第47話 おしゅしだぁ〜♪︎



 ベッタベタに甘えて来るネマの甘えた攻撃によって、シャワーで済ますつもりがバスタブに入りたいと申された結果、一時間くらい使わされた現在。

 二一時半。


「………………♪︎♪︎♪︎」

「ニッコニコのご機嫌じゃんすか」


 バスタブで甘えまくって来たネマの機嫌は留まる所を知らず、鼻歌フンフンさんだ。フンフン過ぎる。

 そんなネマがスイスイと動かすシャムが進むマシンロードは、日が落ちてライトアップされるビルディングがキラキラしてて、中々の景色だ。


「なんか我慢してたの?」

「…………わかにゃぃ。でも、たのし、かた」

「そっすか」


 ネマはスラムに落ちたけど、スラムに染まってない普通の女の子だ。

 そんな八歳の女の子が、遊びもせずに免許取得の勉強に始まり、免許取ったら仕事、仕事、仕事。

 ショッピングくらいには付き合ったけど、かと言って子供らしい遊びをしたかって言えば、余裕でノーだ。

 だから、今日のコレは、反動なのだ。子供らしく振る舞えなかった、その反動。

 バスルームでバスタブにザバーっと入って、身近な人と喋り倒しながら背中を流しあって、実に子供らしい時間と言える。それでも足りない分は親に、兄に、友達に、甘えられる相手に甘えまくるが如く、僕に構い、そして構い倒される事で補填した。

 多分、無意識。だから「わかにゃぃ」なのだ。

 ネマも良く分かんない内に、やりたい事やったら思いっきりスッキリして上機嫌なのだ。その理由も自覚せずに。


「ふむ、別に可哀想とか一切思わないけど…………」

「…………にゅ?」


 可哀想度合いで言うと僕のが酷いし。

 ネマは親に直接捨てられるなんて悲惨な経験をしたけど、その後は割とすぐに僕が拾ってる。

 けど、僕なんて四年だよ? ネマが今回こうやって爆発させたエネルギーを、四年溜めたんだよ? ネマは八歳からだけど、僕は六歳からだったからね?

 なので、ネマのメンタルを理解した上で、僕の感想と言えば「ふーん」だった。

 そうなんだぁ。大変だったんだねぇ。で、それ何週間くらい? へぇ、短い苦労だったねぇ。

 みたいな?

 とは言え、だからって無駄に厳しくする必要も、その理由も無い。

 僕は別に、自分が苦労したからお前もしろや、とか言わない。そんな事言うなら僕の今の幸せもお裾分けし続けないとフェアじゃ無い。不幸を分かち合うなら幸せも分かち会うべきだ。

 僕はシリアスしあわせを独占するので、つまりお裾分けとか御免被ごめんこうむる。となれば、自分の不幸自慢とかする必要など無い。

 ネマの不幸はネマの不幸。僕の不幸は僕の不幸。

 ネマの幸福はネマの幸福。僕の幸福シリアスは僕の幸福シリアスだ。

 要は、甘えたければ甘えれば良いって事。別段、拒否するつもりも無い。

 いや無条件で受け入れる気も無いし、無駄に甘やかす気も無い。だけど今の僕には余裕があり、そしてネマも自分の幸福を生み出せるくらいのシャムを得た。

 ならその余裕に見合うくらいの懐が、僕に有っても良いだろう。


 要約すると、僕が嫌だと思わない程度なら普通に甘えれば良い。


 流石に、僕が嫌だったり面倒だったり、煩わしい事まで我慢してまで甘やかす義理なんて無い。そこは拒否するし厳しくする。

 ただそれ以外は別に良いよ。好きにしたら良い。


「ネマはずっと一緒にバスルームで遊びたかったの?」

「…………ぅゆ。あそび、たかった」

「シリアス的にも、なんかネマは妹的なポジションらしいから、これからは忙しく無い時は遊んで良いよ。我慢しなくて良い」

「……………………また、いっしょ、してくれぅ?」

「気が向いたらね」


 確約すると煩そうだ。約束したのに! って言って毎回背中を流させられる。


「て言うか、ネマは僕に裸見られて恥ずかしく無かったの?」

「なかた!」

「あっそう」


 とか言いつつ、サブシートから見るネマの耳がちょっと赤い。無理してんじゃねぇよ。

 甘酸っぱい空気出してるところ、ほんとゴメンだけど。僕その時って頭の中がオスシでいっぱいだったからね。


「しっかし、なんでだろうな。ネマは見た目だけなら、とびっきり綺麗で可愛いのに、マジで何も思わないんだよなぁ。やっぱり僕がシリアスに惚れ過ぎてるからかな?」

『否定。ラディアはポロン・アルバリオには少し露骨に優しい』

「え、あれ? いや違うんだよシリアス。あれって、こう、ポロンちゃんってペットっぽくない? シリアスと一緒に飼ったら可愛いかなって…………」

『…………困惑。そして警告。ラディア、人間が人間を飼育する行為は帝国法で--……』

「いや流石に分かってるよッ!? やらないよッ!?」


 というかポロンちゃんの飼育に乗り出したら、即座にアズロンさんやポポナさんを敵に回しちゃうじゃん。

 セルバスさんもあの優しげな笑顔を鬼の形相に変えて僕を殺しに来そうだし、そんなの見たらトラウマだよ。あの人は僕のリスペクト・オールバックなのに。


『要約。例え愛玩家畜に向ける様な好意だとしても、ラディアが可愛さに絆される実例に他ならない』

「…………確かに? ポロンちゃんがアリなら、別にネマにも何かあっても良いよね」

「……………………ゅ? らでぃあ、やさしぃ、よ?」

「〝さん〟を付けろよデコスケ野郎。いやだからなんでデコスケ野郎って言うと喜ぶの? ふあふあ笑うのやめーや」


 キャッキャしてるネマの操縦で、騒いでる内に目的のポイントまで到着。

 今日の夕食は当然、オスシである。


「ここが養殖専門のオスシ屋さん。『回転寿司ズシウオナミ』! …………のテナントが入ってるビル!」


 煌びやかなビル群の中に聳える、まぁ普通のツルッとした見た目の総窓ビル。だけど貰った座標には此処が記されてるので、間違いは無いはずだ。

 僕は楽しみを減らすのは無粋と思って、ギルドのお兄さんからオススメされたお店をほぼ調べずに来た。

 なので僕は、『回転寿司ズシ』の何が回転するのかさえ知らない。ワクワクしてる。いったい何が回るんだ? 当然オスシだよな?

 なんだろう、ジャイロ回転なのだろうか。トルネードしてるのだろうか。それともまさか、客の方が回転しながら食べるのが流儀なのだろうか…………。

 ああ、ワクワクが止まらない。止まらな過ぎる。


「…………こっち、よかっ、た?」


 この『こっち、よかった?』は、せっかくの初日に天然を食べなくて良かったのかと聞いている。


「うん。正直めっちゃ期待してるけどさ、天然から養殖って順番で食べて、もし養殖が期待外れだったらダメージデカいじゃん? だから安牌の天然を後に残したんだ」

「………………なる、ほど」


 このビルは敷地内の別棟にあるバイオマシン専用の駐機場と、同じく敷地内にあるビークル用の駐車場区画が備わった大型テナントビルで、僕らは当然、別棟の駐機場へ向かう。

 態々格納庫に居るシリアスの元まで行ってから「行ってきます」と言って、シリアスから『行ってらっしゃい』と言われて幸せだ。

 駐機場用のビルを出て、メインビルに入る。


「めっちゃ安いのに美味しいって評判らしいんだよね。どのくらい安いんだろう」

「…………ぇと、いちしぎ、る?」

「それは流石に無くない?」


 ビルの案内を見て、ウオナミの文字が踊る二○階を目指してエレベーターへ。その間にネマと雑談するけど、流石に一シギルは無いだろう。

 ネマも今は少しずつお金の価値を勉強中だ。元々、計算は出来たみたいなので、物の相場を少し教えれば済む。


「と言うかサービス提供の方法すら知らないんだよね。ガーランドでは取り敢えず『フナモリ』って言うの頼んで、気に入ったのが有ったら追加って形だったけど」

「……なにが、まわるの、か」

「それな。ほんそれ。いったい何が回るんだ。楽しみだよね」


 楽しみ過ぎる。

 高速エレベーターで二○階まで一○秒も掛からず到着。

 降りたもう目の前に丁度、ウオナミがある。おほぉー!

 このビルは上に行くほど人気店で、一店舗が使える面積も増えるらしい。最上階付近だと一階層が丸々一つの店舗で使われてたりするそうだ。

 ウオナミが有る階は中堅から少し上程度で、この巨大ビルのワンフロアを五店舗で五等分くらいで分けてるっぽい。

 ウッドデザインが特徴的な店構えに期待感を煽られながら二人で入店すると、即座にスタッフのお姉さんが来てくれる。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「見ての通り、二名です」


 下らない事を考えながらお姉さんに答えると、お姉さんはキョトンとしてから周りをキョロキョロする。なにゆえ?


「あの、親御様は…………?」

「あー、そのパターンか。いえ、僕もこの子も親が居ないので。間違い無く二名です」

「……た、大変失礼しましたっ」


 普通の人に取っては結構キツい情報を、聞かれたので答えた。多分お姉さんが聞きたかった答えじゃ無いんだろうけど。

 ごめんねお姉さん。十歳でこんなに生意気でごめんね。

 それと、僕は支払いに着いて聞かれるのも面倒だと思ったので、聞かれる前に端末を出してライセンスを表示。


「この通り、まだ駆け出しですけど機兵乗りライダー登録の傭兵なんです。ランクは二なので、支払いも問題無いと思います。…………問題無いですよね? 此処って、乗機持ちの傭兵ランク二が食事をして、代金が支払えない程の超絶高級店じゃ無いですよね?」


 僕の端末から現れる、ホログラム表示の傭兵ライセンスがピカァ〜☆

 それを見たお姉さんは大変真っ青になってしまった。態とだけどごめんね。


「あわわわわっ……!? たたた、大変っ、大変失礼しましたッ!? すぐにご案内致しますっ!」


 イジメてるみたいで申し訳ない。でも先制する。だってもう口も胃袋もおしゅしに対応する気満々だもん。早く食べさせてくれ。いち早く食べる為ならお姉さんの血の気が引くくらいは許容するよ。僕困らないし。

 そうしてやっと、本格的に店舗へ入る。すると当然中の様子が良く見える様になり、僕はこのお店で何が回転してるのかを理解した。


「あー、そっちかぁ……!」

「ふぇっ!? え、どうされました!?」

「あっ、いえ。驚かせてごめんなさい。実は僕、カイテンズシって物を良く知らなかった物で、何が回転してるのか楽しみにしてたんですよ。態と良く調べずに来まして………」


 店内では、何か、こう、なに?

 ベルト的な器具が張り巡らされて、それが店内をグルグルと回ってオスシを席に届ける仕組みとなってる。

 運ばれるオスシは空気に触れないように専用のカップに入って、食べたいオスシが近くに来たらカップを跳ね上げて中の皿を取るらしい。

 なんと言うか、面白いお店だ。

 普通なら、この程度の運搬なんてドローンにでもやらせた方がよっぽど効率的だし素早く届く。

 でも、こうやって敢えてランダム性を出して、遠くに見てた好みのオスシが自分の元まで来る時間を楽しむなんてのも、中々に乙なシステムなのかも知れない。

 敢えて、態と、効率を外す。ふむ、勉強に成るなぁ。


「そ、そうなのですね。…………えと、オスシも初めてでしょうか?」

「いえ、そっちは住んでる都市で食べた事が何回か有ります。そっちは回って無くて、養殖物じゃ無くて天然物でしたけど」

「…………て、天然物を楽しまれた事が有るのですね」


 やはり天然物は庶民から見ると、いくらサーベイルだろうと慄く程に高いのか。まぁ一人分の会計が二万シギルくらいになるって聞いたしな。


「お姉さん知ってます? 僕はガーランドから来たんですけど、あっちだと天然物のオスシを食べるのに、こっちの十倍以上の値段がするんですよ」

「じゅぅッ……!? え、あの、それっておいくら……」

「僕はその時、奢って貰ったんですけどね。一人分の会計が約三○万シギルでした」

「ぴゃぁッ--……!?」


 そうだよね。二万シギルでひょぇーって成ってる人に、三○万シギルだよって言ったら「ぴゃぁッ!?」って成るよね。分かる分かる。


「だから、手頃な値段でオスシが食べられるって聞いて、凄い楽しみなんですよ。此処は評判も良いってギルドのイケメンお兄さんに聞きましたし」

「あの、えと、ご満足頂ける様に努力は致しますが…………」

「あー、いえ、違うんですよ。今のはアレです、嫌味とかじゃ無くて、本当に純粋な気持ちで言っただけで、別に天然物と比べて難癖付けようとかは思ってません。そこは安心して下さい。今日は養殖物を養殖物として楽しみに来ました」


 僕の言葉でホッとした様子のお姉さんに案内されたのは、隣に楽しそうな家族連れが入ってるボックス席だった。

 子供が「あれたべたい!」って言って親が「高いからダメ!」って言ってるのが微笑ましい。

 店内は座席同士がそう離れて無い造りで、敢えて秘匿性、遮音性、遮断性、様々な要素を取り払ってパーソナルスペースを縮め、賑やかな雰囲気を楽しめる配慮なのだろうか。ふむ、深いな。深過ぎるぞカイテンズシ。


「………わぁ、あのこキレーだねぇ」

「あら、ほんとね」


 お隣の御家族は両親と娘二人に息子二人、六人家族だ。

 ネマを見て綺麗と言った六歳くらいで茶髪の女の子に手を振りながら、案内されたボックス席に座る。手を振られた女の子は赤くなって、お母さんにしがみついてしまった。お母さんも茶髪なので、そっちに似たのかな? ちなみにお父さんは黒髪で、子供達も茶髪か黒髪のどっちかだ。

 席に座っても客同士の目線が合う作りなのは、こう言う交流も含めての配慮なのか。家族連れも多そうだし、子供なんて子供が多い程に何故か楽しく成る生き物だもんね。僕は違うけど。

 娘にしがみつかれて「あらあら」って成ってるお母様に会釈して、案内してくれたお姉さんからメニューペーパーを受け取った。

 メニューが端末表示じゃ無くてペーパーなのか。アナログ……?

 いや違うな。ペーパーの表裏で商品の全部が載せられるなら、タブ分けされた端末表示よりも逆にスムーズなのかっ? そう言う事なのかっ!? マジか! 凄いじゃないかウオナミ! アナログが逆にハイテクだ!


「では、ごゆっくりお楽しみ下さいませ」

「はーい。楽しみまーす」

「…………ふんすっ」


 僕とネマは去って行くお姉さんを見送り、メニューペーパーを見た。


「………………ネマの予想が、当たってるだとッ!?」

「……わぁ、びっく、り」


 メニューを見ると、このお店で出すオスシの値段と、提供システムについて知れた。

 このお店は、オスシを乗せてるお皿の色で値段が分かるシステムに成ってるらしく、お皿は基本的に三種類。それで対応出来ない値段のオスシは、お皿を重ねる事で値段が調整されるみたいだ。

 更に、会計時にはお皿の色と数を数えるだけで支払い金額が弾き出される。ちょっと簡易スキャンしたら一発だ。

 な、なんてアナログチックなのにシステマチックな仕組みなんだっ!? 効率的なのか非効率的なのかもう僕には分からないぞッ!?

 僕は戦慄した。しかし、戦慄はそこで終わらない。

 なんと、最初グレードである白いお皿は、一枚で一シギルなのだ。驚く他ない。

 僕も流石に、これは値段調整用の皿でしか無く、単独では使われ無いのだと判断した。けど、店内を見ればちゃんとベルトの上に白皿一枚で提供されてるオスシが有るのだ。

 むしろ、大半のオスシが白皿である。マジか、マジなのかウオナミさん。赤字じゃ無いんですか? 本当に? 利益出てますかこれ?

 心配になってしまう。


「白皿一シギル。黒皿三シギル。金皿五シギル……? 儲ける気が有るのかこのお店…………?」

「…………はやく、たべ、よ?」


 それもそうだ。

 しかし待って欲しい。良く見れば、座った席からベルトに手を伸ばし易い場所に、何やら有る。

 ベルトの下から覗く場所に、別のベルトが見える。

 ベルトを乗せてる機材のカバーに四角いゲートが空いてて、その中にもベルトがある感じだ。なんだ、この秘匿性の高そうなベルトラインは。こっちでも何か運ぶのか? でもそうするとゲートから皿が見えた数秒だけが勝負じゃん? そう言う趣向なの?


「これは、なんだ…………?」

「それはねぇ! たのんだおすしがね、そこにとどくんだよー!」


 僕が不思議そうにしてると、隣のボックス席から、さっき赤くなっちゃった女の子の、弟的な黒髪の子が教えてくれた。優しい。

 なーるほど。上のベルトでランダム性を楽しみつつ、待ち切れないなら下のベルトで直送してくれるのか。至れり尽くせりだ。

 僕は弟君にありがとーって言って手を振った。


「…………お、上で金皿来た。オオトロ!」

「……それ、おいし?」

「僕は凄い好き。むしろコレを食べる為に来たとさえ言える」

「じゃぁ、ねまも」


 オスシが二つ、数え方は確か『カン』だったかな? オオトロが二カン乗った金皿が三皿連続して流れて来たので、二皿取る。本当は三皿取ろうと思ったんだけど、現場をモニターしていたシリアスから『警告。総取りは他の利用客に商品が届かなくなる為、マナー違反かと思われる。連続した皿は少し残す事を推奨する』と言われたので残した。

 そうか。そうだよね。僕も楽しみにしてたオオトロが三皿も有ったのに、全部一人に持って行かれたらちくしょう! って成るよ。


「ふふ、ふひひ、おしゅしだぁ〜♪︎」

「…………また、こわれた」

「壊れて無いやい!」


 僕はネマに、オスシはソイソースを付けて食べると教えながら、実演する。

 備え付けられた小皿を一つ取って、これまた備え付けのソイソースボトルからちょろろーってソイソースを注ぐ。

 チョップスティックでも良いけど、素手で摘んで食べても良いらしい。僕は今回、素手で行こうと思う。

 脂が乗って照明を照り返す魅惑のオオトロを摘んで、ライスでは無く魚の方、『ネタ』と呼ばれる切り身にソイソースが着くように小皿に付けて、ちょんちょん…………。


「…………はむっ。…………うんみゃぁ」

「……ね、ねまもっ」

「ふぃ、たべほたべほ食べろ食べろ


 お口の中で甘い脂が溶けだし、しかし身が完全に溶けて消えるなんて無粋な真似はしなかった。

 魚の旨味をまだまだその身に蓄えたネタを噛み締めると、繊細な食感がプツプツと何かが切れた事を教えてくれる。でもそんな事は、噛んだ事で更に溢れ出した脂と旨味の前では些事である。

 いや、違う。このプツプツ感は、ネタの脂と旨味を真に楽しむ為にあるアクセントだった。全てが溶け合って、更にライスとソイソースまでが共謀して僕の舌をイジメ抜く。

 脂と旨味がソイソースの塩気と風味に混ざる事で姿を変え、甘く優しかったポロンちゃんが酸いも甘いも噛み分けたポポナさんに成長してしまった様な大変身。そこを更に、更に、全てを受け入れてしまう魅惑のライスが後押ししつつ、食べ応えまで与えちゃったからもう大変。

 何が大変かって、僕の食欲である。こんなん無限に食べたいやろ。


「…………うみゃぁ」

「……おぃひぃ」


 取り敢えず欲望に負けた僕は、ベルト下のベルト、アンダーベルトとでも呼ぼうか、それを利用する為のタブレット端末を操作した。オオトロ四皿追加デース☆

 ネマと僕で二枚ずつ。


「…………な、なんだよあの食レポッ! くそっ、食いたくなるっ」

「アナタ? ダメよ?」


 お隣さんに被害が出てた。と言うか僕の感想って口に出てしまってたのか。

 申し訳無いから一皿くらいはプレゼントして差し上げたいが、此処の会計システムだとお皿ごとを送り付けるのは嫌がらせだろう。奢れてないし。


「…………らでぃあ、おすすめ、くれ」

「〝くれ〟じゃねぇよデコスケ野郎。とうとう敬語どころか命令形使い始めたなお前。僕のオススメはマグロとサーモンだ。カルボルトさんからは子供っぽいとか言われたけど、僕はコリコリ系よりしっとり系の方が好きなんだ」

「……………………? ねまたち、こども。もんだい、ある?」

「…………せやった。僕、子供じゃん」


 ネマからメッチャ不思議そうな顔された。そうじゃん。子供なんだから子供っぽくて良いじゃん。子供が子供っぽく無かったら何っぽければ良いんですかね?

 まぁ良いや。取り敢えず、僕は自分の好きな物を注文したりベルトから取ったりして、バンバン皿を積んで行く。お隣のパパさんは羨ましそうにしてる。

 すると、僕にアンダーベルトの使い方を教えてくれた子がムズがり始めた。


「ねぇパパぁ、ぼくもあれたべたい」

「ぐっ…………!」


 自分だって食いたい。そんな気持ちが溢れる「ぐっ……!」だった。

 しかし、アレってどれだろう。僕は弟君を見ながら、テーブルの上のオスシを順に指さして行く。

 反応したのは五枚目の皿。ふむ、チュウトロか。

 僕は弟君に手招きし、意味を悟った弟君は輝かしい笑顔で此方へ、可愛くトテテテテと歩いて来た。

 急に席を立った子供にご両親が気が付いて止めようとするが、僕はその前にチュウトロをチョップスティックで掴んでソイソースに付けて、男の子のお口に入れてあげた。


「おいひー!」

「さっき教えてくれたお礼だよ。ありがとね」

「うん! おにーちゃんも、ありがとー!」


 良い子である。

 お母様が申し訳なさそうにペコペコして、お父様は「俺も食いたい」とか言ってお母様に叩かれてた。

 しかし、子供と言うのは人がそうだと自分も欲しくなる生き物だ。

 弟君以外の三人も、弟君が羨ましくなってお父様とお母様に催促する。

 さぁ困ったご両親。懐と相談しながら食べてるのに、平等に食べさせたら予算が飛ぶのだろう。しかしぶっちゃけ他人である僕に対して追加を頼める物でも無い。

 だから僕は、適当に追加注文とベルト上の皿を取りながら、大根演技をした。


「あー、美味しすぎて取り過ぎたなー。食べ切れないかも知れないなー。誰か食べてくれる優しい人は居ないかなー。優しい人がコッチに来てくれたら食べさせちゃうのになぁー」


 明らかな三味線。見事な大根。僕は根野菜だったのか? 人間に戻りたいところだ。

 お母様は本当にゴメンナサイって顔をして、でも子供たちのお顔はキラキラしてる。

 一人ずつ手招きして、一人ずつチョップスティックで食べさせて上げた。

 態々チョップスティックを使うのは、人に食べさせるのに手掴みはダメじゃねって言う衛生観念の元の行動だ。


「おいひぃ!」

「あ、ありがとぅ……」

「おにいさんやさしいのね! パパとおおちがい!」

「あら、そんな事言っちゃダメだよ? お父様だって毎日すっごい頑張って働いてるんだから。お金を稼ぐって本当に大変なんだよ?」

「そーなの?」

「そうなんだ。僕はね、四年も前に父から砂漠へ置き去りにされちゃってね。それからずっと、自分で働いて来たんだ。だからお金を稼ぐ大変さは良く分かるよ」


 此処でお父様の株を大暴落させたままお子さんを返したら、僕はお父様にとって余計な事をしたクソガキだろう。どこでどんな因果が繋がるか分からないし、ヘイトは少ない方が良い。

 だから僕は、傭兵になる前の事を語ってあげる。


「僕はね、砂漠の町から来たんだ。ガーランドって知ってる?」

「あ、しってるよ! さそりのまち!」

「そうそう、デザートシザーリアが特産の町だね。僕はそこで、都市の外の砂漠に歩いて行って、野生のデザリアに見付からない様にコソコソしながら生体金属ジオメタルを集める鉄クズ拾いをしてたんだ」


 陽に焼かれ、背負った鉄クズは重く、下手したらデザリアに見付かって殺される。

 砂漠の砂に足を取られながら、僕が当時着てた程度のナノマテリアルの服じゃ完全には止められない熱気に、汗をダラダラと流しながら彷徨う生活。

 水が高くて、水が無いと生きれなくて、大半の稼ぎが水に消えて行くのに、それでも汗を流して死にかける砂漠に出掛ける。


「そうやってね。死ぬ様な思いをして、一日にどれだけ稼げると思う?」

「………………わかんなぃ」

「僕の最高記録は、たった四○シギルだったよ。一日汗を流して命を懸けて、それでやっとそこの金のお皿が八枚。たった八枚しか頼めないんだよ? 僕の一日の命を使って、オスシが八皿だよ?」


 皆が今日食べたオスシ。それを食べさせる為にお父様がどれだけ頑張ってるのか。

 僕は「パパとおおちがい!」と言った女の子、長女っぽい子の目を見て話す。多分八歳くらいかな? ネマと同じくらいだ。


「たった四○シギルを稼ぐのにそんな苦労をするんだよ? 君にオスシを食べさせる為に、お父様がどれだけ頑張ったか分かるかい? そんなお父様に向かって『パパとおおちがい』とか、そんな悲しい事言っちゃダメだよ? お父様きっと、悲しくて泣いちゃうよ?」

「…………あ、あたし、しらなかったのっ」

「うん、そうだよね。でも、もう知ったね? じゃぁ、お父様に言う事が有るよね?」


 女の子はトコトコ歩いて、何やら感極まってる様子のお父様に「ごめんなさぃ」した。良き良き。

 これで僕はクソガキのそしりを間逃れただろ。


「…………ねぇねぇ」

「ん、どうしたの?」


 僕が名も知らぬお父様の株を守り切った達成感に満足してると、最初に手を振って赤くなっちゃった女の子に袖を引かれた。

 見ると、とても心配そうな顔で僕を見てて、何事かと思う。


「その、おかね、ないのに、そんなにたべて、だいじょーぶなの?」


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