスターの一階でムク君に内緒で買って置いた物を手渡した。

 それは二枚のカード。黄色いカードと、青いカードだ。


「ね、ねねねねね、ねんぱすっ!?」

「そ、年パス。黄色い方はフィッシャーマーズの年パスで、五人まで使えるファミリーカード。青い方は提携してるレジャー施設全部で使える一人用。天然物を釣る為の都市外施設も使えるよ」


 僕はシュナ君達を見て、「これならズルくないでしょ?」と言った。天然物は釣るのが難しいそうだから、スーテム家ではムク君くらいしか必要無いだろう。ならフィッシャーマーズに行き放題な年パスをプレゼントして置けば、不満も減ると思ったのだ。


「しゅげぇぇええええ! フィッシャーマーズいきほうだい!?」

「イオさんかアヤカさんの付き添いが必須だけどね」

「…………流石に、貰うには高価過ぎる気がするのだけど」

「いえ、ブリの照り焼きが美味しかったので、そのお礼です。また食べさせて下さい」

「ふふ、うん。じゃぁそう言う事にしておくわね? 何時でもいらっしゃいな」


 先に用意して置いてブリ照りのお礼は無理があるけど、アヤカさんは素直に受け取ってくれた。

 でも、流石にもう沢山貰ってるムク君は納得しなかった。


「お、おにーちゃん、あの、ぼく…………」

「ムク君。勘違いしてかないか? それは君へのプレゼントじゃないよ?」

「あ、え? あぇ!?」

「それはね、ムク君が今より沢山釣りをして、もっと凄い釣り人に成ったら、またムク君に釣りを教わろうとしてる僕の為の年パスだよ? だから、それを受け取ったらムク君は、強制的に沢山釣りをして、もっと凄い釣り人に成らないとダメなんだよ。どうだい、迷惑な話だろ? 年パス使い放題くらいの得が無いとやってられないだろ?」


 僕はウィンクして見せると、ムク君は意味を理解したのか感極まって涙目に、そして何故か関係無い隣に居たメカちゃんが「きゃぅ……」って言って崩れ落ちた。

 め、メカちゃん? 大丈夫? どしたの?


「さて、そろそろ帰りますね」

「あら、もっとゆっくりして良いのよ?」

「そうしたいんですけどね。ネマが拗ねるので」

「あらあら、そうね。ネマちゃんからラディア君を借りっぱなしは悪いわね」


 それから挨拶をして、帰り際。ムク君がとてててーと走って来て、僕に抱き着いた。なんだい、どうしたんだいムク君。随分可愛い事をするじゃないか。


「お、おにーちゃん、またきてね……?」


 はい可愛い。やっぱりこの子ポロンちゃん枠だよ。

 僕はムク君の頭をクシャクシャ撫でて、「約束するよ」と言って離れた。

 スーテムさん家を後にして、タワマンを降りる。このタワマン、駐機場が併設されて無かったので、少し離れた所にある駐機場にシリアスが居る。路駐しっぱなしは罰金を食らうのでそうなった。

 タワマンから歩いて駐機場に行くと、シリアスが既にコックピットを開いて待ってた。「ただいま」と言いながら乗り込むと、ホログラムのメイドシリアスが『おかえり』と出迎えてくれる。幸せだ。


「ネマは?」

『既に契約駐機場まで帰投済み。ラディアの帰りを良い子に待ってる』

「あのデコスケ野郎が良い子で待ってる……?」


 嘘だろう? 絶対、帰って来た僕に対して「…………ぉか」って言う事請け合いなデコスケ野郎だよ? せめて〝えり〟を付けろよデコスケ野郎。

 まったく。今日は可愛い可愛い弟分に投資したから、その分手を掛けてる妹分からも投資の結果を回収したい物ですなぁ。

 いや、実際にネマのお陰で稼ぎは増えてるから、回収出来てるとも言えるんだけどさ。

 そして帰宅。


「………………ふふ、ふ。おか」

「〝えり〟を付けろよデコスケ野郎って予想通りだなデコスケ野郎」

「みゅっ、ふふ、えへっ……♪︎ でこすけ、にかぃ、えへへっ」


 なん、だと? デコスケ野郎率を上げると喜び率も上がるシステムだったの? 二回呼んだら倍喜ぶってマジでなんなんだ。


「それ、より…………。これ、みろ」

「せめて〝見て〟と言えよデコスケ野郎。もう一日離れてただけでメチャクチャお前デコスケ野郎じゃん。で、なに?」


 コイツ、テンションが上がり過ぎると命令形出やがる。本能的に僕を下に置いてやがるな?

 まぁ良いや。僕はネマが自信満々に見せて来る端末を見る。

 そこにはネマの傭兵ライセンスと、機兵乗りライダーライセンスが表示されていた。

 しかし、片方は何時もと違う。何時もならそこには輸送機免許ポートライセンスが表示されてるはずなのに、今日は何故か、戦闘機免許バトルライセンスが表示されてた。


「……………………は? え、取ったの?」

「…………にひっ、がんば、た」


 マジか。…………え、マジか? マジだ。マジなのか? マジっぽいな。

 うん、凄いじゃん。


「やったじゃんネマ! デコスケ野郎は撤回するよ!」

「…………え、やだ。ねま、でこすけ、……だも、ん」

「あ、分かったじゃぁ今日のネマは五倍デコスケ野郎だ。うん、ネマはデコスケ野郎だなぁ〜」

「……えへ、えへへへっ」


 にまぁって幸せそうな笑うネマの頭をクシャクシャする。マジか、戦闘機免許取っちゃったか。凄いじゃん。やるじゃん。

 そう言えば、戦闘機免許取ったら一○○万シギルあげるとか言ってたな?


「ああ、賞金あげる約束だよね。すぐ振り込むよ」

「…………あ、まっ、て? ……えと、それ、より」

「ん? 一○○万要らないの?」

「……ゆ。いら、ない。から、えと、…………おにぃ、ちゃ、って、よび、たい」


 正直に言おう。ちょっとキュンとした。

 ちくしょう、突然デコスケ野郎から妹力増し増しに成るのズルい!


「馬鹿だな。そのくらい好きに呼びなよ。一○○万不意にする程の事じゃ無いだろまったく」

「…………ぇと、ちが、くて。…………ねま、ちゃんと、らでぃあの、いもーと、…………なりたぃ」


 顔を真っ赤にして俯く珍しいネマが見れて、再び僕はキュンとした。

 クソっ! 今日のネマは卑怯だ! こんなん可愛いに決まってるじゃんッ!?


『補足。ネマは戸籍的な話しでも正式に、ラディアの妹に成る事を望んでる』

「別に良いよ! それくらい! 明日手続きに行くぞデコスケ野郎!」

「………………えへ、えへへぇ♡」


 取り敢えず、今日のハイライトはデコスケ野郎の可愛さに全部持ってかれた。


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