第52話 フィッシング。



「アヤカ・スーテムさんの代理で来ました、傭兵団砂蟲団長のラディアです。外部参加の子供ですが、一応保護者の代わりも務めさせて頂きます。どうぞ皆様、宜しくお願い致します」


 燦々と照り付ける日差しの中で、平気で帽子を脱げる事を新鮮に思いながら、僕は脱いだ帽子を胸に当てる形で、傭兵式敬礼の亜種で持って挨拶をする。

 場所は遊び会の予定地、その一次集合場所。…………と言う名の現地だ。時刻は十二時二○分。予定時間の一○分前である。


「よ、傭兵さん……?」

「子供では?」

「いや、でも、バイオマシンで来たぞ?」


 集合場所に選ばれた会場は、釣りが楽しめる施設の内の一つとして知られるビルであり、魚の養殖を主とする企業が経営してるアミューズメントビルの入場口前。

 ビルの一階ゲートを正面として右に駐機場、左に駐車場を備える此処は、ビークルロードとマシンロードが干渉しないまま上手く敷地内にアクセスしてる。

 僕は当然右側の駐機場にシリアスで入って駐機、そのままキャノピーとハッチを開放してメカちゃんとムク君を連れ出た。

 施設入口前の広場でその一部始終を見ていた子供が、メカちゃんやムク君の事を知ってる子達が騒ぎ出し、釣られて親達も僕らを認識したので、寄って挨拶した。

 子供の数はパッと見で数え切れないが、親の数は二○人程か。

 どうやら、これでフルメンバーっぽい様子。主婦会って言うのが一つのスクールでも複数有るのかな? それとも、欠席等が多くてこの人数なのだろうか?

 僕には分からないけど、とにかくこの人達が、僕が合流するべき相手なのだろう。


「えーと、スーテムさんとこの代理さん?」

「はい。ラディアです。アヤカさんからは幹事さんへ、余った一枚分のチケットコードが返却されてるかと思いますが、参加者三名の内一人が僕と言う形に成ります」

「スーテムさん本人はどうしたのかな? 何かトラブル?」

「いえ、旦那様が職場からまた別のイベントチケットを貰って来てしまった様でして、要するに予定がブッキングしたのですね。それで、本当は旦那様が今日の遊び会へ付き添いする予定だったのですが、上のお子様二人を連れて其方のイベントに行ってしまわれました。そして、旦那様が付き添う予定に合わせて、アヤカさんも予定を入れてしまってたので、手が足りなくなってしまったんですね。それで、ちょっとした縁で僕が呼ばれた次第です」

「その、傭兵さん、なんだよね? 保護者代わりって言うのもアレだし、その、証明は可能かな?」

「此方が僕のライセンスに成ります」


 二○程居る大人の内の、幹事っぽい男性が出て来て対応してくれた。

 その男性の後ろに子どもが三人着いて来て、もう見るからに「話しが聞きたい!」ってお顔である。

 そんな様子を他所よそに、僕は幹事さんに傭兵ライセンスを見せる。ランク二なので、登録だけしたなんちゃって傭兵では無い事が分かるだろう。しかも機兵乗りライダー登録だし。


「ほ、本物なのか…………」

「一応、アヤカさんからはお子様をお預かり出来るくらいに信用を頂いております」

「そう、みたいだね。うん、失礼した。私は今回の遊び会の幹事、フォルフォードだよ。宜しくね」


 ガッチリと握手をして、僕は正式に『参加する子供兼保護者』として遊び会に合流した。


「いや、しかし、立派なバイオマシンだね。私はバイオマシンに余り詳しくない質なんだけど、君の機体はなんて言う種類なんだい? 初めて見たよ」

「僕の愛機はデザートシザーリアと言います。ラビータ帝国ではガーランドの警戒領域でしか産出されない機体でして」

「なるほど、ガーランドか。最短の都市経由ルートだと、七日は掛かる場所だったかな? ふむ、このご時世に七日の距離は遠いな。この辺で見ない訳だ」


 僕が親との話しを続けると分かったお子様達が、標的をメカちゃん達に変えて突撃した。同じくコックピットに乗っていたのだから、色々と聞ける事は有るだろう。

 そうして一○分経ち、予定時間になる。

 好奇心に目を光らせるお子様に囲まれたメカちゃん達に声を掛ける。


「ほら、時間だよメカちゃん。ムク君も」

「はーい!」

「たのしみぃ〜」


 うん、僕も楽しみだ。なにせ皆と違って僕は人生初めての釣りだ。ワクワクしてくる。

 突然の参加である僕はぶっちゃけ、右も左も分からない訳だが、それを言うとメカちゃんもムク君も「おしえてあげる!」と力いっぱいだ。

 それに周りに居るお子様ズも話しを聞いてて「え〜、知らないのかよダッセェなぁ〜」とか「ねぇねぇ、ようへいなのっ!?」って関係無い事とか、「わたしもおしえてあげゆっ!」とか舌足らずな台詞と共にしがみついて来る子とか、まぁ要するに群がられた。


「では、受け付けを済ませようか。皆、子供の事を良く見て進もう。迷子が居たらすぐに対応を!」


 フォルフォードさんから号令が掛かって、親達はそれぞれの子供の手を引いてビルに入って行く。

 僕もメカちゃんとムク君の手を取って、更に自分の親に着いて行かなかった子達とワラワラと着いて来て、僕達もアミューズメントビルに入場する。


「…………おぉ、なんか予想とちょっと違う」

「そうなのー?」

「うん。もっと何か有ると思ってた」


 僕らが今日遊ぶフィッシング専門アミューズメントビル、『スパーダフィッシャーマーズ』の一階は、なんと言うか、ただのゲートだった。

 こう、端末からチケットのコードを読み取ったらフラップゲートを通すだけ、みたいな空間に成ってる。ただそれだけで、他に何も無い。

 いや、案内板とエレベーターゲートは有るので、何も無いは間違いだけど。でも『アミューズメントビル』なのだから、もっとこう、一階からガンガン楽しい雰囲気を提供されるかと思ってたので、拍子抜けした。


「あのね、ここはちがうのー」

「まずはね、ちかにいくんだよぉ」

「それでね、それでね、ちゅりざおえらぶのぉ〜」


 ゲートの読み取り機に端末を翳して、貰ったチケットコードによってフラップゲートを潜りながら、お子様達が教えてくれる情報を繋ぎ合わせる。

 ふむ、つまりは地下一階がアミューズメントビル、スパーダフィッシャーマーズのスタート地点であり、此処はまだスタートどころか入口ですら無いって事か。

 何回も此処を利用してるだろうパパ様達の後に着いて、僕も殺風景なゲートフロアの奥にあるエレベーターに乗る。

 子供に纏わり付かれて乗るエレベーターは少々暑苦しい。十歳の僕が言う事じゃ無いけど、子供は体温が高いのだ。服の素材がナノマテリアルクロスじゃ無かったら、少し汗ばんでいたと思う。

 エレベーターが到着した地下一階は、僕が一階で想像していた雰囲気が遅れてやって来たかの様で、とても楽しげな空間になってた。


「フィッシャーマーズへようこそ! こちらでタックルをお選び下さい!」


 所狭しと客と、スタッフと、釣りに使う道具? が入り乱れて騒がしい。

 僕はやっぱりチンプンカンプンで、申し訳ないけど子供達が好き好きに喋るサラウンドアナウンスじゃ要領を得ない。

 なので僕は取り敢えず、その辺に居た遊び会参加者で暇そうにしてるお父様へ声を掛ける。


「ん? ああ、まずは此処でタックル……、つまり道具を選ぶんだよ。そして地下一階からまたエレベーターに乗って、望むポイントフロアに上がるのさ」


 聞くと、此処で釣竿ロッド巻機リール疑似餌ルアー、その他諸々を選んでレンタル、装備したら準備完了。

 このアミューズメントビルは最初の一階、つまりゲートフロアより上が全て、様々なフィッシングポイントを再現されたエリアと成ってて、エレベーターで好きなポイントを選んで向かうらしい。

 海から川から湖まで、本当に様々なポイントと魚が用意されて居るそうだ。


「なるほど、有難う御座います」

「いや、良いよ。僕は釣りが好きでね? 君も釣り好きになってくれたら、釣り人としては嬉しいからさ」


 ちなみに、この人が暇そうにしてるのは、自分の道具を持って来てるから此処でレンタルする必要が無いのだそうだ。

 せっかくだから、僕は道具の選定もこの人に手伝って貰う事にした。なにせ砂漠の孤児なので、釣り道具の善し悪しとか全く分からない。


「ふむ? なら、そうだね。コレで良いんじゃないかな。シーロッドLLA320ミドルライト。海用だけど、基本的に万能なんだ。これ一本持っておけば大体何でも釣れるよ。川でも湖でも使えちゃう」


 オススメされたのは、まず釣竿。…………釣竿だよね?

 自信は無いけど釣竿のはずだ。歪な銃にしか見えないけど、釣りが好きな人に釣竿って紹介されたんだし。

 なんだろうね、これ。トリガーとフィンガーガードが着いた棒?


「ああ、変な形の銃にでも見える? うん、分かる分かる。僕も最初はそう思ったよ。これね、小型の専用レプリケーターとマテリアライザーが内蔵されててね? 起動するとレプリケーターが作動してロッドに成って、終わったらマテリアライザーが余分な素材をマテリアルに戻すから短くなるんだよ。トリガーはリールブレーキでね、ルアーを投げる時にこのトリガーを引くんだ」


 色々教えてくれる。僕に教えたそうにしてたお子様達は不満そうだけど、許しておくれ。初めてのフィッシングで失敗したくないんだ。

 このロッドは、要するにスイッチを入れると『ニュインッ!』て伸びて、スイッチを切ると縮むんだな。それだけ分かれば良いや。

 現代人は取り敢えず「レプリケート技術ってすげぇ」って言っとけば良いのだ。

 で、また選んで貰ったリールを付けて、ロッドにガシャッとハメ込む。ルアーを投げる時にこのトリガーを引くと、『カチンッ』て音がして何かのロックが外れて、そのトリガーを引いたまま振りかぶり、投げる瞬間にトリガーを放すとルアーが飛んで行き、リールから糸が放出されるそうだ。

 その後、着水したらリールのハンドルを巻き始めるとまた『カチンッ』て音がして、何かをロックして糸を巻ける様にするんだとか。


「投げ方とかも色々あるけど、まずは普通に楽しんでみて。僕のオススメは六階の海釣りエリアだね。手頃な対象魚が多くて楽しいよ」


 なんやかんやで僕の装備を全部選んでくれた。有難い。今日だけでも師匠と呼ぼうかな。

 この遊び会は定期的に催されてるらしく、かなり緩い進行をするらしい。

 と言うのも、まずメインは子供達なので、子供達が一緒に遊びたい友達と固まって、好きな階層に行って釣りをする。親はその後ろに着いて行って交流するのだ。

 ガチ初心者の僕に教えてドヤ顔マウントが取れないと理解した子供達は、もう大半が散って好き好きに徒党を組み始めてる。

 メカちゃんとムク君も自分の装備は自分で選んだらしく、それを手伝えない保護者枠でごめんねって思う。


「メカちゃん、ムク君、誰か一緒に遊びたい人居ないの?」

「おにーちゃん」

「おにいさん、かなぁ?」


 おぉ、せやった。僕は子供枠の参加者でもあった。

 取り敢えず、六階がオススメらしいので、メカちゃん達が誰かと組まないなら、僕らはスーテム家一組だけで遊ぶ事になる。

 しかし、そんな事には成らなかった。


「めかちゃーん!」

「あ、きりちゃん!」

「あーそーぼー!」


 何やら、女の子二人組がメカちゃんに突撃して来た。そしてその引率もお母様であり、突然女性率が爆上がりした。ふむ、ムク君? ちょっと近くに居ようぜ。男は男で固まろうよ。

 だけどそれも叶わなかった。女児二名のマッマに捕まる。


「あらあら、娘達が御免なさいね? ご一緒しても宜しいかしら?」

「勿論ですよ。僕こそ異物が紛れ込んだ様で、申し訳無く思ってます」


 マッマさんに対して帽子を取りながらペコリ。するとメカちゃんに絡んでた子達が何やら僕を見てきゃーきゃーしてる。どしたの?


「あらぁ、お行儀の良い子ね? メカちゃんの彼氏さん?」

「あはは、一昨日に知り合ったばかりですよ。それに僕は将来を約束してる相手が居るので」

「あら、そうなの? フリーならウチの娘の彼氏さんにでもどうかなって思ったのに」


 バイオマシン持ってるからかな。バイオマシンってだけで市民からすると一財産だもんね。玉の輿確定的な?

 でも残念。僕が御輿みこしぎょくを飾ろうと想える相手は、この世でシリアスだけなんだよ。

 …………って言うかさ、シリアス自身が御輿じゃない? 乗り物だし? お金掛けまくったし? 僕ってぎょくだらけの御輿に跨ってる玉の輿野郎じゃない?

 凄いなぁシリアスは。存在が既に『玉の輿』その物なのか。


「光栄では有りますけどね。僕なんてただ、ちょっと万単位でシギルを稼いでるだけですよ」

「それが凄く素敵なんじゃない?」

「どれだけシギルを積んでも、僕の想う相手の素敵さには適わないので」


 ササッと躱して、さっさと釣りに行こう。僕も地味に楽しみにしてるんだよ。

 あ、気が付いたら師匠がもう居ない。…………むぅ、連絡先聞いとけば良かったかな。本当に右も左も分からないし。


「じゃぁ、六階で良いですか? 僕が初心者なので、そこが良いって経験者の方に教わりまして」

「あら、良いんじゃない? 釣った魚は捌いてパックにして貰えるからね」


 マジかよ。メチャクチャ釣ってお土産にせねば。

 ああ、ちゃんと食品保存用の装置を買えばガーランドにも持って行けるだろうし、おじさんのお土産にするのも良いかな。

 色々と思い馳せながら、ムク君の手を引いてエレベーターへ。上に行く為のエレベーターは一階から降りた物とは別で、ゲートフロアには止まらない仕様らしい。これで六階に。


「…………おにーちゃん、ありがと」

「いや、うん。女の子の中に一人取り残されるのは辛いからね」


 ムク君が遠い目で僕にお礼を言った。五歳がして良い顔じゃないぞコレ、いったい何があったんだ…………。

 聞くのも憚られるので、とにかく上へ。…………上に参りマース☆


「おお、凄い!」


 そして辿り着いたのは、海だった。

 いや、マトモな海を見た事ないのに、僕が「海だった」って感想を持つのはオカシイか。フィッシャーマーズ六階のフロアは、『イメージの中の海』その物だった。

 建物内だと忘れそうな程に広大で、空と海で空間が青に染まってる。

 エレベーターは砂浜エリアに到着して、僕らはそこから箱庭の景色を眺めてる。


「向こうに行けば、堤防が有るのか」


 砂浜で釣りをしてる人も沢山居るけど、砂浜を超えて奥の堤防で釣りをしてる人も居る。更に、ボートなんかも出てるので、割と何でもアリに見えてしまう。


「そうよ。このエリアは、ライトゲームなら大体出来ちゃう場所なのよ」


 僕にはそのライトゲームとやらが何を指すのか分からないけど、初心者にも入り易い何かなのは理解出来た。

 師匠が居ないので詳しく最適な選択は出来ないけど、僕にはこの場にある程度慣れてるちびっ子が居る。


「ムク君、教えてくれる?」

「うんっ! いーよっ♪︎」


 ニッコニコしてるムク君にまず、スタイルを選ぼうと教えられる。

 スタイルとは要するに釣りの方法を指す言葉で、基本的には餌釣りダイレクト疑似餌釣りテクニカルの二つが有って、初心者にオススメなのはダイレクトだそうだ。

 今時の釣りなんてダイレクトもテクニカルもどっちだって疑似餌を使うそうなんだけど、内容を理解したら呼び方に違和感が無くなるから大丈夫と言われる。

 ふむ、ダイレクトはあれか、ホログラムや疑似臭気装置を使った餌を利用して魚を釣って、テクニカルは生物に似た疑似餌を操って、生きた小魚なんかを自分の技術で再現して魚に食わせる釣りなのだと。

 だから餌を使ってダイレクトに釣りをするか、疑似餌をテクニカルに操作して魚を魅了して釣るか、そんな分類になってるんだね。


「おすすめはね、これ! ホロコマセ! ホログラムがね、お水の中でおさかなのごはんを、きらきらみせてたべさせるの!」

「…………あー、うん。ネット検索も合わせて理解した。ふむ、コマセ釣りね」


 他にも、ホロサビキ釣りとか、ホロカゴ釣りとか、ホログラムを利用したダイレクトスタイルが結構有る。勿論ホログラムを使わないダイレクトスタイルも有るけど、多分師匠も僕にコレを勧めてるんだろう。持たされた品々にちゃんとホロコマセ用のアイテムが揃ってた。


「コレで何が釣れるのかな」

「いろいろー! えっとね、ここだと、あじ、かな?」

「…………アジ。ふむ、美味しいのかな」

「おいしいよ! フライにするとね、ぼくすき!」


 なるほど。ならば釣らねば。

 僕はムク君に手伝って貰いながら、ホロコマセのセッティングをする。

 ロッドを起動して、伸ばした竿先から更に伸ばした糸を引っ張って、用意されてる仕掛けリグのセットを結ぶ。しかしムク君からダメ出しが入って、やって貰う。


「あのね、つりのときはね、こうむすぶんだよ……」

「え、なにそれ無駄に複雑……」

「のっと、っていうの」


 普通に固結びしたら違うよって言われて、じゃぁお願いって頼んだら慣れた手付きでシュルシュルと結んで行くムク君。その結び目は、なんか、こう、綺麗だった。

 ムク君凄いな。コレなら別に、師匠に聞かなくてもムク先生に聞けば良かったかも知れない。


「ムク君は釣り好きなの?」

「うん! えっとね、がんばると、ごはんがおいしくなるのー!」


 なるほど。釣った魚をパックしてくれるって言うし、自分で頑張ったら頑張った分だけ、頑張って釣った魚が夕食のテーブルに並ぶ。そう考えると子供のモチベは爆上がりするだろうと思う。

 楽しいし、自分の遂げた何かが成果として夕食で見れる。それは明らかな達成感で、尚且つ美味しいと来た。頑張らない理由が無いし、好きに成らない訳が無い。

 僕は小さな釣りの達人ムク先生にセットして貰った釣竿を担いで、早速砂浜に突撃しようとした。


「あ、おにーちゃんまって。コマセは、すなはまより、てーぼーのほうがいいよ? ふねのほうがもっといいけど」

「あれ、そうなの? じゃぁ船にする? あれって何処で借りれる?」

「えーとね、ふねはね、しぎるかかるの」


 むむ? 船は別料金なの?

 ふふふふっ、僕に任せ給えよ少年。

 急に僕の得意分野が来たお陰で強気になった。このフロアの誰よりも僕は『シギルを払う』のが得意だと思うよ。

 教えて貰うと、端末で申請すると船を出して貰えるらしい。一時間で五○シギルのレンタル料なので、市民的には結構高い。


「えと、……おふね、たかいよ?」

「ムク君、忘れたの? 僕ってシギルを沢山持ってる傭兵なんだよ?」


 速攻で船を召喚し、砂浜に現れた船に乗り込む。借りたのは中型のパワーボート。

 当然メカちゃんも誘い、するとメカちゃんとキャピキャピしてた女の子二人も着いて来て、必然的にマッマさんも来た。

 船の操舵は端末で設定したら自動でやってくれる。有難い。

 オススメの船舶ルートを軽く流して貰う設定をしたら、早速出発だ。


「お邪魔して御免なさいね?」

「いえ、浜も堤防も人が多いですし、初心者的にはゆっくり伸び伸び遊べる方が良いので」


 そしてやっと、釣りである。ムク君が「じっちょー!」って言ってコマセを投げてた。どうやら『実釣』って意味らしい。

 僕はバラバラびろびろとくっ付いてるはりと、重り付きのホロコマセ、スカスカしてある程度フリーになってる浮きを「こんな風になってるのか」って見た後に、教えて貰った通りに投げる。

 ロッドを手に持って、トリガーを握り込む。するとリールの中で『カチンッ』て音がして、僕はトリガーに握ったまま振り被り、投げる時にトリガーを放す。

 ぴゅるるるるる…………、ボチャン。


「わぁ、おにーちゃんすごい! とおくにとんだ!」

「ああ、忘れてた。この服って傭兵用のパワーアシスト付いてるんだった」

「…………しゅごーい」


 色々と惜しみ無く教えてくれるし、素直だし、ムク君マジで良い子だね。持って帰りたい。

 ふむ、傭兵団砂蟲のフィッシングアドバイザーとして雇えないかな。あと癒し枠のマスコットで。月に一万シギルでどうでしょう? 偶にはサーベイルまで帰って来るから、その時は里帰り休暇も認めるよ。

 そんな益体も無い事をふわふわ考えてると、手元にコツコツとした感触が走る。そして次に『ブルルルン! バルンッ!?』みたいな感触に変わる。


「き、来たのかなコレ!? なにこれ、こんな感触なのッ!?」

「おにーちゃん、がんばって!」


 慌ててリールを巻く。ムク君から「あ、あわせないと!」って言われたけど何の事か分からない。

 聞くと、釣れたらロッドを程良い力で跳ね上げて、はりをシッカリ魚へブッ刺す工程が重要なんだとか。コマセ釣りだとそうでも無いけど、他の釣りでやらかすとこの時点で魚を逃がすから気を付けろと言われる。

 それ先に言っといて!?

 遅ればせながら『合わせフッキング』とやらを行い、でもやっぱり初めての事でテンパりながらリールを巻く。


 そして。


「つ、釣れたぁぁぁあッッ!」

「おにーちゃん、おめでとー!」


 そしてビッチビチと跳ねる魚にはしゃぐ僕。それを尻目に僕が釣った魚を素早く鈎から外してパワーボートの生簀にボチャッと放り込むムク君。

 もう動きがプロじゃん君。


「おにいさん、つれたのー?」

「わぁすごい! かっこいい!」

「しゅてきぃー!」

「いや、魚釣っただけで素敵とか有る? って言うか多分、君達の方が上手いよね?」


 女の子から明らか『よいしょ』を食らって苦笑いが出る。

 ああ、しかし、これが釣りか。僕、今、確かに生きた食材を捕まえたんだよね。


「うわっ、めっちゃ楽しい…………!」


 ハマる。

 それからも思いっ切り釣りをした。

 ムク先生が凄い頼りに成るので、色々と聞きながら僕は釣りを楽しんだ。ちなみに釣れたのはアジだった。


「あぁ、ムク君がまた釣れてる…………!? この差は何!?」

「えへへ……、ぼく、ちょっとだけ、とくいなの」

「この主張し過ぎない玄人感よ……!」

「えと、ムクは、ウチでもいちばんじょーずですよ」

「将来は天然物を釣って生計を立てる釣り師に成るのでは?」

「あ! それ、ぼくのゆめなの!」


 マジかよ投資したい。たっかい釣具とか買って上げたくなっちゃう。

 僕も慣れて来て、一度に沢山のアジが釣れ始めてる。けど、ムク君が凄い。ぶっちゃけ一回で何尾釣れるのかは運だと思うのに、ムク君は毎回、リグの鈎全てに魚が掛かってる。もう何尾釣った?


「きゃぁー♡ つれたのぉ〜♡」

「おさかなぴちぴちこわーい☆」

「見事な三味線。チラチラ見て来よる。でもごめんね、僕よりムク君の方が鈎外すの上手いんだ……」


 なんか女の子二人が僕に何かをアピールしてるけど、今の僕はムク君のカッコ良さしか見えて無い。僕の釣った魚の鈎を外すお仕事まで熟しつつ、この船の誰よりも釣ってる。マジでカッコイイ。こんな五歳児居るのかよ。

 僕もムク君に教わって、魚の外し方も覚える。このいぶし銀な仕事をする『漢』を邪魔しちゃいけないと思ったから。

 それから投げて、釣って、外して投げて。めっちゃ楽しい時間が過ぎる。


「えへぇ、きょうはねー、おかーさんが、アジフライつくってくれるんだー」

「マジかよ美味しそう。自分で釣った魚ってだけで三倍美味しそう」


 初めての釣りはとても楽しかった。取り敢えずマイ釣り道具を一式購入しようと決めるくらいには楽しかった。その時はムク君も呼んで、道具選びは手伝って貰おう。


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