第48話 憧れの職業。



 僕を心配してくれた女の子には、安心させる為に端末を見せた。

 ホログラムに堂々と浮かび上がる、傭兵ランク二を示すライセンス。それも、機兵乗りライダーカテゴリーのライセンスだ。


「僕はね、鉄クズ拾いの時に、運命の出会いがあったんだ」


 それからシリアスとの出会いを語り、僕がどれだけ幸せになったかを語り、サーベイルに来た過程も語った。

 流石に子供たちの性癖を歪める気は無いから、僕のシリアススキーな所は伏せつつ、それと依頼内容を語るのも傭兵として問題なので、ロコロックルさんから受けた依頼もさわりだけ。

 しかし、女の子を始め子供達四人には大興奮の冒険物語であったらしく、大好評を頂いた。


「しゅげぇぇぇえ! おにーちゃん、よーへいなのっ!?」

「かっこいい!」


 ガーランドだとそうでも無いけど、サーベイルではアリーナがある関係で、傭兵は子供達の憧れる職業の一つらしい。正確に言うと傭兵って言うか剣闘士だけど。

 それで、僕が自分のバイオマシンを持って居て、なおかつサーベイルに来るまで数多の盗賊を薙ぎ払って来た腕の持ち主だと知ると、男の子二人はうきゃぁぁーっと騒ぐ大興奮。静まり給え……。

 女の子二人もキラキラした目で僕とネマを見て、何故かお父様も興奮してた。


「なぁなぁ!? バイオマシンはのってきてないの!?」

「うん? シャムとシリアスなら駐機場に居るよ?」

「しゅげぇぇええ!」


 もはや何を言っても「しゅげぇぇええ!」が貰える。

 子供とは、歳の近しい相手には加速度的にグイグイ行ける特殊能力を待っているので、段々と遠慮が無くなって行く生物である。

 だって最初は「ねぇねぇ」だったのに、今は「なぁなぁ」って呼ばれるもん。


「バイオマシンみたい! のりたい!」

「あ、コラ! 良い加減にしなさい! 迷惑でしょ!」


 流石にお母様からストップが入るけど、加速した子供のグイグイ力とは留まる所を知らないのだ。

 その間も僕とネマはオスシをパクパクしてる。そして偶にコッチのボックス席に遊びに来てる子にもパクッと食べさせてる。お父様が羨ましそうだ。

 今更だけど、なんでこのお店、回転寿司ズシって言うんだろうね? 言うほど回転って感じじゃないし、どっちかって言うと『ベルトズシ』か『列車ズシ』の方が合ってない?


「えぇ〜! おれ、バイオマシンみたいよぉ〜!」

「ぼくもぉ〜!」

「もう! オスシまで食べさせて貰ったでしょ! それで迷惑まで掛けたら、あんた達はタダの嫌な子よっ? 憧れの機兵乗りライダーから嫌な子だって覚えられて、良いのかしらっ?」

「…………えっ、やだ、どうしようっ 」


 素直か。ピュアか。

 そんな音速で嫌ったりしないし、むしろ平和に育った六歳から八歳くらいって、こんな感じなのかと和んでるよ。

 六歳とか七歳って、僕何してたかな。その頃にはもう鉄クズ拾ってたってけ? それとも別のシノギ探してた?


「皆さんは今日、ビークルでお越しですか?」


 流石にもう、親御さんをスルーして交流するのはアレだと思って声を掛けた。せっかくだし、シャムで送って行きませう?


「あ、いえ。家とこのビルの位置関係的に、ビークルで来るより都市巡回バスビークルで来た方が早いんですよ」

「そうなんですか? でしたら、ご迷惑で無いならウチのシャムでお家までお送りしましょうか? ハーフホームのガレージダングなんですけど、特注した機体なので広いですし、居住区画に皆様全員乗せられますよ」


 僕が提案すると、子供達は大興奮。しかし騒ぎ過ぎるとお店に迷惑なので、「大声出す子は乗せないよ」と言うと、一気にシーンとする。

 現金か。

 しかも黙りこくる中にはお父様も居る。もしかしてお父様もバイオマシン好き好きの民か?


「よ、よろしいのですか?」

「はい、大丈夫ですよ。勿論、マシンロードで行ける所までしかお送り出来ませんが」

「ご迷惑では有りませんか?」

「いえいえ。僕らは輸送任務でこの都市に来て、着いたらすぐ仮眠を取り、起きたのがついさっきなんですよ。だから、時間的にも寝るには少し早いですし、どっちにしろ都市は見て回りたかったですし、そのついでに皆様をお宅に送るくらいなら、此方こちらには負担なんか有りませんよ」


 傭兵用の一般的なお眠りドラッグには、睡眠補助剤と睡眠調整剤と呼ばれる物があって、補助剤は先程寝るのに使った奴だが、調整剤の方は簡単に言うと『目覚ましアラーム入り』のお薬である。

 コレを服用して寝ると、その薬の効能に合わせた時間にスッキリはっきりバッチリ目覚められる仕組みに成ってる。

 そして補助剤と同じ様に睡眠導入効果もあるので、昼夜逆転を治すのに手っ取り早いのだ。補助剤と合わせたて使うと昼夜逆転は一撃で直せる。

 それを使って今日は深夜過ぎくらいに寝るつもりだったから、まだ時間的に余裕があるのだ。

 来たばかりで都市も全然見て回れてないから、例え夜でも知らない場所を見れるなら好都合なのも、嘘じゃない。

 と言うか、此処まで子供達を焚き付けて置いて、尻拭いもしないのは不義理かなって思うのだ。


「でしたら、その、お言葉に甘えて、お願い出来ますか? この子達ったら、特に息子二人の方はもう、大のバイオマシン好きでして…………」

「勿論ですよ。でも、二つだけ注意をお願いしても良いですか?」


 僕はシャム、大型の特注ダングを操縦するのはネマである事を伝えた。そしてコックピットも見学は自由だけど、間違っても操縦中のネマにちょっかいを出さない事をお願いする。


「操縦は僕から見ても上手い子なので安心して下さい。でも、見ての通りの年齢なので、話し掛けられたりして意識が持って行かれたら危ないかも知れません。操縦と会話を同時に熟すって、結構難しいですからね」

「分かりました。キツく言い聞かせて置きますね」

「あともう一つ、シャムの中に格納されてる戦闘機のコックピット見学は諦めて下さい。親御様だけなら良いですけど、お子様が操縦系に触れて事故でも起こすと大変なので」

「そ、それも勿論です! もう、間近で見るだけで充分です……!」


 まぁ、方便だ。シリアスが操作を受け付けなければ事故なんて起きない。

 正しい心情としては、シリアスのコックピットに子供を乗せて、メインシートに座りたいと騒がれたら流石に鬱陶しいからだ。煩わしく成ってしまう。今のところは微笑ましくて和むって思えるからお節介してるのだ。それが放り出したく成るウザさに成ったら困る。

 シリアスはメインシートに僕以外乗せたくないし、僕もシリアスのメインシートは僕だけの物だと思ってる。相手が子供だとして、例外には成らない。

 でも態々全部説明するのもアレだ。僕は基本的に嘘を吐かないけど、このくらいの方便は許して欲しい。


「では、お腹も結構膨れましたし、もう行きますか? それともまだ食べます?」


 黙々と食べ続けて居たネマは、現在はもう「…………けぷ」って感じになってる。幸せそうだ。お腹すりすりしていらっしゃる。

 僕もマグロ系のネタは制覇して、その他にも気になるネタは食い切った。腹八分目以上は確保してる。ふむ、ホタテのほろほろモニュッと感は好きだったな。

 今更だけど、今回食べた養殖物を天然物と比べての評価は、まぁ確かに天然物の勝ちだ。どちらが美味しかったかと記憶を漁れば、僕は養殖物より天然物を支持する。

 けど、その勝敗は大差を付けた圧勝かのかと言えば、それはノーである。

 養殖物だってめっちゃ美味しかったし、ぶっちゃけるとコストパフォーマンスだけを評価した場合は養殖物の圧勝だ。

 何方どちらが美味しかったかと聞かれれば天然物だ。しかしどのくらい差があったかを明確に提示出来る程の差だとは思えない。精々が五割増だったら御の字か。

 そんな差しか無い食べ物が、片や二万シギルから三○万シギル。片や一皿一シギルから五シギル。

 比べるべくも無い圧倒的なコスパだ。補給効率でフードメタルを選びがちなシリアスと同じ様に、満足度と料金の比率で評価するなら養殖物で充分だ。充分過ぎた。


「アナタ、どうする?」

「いや俺もすぐにバイオマシンに乗りた--……」

「もうッ! そうじゃないでしょ!」


 お母様に叩かれて「あいてっ」て成るお父様が、中々憎めない。お茶目で良いキャラだと思う。

 結局はお会計する事に成り、向こうのお会計は六人で八○シギル程。コッチは一三○シギルくらいだった。

 やっすッ……!? え、他都市なら『天然物』判定を受ける食材を食べてこの値段で良いの!?


「え、ヤバい。真剣にサーベイルに引っ越したく成って来た」

「それ、いい! おいでよぉー!」

「そしたらいっぱいあそぼっ!」

「楽しそうなんだけどね。でも、自分で言い出してアレだけど、砂漠にはお世話に成った人も居るから。皆も、サーベイルのお友達を置いて他の都市においでーって成ったら、困っちゃうよね?」

「…………おともだちと、おわかれしちゃうの?」

「それはヤダなぁ……」


 聞き分けの良い子達とそのご両親を連れて、お会計後に僕とネマはサッサと駐機場へ戻る。

 シャムを紹介すると子供達とお父様がキラッキラした目で「でかい!」とはしゃぎ、格納庫のガレージを見せると「ひろい!」と騒ぐ。

 そしてシリアスがオリジンだと紹介すれば、もう大騒ぎだった。

 今更なんだけど、一般人ってバイオマシンに触れる機会が思ったよりも無いそうだ。動いてる機体の傍は危ないので、何かと規制や制限が入って、此処まで近くでハッキリと、ゆっくりと見れる機会は貴重らしい。マシンロードを歩く機体を遠くから見るのが精々だと言う。

 なのに、そんなレア体験で見るのがオリジン。大興奮だ。


「おりじん! すごい!」

「しゅげぇぇぇぇええ!? ほんとにいるんだっ!?」

「国内に三期目のオリジンが居たのかッ!? これは凄いニュースなんじゃないのかッ!?」

『挨拶。良き夜に会えて光栄である。シリアスは小型中級局地作戦工作機、サソリ型バイオマシン・デザートシザーリア戦闘改修式オリジン。機体名シリアス。気軽にシリアスちゃんと呼ぶと良い』

「しゃべったぁぁぁぁぁあああッッ!?」

「しゅげぇぇええええええッ!?」

「オリジンって喋るのかぁッ……!?」

「あー、いえ。あれはシリアスの為に別途用意した情報端末を使って、シリアスが外部操作でテキスト入力、からのテキスト読み上げアプリケーションで出力した音声をコックピットの内部マイクで拾って、それを外部スピーカーに出力してるんです。元々会話機能を持ってる訳じゃないですよ」

「思ったよりローテクで周りくどかったッ!?」


 この御家族の子供達、見た感じ全員年子としごで、僕にアンダーベルトを教えてくれた五歳の子を末っ子として六歳の次女、僕が手を振って赤くなっちゃった子だね。その次に七歳の長男。ずっと「しゅげぇぇええええ!」しか言ってない子だ。最後に八歳の長女。「パパとおおちがい!」って言った後に僕の話しでしょんぼりした子だ。

 なんで態々紹介したかと言えば、僕のせいで長男君の死滅した語彙力が周囲に感染して、皆しゅげぇーって言い始めたのだ。御家族の語彙力が死なないか心配だ。

 ホントにあの子、八割方「しゅげぇぇええええ!」しか言わないからね。感染力が凄い。


「にいちゃん! あれ、のれるの!?」

「僕の最愛の相棒を『アレ』呼ばわりは止めてね。でも、うん。乗れるよ。サーベイルに来るまでずっと、シリアスに乗って戦って来たんだし」

「しゅげぇぇぇぇぇえええええッッ!」


 僕が苦笑しながら肯定すると、また「しゅげぇぇええええ!」が飛び出す。


『報告。今更だが、ラディアが寝てる間に機体のセルフメンテナンスは完全に終了してる。そして、就寝前に注文していた補給品がラディアとネマの休息中に届いたので、作業用ボットを使って積み込んでおいた』

「あ、そうなんだ。ありがとね」

『それと、ラディアが寝て居て暇だったシリアスは、ネットワークで面白い物を見付けたので購入した。現在は設定も終わり、ラディアとネマが食事をしている間に作業用ボットを使って居住区画へと搬入済み』

「ほぇ? 何買ったの?」

『それは居住区画へ行ってからのお楽しみである』


 心做しかワクワクした感じのシリアスを見てから、まだ大はしゃぎしてる御家族をシャムの居住区画へと案内する。

 すると、シリアスが購入した物についてはすぐ判明した。


『二○秒ぶりの再会。シリアスは小型中級局地作戦工作機。サソリ型バイオマシン・デザートシザーリア戦闘改修式オリジン擬人化ホログラム。キャラクター名シリアス。気軽にシリアスちゃんと呼ぶと良い』


 居住区画で待っていたのは、高密度ホログラム発生機を増設した多目的ボットの傍に佇む、擬人化したシリアスだった。

 銀髪銀眼のゴシックロリータなリアスバージョンは、ディアラちゃんのオペレーター用なのだろうか。居住区画に居るシリアスのホログラムは、金髪金眼にクラシカルなメイド服を着た女の子だった。

 髪型もストレートロングのリアス版と違い、ゆるふわウェーブしたセミロングの金髪がどちゃクソ可愛くて僕の股間に悪い。なんだあれ、超可愛いんだが? 殺す気か?


「しゅげぇぇええええッッ!?」

「きゃぁぁぁぁあかわいいいいいっ!」

『愉悦。シリアスはシリアスの擬人化データを可愛く制作出来た。ラディア、褒めるべき』

「そりゃもう幾重にも天へ感謝を捧げて五体投地の末にこの身この心の一片に至るまでをシリアスに贈るよ。要するに凄く可愛い」


 御家族達にドン引きされようとも本気で、この場で五体投地しても良い心地だ。なんだあれ、超可愛いんだが? 殺す気か? 殺す気過ぎるのか? 僕を何人殺す気だ?

 シリアスのペットみたいな感じになってる多目的ボット君がまた、シリアスの可愛さを引き立てて居る。ああ可愛い。

 多目的ボットはドラム型で、必要に応じてマニピュレータがガシャって飛び出て仕事をするタイプなんだろう。そして円柱型の頂点に、明らかにホログラムを生成してますって感じにピコピコしてる機材が増設されてる。

 その横で、年齢と等倍の大きさで佇むシリアスは、高精度なホログラムによって存在感がバッチリだ。本当に人がそこに一人居るとしか思えない程のクオリティになってる。

 これ、かなり高いホログラムマシンだな?

 僕らがコレをホログラムだと理解出来たのは、シリアスが態とホログラムの制度を数瞬だけ下げ、ちょっとした態とらしいノイズを生み出したからだ。

 そのノイズを見なかったら本当に女の子になったシリアスがそこに居るのかと思っちゃうわ。

 普通のホログラムは、端末とかに使われてるホログラムの性能は此処までじゃない。向う側が透けてたり、質感がおかしかったする物だ。


『成功。シリアスはラディアを驚かせて満足。良い買い物だった』

「随分と精度の良いホログラムだね? どうなってるのコレ?」

『簡単。アルバリオ邸で使われているホログラムマシンメーカーの力作を購入しただけ。流石に屋敷に埋め込む大型の発生機には効果範囲で勝てないが、多目的ボットの周囲一メートル程度で有れば、この精度のホログラムを維持出来る。とても良いメーカーの品』


 子供達、取り分け女の子達がキャピキャピしてる。

 ネマの時点で既にアレだったのに、神が産んだ『可愛い』の完成系みたいな女の子がもう一人増えたのだ。そりゃキャピキャピ感も増えちゃうよね。

 はぁ、メイド服のシリアスも可愛い。しゅき。御奉仕されたい。

 …………ああ!? 擬似的に御奉仕(真面目な方)をする為の多目的ボットなのか! 掃除したり配膳したり! ホログラムは物に触れないもんね! ボットに家事をやらせて擬似メイドさんなのか!

 マジか。マジなのか。これは、もう。こんなんされたら、もうさ?


 …………セクサロイド買いたくなっちゃうじゃん。


 ねえ? 本物のメイドさんになって欲しくなっちゃうじゃん。

 夜にも御奉仕(真面目じゃ無い方)をして欲しくなっちゃうじゃん。

 ちくしょう! 買うしか無いのかセクサロイドッッ!?

 でも自分でセクサロイドを買ってシリアスにプレゼントするってハードル高過ぎない!?

 だって、それ、もう、シリアスに対してストレートに「エロい事がしたいです」って宣言じゃん!  セクサロイドってそう言う物だし!


「家に、メイドさんが…………」

「アナタ、怒るわよ?」

「い、いや違うぞッ!? その、ほら、設備も凄いだろう!? 此処へ更にメイドさんまで入ったら、貫禄が凄いなって思っただけさ!」


 多分、僕と同系統の事を考えたらしいお父様が、お母様につねられてる。

 だよね。思っちゃうよね。僕は悪く無いよね。

 だって、最愛の相手がさ、家に帰ったらメイドのコスプレしてるんだよ? 股間に悪いに決まってるじゃんッ!? 物凄く久し振りに正しくちんちんが作動するよッ!?

 本来はこのパーツ、バイオマシンの戦闘中に作動する物じゃないからね!? 夜の戦闘中に作動させる物だからね!?


 ………………ぼ、僕はいったい、何を言ってるんだ?


 シリアスが早速、メイドのお仕事として皆にお茶を振る舞ってくれた。勿論ホログラムは物に触れないので、お仕事をするのは多目的ボット君だ。

 それを口にして一服。うん、落ち着いた。なんだよ夜の戦闘中って。馬鹿なのか。


「ところでシリアス、髪型変えたの?」

『肯定。ラディアのポロン・アルバリオに対する態度を見て、ストレートロングより此方の方が、ラディアの好感度が高いと判断した』

「ああ、確かに。ポロンちゃんはゆるふわウェーブって訳じゃないけど、ふわふわしてるもんね」

『肯定。シリアスは今日から、ゆるふわ女子』


 可愛い。

 そうか、今日から居住区画でも、僕はシリアスとイチャイチャ出来るのか。幸せだな。

 多目的ボット君もそこまで大きくないので、シャムの中は不自由無く移動可能となってる。つまり何処でもシリアスと一緒だ。まぁメイドが自由に移動しなきゃダメなくらい仕事が発生する様な、緩い設備じゃないのだけど。

 バスルームもトイレもオートクリーンだし、ゴミ処理もプラズマドライブ式のゴミ箱に入れとけば消し飛ぶから、区画内に無駄なゴミとか無いし。

 でもシリアスがそこに居るってだけで値千金だ。良くやってくれたホロメーカー。どのくらい投資したらお礼になる?


『ラディア。何時までも井戸ポンをしてる場合じゃない。お客様を放置するのは、メイドの名折れ』

「井戸ポンは止めて? って言うかシリアス、名折れを気にする程の本格メイドなの?」

『笑止。シリアスは常にネットワークへ接続してあらゆる情報を取得して居る。その中には帝国貴族へ仕えるメイドの作法も存在する』

「そんなんネットで学べるのッ!?」


 オリジンの凄さよりも、まずそこにビックリした。

 しかし、シリアスの言う事も尤もだ。僕は御家族を御自宅へ送る任務が有るのだし。まぁシャムを走らせるのはネマなんだけど。


「もぉ、いく?」

「ん。食休みくらいはしても良い気がするけどね。聞いてみたら?」


 そう言うとネマは、御家族のお父様に向かってトテトテ歩き、袖をちょいちょいした後に「…………もぅ、かえぅ?」と聞く。

 自分の娘には無いタイプの可愛さに胸をズギューンッ! されたお父様はデレデレしながら「ありがとねぇ。じゃぁ此処までお願い出来るかなぁ?」って自宅らしき場所の座標ポイントをネマに渡してた。


「…………まか、された」


 〝ました〟を付けろよデコスケ野郎。お前の敬語使うか否かの判断基準は何処なんだ。

 むふーっと意気込むネマはまた、トテトテと歩いてコックピットへ向かう。お父様はもう何故か自分がネマの父親ポジションだと錯覚してるのか、「もう、仕方ない娘だなぁ」みたいな顔で凄いナチュラルにネマへ着いて行った。


「あ、コックピットはサブシート四つしか無いし、帰りをコックピットで過ごしたいなら早い者勝ちだよ」

「ッッ!? それはやくいってよぉ!」

「パパのばかー! ぬけがけはダメなんだよー!」


 まぁ都市内を走るくらいなら、立ち見も可能なんだけどね。僕も初めてタクトを乗せた時はそうだったし。

 コックピットに慣性制御機能が装備されてる状態がデフォルトのバイオマシンなら、都市ではシートベルトとか要らないのだ。

 流石に戦闘機動は危ないけど。


「お母様はどうされますか? 残るならお茶菓子も出しますが」

「そうですね。では、お言葉に甘えてもよろしいですか?」

『ラディアはネマを見てるべき。接客はシリアスが行う』


 確かに、初対面の人しか周りに居ない状況下での操縦は、まだ初心者機兵乗りライダーであるネマにはキツいか。

 都市内の簡単な移動をネマがトチるとも思えないけど、まだ八歳だし。

 シリアスもメイド業に燃えてるし、僕もお言葉に甘えてシリアスに任せようかな。

 そうしてお母様に一言断ってからコックピットに来ると、ネマが態とゆっくりパイロットシステムを立ち上げてる所だった。

 子供達は初めて見るガチのバイオマシン内部、それも起動シークエンスの生披露に大興奮を超える大興奮で、先にコックピットへ行ったのにサブシートから追い出されたお父様がしょんぼりしてる。


「シャムのコックピットはどうですか?」

「…………ああ、君か。そう言えばまだ、名前すら聞いてなかったな。俺はザルイオ。ザルかイオって呼んでくれ」

「ご丁寧にどうも。僕は傭兵団砂蟲団長、ランク二傭兵ラディアです。それとあの子は砂蟲の輸送機担当、ネムネマです」

「よ、傭兵団の団長なのか?」

「僕とネマしか居ない傭兵団ですけどね」


 ネマが「…………はっしん、する」と呟いて、男の子がまた「しゅげぇぇええええ!」と喜び、女の子達もネマが選んだ華やかなコックピットにはしゃいでる様子を見ながら、僕はお父様と立ったままコックピットで話す。

 話とは別に、一つ知る。ふむ、バイオマシンのコックピットや起動シークエンスに男の子が喜び、女の子らしい可愛いコックピットに女の子も喜ぶから、シャムのコックピットは性別を選ばないキッズキラーなんだな。なるほど。


「いやぁ、改めてありがとうな。お店では俺のフォローまでしてくれて」

「いえいえ、あの場面で何もしなかったら、僕はイオさんから見て『余計な事しまくったクソガキ』じゃ無いですか。何が有って何処で繋がるか分かりませんし、集めるヘイトは少ない方が良いですよ。それに、僕が余計な事をしたのは確かですしね」

「…………君は、大人だなぁ。ウチの子も君みたいに育つのかねぇ?」

「どうでしょう。でも、オススメはしませんよ。お店で語った通り、僕の人間性はスラムで磨かれましたので。お子さんがお子さんらしく有るのは、幸せだからでしょう?」

「……もうその受け答えからして本当に大人だなぁ。いや、むしろ、そう成るくらい大変だったって事なんだな」


 うん、大変だった。やっぱり子供なんて、子供らしいのが一番だよ。

 僕だってシリアスに告白ブッパした時にブチ撒けたけど、本当ならもっとアホ笑いして馬鹿な事をやらかして、大人に叱られる普通の子供に成りたかった。

 今はその時の不幸全部、シリアスに出会えた幸福の先払いだと納得してるから気にしてないけど、あの時にもし、アレが本当に僕の最後だったなら、きっと僕は『納得』が反転した絶望の中で狂いながら終わっただろう。


「うーん、しかし、良いなぁ。バイオマシン良いよなぁ。羨ましい。俺も昔は、バイオマシンに乗って傭兵に成りたかったんだ」

「やっぱり、憧れるモンですか?」

「そうだな。アリーナが有る都市なら、下手な有名コメディアンやアイドルより、ずっと人気だと思うぞ」

「そこまで、ですか」

「ああ。トーナメントなんかはテレビにも放映されるし、俺もガキの頃は被り付きで見て憧れてたさ。…………まぁ俺には、バイオマシンを買える程の金も、操縦を教えてくれる人も、必要な物は全部無かったからな。どうしようも無かった。徒歩傭兵ウォーカーから始めようにも、拾われる傭兵団次第じゃ殺しの仕事も有るだろう? だから親が許してくれなかったし、俺も殺しはちょっと避けたかったしな」


 確かに、アリーナで脚光を浴びるスターに成りたかったのに、その過程で人間殺せって言われるのは困っちゃよね。僕は気にしないけど。


「今じゃライドボックスなんて物も有るが、結局あれも金持ちの遊び道具だしなぁ」

「ライドボックスならギリギリ、ローンで買えますけどね。傭兵に成るとローン組めなく成りますから、そこは市民との違いでしょうか」

「ははっ、何十万シギルなんてローン組んだら、妻に殺されるわ」


 そうだね。「アナタ、怒るわね?」って言って静かに激怒しそう。

 ライドボックスは依然として高額な品だけど、それでも市民が買えるのはローンの有無が大きかったりする。

 傭兵は何時死ぬか分からない生き物だから、お金なんてとても貸せない。そのお金の使い道がバイオマシンのカスタムとか、『戦いに行く為の代金』なら尚更だ。貸したお金で戦場行かれて死なれるとか、意味が分からない。例え狩りでも失敗すれば死ぬ事も有るのだから。

 けど、ライドボックスは命懸けとは無縁のアイテムで、市民だって基本的に都市から出ない。だからライドボックスを市民が購入する時はローンが組めるのだ。

 勿論それでも市民に取っては高額だけど、三桁万シギルが最低の実機と、二桁万シギルで済むライドボックスでは、文字通りにハードルの桁が違う。


「…………良いなぁ。ダングで良いから動かしてぇ」

「免許だけ取って、企業系の機兵乗りライダーに成る手もあったのでは?」

「それな。でも、そっちで安定しちまうと剣闘士に成れないだろ? 流石に戦闘機の免許までは面倒見てくれないだろうし、企業だって自社の金で育てた機兵乗りライダーを傭兵ギルドに取られたくないだろ? だからその辺は、契約がガチガチで面倒なんだよ」

「……なるほど」


 お父様と思ったより有意義なお話しが出来てる。

 ちなみに子供達はサブシートでずっとしゅげぇぇえタイムだ。心做しかネマも鼻息が荒い。自慢げか。


「もし良かったら、これからも暇な時で良いから、子供の相手をしてあげてくれないか? 本当に暇な時で良いからさ」

「良いですよ。僕も歳が近くて年相応な友達って居ないので、なんか新鮮ですし」

「…………そうか、そうだよな。君の周りに居る同い歳も、君と同じくらい苦労してるんだもんな。なんか、ぬくぬく育って来た俺がバイオマシンを羨ましいだなんて喚くのは、ちょっとみっとも無い気がして来たな」

「そんな事無いと思いますけどね。結局、自分の人生は自分だけの物ですし。他の人の人生と比べる意味なんて無いですよ」

「………………本当に君は、大人だな。強い子だ。そんなに強いから、こうやって立派に稼いでるんだろうなぁ」


 遠い目をするお父様は、ひとまずコックピットの景色に満足したのか、僕に一言断ってから居住区画に戻って行った。

 僕はフリーに成ったので子供達に声を掛けると、四人とも顔を真っ赤にして何が言いたいのか分からない言葉を矢継ぎ早に繰り出して来る。

 要約すると、『とにかくしゅげぇえ! かんどうした!』って事らしい。お気に召したなら良き良き。

 男の子達への影響が強いかと思いきや、自分と歳の変わらない女の子が一人でバイオマシンを動かしてる様に本気で感動した長女ちゃんが一番ヤバかった。


「あ、あたしも! あたしもライダーになりたい! どうすればいいっ!?」

「そうだなぁ。まずは勉強かな? 免許取るにはバイオマシンを動かせるだけじゃなくて、バイオマシンの為の法律とかも勉強しないとダメなんだ。ネマも、免許を取る時は毎日ずっと勉強してたし、今も戦闘機免許を取る為に空いた時間で勉強を続けてるよ」

「が、がんばるもんっ!」


 他の三人も皆、自分も勉強するんだと、皆で機兵乗りライダーになるぅって騒ぎ始める。

 長女ちゃんは特に、ネマへと質問やら何やらしまくりたいけど、操縦中は余計な事しないって約束なので我慢してる。でもウズウズしてて丸分かりだ。


「なぁにいちゃん! にいちゃんはけんとーし、やらないのかっ!?」

「あー、どうだろう。やるつもりなんだけど、今は依頼の拘束中だからね。クライアントと相談かな」

「おにいちゃん、つよい?」

「ふむ。僕は自分を弱いとは思ってないけど、僕よりも強い人を知ってるからねぇ。どのくらい強いのかは、自分じゃ分からないかな。ああ、でも、VRバトルでとあるスクールの生徒と戦った時は、オリジンのシリアスが居なくても一人で五人纏めて倒せたし、シリアスに乗ってたら十人が相手でも勝てたよ」

「しゅげぇぇええええ!」


 段々と「しゅげぇぇええええ」の子が可愛く見えて来た。ポロンちゃんと同じくペット枠で、鳴き声が「しゅげぇぇええええ!」の小動物に見えて来ちゃった。


「クライアントが帰るまではサーベイルに居るからさ。その間は仲良くしてね?」

「うんっ! あのね、あのねっ、ぼくいいとこしってるの! おしえてあげるねっ!」

「なつやすみだから、いっぱいあぞべるぞ!」

「…………めかも、あそびたいなぁ」


 皆、顔を上気させるくらいに楽しい時間。しかし、楽しい時間はやがて終わるのが必定なのだ。お家に到着してしまった。

 僕は名残惜しみ過ぎて泣きそうに成ってる子供達を見送り、ネマと契約駐機場に帰るのだった。


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